蹂躙
砂漠を突き進むのは、魔王軍が誇る隠密特化の暗殺部隊「黒牙騎士団」の精鋭たちだった。
その数はわずか五名。だが、一国を一夜で狂わせ、王族の首を音もなく狩り取ってきた、文字通りの魔王軍の牙たちである。その道中、五人は砂漠の夜風に吹かれながら、深刻な表情で話し合っていた。
「……本当に、あのサボテンを持って帰ってきたザガンの報告は確か全なのか?」
「ああ。奴の精神は完全に崩壊していた。『若葉色の悪魔たちがいる』『花屋が世界の中心だ』と、念仏のように繰り返しながら、ひたすらサボテンに水をやっていたよ」と副隊長が苦り切った顔で、古文書のような報告書を広げる。
「情報によれば、ターゲットである白髪の少年は【強欲】【憤怒】【傲慢】の魔剣を持ち、魔法と精神干渉を完全に無効化する。……だが、やばいのはそれだけじゃない。隣にいる剣士は、空間を歪める『ヤバい加護とスキル』をいくつも持っている」
「さらに、店主の少女だ。ただの町娘だと思われていたが、魔力測定班の再調査により、魔法使いとしての素質がピカイチだと判明した。軍隊を消滅させるレベルの超高火力攻撃魔法を複数隠し持っている」隊長が深くため息をつき、頭を抱えた。
「復讐鬼、規格外の剣士、天才魔法使い……なんだその地獄のパンケーキセットは。魔王様も目じゃないぜ」
「おまえ殺されるぞ」
「どんな魔境だよその花屋。警戒度は最大だ。各自、死ぬ気でかかれ。いや、死ぬなよ」
「──おい、見えてきたぞ。あれが例の若葉色の地獄(花屋)だ」
彼らの視線の先、朝の柔らかな光に包まれた小さな花屋が見えてきた。そこには、若葉色の服を着てせっせと花に水をやる青年と、若葉色のエプロンを不自然に着こなしたアルス、そして笑顔で看板を磨くティアの姿があった。
「よし、奇襲を仕掛──」
ザザザザザァァァ!!!
悪魔をすら絶望させる戦慄の殺気を察知した瞬間、花屋の三人の動きが完全にシンクロした。
「チッ……仕事の邪魔だ」
青年が若葉色の袖をまくり、背後から【強欲】【憤怒】【傲慢】の三振りの魔剣を展開する。
「ハハ、僕のエプロンを汚さないでくれよ?」アルスが爽やかに微笑みながら、腰の大剣に手をかける。「もう! せっかく綺麗なお花が咲いたばかりなのに……全員、消し飛ばしちゃいます!」ティアが可愛い笑顔のまま、その小さな両手に、一国を更地にするほどの超高密度魔力を収束させ始めた。魔王軍の精鋭たちが絶望に目を見開く。
「ザ、ザガンの報告はガチだった──ッ!?」
奇襲のはずが、完璧に「迎撃」の構図。蹂躙劇の幕が上がった。
まず動いたのは魔王軍の魔導暗殺兵。
放たれたのは、触れた者の肉体を内側から爆破する神話級の暗黒呪詛魔法。
しかし、青年が一歩前に出ただけで、その黒い波動は彼の皮膚に触れることすらできず、ガラスのようにチリチリと音を立てて消滅した。
【魔除けの加護】──特性 全属性魔法の完全無効化。
「ま、魔法が完全に消された……!? ならば物理で!」近接暗殺兵の二人が、光速を超える超神速の踏み込みで青年の首筋へと肉薄する。青年にはまだ物理を完全に防ぐ術はない。だが、彼の横にはもう一人の怪物がいた。
「そこまでだ」
アルスが片手を軽くかざす。発動したのは、彼の持つスキル──【アストラル・ネオ】。
ドガァァァァン!!!
突如として暗殺兵たちの頭上に、星の衝突にも匹敵する超重圧が叩きつけられた。
光速の突撃は瞬時に床へと叩き潰され、彼らが持っていた特製の暗殺短剣が、自重に耐えきれず粉々に砕け散る。
「ぐ、がはっ……!? 体が、動か──」
そこへ、青年が冷酷に踏み込んだ。痛みを力に変える【憤怒ノ剣】が、重力で動けない隠密の肉体を容赦なく捉え、【強欲ノ剣】がその生命力を根こそぎ貪り喰らう。
斬撃の風圧だけで、花屋の前の石畳が真っ二つに裂けた。
「ひ、退け! 一旦退却だ!」生き残った隊長と副隊長が恐怖に顔を歪め、決死の空間転移魔法で逃亡を図った。
だが、店先から響いたのは、鈴の音のように可憐な少女の声だった。
「逃がしません! ──レイジンタリアぁ!」
ティアが小さな指先をちゅんと向けると、そこから放たれたのは、空間そのものを灼熱の太陽で埋め尽くすような、高速で紡がれた超広範囲高火力攻撃魔法。本来なら放つだけで術者の魔力が枯渇するレベルの大魔法を、彼女は涼しい顔で連発してみせた。
「ぎゃあああああああああ!!!」
激しい爆音と共に、砂漠の地平線まで届くほどの紅蓮の炎柱が立ち上り、魔王軍が誇る隠密精鋭「黒牙騎士団」は、その拠点情報ごと、文字通り影も形も残さず完全に消し飛んだ。
静寂が戻った花屋の前。青年は魔剣を静かに鞘に収め、若葉色の服についた煤をパッパと払った。アルスは何事もなかったかのようにエプロンを整え、ティアは「ふぅ」と可愛い吐息を漏らして杖をしまう。
「あーあ、せっかくの朝の打ち水が、全部蒸発しちゃった」
ティアがちょっぴり膨れて見せる。
「ハハ、また僕が水を汲んでこよう。手伝ってくれるかい?」
アルスが青年の肩を叩く。
「……フン、気が向かない仕事だが、やってやる」
青年はフードの奥の赤眼を和らげ、不器用に微笑んだ。
隠密精鋭を文字通り「ゴミ掃除」のように返り討ちにした最強の花屋。いや、地獄。彼らの若葉色の日常は、魔王軍のどんな暴力すらも寄せ付けない、絶対無敵の平穏に守られているのだった。




