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魔法は思考で使う。  作者: ひなぶり
2章

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32話 異世界で生きるということ

そこからは、人型の影がこちらを見つめていた。


(人? いや…猿?)


やつが上にいるせいで、逆光と高さのせいで見えない。


「あいつ、俺達が動いてる時だけついてきてる」


「そうなのか?」


「あれは影猿(えんえん)っていうやつですね」


「あいつは馬車や人をつけて、寝た後なんかに盗みを働くクソ野郎なんですよ!」


運転手は半ば怒鳴っている。

多分、被害にあったことがあるんだろう。


「じゃあ殺した方がいいのか?」


「やっちゃってください」


「水淬」


俺は自分の周りに水の玉を出す。


「う~ん」


逆光で見えない、なら、


「数打ちゃ当たるだな」


俺は適当に弾を撃つ。


「ギャッ」


思いの外簡単に当たり、影猿が落ちてくる。


「やりましたねぇ!」


運転手が嬉しそうに声を上げる。


ラグナが猿に近づき、剣を振る。


その瞬間、


「ウギャアァァァア!」


鼓膜を劈くような叫び声が森に響き渡る。


その叫びは20秒程の間続いた。


「……クソッ、やっと終わったか」


ラグナが愚痴る。


俺も手で耳を塞いでいたにも関わらず、鼓膜が痛い。


「何だったんだろ」


「そっちは大丈夫ですか!」


シエルが後続の馬車が無事か確認しに行っているようだ。


「おかしいですね……今までこんなことなかったのに」


「そうなんですか?」


運転手が不思議そうに首を傾げている。


というか、知っていたら殺してもいいと言わないだろう。


なら、何かイレギュラーな事が起きたと考えるのが自然だ。


(イレギュラー、いつもと違ったこと……)


「前と今回で何か違ったことはありましたか?」


俺は運転手に聞く。

情報を集める。


「……見つかるのが簡単でしたね」


「そうなんですか?」


「そもそもアイツらはもっと距離を取るし、群れで行動するし、高い目立つところに居たりと、思えば不自然だったかもしれないです」


「………」


つまり、アイツが特別不自然な行動をとっていた。


(その条件は? 前回との違いは?)


「アイツの名前、影猿でしたよね?」


「はい」


俺はエルじぃの本を開く。

何か書いているかもしれない。


それは、思いの外早く見つかった。


大きな見開きで注意喚起が書いてある。


『大きな集団で森に立ち入るな、ヤツらは異常な生存戦略を取っている』


『奴らは一匹を犠牲に……』


「ヒナタ! 何か来る! デカいぞ!」


その文の続きはこう締められている。


『強力な魔物を呼び寄せ、人間を阻む』


「バキバキッ」


木々が何かに押し倒される音がする。


「みんな! 先に行くんだ!」


ラグナが叫ぶ。


勝てないという判断を直感が下したのだろう。


「シエル! 他の護衛の人! 来てください!」


俺は戦力を呼び集める。


そして、


「おい、運転手!」


俺は腰が砕けたように座り込んでいる運転手に怒鳴る。


「運べ! お前の仕事だろ」


「あ、あぁ、あ!」


「おい!」


俺は運転手の胸ぐらを掴んで、自分の方へ向ける。


しかし、その目は焦点が合っていない。


「フーフー」


更に、馬も呼吸を荒くして暴れている。


(まずい)


このままだと……


「バキッ!」


ついに木々の間から、その黄金の頭部が現れる。


『コイツ』をここで倒さないといけない。


「……百獣の王じゃねぇかよ」


俺は思わず呟く。


そこにいたのは、巨大なライオンだった。


高さは4メートル近くある。


四肢は太く、特に前脚と牙は異様なほど発達している。


肩から背中にかけて盛り上がった筋肉は、毛皮越しでも分かるほどだった。


鬣は首だけでなく、胸元まで覆っている。


その凛々しい顔つきから、突き刺すような意志が感じ取れた。


この世界は感情が魔力に影響を与え、周りに伝える。


それは言葉が違えども、会話ができる程に。


「グルルルル……」


低く唸っているライオンのそれが鮮明に伝わる。


『食い殺す』


その、純粋で研ぎ澄まされた意志が。


「ヒュッ、ヒュッ」


(誰の息遣いだ?)


俺は周りを見渡す、過呼吸になっていそうなやつはいない。


もっと近くから聞こえる。


「……俺かよ」


震えた声で、俺は呟く。


(初めて向けられた純粋な敵意に怖気づいたのか?)


そうかもしれない。


でも、


大事なものがあるだろう。


親友。


見送ってくれたエルじぃ。


ラグナにシエル。


俺が、守らなければ。


「ラグナ! いくぞ!」


「…あぁ」


予想外に落ち着いた声が返ってきた。


俺は驚いて、ラグナの方を見る。


その敵を見据える目は、研ぎ澄まされた集中を感じさせた。


怖気づいていた俺とは違い、ラグナは戦闘の準備を完了させていたのだ。


(クソ、情けねぇ)


俺は敵を見据え、覚悟を決める。


「聚星(しゅうせい)……風纏(ふうてん)」


戦闘準備だ。


魔力を集め、風を脚と腕に纏う。


ラグナと俺で、ライオンを左右から挟んで構える。


「グルル……」


ライオンは低く唸り、様子を伺っている。


(いつだ? いつ攻撃してくる?)


いつものようにラグナに庇われる訳にはいかない。


(攻撃する意志を感じ取れば……)


敵意の逆算だ。


感じる敵意を読み取り、それが高まった瞬間に躱し、反撃を取る。


(深く感じろ)


ライオンの目を見つめる。


「ガルル……」


(今!)


「来るぞ!」


俺の予感とラグナの声が重なったその時、


俺にライオンの爪が空を切り裂き、振り下ろされる。


「風掌!」


脚に風を纏わせ、地面を蹴る。


「ドァァン!」


さっきまで俺がいた所の地面が、大きく抉られた。


攻撃後は隙が生まれる。


(反撃だ!)


「風掌!」


俺は敵の振り下ろされた前脚に向かって拳を放つ。


「ドン」


しかし、その前脚は鈍い音を鳴らすだけで微動だにしていない。


(は? ワイバーンですら飛ばすんだぞ?)


俺の思考が止まったその一瞬だった。


「ヒナタ!」


俺はライオンの前脚で振り払われた。


「ガハッ」


痛い。


痛い。


背中が、腹が。


(…なんだ? 何がどうなった)


俺はなんとか倒れた身体を起こす。


こちらに走ってくるシエルと、遠くにラグナが見える。


(飛ばされたのか)


そこでようやく振り払われて、後ろの木に激突したことを知る。


「立たないとッ!」


ラグナが一人で攻撃を躱している。


俺が早くいかないと……


しかし、脚が痛くてうごかない。


「うごけ、動け! 動け!」


早くいかないといけないのに。


「ヒナタ! 落ち着け、直してからだ」


シエルが俺に優しく話しかける。


「でも、ラグナが……」


「じゃあこれを言おうかな」


シエルはそう言って咳払いをしてから、俺にしっかりと向き合った。


「お前にできることはなんだ!」


そう、大きな声で言い放った。


「前にヒナタが言ってただろ?」


シエルが少し懐かしむように聞いてくる。


「………」


「今できるのは無茶じゃなくて、身体を直してすぐに戦うことだ」


シエルは俺の傷を迅速に治しながら、優しく、強く話す。


「突っ込むことでもない、考えるんだよ」


(考える……)


「……そうだな、俺が唯一できることだ」


俺は身体を治療されながらも、ラグナの方に視線を移した。


ラグナは攻撃を紙一重で躱し続けているが、反撃はしていない。


馬車はいつの間にか離れていて、護衛が今ラグナの方に向かっている。


(なんにも見えてなかったんだな)


シエルの言葉を痛感する。


考えろ。


ラグナは攻撃を躱せているし、護衛も来るからすぐにはやられないはずだ。


なら、俺は遠距離から攻撃の方が適任だ。


何なら効く?


水吼……いや、足りない。


やつには風掌すら一切通じていなかった。


赫閃(せきせん)。

それしかない。


「ヒナタ、直したぞ」


「ありがとう」


「じゃあ行って来い」


シエルは俺の背中を押した。


「了解! ……といいたいとこだが、ちょっと着いてきてくれ」


「は?……いや、分かった」


時間がない。


「聚星」


俺は魔力を集めながら歩く。


「現状、ラグナは耐えれてるし、護衛も合流している」


「あぁ、だから俺たちも加勢を!」


シエルが少し苛立っている。


「いや、加勢したところで大したダメージは与えられない」


「じゃあどうすんの?」


「俺が大技を打ち込む。それまでアイツらと耐えてくれ」


「……必要時間は?」


「……5分」


「…難しいくない?」


「大丈夫、俺も補助はする」


「そうは言ってもさぁ……」


「頼んだぞ」


「分かった」


シエルは敵から少し離れたところまで近づいていった。


「炎星(えんせい)」


シエルの周りに12個の玉が浮かび、それはライオンを取り囲むように動いていく。


後は任せるしかない。


おれらしばらく魔力を溜める。


移動しながら集めていたので、すぐに魔力は溜まった。


後は、赫々溜めて放つだけだ。


もう少し時間があるれば可能だが、そもそも…


(遠くからで効くのか?)


魔力は意識に影響を受ける。


距離が近いほど、その影響は強くなる。


(つまり、遠いと威力が弱まる)


(近づく手段がいる)


俺は例の布を取り出す。


これは魔法の保持もできる。


最悪、攻撃を受けるのにも役に立つ。


布で赫々(かっかく)を保持して、懐にもぐりこむ。


しかし、いけるか?


俺はラグナ達の方を見る。


ライオンの攻撃を受けてはいないが、ほぼ攻撃もできていない。


シエルの炎星もほぼ無視できているし、たまに放つ空破弾(くうはだん)が少し効いている程度だ。


この状況で、隙をつくれとは頼めない。


自分で作る。


今までの全てを使って。


「風纏……水淬……赫々」


まずは風纏。


これで一気に懐まで潜り込む。


次に水淬。


周囲に水を展開し、ライオンの攻撃に備える。


そして、赫々。


布に魔力を込め運び、放つ。


「……よし」


赫玉が布の中に留まっている。


後は、これを強く放つ。


強力に放つため、俺はさらに魔力を集める。


「聚星……」


(………)


かつてないほど集中できている、魔力の存在が知覚できている感覚さえする。


そしてそれらは俺の意志に呼応して、集まってくる。


「グガァァァァア!」


突然、ライオンが俺の方を向き咆吼を放つ。


(本能的に気づいた?)


そして、こちらに突進してくる。


「させるか!」


ラグナがライオンの前に立ち塞がる。


ライオンは顔をつきだし、口を開く。


噛み砕く気だ。


「ラグナ無理だ!」


シエルが叫ぶ。


「双衝(そうしょう)!」


ラグナはライオンの額を思いっ切り殴った。


ライオンが後ろに少し、押し下げられた。


しかし、反動でラグナも後ろに倒れる。


拳からは血が出ている。


俺とシエルはラグナの方を見る。


「俺はいい! 行け!」


自分の治療より、今生まれた隙を優先すべきだと判断したラグナが瞬時に言い放つ。


シエルは両手を相手に向けて構える。


「空破弾!」


体勢を崩したライオンの横腹に、圧縮した空気が弾ける。


ライオンは少しばかり怯むが、すぐに立て直し、俺に突進してくる。


「だれか頼む!」


「うおおおおおお!」


護衛の2人が雄叫びを上げながら突撃していく。


そして容赦なく爪は振り下ろされる。


「ガァァン!」


「ガハッ!」


その爪は途中で止まった。


護衛の二人が剣を両手で盾として持ち、なんとか受け止めた。


護衛の脚は地面にめりこんでいる。


「いけ!」


護衛の一人が叫ぶ。


(チャンスだ…攻撃を!)


全員が攻撃に転ずる。


「風掌!」

「飛閃!」


俺はライオンの方に飛び込む。

ラグナは横から潜り込み、斬りつける。


しかし、その瞬間―


「ガオオオオオオオオ!」


―凄まじい咆吼が空気を揺らし、迸る。


身体が痺れ動かなくなる。


(なんだこれ? 魔法、か?)


そう思っている間に、攻撃を受け止めていた護衛2人は突き飛ばされる。


そして、ライオンはすぐに俺の方に向かってきた。


両前脚が俺の頭上から振り下ろされる。


身体はまだ動かない。


(でも、魔法は打てる!)


「空破弾!」

「水淬!」


シエルの咄嗟の加勢もあって、その前脚は弾かれた。


(ここで、キメる)


俺は赫い光を手の前に収束させる。


ライオンはこちらに構え直したが、もう遅い。


「赫閃(せきせん)!」


赫い閃光が空間を裂くように放たれた。


「なッ…」


その閃光は、ライオンの髭をかすり奥へ突き抜ける。


ライオンは身を屈め、咄嗟に避けていた。


「グオオオオ!」


ライオンは俺の方に再度突進してくる。


「風纏!」


咄嗟に攻撃の準備をする。


突進の勢いはそのままに、ライオンは既に牙をこちらに向けて開いている。


さっき、風掌が一切聞かなかったことを思い浮かべる。


(そのままじゃ効かないが…)


俺は布をライオンの左脚に巻き付け、身体をそちらに引っ張る。


「ガチン!」


牙は閉じられたが既にそこにはいない。


しかし、避けた先も足元だ。


踏みつぶされる前に、


「風掌」


布をほどきライオンの脚に風掌を放ち、反動で距離を取った。 


その時、強烈な威力のイメージを感じ取る。


「双衝」


既にラグナはライオンの右側で構えていた。


「ズバ!」


あれだけやって傷のつかなかったライオンの皮膚に、初めて傷が入った。


「グオオオオオオ!」


ライオンは叫び暴れ回る。


さっきの護衛が立ち上がりライオンに突撃する。


「まだだ!」


護衛は剣を傷口に突き刺した。


ライオンは更に雄叫びを上げ、暴れる。


しかし、護衛は突き刺さった剣を離さない。


(((もう一回だ!)))


3人の意志が重なる。


攻撃だ。


「赫々」

「炎星」


俺は赫い玉を出し、シエルは炎をライオンに向かわせ、ラグナは飛び上がる。


「クソッ!」


護衛はついに手を離し、振り落とされる。


「ガァァ!」


怒り狂ったライオンがその護衛に前脚を振り落とす。


その間に人影が入り込んだ。


「ガァァン!」


「おおぉぉぉおお!」


もう一人の護衛が両手で剣を持ってギリギリで受け止めた。


その時、シエルの炎が目や鼻、口にぶつける。


ライオンは更に怯んだ。


そこに、狙いを定める戦士が下る。


「怒髪天!」


上からラグナの鉄槌が振り下ろされた。


ライオンの腰に当たり、深い傷がついた。


しかし、


「グオオオオオオ!」


ライオンは再度凄まじい咆吼を放つ。


(クソッ、こんなところで…)


ライオンはラグナを蹴飛ばし、俺の方へ向かってきた。


全員咆吼で動けない。


だが、問題ない。


動けなくとも、


「赫閃(せきせん)!」


魔法は打てるのだから。


赫い光が俺の手の前に収束し、


解き放たれた。


その閃光はライオンの額から奥のもの全てをつらぬいた。


ライオンは横に倒れる。


「勝った?」


「………」


ラグナがライオンに慎重に近づいていく。


「………」


ラグナがライオンを軽く小突く。


反応はない。


「死んだのか?」


更にライオンの身体に耳を当てる。


鼓動は聞こえなかった。


「ヒナタ! シエル! 勝ったぞ!」


「やったな! ラグナ!」


俺はラグナの方へ向おうとする。  


「あれ?」


俺の膝が地面に付いている。


「大丈夫か? ヒナタ」


シエルが心配して声をかける。


「分かんない、というか凄く眠い」


「単純に疲れたんだろ。ちょっと休んでなよ」 


いや、でも森の脅威はなくなったわけじゃない。


しかも、まだまだ進まないといけない。


「いや、俺も手伝…う」


そこで俺の意識は途絶えた。


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