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魔法は思考で使う。  作者: ひなぶり
2章

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30話 出発

「ここからルミナまで10日か……」


俺達は宿屋の一室に集まり、これからのルミナへの行き方を考えていた。


窓から差し込む昼の光が、木製の床を照らしている。


「ちょっとキツいかもな」


シエルが眉間に皺を寄せる。


「なんでだ? ここに来たときみたいに行くのはダメなのか?」


ラグナが首を傾げている。


「ここに来るのは楽……ではなかったけど」


振り返ってみたら、割と死にかけたことを思い出し、言い直す。


「まぁ、比較的楽だっただろ?」


「そうだな」


「でもルミナに行くとな、どんどん気温も上がるし、魔物も強力になるらしいんだ」


「へぇ、でも暑いのは分かるとして、なんで魔物も強くなるんだ?」


「過酷な地域ほど人も魔物も強くなるんだ」


シエルが口を挟む。


「その場所に無意識的に魔法で適応し、強力になる」


「過酷だと、人と違って考えなくても適応しようとする意思が無意識に生じるそうだ」


「へぇ、シエル物知りだな」


「俺に教えてくれたお前のじぃさんが博識だっただけだ」


シエルは淡々と答える。


「それはそれとして、こっちに来て短いヒナタより知らないのはなんなんだよ」


「俺、本読まねぇからなぁ」


「少しは読みな」


「へい」


「読む気ねぇだろ」


2人がそんな会話をしている間に、俺はエルじぃの本をめくっていた。


ページを眺めていると、移動手段について書かれた項目が目に入る。


「馬車か!」


俺は思わず声に出す。


「それだ! 忘れていた!」


「なんか、あの早いやつか」


シエルも忘れていたらしく、強く賛同する。


一方、ラグナは馬車についてあまり知らないらしい。


「でも、馬車って高いんじゃなかった?」


「………」


ラグナのもっともな指摘に、俺とシエルは黙り込む。


(エルハルトから貰った予算は15000エル……)


余裕はある。


だが、これでいくつもの街を周るのは少々厳しいだろう。


危険な場所を進む馬車なら、料金もそれなりにかかるはずだ。


「どうしようか……」


「……旅先で稼ぐのはどう?」


シエルが提案する。


確かに、それで稼げるならいい。


「どこでだ? 魔物でも狩るのか?」


ラグナが俺の思っていたことをシエルに問う。


「近いけど、違う。依頼斡旋組合だよ」


「依頼斡旋?」


「色んな依頼を紹介してて、その依頼をこなしたら報酬を貰えるんだよ」


「その組合は紹介料を稼いでる」


「でも、ある程度の信頼が必要なんじゃないか?」


そこらへんにいる知らない人に依頼を任せて、適当にされたらたまったもんじゃないだろう。


「そう、だから実績や称号、もしくは下積みがいる」


「称号?!」


ラグナが食いつく。


目が妙に輝いている。


「称号ってのは、街とかの行政機関から与えられるやつだな」


「かっけぇ。どうやったら貰えんの?」


「多少貧乏な街で、貢献したら貰えるよ」


「なんで貧乏じゃないといけないの?」


「報酬として金を与えられないから、名誉を与えるんだよ」


「なるほどね」


「それで結局、馬車どうする?」


シエルが話を本題に戻す。


危険と時間が減るなら、予算が減ってもいいんじゃないだろうか。


路銀は依頼斡旋組合で稼げるようだしな。


「馬車使ってみるか」


「やったぁ! あれ乗ってみたかったんだよなぁ」


ラグナのテンションが目に見えて上がる。


さっきまでの話とは打って変わって、子供みたいに嬉しそうだ。


「なら、馬車を依頼するところとか探してきてよ」


「了解!」


ラグナは勢いよく立ち上がると、そのまま部屋の外へ走り出そうとする。


ガシッ。


いつも通り走り出すラグナの肩を掴む。


「俺達は宿屋にいるから、見つけたらそこに来てくれ。見つからなかったり、分からないことがあったら一度戻ってこい。いいな?」


「分かった!」


「じ、か、ん、み、ろ、よ?」


シエルが前科のあるラグナに圧をかける。


「心得ております! 行ってまいります!」


ラグナは敬礼するような仕草をすると、今度こそ走っていった。


足音が廊下の奥へと遠ざかっていく。


そして、すぐに聞こえなくなった。


「さてと、布の練習と魔法の練習でもするか」


俺は部屋の中を見回す。


「何の魔法の練習をしようか」


昨日のことを振り返ってみる。


(苦手な魔法、物を浮かせる、操作する)


できないことを放置するのは良くないだろう。


克服しなければ。


でも、克服できるならもうできている。


別のアプローチが必要になる。


(誰かに教わる?)


俺はシエルの方を見る。


シエルは部屋の隅に座り、本を読んでいる。


昨日買ったのだろうか。


ページをめくる音だけが、静かな部屋に響いている。


「邪魔して悪いんだけど、今いい?」


「うん、内容によるかな」


シエルが本から目を離す。


「物の操作の感覚とか言語化できる?」


「そうだな……」


シエルは近くに置いてあったカバンへ手を向ける。


すると、カバンがゆっくりと浮かび上がった。


そのまま宙に浮かせた状態で、シエルは顎に人さし指をつける。


しばらく黙り込む。


深く考えているのだろう。


「まず、小さな物は浮かせるか?」


「たぶん?」


「この爪楊枝浮かせてみて」


シエルが机の上に置かれていた爪楊枝を指差す。


(爪楊枝を上に上げるイメージ)


意識を集中させる。


すると、爪楊枝が机の上からふわりと浮かび上がった。


「……できたな」


「じゃあ次はこのコップ」


今度は少し大きなコップを指差す。


俺はさっきと同様のイメージをする。


だが、コップはぴくりとも動かない。


「……浮かないな」


「なるほど、よく分かった」


そう言うと、シエルはカバンから紙を取り出し、ちぎり始めた。


「……何してんの?」


「教材作り。ヒナタならこれでできるはずだ」


シエルは黙々と紙をちぎっていく。


しばらくすると、机の上には大量の紙の欠片が並んでいた。


「ヒナタ、これを1つ浮かせてみろ」


そう言って、シエルは紙の一欠片を指差す。


「できたよ」


さっきと同様に、紙の欠片がふわりと浮かび上がる。


「なら次は3つ追加だ」


「……できた」


4つの紙片が、それぞれ少しずつ揺れながら宙に浮いている。


複数の物を浮かせるのは少々難しいが、なんとかできた。


「じゃあ、50個いってみよう」


「待ってね……聚星」


俺は集中して、魔力を集める。


(そして、具体的なイメージ)


50個の紙の切れ端が、地面から10センチ程度浮いている光景を、様々な角度からイメージする。


1つ1つを意識する。


紙片が少しずつ揺れながら、床の上に浮かんでいく。


「よし、できた」


「じゃあ100個」


「……まぁ、やってみる」


100個の切れ端が浮いているイメージ。


だが、数が増えた途端に意識が追いつかなくなる。


脳内で100個もの物体を個別に想像することなんてできない。


「難しいかな」


「そうか……じゃあ次だ」


そう言ってシエルはコップを俺の前に置いた。


「このコップを50個くらいの粒とかに分けて、浮かせる力をかけてみて」


「50個に分ける……」


どんな風に分ければいいだろうか。


とりあえず、上から50個に輪切りしたイメージをする。


そして、それぞれを上昇させるイメージ。


「……あっ、できた」


コップがゆっくりと浮かび上がる。


「ほらな」


シエルが珍しく自慢げな顔をする。


「なんでなんだ?」


「ヒナタの物を上に浮かせるイメージは、多分、上に力を働かせるという風に作用しているんだと思う」


「なるほど」


「だから、重いものほど浮きづらい」


「でも、浮かせるイメージをいくつかに分けたら、上に働く力も増えるだろ?」


「そういうことか」


非常に納得のいく話だ。


シエルは教えるのが上手いのかもしれない。


エルじぃも教えるのは上手かったが、実戦が多かったので少々分かりづらかった。


「シエルもこんなイメージをしてるの?」


「原子すべてに作用するイメージをしている」


「怖っ」


そんな膨大な数の粒子をイメージするなんて、まるでPCのようなやつだな。


「ありがと、シエル。助かった」


「うん」


そう言ってシエルは再度本を読み始めた。


俺も浮かせたコップを床に戻す。


(浮かせるようになったのは良いけどなぁ)


戦闘中なんかにこのイメージをするのは厳しいかもしれない。


練習が必要なスキルだな。


でも、シエルはほとんどのエルじぃから教わった魔法を習得できている。


しかし、巨大なものや威力は再現できないらしい。


(シエルは詳細なイメージが得意な反面、詳細すぎて大雑把な魔法は難しいのかな)


そんなことを考えてシエルの方を見ていると、シエルが本を閉じてこちらに近づいてきた。


「どうしたの?」


「魔法を作ってくれ」


「作る? 攻撃魔法とか?」


「うん、俺もある程度戦えるようになりたいんだ」


治療だけで十分役に立ってくれている。


だが、本人が戦えることに越したことはないだろう。


「分かった。シエルの魔法か……」


シエルは色んな魔法が使える。


詳細なイメージができる。


これらを活かしたものがいいだろう。


(複数の小さな魔法を操作するとか……威力を強化する具体的なイメージとか……)


まずは複数の方から考えてみよう。


「シエル、炎出せる?」


「どんなのだ?」


「そうだな、手のひらサイズの火球でいい」


「……できたぞ」


シエルの手のひらに、赤い火球が生まれる。


揺らめく炎が周囲を照らしている。


シエルは俺が最初は時間のかかったことを、いとも容易くしてしまう。


「凄いな。なら次はそれを何個も作ってくれ」


「……こんな感じか?」


シエルは火球を12個程度、自分の周りに浮かべた。


赤い火球が宙に並び、熱気が周囲へ広がる。


「それ、動かせる?」


「ちょっと待ってくれ」


シエルは火球が燃え移らないように、縁側の方へ移動する。


「できるな」


12個の火球が、それぞれ違う軌道を描きながら空中を動いている。


「それでいいと思うよ」


「これならヒナタの白炎の方がいいだろ」


シエルの言うとおり、白炎の方が威力も範囲もデカい。


しかし。


「その火球は自由に動かせるだろ?」


「うん」


「ならそれで、敵を囲んだり、色んな戦術ができるんじゃないか?」


「それいいな……」


シエルはいくつかの使い道を思案している。


浮かぶ火球を指先で少し動かしながら、軌道を考えているようだ。


「じゃあもう1個、威力の高いのを考えてみよう」


「ほう?」


「シエル、圧縮とかできるか?」


「圧縮? 何をだ?」


「簡単なものがいいな。空気とかできるか?」


「余裕だな」


シエルは自分の前に空気の弾を生成したようだ。


目には見えないが、空気が押し固められているのか、周囲の空気が僅かに揺らいで見える。


「それをできるだけ圧縮して、相手にぶつかったら弾けさせるんだよ」


「なるほど……」


シエルは岩を生成し、そこに手を向ける。


一瞬、周囲の空気が静止したように感じた。


「パァァァン!」


その瞬間、岩が弾け飛んだ。


「うわっ!」


その威力にシエルが情けない声を出す。


「流石だな」


俺なら同じ方法で、あんな威力は出ないだろう。


そして、あんな声も出ない。


「これ、見えないから怖いな」


「見えないのに操作できてるのが怖いんだよなぁ」


「そうか?」


シエルは、さっき自分の魔法にビビっていた人とは思えないドヤ顔を披露する。


「じゃあ、後は練習だな」


「それはそうなんだが、もう少しいいか?」


「うん、なに?」


「……技名考えてくれないか?」


「ラグナと違ってシエルは自分でもできるだろ?」


自分で考える方が、自分のイメージとリンクしやすくていいと思う。


「そうなんだが、その……」


シエルが口ごもっている。


「何?」


「……センスがないんだ」


「センス? そんな酷いのか?」


「……以前ラグナに大爆笑されたことがある」


「そうなのか? じゃあ試しにさっきの炎魔法の考えてみてよ」


しばらくシエルは考えて、俺の方に向き直った。


少し溜めて、シエルがキメ顔で言い放つ。


「……炎の玉いっぱい飛ばし」


「……は?」


「ダメか?」


「ダメというか……技名になってなくない?」


「じゃあ、炎の玉いっぱい飛ばし・改」


「悪化させんな」


ちょっと面白くなってきた。


空気の方も聞いてみよう。


「じゃあ、空気のやつは?」


「……空気爆発」


「そのまんますぎない?」


「分かりやすいだろ」


「いや、分かりやすいけど……」


「じゃあ、空気爆発・改」


「改を付ければいいと思ってる?」


「……空気爆発・真」


「悪化してる」


「空気爆発・極」


「付ける文字変えればいいと思うなよ?」


「じゃあ……」


シエルは少し考える。


「……超空気爆発」


「前に付けても変わんねぇよ」


「……」


シエルがあからさまに落胆した顔をする。


(これは面白すぎる。こいつ、ど天然かもしれない)


「アッハハハハハハハ」


突然、後ろから笑い声が聞こえた。


いつの間にか帰ってきたラグナが、のたうち回りながら笑っている。


「ラ、ラグナ、あんま笑ってやるんじゃない」


俺は笑うのを堪えながら言う。


「だ、だってさ、キメ顔でさ」


ラグナは立ち直って、シエルの真似をする。


「超空気爆発!」


「だぜ? 笑うしかねぇだろ」


「グフゥゥ」


ラグナの物真似のせいで、俺も我慢の限界がきて吹き出してしまった。


「……そんなにダサいのか」


落胆するシエルに俺は向き直る。


「もう無理だ。取り繕えない。はっきり言おう」


「ダサすぎる! 小学生か! 天然か!」


「………」


ようやく思っていたことが言えて爽快だが、シエルには少し悪いかもしれない。


「ヒィィィッ、アハッ、アハハハハハハ」


「ラグナ笑いすぎ」


「ハハッ、すまん、でも……」


「やっぱ無理だァァ! アハハハハハハ」


―――


ラグナが落ち着くまで待った後、馬車の話をすることになった。


「はぁ、面白かった。それで馬車の話なんだがな」


「うん」


「なんと、格安でいけるぜ!」


「それ大丈夫か?」


詐欺とかじゃないだろうか。


「いや、ルミナまでは危険だから護衛をして欲しいらしい」


「なるほど、安くするから護衛をしろと」


「だってさシエル!」


部屋の隅に縮こまっているシエルを、ラグナが呼ぶが応答はない。


少々やり過ぎた。反省しよう。


(超空気爆発……)


さっきのことが頭によぎる。


(やはり、仕方なかったかもしれない……)


「シエル! 笑いすぎた、ごめん。ほらラグナも謝れ」


「ご、ごめんな」


ラグナは謝りながらも、口元が震えている。


「シエル、技名は馬車で考えるから、とりあえず宿を出よう」


「そうだな……俺こそすまん」


そして俺達は宿を出て、馬車へ向かった。

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