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リアル異世界転生  作者: 謎村ノン


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3/6

(Side:アルヴィス・レムナー#2)

 翌日、私は夫妻の許可を得て、エリックの日常を撮影した。

 実験らしいことは、殆どしていなかった。

 畑を歩き、工房へ寄り、昼食を取り、村の初等学院へ行く。

 そんな何も起こらない時間を撮りたかった。奇妙な言葉だけを切り取れば、どんな子供でも神秘的に見せることができるからだ。

 エリックは、少なくとも魔法の天才ではなかった。

 初等学院の実技では、同い年の子より少し不器用なくらいだった。

 教師が「火の精へ熱を分けてもらうつもりで」と教えると、エリックは指先に小さな炎を出せる。

 しかし、炎の大きさを変える課題になると、何度も消してしまった。

「強くしようとしすぎています。火は道具ではありません。こちらの都合だけで大きくなれと言っても、うまく応えてくれないんです」

 教師の言葉に、エリックは困った顔で、消えた指先を見つめた。

「だったら、どこで強さを変えるの?」

「どこ、とは?」

「つまみとか。数字とか……」

 教師は、私の方を見た。

 私は、首を横に振った。それは、説明しないで続けてほしいという合図だった。

「数字ではなく、感覚です。熱くしたいぶんだけ、火の精へ伝えてみましょう」

「でも、三にしたいとき、三って言わないの?」

「三という大きさが、何を基準にした三なのか分からないでしょう?」

 エリックは、それ以上は、何も言わなかった。

 そして、何度か試し、最後には隣の子と同じ程度の炎を出した。

 記録に残ったのは、なぜか調整つまみのない道具に納得できず、それでも周囲のやり方を覚えていく普通の五歳児だった。

 昼休みには、別の小さな齟齬があった。

 教室へ戻る前、エリックだけが入口で靴を脱ぎかけ、友達に「またやってる」と笑われたのだ。

 本人もすぐ笑い返し、靴紐を結び直した。

 私は、その姿を見ながら、妙な寒気を覚えた。

 証言より、こうした無意味な癖の方が気味が悪かった。

 英雄だったと言う子供なら、お伽話で片づけられる。

 しかし、誰も教えていない場所で靴を脱ごうとすることや、存在しない壁の『スイッチ』を探すことには、物語としての華がない。

 本人に利益もないどころか、周囲から笑われるだけだ。

 もちろん、それも、『転生者』の証明にはならない。

 幼児の行動には偶然もあるし、両親が忘れているだけで、どこかで似た習慣を見た可能性もある。

 研究者が『説明できない』と感じることと、超自然的な説明が正しいこととは、まったく別の話だった。


 午後、私たちは、村の魔道放送所へ移った。

 石造りの小屋の中央に送信陣があり、王都から届いた魔力波を受けて、地域の家庭用スクリーンへ分配している。

 係員が番組用の魔石記録媒体を差し替えるたび、壁の紋様が僅かに色を変えた。

 エリックは、その作業を長いこと見ていた。

「チャンネル、変えてるの?」

 係員が振り返った。

「チャンネル?」

 私は、何も言わず、エリックに続きを促した。

「別のテレビにするやつ。……あれ、違う?」

「ここでは記録石を替えるんだ」

 係員が応えた。

「王都から来る送信路は十二本ある。どれを受けるかは、陣の紋で選ぶ」

「十二個あるなら、十二チャンネル?」

「その言葉は知らないけど、まあ、十二系統だな」

 エリックは、一瞬だけ嬉しそうな顔をした。

 見知らぬ世界の中に、自分の言葉と似た仕組みを見つけたときの表情だった。

 しかし、係員が映像を切り替えるため、拳ほどの魔石を抜いて別の石を差し込むと、今度はひどく不思議そうに見つめた。

「リモコン、ないの?」

「何だ、それは」

「遠くから……押すやつ」

 そこまで言うと、エリックは自分で首を横に振った。

「わかんない。忘れた」

 夕方、宿へ戻った私は、撮影班と記録を見直した。

 ミレーネは興奮していたが、私は番組の構成案からいくつかの場面を外すよう求めた。

「なぜ? 『チャンネル』『リモコン』は強いでしょう。視聴者にも分かりやすいわ」

「分かりやすすぎるからです。放送した瞬間、その語はこの世界の言葉になる。次に別の子供が同じ言葉を口にしても、どこで聞いたのか追えなくなるのです」

「でも、番組は研究記録だけではないのよ。見てもらわなければ意味がないわ」

「それなら、何を失うかも番組に入れてください。広めること自体が、次の事例を汚染する可能性があると」

 ミレーネは、しばらく黙り、やがて腕を組んだ。

「それは、番組として面白いわね。私たちが真相へ近づこうとするほど、真相を壊してしまう……」

「面白いかどうかは知りません。ただ、実際にそうなるでしょう」

 私は、その夜、アダプトン夫妻が残した最初期の記録をもう一度確認した。


 『でんしゃ』『すいっち』『にほん』


 祭りの魔道スクリーンに触れる以前の日付が付いているものは三つだけだった。

 他の語は、どこかで後から混ざった可能性を排除できない。

 三つ――たった三つである。

 それでも、その三つのことを考えると、私の眠りは浅くなった。

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