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魔王軍に全てを奪われたので復讐します  作者: ノイン


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11章 日常

夜の砂漠をあれほど激しく揺るがした激闘から、数時間後。

東の地平線から昇る朝日の光が、砂漠の交易都市を黄金色に染め上げていた。花屋の裏口から、青年は音もなく滑り込む。全身の筋肉は悲鳴を上げ、衣服には模擬戦の激しさを物語る砂が薄く付着していた。

彼は魔剣を静かに部屋の隅へ置き、大きなため息をひとつつくと、あの若葉色の服へと袖を通した。


相変わらず「にあわねえ、、」とは思うものの、二十日も着続けたそれは、今の彼にとって、戦場から日常へと心を切り替えるための奇妙なスイッチになっていた。


「──あ、お帰り。二人揃って、まさかの朝帰り?」


背後から、じとっとした視線と、どこか楽しげな声が降ってきた。

振り返ると、腰に手を当てて不敵な笑みを浮かべるティアが立っていた。彼女の視線は、青年の少し乱れた白髪と、同じく店の入り口からバツの悪そうな顔で入ってきたアルスへと向けられている。

「いや、これはその……少し、夜の砂漠の風が心地よくてね。長話をしてしまったんだ」

普段はどんな事でも動じないはずのアルスが、兜を抱えたまま、分かりやすく視線を泳がせて言い訳を口にする。

「ふーん? 砂漠の風ねえ。男の人二人で、朝までどんなロマンチックなお話をしていたのかな?」

「……ただの、散歩だ。仕事をする」青年はそれ以上の追及を逃れるように、ぶっきらぼうに言い捨てると、店先に並べるための花の植木鉢を両手に抱えた。青年は顔を微かに背けながら、瑞々しい若葉色の袖を誇示するように、足早に表の通りへと向かった。

「あ、ちょっと待ってよ! 髪に砂がついてるままだよ!」ティアが笑いながら追いかけてきて、青年の白髪についた銀砂を、優しい手つきで払いのける。

その温かい手の感触に、青年の赤眼が一瞬だけ丸くなり、それからまた、いつもの少し不器用な表情に戻った。

「ハハ、僕たち店長にすっかり尻に敷かれているね。よし、僕も手伝おう」

アルスもまた、上等な甲冑の上から若葉色のエプロンを無理やり巻きつけ、爽やかな笑顔で花の入った木箱を持ち上げる。その姿もまた、青年以上に「にあわねえ、、」ものだった。


「お前……その格好、変だぞ」

「君にだけは言われたくないな」

二人の怪物は、顔を見合わせて小さく笑った。世界を滅ぼさんとする魔王への憎悪も、偽りの英雄たちへの失望も、この朝の光の中では、一時だけ遠い幻のように鳴りを潜めている。

若葉色の服を着た青年、心優しいティア、そして親友アルス。砂漠の街の小さな花屋には、昨日と変わらない、どこまでも微笑ましく穏やかな日常の続きが流れていた。


砂漠の街の午後は、相変わらず穏やかな陽光に包まれていた。若葉色の服を着た青年が店頭でせっせと植木鉢を並べ、その横では親友のアルスが若葉色のエプロンをこれ以上ないほど不自然に着こなして、不器用に茎のトゲを切っている。

そこに、カラン、と店の鈴が鳴った。入ってきたのは、旅装束に身を包んだ、一見どこにでもいる平凡な人間の男。

しかし、その男—魔王軍の高等隠密であるザガンの背中を、凄まじい冷や汗が伝った。

(な、何だ、この空間は……!?)

ザガンは人間の姿に変装し、この砂漠の街に潜伏しているという青年の動向を探るためにやってきた。魔王軍の中でも隠密スキルを極めた、絶対に見破られない自負がある。

だが、店に入った瞬間、ザガンの持つ魔力感知が致命的なエラーを起こして狂い鳴いた。

目の前の、若葉色の服を着た白髪赤眼の青年。その背後、目には見えない精神の領域で、ドス黒い憎悪の嵐と、全てを拒絶する【傲慢ノ剣】の孤高の気配が爆発している。

さらには【魔無の加護】と【魔除けの加護】が常時発動しており、ザガンが隠し持っている精神汚染の魔導具や隠蔽魔法の残滓が、青年に触れる前にチリチリと音を立てて消滅していくのが分かった。


(バ、バケモノめ……! 魔法も精神干渉も最初から全て無効化されている……! だが、それだけじゃない、あっちの男はなんだ!?)

ザガンの視線が、隣のアルスへと向かう。若葉色のエプロンというふざけた格好をしているが、その肉体が内包するオーラは、魔王軍の高等幹部に匹敵する。

空間を歪めかねない修羅の気配が、エプロンの下からビンビンに漏れ出していた。

(人間界にこれほどの規格外の怪物が、なぜ二人揃って花屋で働いているんだ!? どんな拷問部屋より恐ろしいぞ、この店は……!)

ザガンがガタガタと膝を震わせていると、青年が死んだ魚のような赤眼で、じろりと彼を見た。

「……何だ。注文か」

「ひっ、い、いや! その、あ、あの!」完全に蛇に睨まれた蛙である。ザガンは恐怖のあまり頭が真っ白になり、目の前にあった適当な植木鉢をひったくるように掴んだ。

「こ、これを! このサボテンを一つ、く、ください!」

「毎度ありー! 砂漠のサボテンは育てやすくておすすめだよ!」

奥からティアが元気よく声をかけ、青年が無言でサボテンを包んで差し出す。ザガンは金を叩きつけるように支払うと、「失礼しましたぁ!」と叫んで、脱兎のごとく店から逃げ出していった。

「……変な客だったな」青年が不思議そうに呟くと、アルスが苦笑しながら肩をすくめる。

「まあ、世の中には色んな人間がいるさ。それより次の客が来たよ」

高等隠密が命からがら去った後も、花屋には途切れることなくいろんなお客さんがやってきた。

「あら、お兄ちゃんたち、今日も頑張ってるねえ」やってきたのは、近所に住む常連の優しいお婆さん。青年は無言でペコリと頭を下げると、お婆さんがいつも買う、部屋が明るくなるというピンク色の花が咲いた鉢植えを手際よく用意した。

「はい、お婆ちゃん。いつもありがとう。お兄ちゃん、今日はこのお花、お婆ちゃんの家まで運んであげてくれない?」

「……分かった」

青年は若葉色の服の袖をまくり、植木鉢を大切そうに腕に抱える。かつては魔族の首を狩るためだけに使われていたその腕が、今はお婆さんのために、優しく花を支えている。お婆さんは「本当に優しいお兄ちゃんだねえ。お休みの日はちゃんとご飯食べてるかい?」と、彼の白髪を愛おしそうになでた。青年は嫌そうな顔はせず、静かに微笑みを返した。

夕方前には、街のやんちゃな子供たちが店に飛び込んできた。

「あ! 若葉色のお兄ちゃんだ! 今日もアルスのお兄ちゃんと勝負したの?」

「こら、お店の中で走っちゃダメだよ!」ティアが叱るが、子供たちは気にせずアルスと青年に群がる。「お兄ちゃん、その背中の剣、すっごくかっこいい! 見せて見せて!」子供の一人が、青年の背負う【傲慢ノ剣】の柄に触れようとする。

「──触るな。怪我をする」青年がいつになく鋭い声で制した。大罪の魔剣は、無垢な子供が触れて良いものではない。一瞬、場が凍りつくかと思われたが、アルスがすかさず子供の頭をポンと叩いた。「ハハ、このお兄ちゃんの剣は特別製でね。その代わり、僕が格好いい剣の構え方を教えてあげよう。ほら、お店の外でやろうか」

「わーい! アルスのお兄ちゃんかっこいい!」子供たちがアルスに連れられて外へ出ていくのを見送りながら、青年は小さく息を吐いた。かつての自分なら、子供に声をかけられても無視するか、冷たく突き放していただろう。だが、この若葉色の服を着て過ごす日々の中で、彼の心には、確かに小さな変化が訪れていた。夕暮れ時、店の手伝いを終えた青年とアルス、そしてティアは、店先に並べられた花々を眺めていた。「今日もたくさんのお客さんが来てくれたね。二人とも、本当にありがとう」ティアが心からの笑顔で二人に感謝を伝える。青年は自分の若葉色の袖を見つめ、それから砂漠の彼方に沈む夕日を見つめた。魔王への憎悪は消えていない。いつかこの平穏を捨て、再び血塗られた復讐の旅に出る日は来る。だが、この遠い街の、様々な人々との温かいふれあいは、心の大事な部分を落としたはずの彼の胸の奥に、消えない『若葉色の記憶』として、確かに刻まれつつあった。不穏な影は、まだ、来ない。

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