34話 砂漠
「おはよ! いい朝だな!」
ラグナの明るく大きい声が森に響く。
「……おはよ」
それに反比例するような声で俺は返事をした。
「どうした? 顔色悪いぞ?」
俺とシエルの目の下には、くっきりとした隈がある。
「いや、昨日話し込んじゃってな」
シエルが欠伸をしながら応答する。
「ふぅーん、夜更かしは良くないぞ?」
すこぶる健康優良児に言われると説得力がある。
今は朝の7時。
あと10時間くらい寝たい気分だが、朝食を取らないといけない。
後で馬車でちょっと寝よう。
そう決めて、なんとか朝食をかき込んでいると、誰かが挨拶してきた。
「おはようございます!」
「おぉ、ガルド! おはよ!」
ラグナが元気よく挨拶を返す。
昨日の護衛の人だ。
「お隣、失礼します」
そう言って、ガルドはラグナの右隣に腰掛けた。
俺はラグナの左隣に座っている。
「お三方、今日も何卒よろしくお願いします」
「任せろ!」
ラグナが胸を叩く。
「全然いいんですけど、そういえばもう一人の護衛の方ってどこにいますか?」
「それがですね……恥ずかしながら、まだ寝ております」
(いいなぁ)
ガルドさんと違い、少しだらしない人なのだろうか。
「俺が起こしてくるぜ!」
そう言って、ラグナはもう一つの馬車の方に走っていった。
―――
「ごちそうさまでした」
「起こしたぜ!」
俺が食事を終える頃、ラグナがもう一人の護衛を連れてきた。
いや、引きずってきた。
「……あの、こちらの方は?」
「残念ながら、私の弟ですね……」
「朝だぞ。ほら、飯食え」
「んぐっ!?」
半ば寝ている護衛の口に、ラグナがスプーンを突っ込む。
「ほら、もう一口」
「待て待て待て! 起きるから待て!」
「自分で食えるのか?」
「突っ込まれるくらいなら食うよ」
その人はラグナからスプーンを奪い取り、カレーを食べ始めた。
「……えー、こちらが我が弟、レグルになります」
ガルドは少し残念そうな顔をして弟を紹介している。
(レグルか……)
見たところ、あまり鍛えてなさそうだし、無気力そうだが大丈夫なのだろうか。
でも昨日、獄獅の爪を受け止めていたし、強いんだろう。
きっと、多分。
レグルは雑にカレーをかき込んだ後、馬車に戻ってしまった。
「はは、すいません。うちの弟が……」
「いや、特に問題はないんですけど、あれで戦えるんですか?」
「それがですね、剣の腕だけはたつんですよね」
「へぇ、そうなんですか」
「もっとも、怠惰なので鍛錬もほとんどしませんが」
「宝の持ち腐れですね」
―――
「皆さん朝食は済んだようなので、出発の準備をしてください」
商人が皆に呼び掛ける。
どうやら、今回は俺たちが後ろでいいらしい。
(寝れるな)
「なんかあったら起こしてね」
そう言って、ラグナの膝を枕にして眠りについた。
―――
「……ヒナタ! ヒナタ!」
肩を揺すられて目を開けると、瞳孔の開いたラグナの目と視線が交差した。
「……何?」
「ほら、見てみろよ!」
なにやらラグナが嬉しそうにしている。
俺は窓から外を見た。
そこには、視界を埋め尽くすほどの黄金の大地が広がっていた。
その広大な砂漠の奥では、陽炎が揺れている。
「砂漠か!」
「正解。熱くて敵わん」
シエルは手で自分を仰ぐ素振りを見せた。
「なんか凄くないか? 凄いよな!?」
ラグナは見たことのない景色に興奮しているようだ。
「さっきから、こいつがうるせぇんだよ」
シエルがラグナを親指で指し示し、どうにかしてくれと言わんばかりの態度をとる。
「いや、凄ぇだろ?!」
「うるさいし、熱いしで最悪だよ」
シエルは煩わしそうに汗を拭った。
(砂漠か……)
クレールを抜け、更に熱帯雨林を抜けたら、その次は……。
ルミナのある地域、『砂漠』だ。
「もう少しで街だな」
「あと、最短で4日らしいぞ」
「マジ? そうだったっけ」
いろんな出来事があって、時間感覚が狂っている気がする。
旅はまだまだ続くらしい。
「獄獅以外で特に魔物にも襲われてないからな。早めに着くかもな」
「だといいけどね」
シエルは、うまくいくわけがないとでも言いたげな様子で応答した。
「おっ、あれ見てみて」
窓の外を見ていたラグナが呼び掛けてくる。
「……何あれ、キモぉ」
枯れ葉のような三本足を使って、低木が歩いていた。
「あっ、座ったぞ!」
「何あれ、面白すぎない?」
シエルも窓を覗いてくる。
低木のような生き物は、三本の根を折り畳むようにして地面に近づくと、その根を砂に挿し始めた。
「うわぁ、キモい」
「なんでだよヒナタ、面白くないか?」
「キモさが勝る」
「俺は面白さ派かな」
俺の味方はいないようだ。
「じゃあなー」
その場に根を張り直し、馬車から遠ざかっていく低木に、ラグナが手を振っている。
怖い。
あんなのがいるとは、異世界は恐ろしい。
他のやつもエルじぃの本で予習しておこう。
キモすぎるのが出た時に、耐えられない気がする。
(砂脈樹……砂潜り……砂聴虫……岩人)
ペラペラと砂漠の生き物のあたりをめくっていると、様々なものが目に入ってきた。
砂脈樹は、さっきのやつだろう。
サイズは30センチから1メートル。
三本の太い葉っぱで歩き、水源があるところへ移動する植物という記載がある。
あんまり見たくない。
他にはトカゲにモグラにサソリ……現世の動物と大きくは違わないらしい。
砂脈樹も、もとはただの低木だろう。
しかし、その考えはすぐに覆された。
「岩人?」
岩人。
岩石地帯に生息する、岩石で構成された未知の存在。魔法を利用して身体を動かし、繁殖することが確認されている。しかし、その生態や繁殖の仕組みについては、未だ解明されていない。
寿命という概念はなく、身体が粉砕されるまで活動を続ける。周囲の岩石と見分けがつかない個体も存在するため、岩石地帯を通行する際は注意が必要である。
大きさは完全ランダムで、山のような個体から小石サイズの個体までいる。
エルじぃのメモによると、採掘中に間違って叩いてやられる人が多いらしい。
「見分ける方法とかねぇの?」
本を覗き見ていたラグナが聞いてくる。
「動いてるかどうかじゃない?」
「止まってたらどうすんの?」
「……気をつけよう」
座っている岩が突然動き出して攻撃してきたりしたら、嫌すぎる。
その時、馬車が止まった。
少しして前の小窓が開き、運転手が顔を出す。
「なんか、前で魔物が出たみたいですね」
「俺たちも出るか?」
ラグナが剣を持って立ち上がる。
「ちょっと見てきますね」
そう言って、三人で馬車を降りた。
そして、その景色に驚愕した。
「……でかくない?」
そこには、アーカイブスの巨大樹を想起させるほどの砂脈樹がいた。
通常の砂脈樹とは、あまりにも大きさが違う。
「うおぉ!」
ガルドが雄叫びを上げ、砂脈樹から伸びる触手のようなものを切断した。
(おかしいな)
図鑑の記載では、1メートル未満だと言っていた。
それに、水を求めて移動するとも。
(であれば、俺たちを攻撃する理由はなんだ?
でかい原因は?)
でかい理由は分からない。
だが、サイズに関係なく水を求めることは変わらないはずだ。
つまり……。
「……この下に水源がある?」
ぱっと見では水源は見当たらない。
だが、あのサイズなら、探知能力が高い可能性もある。
「どうしたヒナタ、助けに行かないのか?」
「いや、穏便に済ませられるかもしれない」
効果があるかは分からない。
それでも、試す価値はある。
「全ての馬車をここから離れさせてください!」
俺は、全運転手に伝わるように大きく叫んだ。
仮に水源があるとしたら、ここから離れれば攻撃はしないはずだ。
「……わかりました」
一番近くの運転手が反応する。
何やら手で合図を送り、他の馬車を先導して離れてくれた。
「ガルドさん! こっち来てください!」
次はガルドを逃さないといけない。
「すまない! 捕まった!」
ガルドは触手で縛られ、宙に浮いていた。
「俺が行く!」
ラグナが咄嗟に走り出す。
その瞬間――
「うわっ」
ガルドを拘束していた触手が切断され、彼の身体が地面に落ちた。
「ドジだなぁ」
レグルが剣を持ち、ガルドを見下ろしている。
いつの間に。
「あいつやるな」
ラグナが闘争心を燃やすようにレグルを見ている。
「……俺、見えなかったわ」
正直、何が起こったのか分からない。
ただ、レグルがガルドを素早く助けたことだけは確かだった。
「ズズズ……」
レグルがガルドを担いで離れると、砂脈樹は移動を始めた。
そして、さっき俺たちがいた位置に腰を据える。
「うわぁ……」
太い根のようなものが、砂脈樹の下部から伸びてきた。
その根は、地面に深々と突き刺さった。
「ヒナタ、こうなるの分かってたのか?」
「いや、確定じゃないけど、図鑑の内容が正しいならこうなるかなって」
「まぁ、戦うより試してうまくいくのがいいよな」
砂脈樹を観察しながら、シエルが言う。
「で、なんであんなでかいの?」
ラグナが砂脈樹を指差した。
図鑑の内容と一致しない。
だからといって、図鑑が間違っているとは限らない。
単に、エルじぃが知らない個体なのかもしれない。
「……突然変異とか?」
「エルじぃが知らないこともあるってことでいいと思うよ」
「やっぱ、それでいいかも」
俺は図鑑が正しいと思っていたが、シエルの言い分のほうが妥当性はある。
でも、その知らないことが気になる。
(でかいのはなんでだろ)
新たな思考のテーマが手に入った俺は、馬車に戻り、頭の中で遊び始めた。
―――
「…なぁ、あれ見えるか?」
窓から不思議なものが見えたので、ヒナタに聞く。
しかし返事がない、また考え事をしてるようだ。
「おい、シエル」
仕方なく代わりを呼ぶ。
「なんだ? 性もないことだったら許さん」
「いいからあれ見て」
シエルは俺と共に窓を覗いた。
「…生き物? いや、人か?」
「やっぱりそうだよな、2人くらい歩いてない?」
「この砂漠をか?」
「そうは言われてもいるんだから仕方ないじゃん」
「あれ? いなくなったぞ?」
―――
(生物の無意識は魔力にどんな……)
「ガタッ」
馬車が大きく揺れた。
思考から現実に引き戻され、俺は顔を上げる。
シエルとラグナが何やら騒いでいるが、状況確認が先だ。
「なんかありましたか?」
運転席に声をかける。
「…………」
返事がない。
「どうしたんですか?」
もう一度声をかける。
やはり、返事はなかった。
俺は眉をひそめ、運転席の小窓を開けた。
「……えっ?」
運転手の首から上が、無くなっていた。




