5章 撤退
「強欲」と「憤怒」二振りの魔剣を手に入れたものの、その肉体は魔王からの打撃と拷問によって完全に限界を迎えていた。
青年は魔王軍の追っ手を振り切り、遠方の辺境の街へと身を隠し、傷を癒やすための潜伏期間に入った。
魔王城の地下から決死の脱出を果たした青年は、意識を失いかけながらも歩き続けた。
数日、あるいは数週間が経っただろうか。彼が辿り着いたのは、魔王軍の目から外れた、大陸の最果てにある砂漠の交易都市だった。「はぁ、はぁ……」引き裂かれた黒と赤のフードを深く被り、街の片隅にある寂れた宿屋の一室に倒れ込む。
衣服に染みついた大量の血痕は、すでに赤黒く乾いていた。
青年はベッドに横たわり、自らの内に眠る二振りの魔剣の気配を感じ取る。斬ることで微かに肉体を癒やす【強欲ノ剣】。そして、拷問の激痛から産み落とされた、痛みを破壊力へ変える【憤怒ノ剣】。
(まだだ……まだ足りない。今の俺の身体は、強大な力を引き出すだけで崩壊しかけている……)「強欲」の吸血効果で表面の傷は塞がったものの、魔王から受けた一撃のダメージは、彼の肉体の奥深くに根深い呪いとして残っていた。
これ以上の無理な戦闘は、自分自身の命を削ることになる。
青年は、この遠い街でただ静かに、乾いた風の音を聞きながら、肉体を再生させることに専念した。
かつて村で愛されていた頃の穏やかな日々が、一瞬だけ脳裏をよぎる。しかし、彼はその思考を即座に激しい憎悪で塗りつぶした。
心の大事な部分を落とした彼にとって、かつての記憶はただの「弱さ」でしかなかった。
数ヶ月が経ち、彼の白髪に宿る魔力が一段と濃くなった頃。静かだった砂漠の街に、不穏な影が忍び寄り始める。この街の地下に眠る、ある伝説の遺物を狙って、魔王軍の隠密部隊、あるいは欲に駆られた人間の権力者たちが動き出したのだ。その遺物こそが、彼の魂を縛ろうとするあらゆる理不尽を拒絶する、三振り目の魔剣——。




