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魔法は思考で使う。  作者: ひなぶり
2章

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37話 再出発

「ほんとにルミナに着くんでしょうね?! しっかりしてくださいよ?!」


「わかったから黙っててくれ」


少し尖ったラグナの声で目を覚ます。


(ここは?)


目を開けて最初に見えたのは、見覚えのある緑色の布でできた天井だった。


(……テントの中?)


おかしい。確か、馬車でルミナに向かっていて、砂漠に来て、それから……。


「あっ!」


俺は、砂漠でリュシアとエイドスに襲われたことを思い出した。


(あれからどうなったんだ?)


外からラグナと誰かの話し声が聞こえる。


俺はテントの入り口から顔を出した。


「本当に頼みますよ?」


「わかったって言ってんだろ?」


「……何の話してんの?」


「いや、こいつがさぁ……って、ヒナタ?!」


少しして、ようやく俺に気づいたらしい。ラグナは目を大きく見開いて、こちらを見ていた。


「いやぁ、ほんとに、ほんとに生きててよかった」


ラグナは俺の肩をポンポンと叩きながら、ほっと息をついた。


「俺が治したんだから当たり前だろ」


少し離れたところから、シエルの声が聞こえた。


シエルは椅子に座り、足を組みながら本を読んでいるようだ。


「それで、あれからどうなったの?」


「俺が説明する」


そう言って、シエルは本を閉じて立ち上がった。


そして、俺たちの近くまで来ると、足を止めて話し始めた。


「ヒナタは、リュシアとかいう奴に攻撃されたあと、しばらくして気絶したよな?」


「うん、それで合ってる」


「その後、俺はエイドスに突進していくレグルを何とか宥めて、2人で馬に乗ったんだ」


確かに、レグルは兄のガルドが死んだのを見て、激怒していたのを覚えている。


「ラグナはヒナタの前で放心してたから、ビンタして正気に戻して、すぐにもう1頭の馬を連れてこさせたんだよな」


「………」


ラグナは少々不満げに顔を背ける。


「ラグナが馬を連れてくるまでに、ヒナタの応急処置は済ませた」


「そしたらラグナが、そこのデブとガルドを連れてきたんだよ」


「まったく、デブとは失礼な!」


商人が唾を飛ばしながら文句を言っているが、シエルは無視して話を続ける。


「デブはともかく、死んでるガルドまで連れていくのは、俺は反対したんだがな」


シエルはやれやれとでも言うように、肩をすくめて両手を広げた。


「ラグナとレグルがうるさいし、話し合う時間もなかったから、そのまま1頭に3人ずつ乗せて逃げたんだよ」


「……なるほどね」


ラグナとシエルの言い合いが目に浮かぶ。


この世界の馬は大きいから、3人ずつでも乗れたらしい。


……いや、乗れたというより、無理やり乗せたと言ったほうが正しいのかもしれない。


「それで、エイドスはどうなったんだ?」


「あいつはヒナタがリュシアのことを言ったあと、動揺してたのかな? 理由は知らないけど、それで追ってこなくて助かったよ」


「そうか……」


とりあえず、今のところ追ってきてはいないらしい。


だが、正気を取り戻したあと、何をしてくるかはわからない。


「それで、その後も大変だったんだよ」


シエルは大きくため息をついてから、さらに愚痴を言い始めた。


「馬の操縦はずっとしないといけないし、魔物は出るし、レグルとデブはうるせぇし」


「ほんと面倒だったよ」


「お疲れ様。ありがと」


シエルは労いの言葉に、きょとんとした顔をした。


「………どういたしまして」


そして、右手で頭を掻きながらそう返してきた。


(さてと……)


ずっと休んでいた俺も、そろそろ動かないといけない。


それに、今の状況を考えれば、いつまでもテントの中で休んでいるわけにもいかない。


(まずは、あっちをどうにかしないとな)


俺は、再び言い合いになりそうな商人とラグナの方へ近づいた。


「お疲れ様」


そう声をかけながら、俺はラグナの頭をわしわしと撫でた。


ラグナは、こういうときに気を遣いすぎると、余計に意地を張る。


今はこれくらいでいいだろう。


次は商人だ。


シエルの話を聞いた限り、商人は何度もルミナまで無事に行けるのかと確認しているようだった。


無理もない。


昼頃に襲撃を受けてから、俺たちは馬車を失い、馬に乗って逃げ続けている。今は夜更けだが、ここに至るまでに魔物とも遭遇したらしい。


しかも、馬車の中で移動できたときとは違い、荷物を背負ったまま馬に乗らなければならない。日中は砂漠の日差しにもさらされる。


商人にとっては、商品を守るどころか、自分が無事にルミナへたどり着けるのかさえ怪しい状況なのだ。


出会ったばかりの俺たちが、本当に自分を守ってくれるのか。不安になるのも当然だろう。


「ちょっといいですか?」


「なんですか?」


「俺たちは、あなたをルミナまで守ります」


俺は商人の目をまっすぐに見据えて言った。


「……簡単に言ってくれますな。あなた自身、あんな目に遭ったばかりでしょう」


商人は俺の言葉を疑うように、眉間に皺を寄せた。


「そうですね。さっきみたいなことがあれば、無理かもしれません」


「ほら、やっぱ――」


「でも、あなたを見捨てるつもりもありません」


俺は商人の言葉を遮り、はっきりと言った。


「俺たちだって、全員が無事にルミナへ着きたいと思っています。それに、護衛をする代わりに馬車に乗せてもらえるという約束だったはずです」


「約束は守ります」


商人はしばらく黙っていたが、やがて大きく息を吐いた。


「……わかりました」


しかし、商人は少し呆れたように続けた。


「でも、さっきあなた、死にかけてましたよね?」


「いや……そうですね」


「あなたが死んだら私も困るんですから、しっかりしてくださいよ。それに……」


商人はラグナの方へ視線を送った。


「彼も心配するのでしょう?」


言われてみれば、その通りだ。


俺が無茶をして倒れれば、仲間に余計な負担をかける。


今回、ラグナに至っては放心していたらしい。


アイツらしくない。


逆に言えば、それほど負担をかけてしまったということだ。


「気をつけます」


「本当にお願いしますよ」


商人はそう言って、ようやく少しだけ表情を緩めた。


(よし、これでこっちは一旦問題ないだろう)


次は、レグルだ。


俺は少し離れたところで、不貞腐れたように座っている男の前に立った。


「……何だよ」


兄のガルドを亡くし、気が立っているようだ。


それでも、レグルが貴重な戦力であることに変わりはない。


何より、あのままでは本人が前に進めないだろう。


「お兄さんの件、残念でしたね」


「残念でしたね、じゃねぇよ!」


レグルは右手を横に強く振り払った。


「俺は、俺は逃げたんだ。アイツから……」


頭を抱えながら絞り出す声には、悔しさがにじみ出ていた。


「……逃げちゃ駄目なんですか?」


「はぁ? 駄目に決まってるだろ? 仇が目の前にいて戦わないなんて、あっていいわけがないだろう!」


「仇を討つのと、自殺は別物です」


「何だと! もういっぺん言ってみろ!」


レグルは勢いよく立ち上がり、俺を睨みつけた。


(……怖い)


やはり怒らせるのは嫌だし、適当に合わせて穏便に済ませたい。


……以前なら、そう思っていたかもしれない。


だが、ラグナと出会ってしまったのだ。


心の底から見知らぬ誰かを信用して、助けようとする馬鹿に、俺もなってしまったのかもしれない。


「さっき言った通りです。実際、あのまま戦い続けても勝てなかったでしょう」


「そんなの分からないだろ! 第一、華奢な女に負けてた奴に何が分かる!」


「負けたのは俺のせいです。すみません」


俺は深々と頭を下げた。


実際、俺は油断して攻撃を受けた。


そして、全員に迷惑をかけた。


それは紛れもない事実だ。


でも――。


「これだけはわかります。ガルドさんとあなたが組んでも勝てなかったのに、怒りに任せて戦うあなたが勝てるわけがない」


「………」


「怒りを抱いて戦うのと、怒りに任せて戦うのは別物です」


俺はレグルの眼光を弾き返すように、まっすぐ見返した。


「……そうかもしれない。けど、アイツを逃したのは事実だろ? そして、俺たちは惨めに敗走した」


「負けたのも、情けないのも、逃げたのも、全部事実です」


「何が言いたい?」


「でも、あれ以上戦っても勝てなかったのも、また事実です」


「だからって、惨めに逃げ続けろと言うのか?」


「違います」


俺はレグルを見据えたまま、言葉を続ける。


「負けたのも、情けないのも、逃げたのも、惨めなのも……」


「全部抱えて、勝つんです」


この世界では、意識が魔法に影響する。意思の強さや感情も、その力を左右する。


ならば、怒りに任せるのではなく、それを力に変えることができれば、勝つための力になるかもしれない。


「その気持ちを忘れずに、それを力にして強くなって……」


「もう一度戦って、勝ってください」


「………」


「それが一番の弔いだと、俺は思います」


「……ああぁ、クソッ」


「……分かってる。分かってるんだよ、そんなことは!」


レグルは罵声を吐き、俯いた。


両手で頭を抱えながら呻いている。


その姿からは、強い葛藤が感じられた。


少しして、鋭い眼光が再び俺へと向けられる。


しかし、その目からは、先ほどまでの怒りや苛立ちは薄れていた。


「……すまない。少し言い過ぎた。一緒に戦ってくれて……逃げてくれて、ありがとう」


少し間を置いて、レグルはさらに続けた。


「でも、俺はやっぱり自分のことを許せない」


「そうですか。それでもいいと思います」


「……本当にすまない。色々と言い過ぎてしまった」


レグルは俺に深々と頭を下げた。


「いや、大丈夫です。俺は負けて眠ってただけなので」


「……そんなことはないだろう」


レグルは顔を上げて、少し考えるように言った。


「多分、アンタのあのときの叫びがあったから、アイツはあんな風に動揺したんだろ?」


「そうですかね」


あれに関しては真偽不明だから、何とも言えない。


「それに、ほとんどの指示を出したのもアンタだろ。もしかしたら、アンタがいなきゃ全滅してたかもしれない」


「そんなことはないと思いますよ?」


皆は俺よりずっと強い。


きっと俺がいなくても、何とかしただろう。


「そんなことあるんじゃないか?」


後ろからシエルの声が聞こえた。


いつの間にか近づいて、話を聞いていたらしい。


「確かに、ヒナタは何度も俺たちに助けられてるのかもしれない」


「そうだろ?」


「でも、同じだけ俺たちもヒナタに助けられて、それがあって今ここにいる」


シエルは一度、俺たちの顔を見回した。


「全員役に立ってる。精一杯やってる。それでいいんじゃないか?」


(シエル……)


「珍しくいいこと言うなぁ、お前ぇ!」


そう言って、ラグナがシエルの背後から勢いよく抱きついた。


「俺、見直したよぉ……グスッ」


「くっつくな、鼻水を背中につけるなぁ!」

ラグナを引き剥がそうとするシエルは放置して、俺はレグルに右手を差し出した。


「じゃあ、ルミナまでよろしくお願いします」


「ああ、よろしく頼む」


俺たちは、しっかりと握手を交わした。


騒がしいラグナたちを横目に、俺はようやく一息ついた。

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