9.閃光の一撃
その時、黒竜の巨体が大きく後ろへと下がり、巨大な胸部が異常なほどに赤黒く発光し始めた。周辺の大気が、一瞬にして肌を焼くほどの高熱を帯びる。
ディーンの顔色が変わった。
「しまっ——ブレスが来るぞ! 全員、岩の陰に隠れろ! 防壁を展開しろ!」
終わる。直感的に誰もがそう理解した。あの超高熱の炎をこの狭い洞窟内で放たれれば、岩の陰に隠れようが全員が蒸し焼きにされる。
だが——トーマの足は、すでに前へと動いていた。
考えるよりも早く、身体が動いていた。
「おい、アニキ!? 何やってんだ、戻れ!」
「トーマ、バカな真似はやめろ!」
背後からラッシュやハンジの絶叫が聞こえるが、その声すらも、遠くへと流れていく。
トーマは槍を両手でしっかりと構え、地面が爆発するほどの力で跳躍した。
前世の佐竹冬真の、三十年間の記憶。現世のトーマの、十八年間の記憶。その二つが、今、完全に一つになって槍の穂先へと集束していく。
黒竜が、その巨大な顎を開き、破滅の炎を吐き出そうとした、まさにその一瞬の隙。
「——オレの人生は、ここから始まるんだァァァァァァァァァッ!!」
渾身の力と共に、トーマは空中から槍を突き出した。
ザシュゥゥゥゥゥン!!
極限まで研ぎ澄まされた一突きは、黒竜の唯一の弱点である、右目の鱗の隙間へと、寸分の狂いもなく深く突き刺さった。
黒竜が絶叫してのけ反る。口腔内に溜まっていた炎が暴発し、自らの顎を内側から焼き焦がしていく。頭を激しく振られたトーマは、凄まじい衝撃で弾き飛ばされ、宙を大きく舞った。
意識が遠のきかける中、トーマは視界の端で親父の姿を見た。
「——よくやった、トーマ! 今だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ディーンが、己の命のすべてを燃やし尽くすかのような闘気を放ちながら跳躍した。極大の斧槍が、石杭によって傷だらけになっていた首筋へと振り下ろされる。そこへ、ラッシュの渾身の鋼鉄矢、ハンジの鞭による強烈な引き絞り、アンゼリカの全魔力を込めた爆破の錬金術が、完全に一点へと集中した。
ドガァァァァァァァァァァァァァン!!
凄まじい大爆発と共に、黒竜の巨体が大きくグラリと傾いた。
ゆっくりと、本当にゆっくりと。
ドスゥゥゥゥゥン……。
地響きと共に、神話の怪物が地面へと倒れ込み、二度と動かなくなった。
もうもうと立ち込める土煙の中、誰もが声を失い、ただ荒い呼吸の音だけが洞窟内に響いていた。
数秒、あるいは数分が経過した頃だろうか。ラッシュが、信じられないものを見るような目でぽつりと呟いた。
「……勝った? オイラたち、本当に勝っちゃったのか……?」
誰も答えない。
けれど、次の瞬間。
「う、うわあああああああああああ! 勝った! 勝ったぞおおおおお!」
一人の盗賊が叫び声を上げたのを皮切りに、洞窟内は割れんばかりの歓声と涙の渦に包まれた。悪党も冒険者も関係なく、互いに抱き合い、命を拾ったことを喜び合う。
トーマもまた、地面に大の字に寝転がりながら、ハハハ……と、心の底からの笑い声を上げた。視界に広がる洞窟の天井は、もう二度と、あの退屈な木目の天井には見えなかった。




