35話 危急
「バタッ」
首のなくなった運転手の身体はバランスを保てず、その場に倒れた。
その隣に目を向けると、そこには銀髪の美女が立っていた。
その服と拳は、髪の色とは対照的に赤く染まっている。
「いッ!」
突如、横腹に衝撃が走った。
そのまま馬車の外へと吹き飛ばされる。
「バギャッ!」
それと同時に、馬車の右半分が砕け散った。
「なんだ……? 何なんだ?」
状況が掴めない。
あの人は誰だ?
なぜ運転手を殺した?
俺はなぜ馬車から落ちた?
(落ち着け……)
一つ一つ疑問を処理して、分からなければ飛ばす。
それだけだ。
まず、あの美女が運転手を殺したのは間違いないだろう。
つまり、あの美女はおそらく敵。
俺が吹っ飛んだのはなぜだ?
横から衝撃が来たので、ラグナが蹴り飛ばしたというのが妥当だろう。
位置関係から見てもそうだ。
きっと、敵の攻撃から庇ってくれたんだ。
だったら俺のすべきことはまず…
「ラグナ! 大丈夫か!」
俺はラグナの安否を確認する。
「なんで? リュシアが?」
ラグナが何やら呟いている。
(リュシア……聞き覚えがある)
クレールにいた時、ラグナが偶然会った二人のうちの一人だ。
確か特徴は、白銀の髪に不自然なほど整った顔立ち。
なら……あれがリュシアという奴なのは、ほぼ確定だろう。
「なぁ、リュシアどうしたんだ?! なんでこんなことするんだ? エイドスはどうした?」
「……残念です」
ラグナの問いかけに、リュシアはただそのひと言だけを返し、拳を放った。
「空破弾!」
「ガン!」
リュシアの横腹に放たれた空気は、太い金属音を響かせ、彼女の身体を吹き飛ばした。
「シエル! 大丈夫か?」
シエルは馬車の瓦礫に挟まっている。
呆然とするラグナを咄嗟に庇ったのだろう。
「……いい! 自分で治せるし、出られる。それよりラグナとあいつを!」
(そうだ、あいつはどうなって……)
リュシアは砂を手で払いながら、立ち上がった。
「無傷?」
服は削れているのに、皮膚に損傷は見られない。
(何か仕掛けが……)
いや、それより今は……
「ラグナ! しっかりしろ!」
ラグナの両肩を掴み、揺さぶる。
視線が合わない。応答もない。
「何があったか知らんが、あいつは敵だ! 戦うぞ!」
「……ッ!」
ラグナは何かを押し殺すように、歯を食いしばる。
「分かった!」
そして、力強く返事をした。
これでラグナは多分大丈夫だ。
状況はこちらが3人に対して、あちらは1人。
(いや、本当に一人か?)
「ラグナ、もう一人敵がいないか?」
「……多分いると思う。エイドスっていう男だ」
やはり、以前ラグナから聞いた人物が襲ってきたのだろう。
「カァン!」
戦闘中の別の馬車の方から、金属音が聞こえた。
(あっちに、エイドスとかいう男が?)
いや、まずはこっちの対処だ。
「聚星、風纏」
魔力を集め、風を纏う。臨戦態勢だ。
しかし、あちらもすでに拳を構えている。
(いつ、来る?)
以前と同じだ。敵意を感じ取れ。
(敵意が高まっ……)
「カァァン!」
その瞬間、甲高い金属音が鳴った。
すでに顔の前に銀色の拳があった。
「ッ、危ねぇな」
ラグナが咄嗟に庇ってくれたらしい。
「ヒナタ、離れててくれ!」
「分かった!」
俺は瓦礫から出るシエルを手伝い、距離を取った。
「クソッ!」
攻撃に反応すらできなかった。
ラグナがいなければ、今までにもう数回は死んでいる。
「ヒナタ、落ち着け。考えろ」
シエルが俺の肩に手を置く。
「……そうだな」
(考えろ)
再びラグナの方を見る。
リュシアは硬くなった拳で、剣を使うラグナと応戦している。
いや、ラグナが防戦していると言った方が正しいだろう。
それにしても……
(あの硬さはなんだ?)
音、見た目、硬さからして、金属らしき物に変化しているのは分かる。
表面だけか、中身まで全てが変質しているのか。
いずれにせよ、攻撃や防御のたびに物質を瞬時に生成するなんて、人間技とは思えない。
それに、シエルの空破弾でも傷一つつかないところから見ても、硬度は相当なものだ。
(勝てるのか?)
ラグナが少し押され気味だし、そもそもこちらの攻撃は効いていない。
「……シエル、馬に乗れるか?」
「……やれと言われたらやるかな」
シエルは頭のいいやつだ。
俺の意図を汲み取ったらしい。
「分かってるなら早い」
俺は馬を壊れた馬車から外す。
「逃げるぞ! 全員でだ!」
俺は遠距離から吹っ飛ばす手段ならいくらでも持っている。
逃げながら相手を消耗させる。
「まずは前の様子も見る。ラグナ、攻撃するんじゃなくて耐えててくれ! 逃げてもいいぞ!」
「分かった、逃げはしねぇけどなぁ!」
威勢のいいラグナにリュシアの相手を任せ、シエルと共に馬に乗ろうとしたのだが……。
「ヒヒィィィン!」
馬は敵が現れた恐怖で暴れている。
「ど、どうどう、どうどう!」
シエルが暴れる馬をなんとか落ち着かせようとする。
しかし、全然言うことを聞かない。
「無理か、じゃあ……」
「止まれ」
シエルが殺意と言っても差し支えないほどの視線で馬を貫き、静かに言い放つ。
「……おぉ」
馬は一瞬でおとなしくなった。
別の恐怖で支配すれば、確かに問題ない。
それができるかはさておき。
「早く乗れ」
「……了解!」
頼もしいシエルの後ろに乗った。
「進め」
シエルは手綱を使わずに馬を発進させた。
しばらくすると、前の状況が確認できた。
その惨状が。
「……まじかよ」
そこには壊れた馬車と、腹を貫かれたガルドが転がっている。
「うぉぉぉおお!」
レグルが別人のように勇ましく、剣を振るっている。
その剣をたやすくいなしているのは……。
「エイドス!」
その名前を呼ぶと、鋭い視線をこちらに向けた。
やはり、エイドスとリュシアで合っているようだ。
「レグル! 逃げるぞ!」
シエルが倒れたガルドを見に行っている間に、レグルを回収する。
「逃げる? ありえない! こいつは、俺の兄さんを!」
レグルはもっと冷淡なやつかと思っていたが、違ったようだ。
兄を失い、激昂して戦うことは悪いことではないと思う。
しかし、
「無駄死にだ! 今は逃げるぞ!」
「よく分かってるじゃないか」
そう言って、エイドスは何やら手をこちらに向けた。
(まずい、まずい、まずい)
エイドスのイメージが魔力を通して伝わってきた。
稲妻のイメージが。
「バリッ!」
その瞬間、空間を劈く音が響いた。
(痛ッ……くない?)
思わず閉じた目を開ける。
「カランッ」
目の前にラグナの剣が落ちた。
「セーフ……か?」
ラグナは腹にリュシアの拳をめり込ませたまま、こちらを見る。
(クソッ、また……)
まただ、またラグナに庇われた。
ラグナは俺の前に剣を投げ込んだのだ。
そして、稲妻を防いだ。
しかし、その剣はラグナ自身への攻撃を防ぐためにも必要だったのだ。
「ヒナタ! しっかりしろ!」
シエルはレグルを引っ張りながら叫ぶ。
「仲間だろ! 守られて当然だ。だからヒナタもラグナを、皆を守れ!」
俺はシエルの言葉を松葉杖として、なんとか精神を持ち直す。
(考えろ)
ガルドは無理だ。助けている暇はない。
商人の無事は確認すらできていない。
ラグナも、さっき俺のせいで致命傷を負った。
(逃げるのはもう無理か……)
逃げるのであれば、誰かを捨てないといけない。
それは俺の中でありえない選択肢だ。
「倒すぞ!」
「……もちろん!」
ラグナは脇腹を押さえながら立ち上がる。
(片方だけでも倒す)
まずは、現時点で情報の多いリュシアを狙う。
「シエル! レグル! そっちのやつは頼んだぞ!」
「……やってみる」
「ヒナタ、作戦は?」
「今考える」
「呑気におしゃべりですか?」
そう言って、
リュシアは一瞬で距離を詰めてきた。
「ガァン!」
「赫星」
咄嗟に出した技で、リュシアを弾き飛ばした。
溜めて居なくて吹っ飛ばす程度ならできる。
リュシアを倒す技があるとすれば、
やはり赫閃しかありえないだろう。
「ラグナ、動けるか?」
「あぁ、もう血も止まった」
さすがラグナと言ったところだが、ダメージがあることには変わりない。
「赫閃を溜めるための時間稼ぎは無理か…」
「いや、俺はまだ!」
「大丈夫だ、ラグナ。別の案がある」
「案?」
「ラグナ、赫星を剣に纏わせたことあったろ?」
「あぁ、昨日のやつか」
「あれに双衝を合わせてくれ」
「…それでいけるのか?」
「試すしかない」
衝撃を重ねれば、威力は上がるはずだ。
問題は、あの硬い身体を突破できるかどうか。
(赫閃以外でならこれが最大火力になるはず)
もし通じなければ、ほぼ打つ手はないことになる。
「聚星……」
俺は全力で魔力を集める。
「作戦会議は終わりましたか?」
リュシアが冷たく問いかけてくる。
「あぁ、もしかしたらアンタを倒せるかもしれない」
「そうですか」
リュシアは構えを取った。
「ラグナ!」
「おう!」
俺は集めた魔力を、赫星へと変えていく。
「いくぞ!」
ラグナが剣を構え、俺たちは同時に踏み込んだ。




