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魔法は思考で使う。  作者: ひなぶり
2章

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33話 魔法世界

「ガタッ、ガタッ」


馬車が一定のリズムで揺れている。


瞼の裏がほんのりと白むのを感じた。


薄っすらと目を開けると、見覚えのない天井が視界に入る。


(……眠い)


もう一度、暗闇に潜ろうと目を閉じる。


(天井?)


俺は思わず飛び起きた。


「今、森の中じゃん?!」


窓の縁に肘をつくラグナと目が合った。


窓からは夕日が差し込んでいる。


「おはよ、よく寝てたな」


「俺、いつから寝てた?」


「獄獅を倒した後、すぐ倒れてたぞ」


「ごくし? あのライオンか?」


「そうそう、エルじぃの本にも書いてあったぞ」


「マジ? 見せて見せて」


両手を出すと、ラグナはその上に本を置いてくれた。


俺はページをめくっていく。


「何ページくらい?」


「覚えてねぇ。真ん中くらいだったと思うぞ」


大雑把な奴め。


「……あった」


『獄獅』


獅子に似た姿をした大型の魔物。

体長は約4メートルにも及び、発達した前脚と肩、太い首を持つ。


全身の筋肉や骨格は戦闘に適した形へと発達しており、爪や牙も非常に鋭い。


獄獅は非常に好戦的な性質を持ち、自らより強い生物でも積極的に襲う。


もっとも、獄獅より強い生物などそうそういないのだが。


そのため、獄獅に襲われた人間の多くは帰ってこない。


まるで地獄へ連れていかれたようだという意味を込めて、いつしか『地獄の獅子』――獄獅と呼ばれるようになった。


「へぇ、やっぱ強かったんだな」


「その下、見てみろよ」


ラグナに促され、視線を下にずらす。


「エルじぃか」


そこには雑な文字列が並んでいる。


獄獅――我ながらいいネーミングセンスじゃと思う。


それはそれとして、本当に強かった。


勇者がおらんかったら死んどったかもしれん。


雷も、物理攻撃も、炎も、な~んも効かん。


最終的には勇者が岩で生き埋めにして逃げたわい。


2人じゃ勝てぬ。


「……ヤバいの相手にしてたんだな」


「というか、この本の中に出てくる名称、運転手にも伝わるんだよな」


ラグナが窓の方を覗きながら呟く。


「つまり、エルじぃが書いてたこの本の情報は世界的に普及してる?」


「そういうことなのか? エルじぃ、やっぱすげぇな!」


今更気づいたらしく、ラグナはあからさまに喜んでいる。


「それより、エルハルトさんの雷が気になるのは俺だけか?」


シエルがそわそわとしながら聞いてくる。


「確かに! どうやって撃ってたんだろ」


他の文に引っ張られてスルーしていたが、そちらも気になる。


「……俺、雷使えるようになったよ」


シエルが怪しげな目でこちらを見る。


「流石に嘘だろ。できるならやってみろよ」


俺が挑発すると、シエルは人さし指をこちらに近づけてきた。


「痛っ……って、これ静電気じゃん」


「雷には違いないだろ?」


「う~ん、規模のギャップがすごい」


「それはそう。これを強くできたらいいんだがな」


雷か……雷魔法。


ロマンの塊みたいな技だし、鮮明にイメージできるが……


(空中放電の難易度だよな)


空気中に電気を流すなら、何万ボルトもの電圧が必要になる。


(いや?)


根本的に間違っている。

電圧を再現する必要なんてないんだ。


ここは魔法の世界。雷は無理でも、『雷のようなもの』を再現することは可能だ。


現代と同じように再現する必要はない。


しかも、実際にエルじぃは雷を使用している。


ならば、できるはずだ。


(そもそも、魔法は現象そのものを再現する必要があるのか?)


静電気の魔法で、シエルはすでに電気の性質を再現している。


ならば、雷を再現しようとしたときも、雷そのものを完全に再現する必要はないのかもしれない。


『雷のようなもの』をイメージすれば、魔力がそのイメージに近づくように変化する。


そう考えれば、エルじぃが雷を使えたことにも説明がつく。


「……なぁ、ヒナタ」


「何?」


思考を邪魔され、少し苛立ちつつシエルの方を向く。


そして、その光景に驚愕した。


「マジ?」


シエルの指と指の間に稲光が迸っている。


「……どうやったの?」


「静電気の魔法を両手の人さし指で使ったらできたよ」


「シエルはできるって分かってた?」


「さすがに分からなかったよ」


「そうか……」


おそらく、静電気や雷を再現しようとした結果、魔力が電気に近い性質を自然と示したということになる。


「イメージに近づくように、自然と魔力は変化する」


そういうことなのかもしれない。


「痛っ、なにすんだよ」


「でも、実用性は現時点で皆無かな」


シエルが疑似雷をラグナに浴びせて試している。


「そうか」


やはりエルじぃは桁外れの魔法使いだったということになるのかもしれない。


言い争うラグナとシエルを傍目に、考えごとを続けた。


―――


「なんにもなかったなぁ~」


馬車から降りたラグナが伸びをしながら言う。


「いいことだろ」


「暇なんだよ」


「うるせぇ、戦闘狂」


「まぁまぁ、飯だ飯」


また言い争いそうな2人をなだめ、食事を取りにいく。


夕方18時を回ったので、開けた場所で夕食をとることになっていた。


「カレー! カレー!」


ラグナがウキウキで器に食事を注ぐ。


さっきまで俺の後ろでシエルと話していたのに、いつの間にか抜かされている。


俺もカレーを注ぎ、適当な倒木に座る。


「いただきます」


各自、適当に食べ始めていたので、俺も食べる。


「隣、いいか?」


昨日、一緒に戦った護衛の一人が声を掛けてきた。


「もちろんいいですよ」


「感謝する」


そう言って、彼は俺の隣に座った。


「昨日は本当に助かった」


彼は俺に深々と頭を下げる。


「いえいえ、こちらこそですよ」


獄獅の爪を受け切ってくれたのは、とてもありがたかった。


「いや、本来は俺たちだけで護衛する予定だったんだ」


「そうなんですか?」


「あぁ、あんな魔物が来るとは思っていなかったし、他に助っ人を引き受けてくれる奴がいるとも思っていなかった」


「やっぱり、あんなことはそうそうないんですね」


「そうだな。偶然ラグナとやらが声を掛けてくれて、本当に助かった」


「いや、俺たちもルミナに行く予定だったんで、乗り合わせることができてよかったです」


「そうか……それで、お前ら何者なんだ?」


「ただの若い冒険者ですかね」


「そうか。それにしては腕が立つ。誰かに習っていたのか?」


「はい、エルハルトという……」


「エルハルト?!」


男は急に立ち上がり、大声を上げた。


「なっ、なんですか?」


「……すまない、取り乱した」


「かつての伝説の魔法使いの名が出て、動揺してしまった」


「そんなに有名だったんですか?」


「有名も何も、俺たちの時代を変えたのは彼らだよ」


そう言ってから、彼は熱烈に語り始めた。


「生物、環境、魔法理論、その他諸々の基礎を世界に広めたのが、勇者一行のエルハルト様だ」


「そんなにいろいろやってたんですね」


確かに、エルじぃから貰う図鑑や記録は詳細で正確だった。


それは実体験を元に書いていたからなのだろう。


「世界を初めて一周したのも彼だ」


「彼の本には世界の全てが記されているとまで噂されている」


少し比喩があるかもしれないが、あながち間違いでもないだろう。


「それに、俺は彼らに一度助けられているんだ」


「そうなんですか?」


彼は少し遠い目をして話し始めた。


「かつて俺の街、今はルミナというが、そこが魔物に襲われてな」


「その魔物を全て討伐してくれたのが彼らなんだ」


「凄いですね」


「あぁ、あれは今でも覚えている」


「当時、子供だった俺の前に魔物が立ちふさがっていたんだ」


「俺は弟を逃がすために、そこに残っていた」


「魔物に襲われ、死を覚悟したその時――」


「目の前に雷が魔物に降り注いだんだ!」


とても興奮した様子で、こちらを見てくる。


「それは、凄いですね」


「コホン、すまない。少々興奮してしまった」


「大丈夫ですよ」


「とにかくだ、もしエルハルト様に会うことがあれば、ここに救われた命があり、救われた命がまた別の命を救っていることを伝えてほしい」


「分かりました」


「いや~、話は聞かせてもらったぜ」


口元にカレーをつけたラグナが嬉しそうに寄ってくる。


「もっとエルじぃの話を聞かせてくれよ」


「あなたは……確かラグナさんでしたよね。昨日は大変助かりました」


「ヒナタさん、こちらのラグナさんはどのような方で?」


「簡単に言うと、俺の友達、エルじぃの孫」


「……孫ぉ?!」


そう言って、護衛の彼はガシッとラグナの両手を握った。


「ぜひともお話を聞かせてください! それに、私にも聞かせてほしいです」


「分かった分かった」


それから2人で話し始めたので、俺は席を外した。


―――


さてと、魔法実験するか。


前回の戦闘で、だいぶ改善点が見えてきた。


これからは新技を作るより、今ある技を強化する方がよいだろう。


付け焼き刃より、洗練された一つの刀だ。


まずは赫々(かっかく)だ。


弾くエネルギーを持つ、赫く光る球体。


これを強く放つのが赫閃(せきせん)。


非常に強力で、あの獄獅すら貫いた魔法だが……


(使い勝手が非常に悪い)


なにより、溜めが長すぎる。


しかし、赫々を出すこと自体は簡単だ。


だったら、赫閃の簡易バージョンを作ってみよう。


赫閃は強力に圧縮、加速して貫通させる弾だ。


しかし、赫々はそれ自体で弾く力があるし、腕に纏わせて使うこともできる。


(だったら、溜めずに撃ってみる?)


物は試し。さっそくやってみる。


俺は右手を前に構える。


「赫々」


鮮烈な赫い玉が浮かぶ。


これを適当な木にぶつけてみる。


「バァン!」


当てただけだが、大きく丸く凹む程度の威力は出た。


「……前より強くない?」


使ううちに再現性が上がったのだろうか。


まぁ、それはいい。


とりあえず、溜めなくても強いことは分かった。


しかし、これなら水淬吼の代わりにしかならない。


(どうするか……)


俺は赫々を8の字に回しながら考える。


(……これだ!)


そういえば、シエルがやっていたじゃないか。


火の玉を12個出して細かく操作し、陽動や補助に使う技。


炎星(えんせい)だ。


あれを真似してみよう。


「赫々」


赫々を12個出そうとしたが、いくつかは維持できず霧散してしまう。


(シエルみたいにはいかないか)


最終的に、3個程度の操作が限界であることが分かった。


これを縦横無尽に動かす。


試しに、目の前の木に前後左右から玉をぶつけてみる。


「ダ、ダ、ダァン!」


そのまま木は凹みすぎて倒れてしまった。


便利だが、まだ使える気がする。


(何かないか……)


「カァン! カァン!」


その時、鋭い金属音が耳に入った。


音の行方をたどると、護衛の人とラグナがいた。


「カァン!」


どうやら、剣の練習試合のようなものをしているらしい。


「くっ、力強ぇえな」


「お褒めにあずかり光栄です」


ラグナの方が剣撃は速いが、押し合いになると少しばかり負けている。


(これだ!)


「ラグナ!」


いいことを思いついたので、ラグナに声を掛ける。


「なんだ? 今、稽古してるんだが」


「邪魔はしないから、距離を取ってもう一回戦ってくれ。試したいことがある」


「ガルドさん、いいか?」


「えぇ、もちろんですとも」


ラグナは護衛の人に許可を仰ぎ、ガルドは快く承諾してくれた。


ラグナは歩いてガルドから距離を取っていく。


そして振り返り、構える。


「……じゃあ、いくぞ!」


ラグナが鋭く走り出す。


それを狙って、魔法を発動する。


「赫々!」


赫い玉を出現させ、それをラグナの剣に向かわせる。


「飛閃!」


ラグナが深く踏み込み、一気に懐に潜り込む。


そして、その剣は赫い光を纏っている。


「タァァン!」


不思議な音が鳴り、受けたガルドの剣が弾き飛ばされた。


「おぉ! お見事」


ガルドが両手を叩いて称賛している。


「ヒナタ! 今のなんだ!?」


「俺の魔法をラグナの剣に纏わせたんだよ」


「マジかよ! すげぇな!」


俺には少し難しいが、ラグナなら弾く力に耐え、その力を相手にぶつけることが可能だと思った。


(これは使えるぞ)


距離を取るためにぶつけてもよし、纏わせてもよし。だいぶ汎用性の高い技になってきた。


「ありがと、ラグナ。また今度も頼むよ」


「任せろ!」


そう言って、ラグナは稽古に戻った。


―――


よし、後は技名だ。


これはもうほぼ決まっている。


シエルの炎星の赫々バージョン、赫星(かくせい)だ。


後は、自分にも試してみよう。


ラグナのを見て改善点を思いついた。


以前は赫々を拳に纏わせて殴ったが、自分も弾かれるのでとても痛かった。


だが、今は……


カバンから例の布を取り出す。


これがある。


「赫星(かくせい)」


俺は魔法を唱え、赫い玉を手に浮かべる。


これを布の先端に纏わせる。


そして、この先端を拳を握るように丸め……


殴る!


「ダァン!」


目の前にあった木がへし折れた。


しかし、当然俺にはダメージはない。


「使えるぞ」


このオリジナル魔法、最強かもしれない。いや、でも魔力消費が……


(あれ?)


俺は強い違和感を覚えた。


(なんだ?)


記憶を異世界に来たときから遡る。


そして、掘り当てる。


「魔力が無くならない?」


確か以前は、白炎を使ったらそのあたりでは魔法を使えなくなっていた。


しかし、赫々などの技は連発できている。


白炎と赫々、ここには何かしらの違いがあるはずだ。


(なんだろう)


俺は思考の海に深く潜り込む。


―――


「……ナタ! ヒナタ!」


「……あっ、ごめん、何?」


ラグナが俺をさっきから呼んでいたようだ。


「時間見ろ、時間」


「……え?」


腕時計には22時との表示がある。


「もう寝ないとだな」


「うん、でもその前に身体拭こうぜ」


ここは森の中だ。


当然、風呂がないので濡れタオルで拭くしかない。


飲み水はもったいないので、シエルが魔法でお湯を出してくれた。


タオルで身体を拭いていると、ある疑問が浮かんだ。


「魔法で作った水を飲むのは駄目なの?」


「いや、駄目ではないよ」


俺の質問に、シエルは平然と答える。


「なら、金属とかも魔法で作って売ったり、食べ物も魔法で作ればいいんじゃない?」


「それも一時的には問題ないね」


「ヒナタは魔法で作った物と現実の物の違い、分かる?」


「……イメージの精度による違い?」


「それもあるけど、じゃあ完全なイメージができるときの違いは?」


「無い?」


「有るんだよ」


身体を拭き終えたシエルが立ち上がる。


そして、手元に水を生成した。


「これは多分、現実の水に限りなく近いものだと思う」


「じゃあ、これを飲んだと仮定してみよう」


シエルは飲む振りをする。


「この水は胃を通ったあと、ほとんどは小腸で吸収されるだろう」


「それで何か問題があるのか?」


「ヒナタは、吸収された後の水の様子がイメージできる?」


「……できないな」


「そう。つまり、イメージできない物は作れない」


「更に言い換えれば、イメージできない物は維持できない」


「それは分かったけど、吸収された水はどうなるんだ?」


「魔力に還ると言われているね。俺もそれが妥当だと考えている」


「……確かに、魔法を使っても魔力が完全には無くならないとするなら、そうかもしれない」


しかし、そこで更に致命的な疑問が湧いた。


「シエルが治した身体はどうなってるんだ?」


治した身体を常にイメージしない限り、治した箇所は魔力に戻ってしまうはずだ。


「いい疑問だね。俺も不思議に思ってたんだよ」


「じゃあ、今も分かってないのか?」


「いや、仮説はある」


少し間を置いて、シエルは言った。


「それは、自分の感覚の及ぶ範囲は無意識で補完できるというものだ」


「例えば、ラグナは筋力を強めたりしているよね」


「そうだな」


「でも、ラグナが筋繊維の動きをイメージしてると思う?」


「絶対ない」


俺は断固として否定する。


「ハハッ、だろ?」


「要は、感覚の及ぶ範囲は無意識で補完できるんじゃないかってことだよ」


「なるほど……でも、それなら夢を見てる時とかどうなるんだ?」


俺は服を着てから、更に話を続けた。


―――


「無意識と意識に具体的な違いは……」


「待て、ヒナタ」


シエルが俺の顔の前に手を出す。


「……今、何時だ?」


「3時ですね」


「ヤバいヤバい」


「早く寝よ!」


俺たちは急いでテントの中に入り、眠りについた。

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