20話 奪還
(ヴェインが攫われた? 何のために?)
俺は、前にシエルを救出した日のことを思い出していた。
あの日も、ヴェインはシエルを守るために動いていた。
(……街の監視を無くすためか?)
「それで、街は今どうなっとるんじゃ!」
「何人かの魔族がいきなり街に現れて……」
「分かった! 三人ともついてくるんじゃ!」
エルじぃは今までに見たことの無い気迫を放っている。
「シエル、移動しながら話すんじゃ!」
俺達は街へ向かって走り出した。
森を抜ける。
遠くに見えてきた街は、いつもの姿とは明らかに違っていた。
空には煙が立ち上り、ところどころから魔法の光が見える。
何かが壊れる音。
怒号。
魔法が炸裂する音。
それらが、遠くからでもはっきりと聞こえてくる。
「襲われたけど、その後、街の警備の人もすぐに来て助けてくれたんです」
シエルは息を切らしながら話す。
「でも…でもヴェインがワイバーンに……」
「警備の者は、なぜ助けなかったんじゃ?」
「俺を守ってたから……」
シエルが悔しそうに俯く。
(確かに、ヴェインに当たらないようにしながら、シエルも守ってワイバーンを落とすのは難しい)
「お主のせいじゃない! 全て襲撃した者が悪いんじゃ!」
「……はい」
その時、ラグナが街を指差した。
「おい! なんだ、これ……」
図書館前に着いた俺達からは、街の様子がよく見えた。
様々な場所で建物が崩れている。
大通りには魔族と街の人間が入り乱れ、至る所で戦闘が起きていた。
逃げ惑う人。
魔法を放つ人。
誰かを助けようと走る人。
街全体が、戦場になっている。
「ヒナタ! ラグナ! シエルを任せる!」
「エルじぃは?」
「儂は街の外にも増援を頼んでみる。数が多すぎる!」
明らかに街の住人の方が劣勢だ。
魔族二人を相手に、一人で戦っているような場所すらある。
このままでは、時間が経つほど不利になる。
その時だった。
一人の魔族が、シエルへ向かって短剣で斬撃を放った。
「危ない!」
ラグナがシエルの前に割り込む。
「グサッ!」
短剣がラグナの腹に突き刺さった。
「ラグナ!」
「おらぁ!」
ラグナは顔を歪めながらも、魔族の腕を掴んだ。
「なっ!」
そのまま魔族の身体を引き寄せ、頭を地面へ叩きつける。
「ガッ…」
魔族は少し声を漏らし、気絶した。
「ヒナタ! 後は任せるぞ!」
エルじぃが俺を見る。
心配そうな表情。
それでも、その目には迷いがなかった。
「分かりました」
俺が答えると、エルじぃは何やら道具を取り出した。
(今できる最善を考えろ)
「ラグナ! 大丈夫か? シエル、治せるか?」
俺が聞いても、シエルは反応しない。
「ヒュッ、ヒュッ……」
シエルは過呼吸になりながら、脇腹を押さえるラグナを見ている。
目の焦点が合っていない。
「シエル!」
「あっ!」
シエルはようやくこちらに気づいた。
俺はシエルの胸ぐらを掴む。
「しっかりしろ! 」
「油断して攻撃を受けた。ラグナはお前を庇ったんだぞ。ヴェインも攫われてる。」
「お前にできることはなんだ!」
「俺は、俺は……」
「治せるだろ!」
「……治せる!」
「なら、やれ! お前にしかできない!」
シエルが目を見開いた。
しばらく俺の顔を見つめた後、ゆっくりと息を吐く。
「……分かった」
震えていた手が止まった。
シエルはラグナの傷へ手を当て、治療を始めた。
「なんじゃと!?」
何やらエルじぃの方も不穏な様子だ。
(増援は期待できないのか?)
「ありがと。もう、大丈夫だ」
ラグナが立ち上がる。
腹を見ると、傷はほぼ完全に塞がっていた。
「ごめん……俺のせいで」
シエルが申し訳なさそうにラグナへ言う。
「俺のできることは庇うことだった。それだけだ」
ラグナはそう言って、いつものように笑った。
「三人とも聞くんじゃ!」
俺達はエルじぃの方を向く。
「街の警備がもうすぐこちらに来る。しかし、他の街からの増援は無理じゃ。向こうでも何かが起きておる……」
「それで、俺達はどうすればいいですか?」
「お主らはヴェインの方を追いかけてほしい」
「場所は分かるんですか?」
「恐らく、ヴェインはワイバーンの巣にいる」
「なんで分かるんですか?」
「以前、シエルが襲われた日から、ヴェインに自分の位置とシエルの位置を儂へ伝えられるようにしておった」
「しかし、北の森奥でそれが途切れた」
「……」
(ヴェインは北の森奥にいる)
(そして、そこで何かが起きている)
「儂は街の襲撃者をなんとかする。終わったら直ぐに向かう」
そう言った直後だった。
エルじぃの足元に、突然魔法陣が浮かび上がった。
地面に淡い光が走り、複雑な紋様が広がっていく。
「これは……転移―」
「エルじぃ!」
エルじぃの姿が、目の前から消えた。
「……はっ?」
ラグナが呆然と呟く。
俺も、何が起きたのか理解するのに一瞬かかった。
(消えた? いや…)
消える瞬間に、エルじぃは転移と呟いていた気がする。
それに人を消し去る魔法なんてものは現実的にありえない。
足元には、まだ魔法陣の痕跡が残っている。
エルじぃは、自分から転移したわけじゃない。
(助けにいく?)
(相手の狙いは?)
頭の中で、さっきまでの情報を繋ぎ合わせる。
(ヴェインを攫った目的が街の監視を無くすことなら……)
(次に狙われるのは、街の最高戦力であるエルじぃ)
「エルじぃ! どこだ!」
慌てるラグナの腕を掴む。
「エルじぃはワイバーンの巣に恐らく転移した」
「そこにヴェインもいるだろう。そして……敵も」
「助けに行かないと!」
「分かってる。だが、一度落ち着けラグナ」
「ッ……ふぅ。大丈夫だ」
一瞬、ラグナは向きになりそうになった。
だが、深く息を吐き、拳を握り直す。
「……大丈夫だ」
次に、しどろもどろになっているシエルを見る。
「エルじぃとヴェインを助けに行く」
「お前が必要だ。ついてきてくれ」
「何バカなこと言ってるんだよ!」
シエルは俺に向かって叫んだ。
「勝てるわけないだろ?」
「エルじぃを倒しに行くような奴に、俺達が及ぶわけがない!」
「そうかもしれないな」
「だったら!」
「でも、そうじゃないかもしれない」
「かもしれないじゃ駄目だろ!」
少し間を置いて、シエルは切実に言い放つ。
「それに、死ぬかもしれないんだぞ!?」
その通りだ、でも…
「じゃあ、エルじぃもヴェインも死んでいいのか?」
「でも勝てない! 合理的じゃない!」
「何のための合理なんだ?」
「簡単だ! 生きるためだろ!」
「何のために生きるんだ?」
「…………」
シエルの口が止まる。
「少なくとも俺は、自分の大事な人を捨てて生きるのは嫌だ」
「もちろん、これは俺の考えだ」
俺はシエルの目を真っ直ぐに見据え、問い掛ける。
「お前はどうなんだ? シエル」
「……ヴェインを助けたい!」
「ヴェインはいいやつなんだ……」
「俺のために脚を洗って……柄にもなく仕事も頑張って……」
「でも、俺が行ったって助けられるかなんて分からない……」
「お前が行かなくても、俺達は行く」
「そして、お前がいれば勝てる可能性は上がる」
「…………」
シエルは俯いた。
しばらくして、ゆっくりと顔を上げる。
「……分かったよ」
「行けばいいんだろ!?」
半ばヤケクソにシエルは言った。
「頼りにしてる」
ラグナがシエルに言う。
そこには何の疑念も、不安もなかった。
ただ、本当にそう思っている。
ラグナはそう感じさせる人だった。
「二人とも行くぞ」
俺達は魔法陣に足を踏み入れた。
次の瞬間――。
景色が一瞬で変わった。
鼻を刺すような獣の臭い。
見覚えのある森。
以前、戦闘した場所だ。
周囲には魔物の群れが蠢いている。
そして、その奥。
一人の男が立っていた。
「……なんで、お前らが!」
男が驚いたように叫ぶ。
ラグナが男を睨みつけ、言い放つ。
「取られたものを、取り返しに来ただけだ」




