22話 喪失と決意
男の身体が魔法に変わり、全身が異質なものへと変質していく。
「……何だったんだ?」
さっきまで男だったものを見る。
そこには、水や石でできた何かだけが残っていた。
「ヒナタ!」
ラグナの声がした。
振り返ると、地面に倒れているエルじぃが見えた。
「エルじぃが!」
ラグナの声には安心したような、泣きそうな、そんな色があった。
俺たちは駆け寄る。
エルじぃは目を閉じたまま動かない。
ラグナが身体を揺する。
「おい、エルじぃ!」
「待って」
シエルが止める。
「強く揺らさないで。怪我をしているかもしれない」
シエルはエルじぃの身体を確認していく。
「外傷は……大きなものはない」
「じゃあ、気絶してるだけ?」
「たぶん」
しばらくして、エルじぃが小さく呻いた。
「……う」
「エルじぃ!」
ゆっくりと目が開く。
「……ここは?」
「森の中です」
俺が答える。
「敵は?」
「多分……倒した?」
「……そうか」
エルじぃは頭を押さえながら、ゆっくりと身体を起こした。
「お前たちは無事か?」
「全然無事だよ! それよりエルじぃは大丈夫なのか?!」
「無事ではないだろ」
シエルが思わず、ラグナに突っ込む。
エルじぃは少し笑った後、ラグナの頭を撫でて言った。
「そうか……頑張ったんじゃな」
エルじぃはしばらくして周囲を見渡した。
「ヴェインはどうしたんじゃ?」
俺たちは顔を見合わせた。
「……まだ見つけてない」
エルじぃの表情が変わった。
「探さねばいかん」
俺たちは森の中を探し始めた。
戦闘の跡がそこら中に残っている。
倒れた木。
砕けた岩。
そして――。
「……ヴェイン?」
倒れている人影があった。
シエルが走り出す。
「ヴェイン!」
俺たちも後を追う。
シエルはヴェインを抱き起こし、首元に手を当てた。
「……」
シエルは魂が抜けたように動きが止まった。
「シエル?」
「……」
返事がない。
「シエル!」
「……脈がないんだ」
「……嘘だろ?」
ラグナの問いにシエルは答えない。
もう一度、脈を確認する。
胸の動きを確認する。
瞳を確認する。
何度も。
何度も。
「……死んでる」
小さな声だった。
俺は何も言えなかった。
ヴェインが死んだ。
頭では分かっている。
でも、実感が湧かなかった。
そこには、ただ眠っているようにしか見えないヴェインがいる。
「外傷は?」
エルじぃが尋ねる。
「……鼻血が少し」
シエルが答える。
「戦闘で死んだようには見えない」
エルじぃがヴェインの身体に手を当てる。
「……」
目を閉じる。
しばらくして、エルじぃの眉がひそめられた。
「……過負荷か」
「過負荷?」
「もしかして、敵は他人の魔法を使ったんじゃないか?」
「よくわかりましたね」
「何度も見たからの」
エルじぃはしばらく考えてから説明を始めた。
「魔法を使うには、頭の中で魔法のイメージを作る必要がある」
「普通なら、自分自身のイメージを使う。じゃが……他人の魔法を使う場合は違う」
エルじぃがヴェインを見る。
「他人の魔法を使う際、その魔法をイメージしているのは、自分じゃないんじゃ」
「あの男は、ヴェインの技を多用したんじゃないのか?」
(追石か?)
確か、ラグナを執拗に追跡して攻撃していた技があった。
「……クソっ」
シエルが拳を握る。
「なんでだよ……」
声が震えていた。
「ヴェインは何も悪くないのに……」
「………」
「三人とも、ひとまず街に戻ろう」
エルじぃが立ち上がる。
「まだ魔族が残っているかもしれん」
俺たちはヴェインを運び、街へ戻った。
街は酷い有様だった。
建物は壊れ、道には瓦礫が散らばっている。
魔族や人の死体も、何人か道端に倒れていた。
それでも、街の人たちは動いていた。
怪我人を運ぶ。
瓦礫を片付ける。
食料を配る。
「こっちをお願いします!」
「分かった!」
シエルもすぐに治療へ向かった。
ヴェインを失った直後だというのに。
それでも、目の前にいる人を助け続けている。
俺には、それがシエルらしく見えた。
しばらくして、ようやく街の混乱が落ち着いた。
―――
その日の夜。
俺たちはエルじぃの家に集まっていた。
「まず、今回の襲撃について整理する」
エルじぃが地図を広げた。
「今回襲撃されたのは、この街だけではない」
「他の街も?」
ラグナが尋ねる。
「ああ」
エルじぃが地図にいくつか印を付ける。
「規模は違うが、主要都市がいくつも襲撃を受けておるようじゃ」
「つまり、あいつらには何か目的がある?」
「そう考えるべきじゃろう」
しばらく間を置いて、エルじぃが言った。
「……心当たりがある」
エルじぃの表情が険しくなる。
「なんですか?」
「……魔王じゃ」
「魔王?」
「正確には、魔王が与えた力じゃ」
「でも魔王は、エルじぃが勇者と倒したんじゃ?」
「その通りなんじゃが…」
エルじぃは地図を見つめたまま答える。
「この力だけは……魔王のものとしか考えられん」
「………」
エルじぃは遠い昔を見つめるようにして話し始めた。
「魔王は、人間の身体を魔力に適応させることができるんじゃ」
「適応?」
「身体そのものを魔力に近づけるんじゃ」
「そんなこと……できるんですか?」
「普通はできん。じゃが、魔王の力なら可能じゃ」
俺は考える。
(魔力は、自分に近いものほど反応しやすい)
魔法を使うとき、俺たちは頭の中でイメージを作る。
そのイメージが魔力に影響を与え、魔法として形になる。
(なら、身体や脳そのものが魔力に近づけば……)
「イメージが、より直接的に魔力へ影響する?」
「そうじゃ」
エルじぃが頷く。
「身体が魔力に近づけば近づくほど、魔法との干渉は強くなる」
「それって……魔法が強くなるってこと?」
「そうじゃ」
エルじぃは少し間を置く。
「じゃが、強くなるだけでは終わらん」
「……?」
「適応しすぎるんじゃ」
部屋の空気が重くなる。
「意識が魔力に影響を与え、魔力が意識に影響を与える。」
俺は、さっきの男を思い出す。
石になった腕。
水に変わった身体。
そして――。
「……そして身体が崩壊し、例外なく死に至る。」
「ああ」
エルじぃが答える。
「それが、魔王の力の代償じゃ」
「………」
みんな、あの男の最後を思い出したのだろう。
部屋に沈黙が落ちる。
「ダンッ!」
シエルが机に両手をつき、立ち上がった。
「……そいつの目的は何なんですか!」
声が震えている。
「ヴェインは……死なないといけなかったんですか?」
「目的は……復讐、かもしれん」
「それは、ヴェインが死んでいい理由になるんですか!?」
「ならん」
エルじぃは即答した。
「断じて、そんな理由にはならん」
「……俺が強かったら」
シエルは俯く。
悔しさが顔に滲む。
そして、額から涙が一筋落ちた。
「……ヴェインに、生きていてほしいか?」
エルじぃが静かに尋ねる。
「……そりゃ、そうですよ」
「……なら、一つだけ心当たりがある」
「ッ!」
シエルが顔を上げる。
「生き返す方法があるんですか!?」
「可能性があるだけじゃ」
「何でもいいです! 教えてください!」
エルじぃはしばらく、意志を見定めるようにシエルを見つる。
そして話始めた。
「昔、蘇生や不死について研究している街に寄ったことがある」
エルじぃは静かに続ける。
「そこでは、蘇生について一つの理論が研究されておった」
「じゃあ、その街に行けば……」
「生き返らせられる、とは言っておらん」
「………」
「儂は、実際に成功したところを見たことがない」
「……でも、理論はあるんですよね?」
「ああ」
エルじぃは頷く。
「ただし、ほぼ不可能じゃ」
「……教えてください」
「まず、魂を知覚する必要がある」
「魂……」
「そして、特定の人間の魂を呼び戻す」
「………」
「さらに、その魂を受け入れる器を用意する必要がある」
「器?」
「完全な肉体じゃ」
俺は思考する。
(肉体の再生だけなら、理論上は不可能じゃない)
身体の構造を完全に理解し、正確にイメージできればいい。
問題は、その先だ。
(魂の知覚……)
そもそも魂がどこにあるのか、何なのか分からない。
それを感覚的に捉え、さらに特定の魂だけを呼び寄せる。
(百メートル先の物を引き寄せるだけでも大変なのに……)
どこにあるのかすら分からないものを、どうやって呼び戻す?
「……ほぼ不可能、か」
「そうじゃ」
エルじぃが答える。
「じゃが、不可能だとは言っておらん」
「……」
シエルがしばらくどこか遠くを見つめた。
そして目を瞑る。
しばらくして、エルじぃの方を向いて目を見開いた。
「俺、やってみようと思います」
「……どうするんじゃ?」
「その街に行きます」
シエルの声に迷いはなかった。
「そこで蘇生魔法を研究します」
「シエル」
俺はシエルの目を見る。
「本気か?」
「本気だよ」
シエルは俺の視線に答えるように、強く見つめ直し、心強く言い放った。
「俺にとって、合理的な判断だ」
「……合理的?」
「ヴェインを生き返らせたい」
シエルは拳を握る。
「その可能性が少しでもあるなら、調べる価値はある」
「それに、君たちも旅に出るんだろ?」
「そうだね」
「なら、俺もついていく」
「……本当にいいのか?」
エルじぃが真剣に尋ねる。
「これから先、過酷な旅になるぞ」
「分かっています」
シエルは頷く。
「でも、俺は医者です」
少しだけ笑い、ラグナの方を見る。
「無茶するパーティには、回復役が必須でしょ?」
「来てくれたら、めっちゃ助かるけど……いいのか?」
ラグナは心配そうに言う。
「もちろん」
シエルは迷わず答えた。
「俺が決めたことだから」
「じゃあ、これからよろしくな」
俺は右手を差し出す。
「よろしく」
シエルはその手を握り返した。
―――
翌日。
「しんどいぃぃい!」
「その程度じゃ、すぐにやられてしまうぞ?」
旅に出ることになったシエルは、さっそくエルじぃにしごかれていた。
―――
以前とは、もう違う。
俺たちは無謀で危険だとわかっていても、求めてしまったのだ。
大切なものを取り戻したい。
そのために俺達は旅に出る。




