32話 異世界で生きるということ
そこからは、人型の影がこちらを見つめていた。
(人? いや…猿?)
やつが上にいるせいで、逆光と高さのせいで見えない。
「あいつ、俺達が動いてる時だけついてきてる」
「そうなのか?」
「あれは影猿っていうやつですね」
「あいつは馬車や人をつけて、寝た後なんかに盗みを働くクソ野郎なんですよ!」
運転手は半ば怒鳴っている。
多分、被害にあったことがあるんだろう。
「じゃあ殺した方がいいのか?」
「やっちゃってください」
「水淬」
俺は自分の周りに水の玉を出す。
「う~ん」
逆光で見えない、なら、
「数打ちゃ当たるだな」
俺は適当に弾を撃つ。
「ギャッ」
思いの外簡単に当たり、影猿が落ちてくる。
「やりましたねぇ!」
運転手が嬉しそうに声を上げる。
ラグナが猿に近づき、剣を振る。
その瞬間、
「ウギャアァァァア!」
鼓膜を劈くような叫び声が森に響き渡る。
その叫びは20秒程の間続いた。
「……クソッ、やっと終わったか」
ラグナが愚痴る。
俺も手で耳を塞いでいたにも関わらず、鼓膜が痛い。
「何だったんだろ」
「そっちは大丈夫ですか!」
シエルが後続の馬車が無事か確認しに行っているようだ。
「おかしいですね……今までこんなことなかったのに」
「そうなんですか?」
運転手が不思議そうに首を傾げている。
というか、知っていたら殺してもいいと言わないだろう。
なら、何かイレギュラーな事が起きたと考えるのが自然だ。
(イレギュラー、いつもと違ったこと……)
「前と今回で何か違ったことはありましたか?」
俺は運転手に聞く。
情報を集める。
「……見つかるのが簡単でしたね」
「そうなんですか?」
「そもそもアイツらはもっと距離を取るし、群れで行動するし、高い目立つところに居たりと、思えば不自然だったかもしれないです」
「………」
つまり、アイツが特別不自然な行動をとっていた。
(その条件は? 前回との違いは?)
「アイツの名前、影猿でしたよね?」
「はい」
俺はエルじぃの本を開く。
何か書いているかもしれない。
それは、思いの外早く見つかった。
大きな見開きで注意喚起が書いてある。
『大きな集団で森に立ち入るな、ヤツらは異常な生存戦略を取っている』
『奴らは一匹を犠牲に……』
「ヒナタ! 何か来る! デカいぞ!」
その文の続きはこう締められている。
『強力な魔物を呼び寄せ、人間を阻む』
「バキバキッ」
木々が何かに押し倒される音がする。
「みんな! 先に行くんだ!」
ラグナが叫ぶ。
勝てないという判断を直感が下したのだろう。
「シエル! 他の護衛の人! 来てください!」
俺は戦力を呼び集める。
そして、
「おい、運転手!」
俺は腰が砕けたように座り込んでいる運転手に怒鳴る。
「運べ! お前の仕事だろ」
「あ、あぁ、あ!」
「おい!」
俺は運転手の胸ぐらを掴んで、自分の方へ向ける。
しかし、その目は焦点が合っていない。
「フーフー」
更に、馬も呼吸を荒くして暴れている。
(まずい)
このままだと……
「バキッ!」
ついに木々の間から、その黄金の頭部が現れる。
『コイツ』をここで倒さないといけない。
「……百獣の王じゃねぇかよ」
俺は思わず呟く。
そこにいたのは、巨大なライオンだった。
高さは4メートル近くある。
四肢は太く、特に前脚と牙は異様なほど発達している。
肩から背中にかけて盛り上がった筋肉は、毛皮越しでも分かるほどだった。
鬣は首だけでなく、胸元まで覆っている。
その凛々しい顔つきから、突き刺すような意志が感じ取れた。
この世界は感情が魔力に影響を与え、周りに伝える。
それは言葉が違えども、会話ができる程に。
「グルルルル……」
低く唸っているライオンのそれが鮮明に伝わる。
『食い殺す』
その、純粋で研ぎ澄まされた意志が。
「ヒュッ、ヒュッ」
(誰の息遣いだ?)
俺は周りを見渡す、過呼吸になっていそうなやつはいない。
もっと近くから聞こえる。
「……俺かよ」
震えた声で、俺は呟く。
(初めて向けられた純粋な敵意に怖気づいたのか?)
そうかもしれない。
でも、
大事なものがあるだろう。
親友。
見送ってくれたエルじぃ。
ラグナにシエル。
俺が、守らなければ。
「ラグナ! いくぞ!」
「…あぁ」
予想外に落ち着いた声が返ってきた。
俺は驚いて、ラグナの方を見る。
その敵を見据える目は、研ぎ澄まされた集中を感じさせた。
怖気づいていた俺とは違い、ラグナは戦闘の準備を完了させていたのだ。
(クソ、情けねぇ)
俺は敵を見据え、覚悟を決める。
「聚星……風纏」
戦闘準備だ。
魔力を集め、風を脚と腕に纏う。
ラグナと俺で、ライオンを左右から挟んで構える。
「グルル……」
ライオンは低く唸り、様子を伺っている。
(いつだ? いつ攻撃してくる?)
いつものようにラグナに庇われる訳にはいかない。
(攻撃する意志を感じ取れば……)
敵意の逆算だ。
感じる敵意を読み取り、それが高まった瞬間に躱し、反撃を取る。
(深く感じろ)
ライオンの目を見つめる。
「ガルル……」
(今!)
「来るぞ!」
俺の予感とラグナの声が重なったその時、
俺にライオンの爪が空を切り裂き、振り下ろされる。
「風掌!」
脚に風を纏わせ、地面を蹴る。
「ドァァン!」
さっきまで俺がいた所の地面が、大きく抉られた。
攻撃後は隙が生まれる。
(反撃だ!)
「風掌!」
俺は敵の振り下ろされた前脚に向かって拳を放つ。
「ドン」
しかし、その前脚は鈍い音を鳴らすだけで微動だにしていない。
(は? ワイバーンですら飛ばすんだぞ?)
俺の思考が止まったその一瞬だった。
「ヒナタ!」
俺はライオンの前脚で振り払われた。
「ガハッ」
痛い。
痛い。
背中が、腹が。
(…なんだ? 何がどうなった)
俺はなんとか倒れた身体を起こす。
こちらに走ってくるシエルと、遠くにラグナが見える。
(飛ばされたのか)
そこでようやく振り払われて、後ろの木に激突したことを知る。
「立たないとッ!」
ラグナが一人で攻撃を躱している。
俺が早くいかないと……
しかし、脚が痛くてうごかない。
「うごけ、動け! 動け!」
早くいかないといけないのに。
「ヒナタ! 落ち着け、直してからだ」
シエルが俺に優しく話しかける。
「でも、ラグナが……」
「じゃあこれを言おうかな」
シエルはそう言って咳払いをしてから、俺にしっかりと向き合った。
「お前にできることはなんだ!」
そう、大きな声で言い放った。
「前にヒナタが言ってただろ?」
シエルが少し懐かしむように聞いてくる。
「………」
「今できるのは無茶じゃなくて、身体を直してすぐに戦うことだ」
シエルは俺の傷を迅速に治しながら、優しく、強く話す。
「突っ込むことでもない、考えるんだよ」
(考える……)
「……そうだな、俺が唯一できることだ」
俺は身体を治療されながらも、ラグナの方に視線を移した。
ラグナは攻撃を紙一重で躱し続けているが、反撃はしていない。
馬車はいつの間にか離れていて、護衛が今ラグナの方に向かっている。
(なんにも見えてなかったんだな)
シエルの言葉を痛感する。
考えろ。
ラグナは攻撃を躱せているし、護衛も来るからすぐにはやられないはずだ。
なら、俺は遠距離から攻撃の方が適任だ。
何なら効く?
水吼……いや、足りない。
やつには風掌すら一切通じていなかった。
赫閃。
それしかない。
「ヒナタ、直したぞ」
「ありがとう」
「じゃあ行って来い」
シエルは俺の背中を押した。
「了解! ……といいたいとこだが、ちょっと着いてきてくれ」
「は?……いや、分かった」
時間がない。
「聚星」
俺は魔力を集めながら歩く。
「現状、ラグナは耐えれてるし、護衛も合流している」
「あぁ、だから俺たちも加勢を!」
シエルが少し苛立っている。
「いや、加勢したところで大したダメージは与えられない」
「じゃあどうすんの?」
「俺が大技を打ち込む。それまでアイツらと耐えてくれ」
「……必要時間は?」
「……5分」
「…難しいくない?」
「大丈夫、俺も補助はする」
「そうは言ってもさぁ……」
「頼んだぞ」
「分かった」
シエルは敵から少し離れたところまで近づいていった。
「炎星」
シエルの周りに12個の玉が浮かび、それはライオンを取り囲むように動いていく。
後は任せるしかない。
おれらしばらく魔力を溜める。
移動しながら集めていたので、すぐに魔力は溜まった。
後は、赫々溜めて放つだけだ。
もう少し時間があるれば可能だが、そもそも…
(遠くからで効くのか?)
魔力は意識に影響を受ける。
距離が近いほど、その影響は強くなる。
(つまり、遠いと威力が弱まる)
(近づく手段がいる)
俺は例の布を取り出す。
これは魔法の保持もできる。
最悪、攻撃を受けるのにも役に立つ。
布で赫々を保持して、懐にもぐりこむ。
しかし、いけるか?
俺はラグナ達の方を見る。
ライオンの攻撃を受けてはいないが、ほぼ攻撃もできていない。
シエルの炎星もほぼ無視できているし、たまに放つ空破弾が少し効いている程度だ。
この状況で、隙をつくれとは頼めない。
自分で作る。
今までの全てを使って。
「風纏……水淬……赫々」
まずは風纏。
これで一気に懐まで潜り込む。
次に水淬。
周囲に水を展開し、ライオンの攻撃に備える。
そして、赫々。
布に魔力を込め運び、放つ。
「……よし」
赫玉が布の中に留まっている。
後は、これを強く放つ。
強力に放つため、俺はさらに魔力を集める。
「聚星……」
(………)
かつてないほど集中できている、魔力の存在が知覚できている感覚さえする。
そしてそれらは俺の意志に呼応して、集まってくる。
「グガァァァァア!」
突然、ライオンが俺の方を向き咆吼を放つ。
(本能的に気づいた?)
そして、こちらに突進してくる。
「させるか!」
ラグナがライオンの前に立ち塞がる。
ライオンは顔をつきだし、口を開く。
噛み砕く気だ。
「ラグナ無理だ!」
シエルが叫ぶ。
「双衝!」
ラグナはライオンの額を思いっ切り殴った。
ライオンが後ろに少し、押し下げられた。
しかし、反動でラグナも後ろに倒れる。
拳からは血が出ている。
俺とシエルはラグナの方を見る。
「俺はいい! 行け!」
自分の治療より、今生まれた隙を優先すべきだと判断したラグナが瞬時に言い放つ。
シエルは両手を相手に向けて構える。
「空破弾!」
体勢を崩したライオンの横腹に、圧縮した空気が弾ける。
ライオンは少しばかり怯むが、すぐに立て直し、俺に突進してくる。
「だれか頼む!」
「うおおおおおお!」
護衛の2人が雄叫びを上げながら突撃していく。
そして容赦なく爪は振り下ろされる。
「ガァァン!」
「ガハッ!」
その爪は途中で止まった。
護衛の二人が剣を両手で盾として持ち、なんとか受け止めた。
護衛の脚は地面にめりこんでいる。
「いけ!」
護衛の一人が叫ぶ。
(チャンスだ…攻撃を!)
全員が攻撃に転ずる。
「風掌!」
「飛閃!」
俺はライオンの方に飛び込む。
ラグナは横から潜り込み、斬りつける。
しかし、その瞬間―
「ガオオオオオオオオ!」
―凄まじい咆吼が空気を揺らし、迸る。
身体が痺れ動かなくなる。
(なんだこれ? 魔法、か?)
そう思っている間に、攻撃を受け止めていた護衛2人は突き飛ばされる。
そして、ライオンはすぐに俺の方に向かってきた。
両前脚が俺の頭上から振り下ろされる。
身体はまだ動かない。
(でも、魔法は打てる!)
「空破弾!」
「水淬!」
シエルの咄嗟の加勢もあって、その前脚は弾かれた。
(ここで、キメる)
俺は赫い光を手の前に収束させる。
ライオンはこちらに構え直したが、もう遅い。
「赫閃!」
赫い閃光が空間を裂くように放たれた。
「なッ…」
その閃光は、ライオンの髭をかすり奥へ突き抜ける。
ライオンは身を屈め、咄嗟に避けていた。
「グオオオオ!」
ライオンは俺の方に再度突進してくる。
「風纏!」
咄嗟に攻撃の準備をする。
突進の勢いはそのままに、ライオンは既に牙をこちらに向けて開いている。
さっき、風掌が一切聞かなかったことを思い浮かべる。
(そのままじゃ効かないが…)
俺は布をライオンの左脚に巻き付け、身体をそちらに引っ張る。
「ガチン!」
牙は閉じられたが既にそこにはいない。
しかし、避けた先も足元だ。
踏みつぶされる前に、
「風掌」
布をほどきライオンの脚に風掌を放ち、反動で距離を取った。
その時、強烈な威力のイメージを感じ取る。
「双衝」
既にラグナはライオンの右側で構えていた。
「ズバ!」
あれだけやって傷のつかなかったライオンの皮膚に、初めて傷が入った。
「グオオオオオオ!」
ライオンは叫び暴れ回る。
さっきの護衛が立ち上がりライオンに突撃する。
「まだだ!」
護衛は剣を傷口に突き刺した。
ライオンは更に雄叫びを上げ、暴れる。
しかし、護衛は突き刺さった剣を離さない。
(((もう一回だ!)))
3人の意志が重なる。
攻撃だ。
「赫々」
「炎星」
俺は赫い玉を出し、シエルは炎をライオンに向かわせ、ラグナは飛び上がる。
「クソッ!」
護衛はついに手を離し、振り落とされる。
「ガァァ!」
怒り狂ったライオンがその護衛に前脚を振り落とす。
その間に人影が入り込んだ。
「ガァァン!」
「おおぉぉぉおお!」
もう一人の護衛が両手で剣を持ってギリギリで受け止めた。
その時、シエルの炎が目や鼻、口にぶつける。
ライオンは更に怯んだ。
そこに、狙いを定める戦士が下る。
「怒髪天!」
上からラグナの鉄槌が振り下ろされた。
ライオンの腰に当たり、深い傷がついた。
しかし、
「グオオオオオオ!」
ライオンは再度凄まじい咆吼を放つ。
(クソッ、こんなところで…)
ライオンはラグナを蹴飛ばし、俺の方へ向かってきた。
全員咆吼で動けない。
だが、問題ない。
動けなくとも、
「赫閃!」
魔法は打てるのだから。
赫い光が俺の手の前に収束し、
解き放たれた。
その閃光はライオンの額から奥のもの全てをつらぬいた。
ライオンは横に倒れる。
「勝った?」
「………」
ラグナがライオンに慎重に近づいていく。
「………」
ラグナがライオンを軽く小突く。
反応はない。
「死んだのか?」
更にライオンの身体に耳を当てる。
鼓動は聞こえなかった。
「ヒナタ! シエル! 勝ったぞ!」
「やったな! ラグナ!」
俺はラグナの方へ向おうとする。
「あれ?」
俺の膝が地面に付いている。
「大丈夫か? ヒナタ」
シエルが心配して声をかける。
「分かんない、というか凄く眠い」
「単純に疲れたんだろ。ちょっと休んでなよ」
いや、でも森の脅威はなくなったわけじゃない。
しかも、まだまだ進まないといけない。
「いや、俺も手伝…う」
そこで俺の意識は途絶えた。




