4話 目的
(魔法で自分の身体を生成した?)
魔法って凄いなと感動していたが、すぐに疑問が浮かんだ。
(そんなに簡単なら、腕を増やしたり、超巨大な水を作ったり、もっと簡単にできるはずだ)
試しに、自分の右腕を見ながら、そこにもう1本腕が生えるイメージをしてみる。
「ピクッ」
上腕二頭筋が、わずかに痙攣した。
……ただ、それだけだった。
やっぱり、人体を生成するのは簡単じゃないらしい。
構造とか、必要な物質とか……そういうものも関係しているのかもしれない。
そう考えると、あの状況で身体を取り戻せたのは、やはりイレギュラーだったのだろう。
そう考えていた、そのときだった。
「ぐうぅぅぅ」
どこからか大きな音が鳴った。
音の主は、どうやら俺の腹らしい。
それに気づくと同時に、凄まじい空腹感が押し寄せてきた。
そういえば、ここに来てから何も食べていない。
どうにかご飯を頼もうとすぐに顔を上げる。
すると、すでに机に食事が置かれていた。
(考えすぎて気づかなかった……)
「これ食べていいんですか? いや、食べられるんですか?」
俺はそれを見て、微妙な反応を示した。
なぜなら、見た目があれだったからだ。
(風船?)
何かの皮が膨らんだ玉が、食器の上に置いてある。
食文化が違うことは分かっていたが、ここまでとは思わなかった。
どう食べればいいのか迷っていると、
「こうやって食う!」
そう言って、ラグナが料理にフォークを突き立てた。
パァン。
外側が弾けた瞬間、中から湯気と香ばしい匂いが広がった。
肉の濃厚な香りと、焼いた野菜の甘い香り。
腹が減っていたせいか、それだけで唾液が溢れてくる。
中には、植物や肉らしきものがぎっしりと詰め込まれていた。
(……動物の臓器か何かに、いろいろ詰めて調理したのか?)
見た目だけなら、少し勇気がいる。
だが、せっかく出してもらったのだ、食べてみよう。
「いただきます」
フォークで肉を取り、口に運ぶ。
噛んだ瞬間、肉がほろりと崩れた。
じゅわっと広がる肉の旨味。そこに染み込んだ濃い味付けと、柔らかなタマネギの甘みが重なる。
「……うまい」
思わず声が漏れた。
一度食べ始めると、手が止まらない。
肉も野菜も美味いが、弾けた外側の皮に至るまで美味い。焼けた部分は香ばしく、料理の旨味が染み込んでいる。
気がつけば、数分も経たずに皿は空になっていた。
コップの水を一気に飲み干し、手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
ラグナとエルハルトが、嬉しそうな顔をしている。
(……伝わったのか?)
魔法でニュアンスすらも伝わったのだろうか。
魔法凄い。
(魔法といえば……)
「そういえば、何で普通に俺たち話せてるんですか?」
エルハルトおじいさんに尋ねてみる。
「それはじゃな……説明が難しいんじゃが……」
少し考え込んでから、エルハルトは話し始めた。
「とあるニホンジンの価値観をフィルターとした通訳魔法ってことになるのかの」
「日本人? 価値観をフィルター?」
(そんなことが可能なのか?)
大まかな理屈は察せられる。
おそらく、ある日本人の価値観による判定に基づいて、声を相手の言語から日本語へ、あるいは日本語から相手の言語へと変換するということだろう。
「それは本当に魔法なんですか?」
あまりにも、想像していた魔法の及ぶ範疇より広いように思えたので聞いてみる。
「あぁ、魔法じゃ。儂と旧友で作った、な」
老人は自慢げな顔をしている。
ラグナの面影を感じさせる人懐っこいドヤ顔だ。
「……凄いですね」
「じゃろ?」
どうやら概念のようなものすらも、魔法で扱うことが可能と言っても過言では無さそうだ。
(とても面白い)
「ちょっと本借りますね」
もっと詳細を知りたい。
まずは、魔法の具体的な仕組みと発動方法だ。
昨日読んだところまでページをめくる。
そこには、要約すると次のような内容が書かれていた。
『魔法とは、魔力によって生じた事象のこと』
『魔力とは、意識から影響を受け、現象を構築する目に見えない粒子のこと』
そして、魔力にはいくつかの性質がある。
意識との距離が近いほど、強く反応する。
意志や感情が強いほど、影響も強くなる。
そして――具体的に想像するほど、よりリアルな事象や物体を創造できる。
(なるほど……)
俺は昨日の記憶を振り返る。
確かに、意識し続けないと水球は弾けた。
ワイバーンの炎を防ぐときも、強い意志があったからこそ、大きな水球を作れたのかもしれない。
具体的なイメージと、強い意志。
この2つが、魔法を使う上で必要なものと言えるだろう。
なら、遠くに石を生成したり、曖昧なイメージや意志だけで何かを再現したりするのは難しいと言えるのだろうか?
「なぁ、ヒナタ?」
その声で思考を中断される。
ラグナが俺の顔を覗き込んでいた。
「朝風呂いかね?」
朝風呂か。普段なら断るところだが、俺は昨日から風呂に入っていない。
「いいよ」
「ほぼ池だけどいいか?」
「……見てから考える」
俺はわずかな不安を胸に抱え、ラグナと共に家の外へ出た。
「ん?」
家の前には、不自然なほど大きな影が落ちていた。
その原因を確かめるため、振り返る。
「でっっっか!」
そこには、クソでかい木が佇んでいた。
昨日見た木々も、雲を突き抜けるほど高く、大きかった。だが、これはその比ではない。
いや、木という言葉で表現していいのかすら分からない。
幹だけで、山のように巨大だ。
(人類史程度には生きてそうだな、この木)
そんなことを本気で考えてしまうくらいには、現実離れした大きさだった。
家は、巨大樹の幹の一部をくり抜いて作られているらしい。
「どうしたヒナタ、行くぞ?」
ラグナは、それがどうしたというように、持っていたタオルを1枚差し出している。
「いや、この木でかすぎない?」
「でかいな」
「反応薄くない?」
「そんなこと言ったって、毎日見てるんだぜ?」
「…流石に飽きるかぁ」
「ほら、木なんてどこにでもあるんだから、さっさと行こうぜ」
「うん」
俺たちは、巨大樹の幹の縁に設けられた通路を進んでいく。
周囲には木々が並び、その中心に巨大樹がそびえ立っているようだ。
風呂は、この通路のさらに奥にあるらしい。
「着いたぞ」
「おぉ~」
「な? 池だろ?」
「湯気が出てるやつは池とは言わねぇよ」
「天然ものなんだぜ。仕組みは知らないけどな」
通路から階段を下りた先に、岩で囲まれた池があった。
湯は、大樹の中から流れてくるものを、そのまま溜めているらしい。
大小様々な石で作られたその湯船は日本を想起させる。
池、もとい露天風呂の縁には桶が置いてある。
こんなところで文化的な共通点を感じることになるとはと思いながら服を脱ぐ。
ラグナは素早く服を脱ぎ捨てると、勢いよく池へ飛び込んだ。
「ザパァァァァン!」
「……豪快だな」
俺もそれにならい助走をつけ、
「ザパァァァァン!」
飛び込んだ。
「いい入りっぷりだなぁ」
「お前の真似だよ」
「そうか。俺、いい入りっぷりだなぁ」
(コイツ、ド天然だな)
そんなことを思いながら、風呂を堪能する。
温度は39度くらいだろうか。
季節があるのかは知らないが、夏くらいの気温なのでちょうどいい。
「ところで、お前名前はなんて言うんだ?」
「ヒナタだ」
「ヒナタ、ヒナタ……う~ん、口に馴染まないなぁ」
「別の言語だしな。意味は伝わっても感覚的に違いはあるんじゃない?」
「ヒナタは難しいこと言うなぁ」
「別に難しくは無いだろ、ちょっと考えればいいんだよ」
「俺考えるの苦手だからなぁ」
「俺は得意だし、大好き」
「それいいな。この街、学問の街だしちょうどいいんじゃないか?」
「俺にぴったりじゃん。運命か?」
「…それよりヒナタは、なんであそこに居たんだ? ここに馴染みもないんだろ?」
「俺元々こことは違う場所、いや世界に居たんだよ」
「そうなのか? じゃあなんでこっちに来たんだ?」
「向こうの世界で、いきなり目の前の空間がひび割れてさ。それに吸い込まれて、散々な目にあって、ここに来たんだよ」
「へぇ、そんなこともあるんだなぁ」
「あんまり驚かないんだな」
「魔法があるからな、何が起きても不思議じゃない」
「それもそうだな」
「……ヒナタは、何か向こうに思い残したこととかないのか?」
「あるに決まってるだろ。一緒に巻き込まれた……」
言葉が止まった。
思い出せない。
転移する直前まで一緒にいた「アイツ」の名前が、思い出せない。
(身体を取り戻した時に、何かあったのだろうか)
今までのアイツに関する記憶を全て振り返ってみる。
思い出も、性格も、声も、どれも思い出せる。
名前以外は全て覚えているように思えた。
(なぜ名前だけなんだ? 転移の影響か?)
「…思い出せそうか?」
「なんでか名前は思い出せないな。でも、それ以外は覚えてる」
俺は記憶を整理する。
アイツは俺を庇って後ろに突き飛ばした。
その瞬間に、空間のヒビに2人同時に吸い込まれたように見えた。
(もしかしてアイツも…)
俺は少し考えてから、ラグナの方を向いた。
「…向こうの大事な人と、おそらく一緒にこっちに来ている」
「じゃあ、探したほうがいいんじゃないか?」
「割れ目に吸い込まれたあと、もう姿がなかったから、望み薄かもしれない」
「そうか……大丈夫か?」
「大丈夫だ」
俺は空を見上げた。
名前を思い出せない理由は分からない。
それでも、アイツとの記憶は残っている。
「しょうもねぇな」と笑ってしまいたくなるようなかけがえのない日々を、
覚えている。
俺は自分にも聞かせるように、ラグナに言う。
「探せばいい。この世界にいるなら、理論上は見つけられるはずだ」
「そうか。見つかるといいな。見つかるまでは、ここにいてもいいからな」
ラグナは心の底から共感するように言った。
いや、共感していることが魔法越しに伝わってきた。
「ありがとう」
それが妙に嬉しかった。
「こっちに来てから世話になってばっかりだし、手伝えることがあったら言ってくれ」
「わかった……のぼせるし、そろそろ上がろうぜ」
「そうだな」
ラグナと俺は風呂から上がり、体を拭く。
しかし、アイツはどうやったら見つかるだろう。
肝心の名前は覚えていない。
それでも、大事な人だったことは覚えている。
一緒にゲームをしたり、ケンカしたり、公園で遊んだ。
それに、辛い時も一緒にいて支えてくれたんだ。
俺は、この世界について何も知らない。
この世界について知れば、手がかりも見つかるかもしれない。
だったら――知ればいい。
この街で、この世界を知ろう。
そして、探しに行こう。
そう決意して家へと戻った。




