31話 本当の冒険の始まり
複数の馬車は、街の入り口で既に待機していた。
「……馬車かぁ。そうだよなぁ、異世界だもんなぁ」
俺は体長3メートルほどもある、筋骨隆々の馬を見てそう言った。
「なんだ? 馬車じゃなかったか?」
「……いや、問題は無い」
「おっ、あなたたちですか? ラグナさんのお連れの方は」
馬車の中から、商人らしき人が降りてきた。
「おう、俺の仲間だ。強さは保証する」
「心配してませんよぉ。だってアーカイブスの襲撃を退けた英雄だそうじゃないですかぁ?」
商人が手を揉みながら、こちらを伺う。
「……そんなことになってんの?」
俺はラグナに小声で尋ねる。
「なんか、エルじぃが周りに自慢しまくったらしい」
「う~ん、まぁ困ることもないだろうしいいか」
「ささ、それではどうぞ。お乗りください」
促されるまま、俺達は馬車に乗った。
俺達は一番後ろの馬車らしい。
真ん中には商人と荷物。前には追加の護衛が乗っているそうだ。
しばらくすると、馬車が動き始めた。
俺は馬車に揺られながら景色を見る。
馬車には向かい合うように長椅子が前後に付いており、左右にはガラスのような小さな窓が付いている。
馬車全体は木でできているようだが、燃やされたりしないだろうか。
その時、前の小さな小窓が開いた。
「順調に行けば5日で、妥当に考えたら10日くらいで着きますね」
その窓から、運転手らしき人の声が聞こえてくる。
「10日? ちょっと遅くないか?」
「まぁ、乗ってれば分かりますよ」
しばらく窓を見ていると、段々と景色が変化していくのがわかった。
木々の種類や、色合いなどがグラデーションのように少しずつ変わっていく。
それと共に蒸し蒸しとした生温かい空気が身体に纏わりついてくる。
(…熱帯か?)
思えばアーカイブスは巨大な針葉樹林で、クレールは日本でも見覚えのある、広葉樹林だった気がする。
なら、次は熱帯雨林とかになるのだろうか。
(……ん?)
そんなことを考えながら外を見ていると、何やら遠くからこちらに近づいてくるものが見える。
「右手に見えるあれ、なんですか?」
俺は運転手に聞いてみる。
「ん、あれは……ハァ、またかよ」
運転手が急に馬車の向きを変え、さらに速度を上げた。
「おっ! 痛ッ」
俺達は馬車の壁に強く打ち付けられた。
「何だよ! いきなり」
ラグナが苛立ちを漏らす。
「すいません、角野郎が来てます! 巻き込まれる前に急ぎます!」
「角野郎?」
俺は再度窓から外を見る。
何やら巨大な土煙が立ちあがっている。
「シエル、あれモノクルで見える?」
「どれどれ……何あれ、ヤバいんですけど」
シエルの語彙がギャルになるくらいにはヤバいらしい。
「なんか来てるの?」
「う~ん、サイ? 象? みたいなヤツらがバカみたいな規模の群れで走ってきてる」
それを確認したのか前の馬車も急いで戻ってきている。
「ドドドドドドドドド」
しばらくすると凄まじい轟音と振動が訪れた。
「危なかったですね」
運転手は袖で冷や汗を拭っている。
「あれ何なんですか?」
俺は運転手に尋ねる。
「あれはですね、カスです。私たちにとって絶滅推奨種ですよ」
「そんなに悪さしてるんですか?」
「悪さなんてもんじゃないですよ」
「色々ありますけど一番ひどいのが、さっきの不定期な集団大移動です」
「確かに大きな群れでしたけど、引き返さなくてもそのままスピード上げて避ければよかったんじゃないですか?」
「あの群れの横幅、最大で1キロくらいあるんですよ」
「……マジでなんで?」
「それが分からないから、困ってるんですよ」
「移動する理由があるんじゃないのか?」
ラグナがもっともなことを言うが、俺にはそんな大規模集団で不定期に移動する理由は浮かばない。
「ドドドドドドドドドドドド」
まだ群れは通り過ぎていない。
縦幅もふざけた長さの群れのようだ。
(移動理由……調べてみるか)
俺はエルじぃの本を取り出した。
「あの動物の正式名称なんですか?」
俺は運転手に尋ねる。
「カス……と言いたいところですが、ヤツらは轟角獣という公式な名称があります」
轟音をたてる角の生えた獣。
……何とも分かりやすい名前だ。
俺はエルじぃの本をめくっていく。
「……あった」
轟角獣。
商人泣かせの魔獣で、不定期な群れでの大移動を繰り返す。
ルミナなどの街への物流を大きく妨げ、荷物を馬車ごと踏み潰してしまうため、商人や近くの村人からは「カス」の蔑称で呼ばれている。
研究者からは「魔力の濃い所に移動している」「リーダーの個体に意味もなく付いていっている」などと言われているが、どちらにせよ対策のできない災害である。
「なるほど……ん?」
その説明文の下に何やら雑な文章がある。
邪魔をされたので、腹いせに群れごと滅ぼしたんじゃが、どこからともなく湧いてきおった。
お手上げじゃ。
「エルじぃもここで苦労してたみたいだな」
「へぇ、エルじぃもか……」
ラグナはちょっとだけ表情を緩ませる。
「そろそろ進みますよ」
群れが通り過ぎたので再度、馬車が進み始める。
「ヒナタ、魔法のことなんだが……」
しばらくしてからシエルが話しかけてきた。
「そういえばそうだったな、技名考えないと」
「なんだっけあれ。真空気爆発だったっけ?」
ニヤケながらラグナが言った。
「ちょっとしつこいぞ、ラグナ」
内心は笑いながらもラグナをたしなめる。
「……単純に空気を圧縮する弾なんだから空圧弾でいいんじゃないか?」
「空圧弾か……」
シエルが吟味している。
「少なくとも空気爆発よりは良いと思うぞ」
「……それもそうか」
「いや、空圧弾はちょっと直接的だからな……」
俺はシエルが岩を弾けさせた光景を思い返す。
(圧縮した空気で破壊する)
「空破弾はどうだ?」
「……空破弾」
シエルが小さく呟く。
「悪くないな」
「よし、決定」
「じゃあ次は炎のやつだな」
「炎のやつ?」
「そっか、ラグナは空破弾の方しか見てないのか」
俺はラグナに対して身振り手振りで説明を始める。
「まず、シエルが12個、炎の玉を出すんだよ」
「うん」
「そして! シエルがそれを細かく操作して攻撃する」
「いや、白炎でよくね? 12個に分ける必要もないし」
「ハァァ? わかってないなラグナは」
俺はあからさまに呆れたように振る舞う。
「玉を12個個別に操作できたら、相手の動きを制限したり、作戦ができるんだよ」
「あぁなるほどね」
「で、それの名前をヒナタが決める訳だな」
「その通り」
さてと、名前を考えよう。
俺はシエルが炎の玉を個別に、精密に動かしていた光景を思い浮かべる。
それはさながら、空に浮かぶ星のようだった。
「炎の星……炎星でどうだ?」
「おぉ、オシャレなの来た。結構いい。」
シエルが珍しく感嘆している。
「炎星に空破弾か……」
シエルは嬉しそうに呟く。
「まぁ馬車の中だから練習はできないけどイメージ練習はしててもいいかもね」
「そうだな」
シエルは目を瞑って、指を動かし始めた。
ラグナはいつの間にか眠っている。
朝から走って馬車を探していたし、疲れが出たのだろうか。
正直、きつい戦闘の場合はラグナに頼ってしまっている所はある。
俺も頑張らなければ。
さてと、そうと決まれば練習だ。
今は新魔法を作るより、既存の魔法とこの布の練習をしたほうがいいだろう。
どの武器が自分に合うか分からないが、杖は遠距離で戦う分にはよかった。
魔法を生成したら杖の先に保持してくれる。
あれは意識のリソースが空いてとても良い。
(ん? ……もしかしたら)
とあることを思いついたので試してみる。
「赫々」
俺は手のひらに赫い玉を出現させた。
その後、布の先端を浮かばせ、赫々をそこに移動させた。
そして、保持の意識を解く。
「まじか……」
赫々はまだ布の先端に浮かんでいる。
つまり、この布は杖の効果もあるわけだ。
(ほんとに何なんだろうこの布は)
「ガタッ」
そんなことを考えていると、馬車の揺れが止んだ。
前の小さな小窓が開く。
「休憩と食事を取ります、出てきてください」
運転手がそう言ったので、ラグナを起こし、俺達は馬車の外に出た。
周りの景色を見渡す。
既にクレールとは随分様子が違っている。
植物が生い茂っていて、何やら色鮮やかなものが多く感じる。
「皆さん、集まってください」
商人が何やら呼び掛けているので、ラグナを引っ張って、そこに集合する。
「皆さんお疲れ様でした、しばらくここで休憩とします。その後はあの森に入るので心してかかってください」
どうやら、あの森に見える細い1本道を通るようだ。
「それでは皆さん、各自休息を取ってください」
商人は解散を促すように手を叩いた。
俺達はその場を離れ、ちょうどいい場所に腰をかけた。
ラグナは周りをキョロキョロして落ち着かない様子だ。
シエルは炎の玉を常に動かしながら本を読んでいる。器用なものだ。
「すいませ〜ん」
さっきの運転手が近づいてきた。
「何かありましたか?」
「いえいえ、こちらお弁当になりますので、どうぞ食べてください」
運転手は木箱を3つ、渡してきた。
「ありがとうございます」
「いえいえ、それでは失礼します」
「なぁなぁ、早く食おうぜ!」
ラグナは足踏みしながら、俺の持っている弁当に熱烈な視線を向けている。
「わかったから座ってなさい、シエルご飯だよ」
「ん? あぁご飯?」
今ようやく気づいたのか聞き返してくる。集中力が凄いのだろうか。
―――
「「「いただきます」」」
3人で手を合わせ、弁当の箱を開く。
「おぉ」
その中にはおにぎりやトマト、ブロッコリーに、小さなハンバーグと手の凝ったものが入っていた。
「美味い! 美味い!」
ラグナは手を留めずに中身をかきこんでいる。
「美味しいな、食べたことないやつだ」
シエルがトマトを食べながら呟く。
(シエルが食べたことのないものか)
つまり、クレールにもアーカイブスにもなかった食材も使っている。
更にこれだけ多種多様な食材を使って作っている。
「それだけ、しっかり働けってことだろうな」
「そうだな、美味いもんも貰ったし、しっかり働くぞ!」
ラグナは既に腹を満たしたのか、満足気だ。
「ラグナ、俺達まだ食べるの時間かかるから、これからの道とか、することとか聞いて来といて」
「了解!」
ラグナは俺に敬礼してから、商人のいるところに向かった。
俺は飯を食いながら、森の方を見る。
40〜50メートル程の木々や植物が生い茂っている。
その一部に1本の隙間がある。これが馬車で通る道だろう。
(狭いな)
その道幅は馬車1.5個分にも満たない。
魔物が飛び出してきても、馬車で逃げるのは不可能だ。
戦うことになるだろう。
(気を張って臨もう)
俺は手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
俺は商人と話し終えた様子のラグナの方へ向かう。
「おっ、ヒナタ」
「アイツなんて言ってた?」
「ここからは俺達の馬車を前にして、魔物を警戒するらしい」
「やっぱりか、ラグナ、気をつけていくぞ」
俺は真剣にラグナの方を見る。
「問題ない」
ラグナは自信と覚悟を感じさせる様子で俺に言った。
「俺もいるぞ」
食事を終えたシエルが割って入ってきた。
「わかってる、頼りにしてる」
「ネーミング以外な」
ラグナが小気味良く笑う。
「俺も、お前の馬鹿なとこ以外は頼りにしてる」
ラグナが悔しそうに顔を背けた。
頭で負けている自覚はあるのだろう。
しかし、言い争ってる場合じゃない。
「とにかく、気をつけていくぞ」
俺は2人の肩を叩く。
「「それは大丈夫」」
思いの外、息の合った返事が返ってきた。
俺達は初めて、危険な地帯を通る。
森の中で襲われたら、引き返せないし逃げるのも難しいだろう。
「お三方、もう出発するので準備お願いします」
商人が馬車への乗車を促す。
「よし、乗るぞ。シエルと俺はさっきと同じ客席だが、ラグナは運転手の隣に座っててくれ」
「……了解!」
俺の意図を汲んでくれたのか、ラグナは任せろと言わんばかりに引き受けてくれた。
「皆さん準備できましたか~?」
運転手が他の馬車に声をかける。
それぞれの馬車から合図があったので、先頭の俺達の馬車は進み始めた。
―――
「……静かだな」
ラグナが呟く。
確かにもう30分は経過しているのに何も起こっていない。
というか、鳥のさえずりすら聞こえない。
「生き物の気配がないよな?」
俺はラグナに聞いてみる。
「あぁ、無さすぎる。不自然なくらいにな」
「……警戒して進もう」
不自然なのは確かだが、敵が分からないならやりようがない。
「そこ! なんかいる!」
ラグナが突然、後方の木の上に指を指す。
そこからは、人型の影がこちらを見つめていた。




