(Side:アルヴィス・レムナー#3)
番組の放送前に、私たちはもう一度だけエリックへ話を聞いた。
今度は、両親にも質問を控えてもらい、本人が遊んでいるところへ私が同席するだけにした。
エリックは、床へ木片を並べ、細長い列を作っていた。
先頭だけ丸みを持たせ、後ろへ同じ幅の木片を七つ繋いだ。
私は「それは何?」と尋ねたくなったが、やめた。
しばらくすると、彼の方から口を開いた。
「これ、でんしゃ。でも、うまくない」
「何が違うのかな?」
「窓がない。あと、下。線の上にいる」
私は、紙と炭筆を渡した。
「描きたいなら、描いてもいいよ」
エリックは二本の線を引き、その上に四角を並べた。
畑の畝にも見えるし、軌道車の軌道にも見えるが、その上に大きな四角い『でんしゃ』が乗るのは、不思議な感じだ。
軌道の鉄を錬金魔道で抽出して等間隔に並べるには、莫大な費用がかかると聞いている。そんなものを作るよりは、魔道駆動車を連結して道路を走らせた方が効率が良いだろう。
しばらく考えてから、線の脇へ黒い四角を描き、その横に小さな丸をいくつも付けた。
「ここは?」
「わかんない。ひと、待つところ」
「誰と待った?」
聞いた瞬間、エリックの手が止まった。
私は質問が具体的すぎたと気づいたが、遅かった。
「お母さん……かな」
「今のお母さん?」
エリックは、困った顔をした。
目に涙が溜まり、炭筆を置いた。
「どっちも、お母さん」
それ以上は、聞かなかった。
しばらくして、リディアが温かいミルクを持ってくると、エリックは彼女の膝へ寄りかかった。
泣き顔はすぐに眠そうな顔へ変わり、さっきの木片の列にも関心を失った。
幼児の記憶は、こちらが期待するほど劇的な形では残らない。
悲しみと遊びと空腹が、同じ午後の中で区別なく入れ替わる。
放送するかどうかについて、夫妻は、最後まで迷った。
バーナードは「息子が一生、『転生者』と呼ばれるのではないか」と心配し、リディアは逆に「何も残さなければ、この子が苦しんだ理由まで消える」と語った。
私たちは、折衷案を取った。
――顔は輪郭が分からない程度にぼかし、村名と姓は伏せる。
――最初期の三語は番組内で発音せず、研究協会の封印記録にだけ残す。
――放送では、エリックが「存在しない生活習慣」に戸惑う様子を中心にし、前世の人物探しは行わない。
そもそも、別の世界だという仮説が正しければ、照合できる死者名簿など存在しないのだから。
番組の題名は『境界の子供たち』になった。
放送後、予想したことが起きた。
王都の新聞は『異界から来た少年』と書き、教会の一部は輪廻の証拠だと歓迎した。
反対に、魔道医学会の一部は『魔石残響を転生と誤認した宣伝番組』だと批判した。
視聴者から協会へ届いた手紙は一か月で三百通を超え、その中には『うちの子も寝る前に壁を押す』『うちの娘も靴を脱ぐ』といった報告が大量に混じった。
殆どは、番組を見た後の話だった。
つまり、証拠としては使えない。
さらに厄介なことに、番組では伏せたはずの三語のうち『でんしゃ』が村の噂から王都へ漏れた。
誰かが記録回覧へ書き、それを別の誰かが写し、数週間後には子供向けの見世物小屋で、細長い玩具を『デンシャ』と呼んで走らせるようになった。
真偽を確かめるために始めた記録が、新しい偽の記憶を生む材料になったのである。
ミレーネは、第二回の番組でその過程をそのまま放送した。
視聴者の反応は第一回より悪かった。「夢を壊すな」「結局何も分からないのか」という投書が届いたらしい。
私は、それで良いと思った。
何も分からない部分を、分からないと映す――それこそが、エリックを物語の道具にしないための最低限の線引きだった。




