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欠落症  作者: アズ
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3/5

「もう、来なくていいよ」

 広香は封筒に何枚か便箋を入れた。宛名は優斗。糊付けをし、引き出しに入れる。それと交換でノートを取り出し読む。わからない名前が増えた。もう両親の名前も思い出せない。広香はため息を吐いた。

 全てを綺麗に忘れたら、また覚え直すことができる。

 言い換えれば、綺麗に忘れるまではさっきのことすら思い出せなくなってしまう。

 広香は怖くて仕方なかった。両親が持ってきてくれたアルバムも、忘れている事実を突きつけてくるだけで、ただ寂しさだけが募った。写真の場所には確かに行った。何人かで遊んだ気もする。ただ、誰かはわからない。その中に優斗もいたのだろうか。

 広香はもう、幼馴染で恋人の優斗、という関係しかわからない。思い出は消えてしまった。好きという気持ちは残っている。おそらくこの気持ちすらなくなるのだろう。もう時間はない。

 だから、いっそ。


「優斗、別れよう」

「え?」

「もう優斗のこと好きじゃないの。わかんなくなっちゃった。一緒にいる意味もないし」


 広香の、精一杯の強がりだった。あなたに興味はない、と伝えられるように、必死で演技する。


「キッカケも何も思い出せないの。好きでいる理由がないの。わかる?」

「……」


 優斗は無表情で広香を見つめた。怒っているようでも、悲しんでいるようでもあった。


「もう、来なくていいよ」


 決定的な言葉。広香が絶対に言いたくなかった言葉。でもそれ以上に、優斗が自分に縛られるのが嫌だった。


「広香が、それを選択するなら、何も言わない」


 しばらくの沈黙のあとに優斗が発した言葉。広香は知らず知らずのうちに俯いていて、優斗の表情を見ることはできなかった。

 広香が最後に見たのは、大好きな優斗の笑い顔ではなかった。






「はい、はい、そういうことです」


 優斗は病院を出るとすぐさま電話をかけた。


「そのときは、お願いします」


 相手は広香の両親。ほぼ毎回、広香の見舞いのあとに報告をしていた。と言っても広香が隠していることや会話内容ではなく、身体的に元気そうだったかどうかを言う程度だったのだが。

 広香の両親は忙しく、週一で見舞いにくるのもやっとだった。優斗はその状況も考えて、できる限り寂しい思いをさせないよう、行く頻度を多くしていた。

 しかし今日は、広香に拒絶されてしまった。今後、見舞いには来ることはできない。その理由をバイトや勉学が忙しくなったからだと伝えた。広香本人に来ないでくれと言われたなんて、言えない。

 広香が嘘を吐いたことはわかっている。でもそれはかなり悩んだ末の決断だろう。愛する人の決意を砕くことはできなかった。それが双方望んでなかったものだとしても。

 

「あ、手袋忘れた」


 寒さで気づく。優斗は病室に戻ろうとして、思いとどまった。あとで広香の両親に回収してもらおう。

 優斗にはもう、直接会うという選択を取ることはできなかった。


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