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魔法は思考で使う。  作者: ひなぶり
1章

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3話 出会い


 物音で目が覚めた。


(あと3分……)


 いつものように「3分だけ」と言いながら、そのまま5分に延長される二度寝をキメようとする。


 しかし、妙な違和感を覚えて目を開けた。


 見知らぬ天井。


 見知らぬベッド。


 見知らぬ壁。


 見知らぬ3点セットだ。


「……あっ!」


 少し考えて、俺は昨日の出来事を思い出した。


(身体が崩壊して、知らんとこに来て、知らん方法で水を出して、知らん奴と戦った)


(……ほんとに何してるんだろう)


 思い返すと、一周回って呆れさえ感じてくる。


 いや、呆れたいのはこっちだ。何がどうなっているのか、まるで理解できていないのだから。


(それで? 次はどこだ?)


 状況を確認するため、改めて周囲を見渡した。


 どうやら森の中ではないらしい。


 木製の壁と天井に囲まれた部屋には、本棚や机が置かれている。ただ、あまり使われている様子はなかった。


 そして、俺はベッドの上にいる。


(……あいつに運ばれた?)


 状況から考えて、トカゲを倒した青年が運んでくれたのだろう。


 それなら感謝しないとな。


 それに、聞きたいことも山ほどある。


 俺はベッドから立ち上がり、ドアへ向かった。


 見慣れない丸いドアノブを捻り、前に押す。


 ドアが開いた。


「おっ?!」


 目の前にいたのは、昨日の青年だった。


 俺に気づくと、満面の笑みを浮かべる。


 その右奥では、見知らぬ老人が椅子に座っていた。


 青年は食事の乗ったお盆を手にしたまま、ズカズカと俺の方へ近づいてきた。


「やっと起きたかぁ! 心配したぞ?!」


 凄い勢いだ。


 物理的な距離と心理的な距離を同時に詰めてくる。


 苦手なタイプである。


「昨日はありがと。ほんと助かったから」


 俺は両手を前に出してパーソナルスペースを確保しながら、礼を言った。


 青年はそんな俺の様子など気にも留めず、嬉しそうに笑っている。


 そこで、ふと違和感を覚えた。


(……あれ?)


 今、普通に会話したよな?


 昨日は聞いたこともない言語で話していたはずだ。


 言葉そのものは分からず、何を伝えようとしているかが何となく伝わるだけだった。


 なのに、今は違う。


 青年の声が、はっきりと日本語として聞こえていた。


「……お前、日本語わかるの?!」


「……ニホンゴ? それは知らないなぁ」


「いや、今喋ってんだろ」


「俺はいつも通り喋ってるぞ?」


「……は?」


 どういうことだ?


 確かに日本語に聞こえる。


 イントネーションも言葉の区切りも、聞き慣れた日本語そのものだ。


 それなのに、本人には日本語を話している自覚がないらしい。


 俺が混乱していると、奥にいた老人が小さく呟いた。


「やはりか……」


 何やら目頭を押さえている。


(……何が?)


 気になるが、老人はそれ以上何も言わなかった。


「まぁ、ひとまず座りたまえ」


 老人は少し考えてから、俺に着席を促した。


 ここはどうやらリビングらしい。部屋の中央には大きな机があり、その周りに4つの椅子が置かれている。


 俺は老人の向かいに座った。


 青年は持っていたお盆を机に置くと、わざわざ俺の隣に座ってきた。


(向こう座れよ)


 そう思っていると、老人が口を開いた。


「そうじゃな……まずは自己紹介かの?」


 ダン!


 突然、青年が机を勢いよく叩いて立ち上がった。


「俺はラグナ! エルじぃの孫で、狩りをしてて、強い敵とエルじぃが大好きだ!」


 怒涛の自己紹介だった。


(……情報量多いな)


 というか、エルじぃって誰だ。


「そう焦らんでもよいじゃろ……」


 老人が呆れたようにため息をついた。


「儂はエルハルト。ラグナの祖父で、この街の、まぁ管理者じゃ」


 老人はそう言い終えると、俺の目を見つめた。


(俺の番か)


「ヒナタです。高校2年生の男で、ん~~」


(俺を表すこと……)


 少し考える。


 自己紹介で何を言うべきなのか、いまいち分からない。


 趣味か、特技か。それとも好きなもの?


 いや、俺を一番よく表しているのは、これだろう。


「考えるのが好きです」


 我ながら、変わった自己紹介だと思う。


 だが、実際に好きなのだから仕方がない。


「そうかそうか……」


 何故か少し嬉しそうに、エルハルトが頷いた。


(……なんだ?)


 何か気になることでもあったのだろうか。


「しばし待っとれ」


 そう言い残して席を立ち、2階へと消えていった。


 取り残された俺は、隣にいるラグナへ視線を向ける。


「昨日は助かったぜ!」


 いきなりラグナが俺の肩を叩いた。


「まぁ、できるって言っちゃったし、任せたって言われたからなぁ」


 正直、今でもよく防げたと思う。


 あの炎を見たときは、本当に死ぬかと思った。


 というか、実際に死にかけた。


「お前、いい奴だな!」


「いい奴判定、緩くない?」


 助けてもらったのはこっちも同じだし、そもそも会ったばかりなのだが。


 ラグナは気にした様子もなく、豪快に笑っている。


(……まぁ、悪い奴ではなさそうだな)


 少なくとも、俺を助けてくれたのは事実だ。


「ヒナタよ。これを読むといい」


 不意に声がして振り返ると、いつの間にかエルハルトが戻ってきていた。


 その手には分厚い本がある。


 エルハルトはそれを俺の前に置いた。


「……本?」


「そうじゃ。読んでみるといい」


 何が書いてあるのだろう。


 俺は表紙を眺めてから、丁重に本を開いた。


 しかし、紙面に並んでいたのは見たこともない文字だった。


 当然、読めるはずがない。


「……読めません」


「読もうとしてみるんじゃ」


「いや、読めないんですけど」


「いいから、読んでみぃ」


(頑固だな)


 仕方なく、もう一度本に目を落とす。


 文字を一つずつ追ってみるが、何も分からない。


 そもそも、どこで一つの単語が区切られているのかすら分からないのだ。


 これでは、ただの記号の集まりでしかない。


(……どうやって読めっていうんだよ)


 しかし、エルハルトは読めると確信しているようだった。


 何か方法があるのだろうか。


 そう考えながら、もう一度文字を見つめる。


 文字の形ではなく、そこに書かれている内容を理解しようと意識を集中させた。


 すると――。


(……あれ?)


 さっきまでただの記号にしか見えなかったものが、少しずつ意味を持ち始めた。


 いや、文字そのものが変わったわけではない。


 相変わらず見たこともない文字だし、一つ一つの読み方も分からない。


 それなのに、そこに書かれている内容だけが、ぼんやりと頭に入ってくる。


(……どういうことだ?)


 試しに別の文章へ視線を移してみる。


 やはり、文字自体は読めない。


 しかし、内容を理解しようとすると、不思議と意味が伝わってくる。


「……分かりました」


 思わず声が漏れた。


「ほう?」


「文字は読めないんですけど、何が書いてあるのかは分かります」


 自分で言っておきながら、意味が分からない。


 文字を読めないのに、文章の内容は理解できる。


 そんなことがあるのだろうか。


 だが、この感覚には心当たりがあった。


(これ、昨日ラグナと話してたときと同じ……か?)


 昨日は、言葉そのものは理解できないのに、伝えようとしていることが何となく分かった。


 それと、よく似た感覚だった。


 理由は一切分からない。


 けれど、それ以上に。


(……面白い)


 胸の奥が熱くなる。


 文字を読めないのに、文章を理解できる。


 いったい、どういう仕組みなんだ?


 考えたいことが次々と浮かんでくる。


 それに、この本の内容も気になる。


(もっと読みたい)


 俺は好奇心に任せるまま、ページをめくった。


 知らない世界。


 知らない文明。


 知らない生物。


 知らない法則。


 どのページを開いても、知らないことだらけだった。


 今まで当たり前だと思っていた常識が、次々と覆されていく。


 この世界では何が普通で、何が普通ではないのか。


 そもそも、俺の知っている物理法則は通用するのだろうか。


 疑問が尽きない。


 知らない場所にいる不安は、もちろんある。


 親友のことだって気がかりだ。


 それでも、今は目の前に広がる未知の情報から目を離せなかった。


 しばらく夢中になって読み進めていると、ある項目が目に留まった。


(……魔法?)


 そこには、この世界に存在する『魔法』について記されていた。


 魔法。


 それは、意識によって現象を構築すること。


 その現象を引き起こすのが――『魔力』。


 意識に反応する、微細な粒子。


 俺はしばらく、その文章を見つめていた。


(……意識によって、現象を構築する?)


 もう一度、頭の中で内容を整理する。


 魔法は、ただ呪文を唱えれば発動するようなものではないらしい。


 意識が魔力という粒子に影響を与え、その結果として現象が生じる。


 少なくとも、この本にはそう書かれている。


(……なるほど)


 だとすれば、昨日の出来事にも説明がつくかもしれない。


 俺が水を想像したとき、目の前に水球が現れた。


 そして、意識が逸れた途端、その形は崩れてしまった。


 あれも、意識が魔力に影響を与えていたからだと考えれば、筋は通る。


(……そういえば)


 昨日、ラグナの言葉のニュアンスが伝わってきた現象も、魔力が関係しているのだろうか。


 それに、今こうして本の内容を理解できるのも不思議だ。


 詳しい理由はまだ分からないが、この世界には、俺の知らない法則が存在しているらしい。


(……魔法、か)


 子供の頃から、ゲームやアニメの中で何度も見てきたものだ。


 詠唱すれば火が出る。魔法陣を描けば光が出る。


 そんなものだと思っていた。


 けれど、この世界の魔法は違うらしい。


 意識が現実に干渉する。


 そして、それに反応する粒子が存在する。


(……面白いな)


 もっと詳しく知りたい。


 どういう条件で発動するのか。どこまでの現象を再現できるのか。そもそも、なぜ意識に反応するのか。


 気になることはいくらでもある。


 しかし、そこでふと一つの疑問が浮かんだ。


(……待てよ)


 俺は、あの謎の空間を思い出していた。


 崩れていく身体。


 流れ込んでくる、誰かの感情。


 自分という存在さえ失われかけた、あの感覚。


 その中で、俺は強く願った。


(まだ、生きたい!)


 そして、すべての感覚が消えたあと。


 思考だけが残った、あの奇妙な状態で。


(身体を取り戻すんだ……!)


 そう考えて、自分の身体を必死に思い浮かべた。


 手の形も、足の感覚も。


 今まで感じてきた、ありとあらゆるものを。


 そして最後に、強く念じた。


(身体を作れ!)


 次に目を開けたとき、俺はあの森にいた。


 失われたはずの身体を取り戻して。


(……まさか)


 背筋にぞくぞくとした感覚が走った。


 もし、この本に書かれていることが本当なら。


 もし、意識によって現象を構築できるのなら。


 あのとき、俺が強く願ったことも――。


 俺はもう一度、本に目を落とした。


 そこに書かれた『魔法』という言葉が、妙に気になった。


(俺は、あのとき……)


「身体を生成したのか?」

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