4.大都市と冒険者ギルド
錬金術師見習い、アンゼリカが一行に加わったことで、王都への旅路は格段に賑やかさを増した。
むさくるしい田舎の男三人だけで黙々と歩いていた旅路に、可憐でよく喋る年頃の少女が一人入ったのだ。空気が変わらないはずがなかった。
「それにしても、トーマさんって本当に強いですよね!」
街道を歩きながら、アンゼリカが隣を歩くトーマを見上げて目を輝かせる。
「そうか? 村じゃ普通の方だけどな。親父なんかはもっと化け物みたいに強いし」
「そんなことないですよ! あのゴブリンたちを一突きで仕留めるなんて、王都の並の冒険者でもなかなかできませんって!」
「へへん、そうだろ!」
後ろからラッシュが、自慢げに鼻の下を指で擦りながら割り込んできた。
「アニキは昔から、村じゃ敵なしの強さだったんだ。なぁハンジ、あの話覚えてるか? 三年前アニキが山で巨大な狂暴猪に正面から突撃されてさ。数十メータも吹っ飛ばされたのに、次の瞬間にはケロッと立ち上がって、逆にその猪の首を絞め落として担いで帰ってきたんだぜ!」
「ちょっと待てラッシュ、話を盛るな! 吹っ飛ばされたのは数メータだし、首を絞めたんじゃなくて普通に槍で刺したわ!」
「いやいやー、自分としてはさ、あのときのトーマの形相は猪より怖かったと思うけどねぇ?」
ハンジがニヤニヤしながら即答し、火に油を注ぐ。
「ハンジ、お前まで味方すんなよ!」
「事実でしょー? あの時、村のみんな『あいつは猪の生まれ変わりだ』って噂してたもん」
アンゼリカは三人の掛け合いを見て、お腹を抱えてけらけらと笑った。
「あははは! 猪の生まれ変わりって! トーマさん、野生児すぎます!」
その屈託のない笑い声を聞きながら、トーマは少しだけ居心地の悪い気分になった。
眩しいのだ。自分の夢と未来をこれっぽっちも疑わずに真っ直ぐ生きているアンゼリカが、今の自分には少し眩しすぎた。
それでも——決して嫌ではなかった。その眩しさが、凍りついた心を少しずつ溶かしてくれているのを感じていた。
旅の途中、彼女からは本当に様々な話を聞かされた。
王都にある錬金術アカデミーのこと。そこで作られている不思議な魔法薬の数々。そして、彼女自身の大きな夢について。
「私ね、いつか歴史に名前が残るような、ものすごい薬を作りたいんです!」
「ものすごい薬、ねぇ。例えばどんなのだ?」
「怪我を一瞬で、跡形もなく綺麗に治しちゃう完璧な治癒薬とか!」
「そりゃ凄いな。戦場や狩場じゃ金塊よりも価値がありそうだ」
「でしょ? あ、あとはね——塗るだけで髪の毛が一日で一メータくらい伸びる薬!」
「……それは、いるか? 何に使うんだ?」
「何言ってるんですか! 女の子にとって、髪型のバリエーションは命より大事なんです! ショートカットにしすぎちゃって泣いてる子を、一瞬で救えるんですよ!?」
アンゼリカは拳を握りしめて熱弁を振るったが、前世が三十歳のサラリーマンで、現世がむさくるしい狩人であるトーマには、正直なところ一ミリも理解できなかった。後ろでハンジが「へぇ、それは自分もちょっと興味あるかも」と顎を撫でていたが、そちらの意図も不明だった。
◇◇◇
数日間の賑やかな旅を経て、一行はついに目的の場所に到着した。
キートン王国王都——大陸有数の規模を誇る広大な港町であり、この王国最大の交易都市だ。
視界を埋め尽くすほどの高さを誇る、白い石造りの巨大な城壁。その城門をくぐると、ガトー村が何百個集まっても敵わないほどの大都会が広がっていた。洗練された石畳の道、行き交う無数の馬車。港の方向を見れば、見たこともないほど巨大な帆船が何十隻も並び、市場には人々の活気ある声が地鳴りのように溢れている。
トーマはあまりの光景に、足を止めて呆然とするしかなかった。
「でけぇ……。これが、王都か……」
前世の記憶に近代日本の大都市があるとはいえ、それはそれだ。魔法と活気に満ちたこの大都市を、生の実感を伴って目撃するのは初めてのことだった。
「す、すげぇ……! 家が全部石でできてる! あんな高い建物、崩れないのか!?」
ラッシュは完全に上京したての田舎者そのもので、キョロキョロと辺りを見回しては感嘆の声を上げている。
「へぇ、相変わらず人が多いねぇ。ちょっと目を離したら一瞬で迷子になりそうだわ。ラッシュ、トーマの服の裾でも掴んでおきなよ?」
ハンジはといえば、妙に冷静だった。初めて見るはずの王都の光景に対しても、驚くというよりは「懐かしいものを見る」かのような、どこか落ち着いた視線を向けている。やはり、この男はただの村人ではない。
「さあ、皆さん! 感心するのは後にして、まずは冒険者ギルドへ行きましょう!」
アンゼリカが杖を掲げて先頭を歩く。彼女の案内に従って街の中心部へと進むと、ひときわ巨大で頑丈な石造りの建物が見えてきた。
キートン王国冒険者ギルド本部。
世界中から荒くれ者や一攫千金を狙う若者が集まる、王都で最も活気に満ち、最も騒がしい場所の一つだ。
重い木製の扉を押し開けて中へと入る。
むっとするような酒と肉の匂い、そして割れんばかりの怒鳴り声と豪快な笑い声が、津波のように押し寄せてきた。
「おい、そこの新入り! 邪魔だ、どきな!」
「がははは! 昨日の魔獣、一撃で首を撥ねてやったぜ!」
あちこちで筋肉質の巨漢たちが武器を片手に酒を酌み交わしている。前世のサラリーマン感覚からすれば、絶対に近づいてはならない居酒屋そのものの空間だった。
「……なんか、思ってたより怖い場所だな」
思わず呟いたトーマに、ラッシュが驚いたような顔をする。
「え? アニキが怖がることあるの? 山で熊と正面から殴り合ってたじゃん」
「それとこれとは話が別だろ。人間の方がよっぽど面倒くさいんだよ」
受付へ向かい、登録試験の手続きを行う——ただし、すでに別の拠点でギルド登録を済ませていたハンジは手続き不要で、三人の引率役として傍らに立っていた。
試験内容は、ギルドの裏手にある訓練場で、試験官を相手に最低限の戦闘能力を示すというシンプルなものだった。
結果は——言うまでもなく。
トーマの鋭い槍捌き、ラッシュの正確無比な射撃を見た試験官は、驚きとともに即座に合格を出した。アンゼリカは学校の推薦ですでにギルドに登録済みだったため、これで四人は正式に、一つのパーティーとして歩み出す資格を得たのだ。
「よし、今日からオレたちも『冒険者』だな」
手渡された真鍮製のギルドプレートを指で弄びながら、トーマが言う。
「へへ、冒険者かぁ……。なんか、一端の大人になった気分だな!」
ラッシュは感慨深そうにプレートを胸に当てていた。
「あれ、ハンジは?」
「自分はもう持ってるよ」
ハンジは軽く肩をすくめ、上着の内側からさらりと古びたプレートを取り出してみせた。刻まれた登録番号はかなり昔のものらしく、表面が長年の使用でうっすらと摩耗している。
「……随分、古いな」
「まあねー。色々あったんだよ、昔」
それ以上は語らず、ハンジはプレートを静かにしまった。




