17話 異変
「行ってはならん! 断じてじゃ!」
エルじぃは、机を叩かんばかりの勢いで拒否した。
「友達があそこにいるかもしれないんだよ! 行くのは絶対だ!」
ラグナも一歩も引かない。
2人の視線がぶつかる。
(危険なのは事実。しかし、ラグナは止まらない)
ならば――。
「ワイバーンを倒すための戦闘はしません。捜索だけです」
これが一番いい。
目的を限定すれば、危険を減らせる。
「……戦闘になったらどうする気じゃ?」
「ラグナが俺を背負って走って、俺は後ろのワイバーンの翼を狙います」
(完全に倒せなくても、飛行を妨害できれば追いつかれにくくなる)
飛べなくなれば、逃げる時間は作れる。
「……もういい! 儂も行く!」
「それも駄目だ、エルじぃ!」
ラグナが即座に言い返す。
エルじぃは、膝の皿の損傷とアキレス腱の断裂を独自の魔法で支えている。
(もし魔法を使って周りの魔力が減ったら……)
ただでさえ無茶な状態だ。
「ラグナが背負う人が、もう一人増えるのは勘弁ですね」
「なら……あそこを消し飛ばす!」
「シエルも消す気か!」
ラグナから、もっともな突っ込みが入る。
「……落ち着いてください。危険なのは分かってます」
俺はエルじぃを見る。
「でも、俺たちは行きます。頼まれて請け負ったことなので、最後までやります」
一度、言葉を切る。
「シエルがいないと判断したら帰ります」
「いや、俺は見つけるまで探す!」
「風掌!」
「痛だ!」
ラグナの身体が、風に押されて軽く吹き飛ぶ。
「ラグナのことは俺が見ます」
「じゃがなぁ……」
「ここで否定して、一人でラグナが抜け出して行く方が危ないと思います」
エルじぃは黙った。
そして、ゆっくりと天井を見上げる。
まるで何かを諦めるように。
「……分かった。しかし、本当に気をつけるんじゃぞ!」
やはり、脱走するラグナの姿が想像できたらしい。
「本当に気をつけるんじゃぞ!」
「分かってます!」
「……出発はいつじゃ?」
「ワイバーンが寝ている昼間に行きます」
「……分かった」
ようやく話がまとまった。
「よし! 話もついたし、唐揚げ食べようぜ!」
(呑気だなぁ)
「手を合わせて」
「いただきます!」
(さて……明日のことを考えないと……)
「美味ッ」
口に入れた瞬間、思考が止まった。
衣はサクサク。
肉は柔らかく、噛むたびに脂が広がる。
ワイバーンの肉って、こんなに美味かったのか。
……駄目だ。
完全に思考を蝕まれている。
仕方ない。
明日の朝考えよう。
―――
翌朝。
「で? どうするんだ?」
俺たちは朝風呂に浸かりながら、作戦会議をしていた。
「そうだなぁ」
湯気が視界を白く曇らせる。
(今の時間、ワイバーンは寝ている……)
なら、昨日よりは安全なはずだ。
(なのに、帰れない状況なのか? もしくは……死んでる?)
いや。
それを確かめに行くんだ。
「とりあえず、捜索範囲は狭い。遠くから肉眼で確認してから行く」
「了解!」
「ラグナは突っ込むなよ?」
「大丈夫だって!」
「……本当に?」
「大丈夫だって!」
しつこいくらい言っておこう。
ラグナなら、やりかねない。
「そろそろ戻って準備するか」
「おうっ!」
―――
部屋に戻り、必要なものを確認する。
「剣と水筒とバッグと……」
ラグナが次々と荷物を詰めていく。
「いや……もっと身軽に行こう」
「なんでだ?」
「あくまで今回は捜索。狩りじゃない」
必要以上の荷物は、逃げるときに邪魔になる。
「だから、持って帰るものもない。むしろ速さを求められるからな」
「そうだな。じゃあ、剣と飲み物でいいか?」
「これも持っていきなさい」
エルじぃが、小さな笛を差し出した。
「この笛は?」
「儂が今作った。鳴らすと儂に知らせが来るものじゃ」
「へぇ、凄い。話したりできるんですか?」
「いや、ただ笛を鳴らしたことが分かるだけじゃ」
エルじぃは笛をラグナへ渡す。
「だから、何かあったらすぐ鳴らすんじゃよ?」
「それなら、鳴らしたらすぐに街の入り口あたりに来てください」
「森に向かわなくてもいいのか?」
「もし戦闘になっても、逃げるくらいはできます」
俺は笛を見る。
「追ってきたワイバーンの処理をお願いしたいです」
「分かった。他にも助けてほしかったら、すぐ鳴らすんじゃよ?」
「エルじぃ、心配し過ぎだって! 無茶はしないから!」
ラグナが笑う。
「ヒナタ、ラグナのことを頼んだぞ?」
「はい! 勿論、厳重に見張ります」
「俺は無視かよ」
こうして、俺たちは森へ向かった。
―――
「結構歩いたけど、まだか?」
北の森。
木々の隙間から差し込む光を浴びながら、ラグナが聞いてくる。
「地図を見た感じだと、まだ先かな」
(おかしいな……)
ここまでで、寝ているワイバーンを少ししか見ていない。
いつもなら、もっと遭遇しているはずなのに。
「ラグナ、何か起きてるかもしれない。身構えててくれ」
「分かった」
それから、俺たちはさらに歩いた。
鳥の声。
風に揺れる木々。
踏みしめる落ち葉。
普段と変わらない森。
……なのに、何かがおかしい。
(あと大樹を10本分くらい越えたら、巣の範囲だな)
「ラグナ、木に登って北の方を見てみてくれ」
「了解」
ラグナは軽く身を屈めると、近くの大樹へ飛びついた。
枝を掴み、身体を引き上げる。
あっという間に高い位置まで登っていった。
しばらくして、枝の上から声が降ってくる。
「ヒナタ、何にも居ないぞ?」
「……そうなのか?」
「というか、この辺りワイバーンいなくないか?」
「そうか……」
(おかしい)
ワイバーンの巣に近づいている。
それなのに、ワイバーンが少ない。
いや――。
(少ないだけじゃない)
昼間なのに、起きている個体がいる。
(数と行動。どちらも普段と違う)
「もう少し進もう」
俺たちは再び歩き始めた。
―――
しばらくして。
「バサッ、バサッ」
頭上から、翼の音が響いた。
「ヒナタ!」
ラグナが俺の身体を抱え、大樹の陰へ移動する。
「どうした?」
ラグナは口元に人差し指を当てた。
「………」
静かにしろ、ということらしい。
俺も口を閉じる。
上空を見上げる。
何も見えない。
だが、確かに羽音がした。
「ヒナタ、もういいぞ」
「どうしたんだ?」
「起きてるワイバーンが、だいぶ上の方を飛んでたんだ」
「この時間に起きてるのか?」
「あぁ。理由は知らないが、間違いない」
(やはりおかしい)
胸の奥に、嫌な感覚が残る。
(普段とは違う何かが作用している)
(天候? それとも狩りの影響? 別地域の災害とか?)
考える。
だが、どれも確証がない。
「気をつけながら進もう。またワイバーンがいたら教えてくれ」
「あぁ」
俺たちは木々の陰を利用しながら、巣へ向かった。
―――
「ヒナタ! あれ!」
少し小声で、ラグナが言う。
その視線の先を見る。
(あれは……人か?)
木々の向こう。
確かに、人影がある。
そして、そのすぐ近くにはワイバーンがいた。
(助けたほうが……)
いや。
(ワイバーンは起きている?)
翼が動いている。
明らかに眠っていない。
(なのに、襲われてない?)
「ヒナタ! 助けないと!」
「ラグナ、少し静かに。様子を見るぞ」
そう言った、その瞬間だった。
人影がこちらを向く。
目が合った。
「グルァァァ!」
「ヒナタ!」
頭上から、巨大な影が落ちてきた。
咄嗟にラグナが俺を突き飛ばす。
直後。
「ドォン!」
地面が砕けた。
「ラグナ!」
「逃げるぞ! おんぶだ!」
「了解!」
俺はラグナの背中に飛び乗った。
「「「グルァァァア!」」」
次々と翼が開く。
木々の間から、ワイバーンが飛び出してきた。
1匹。
2匹。
3匹。
――いや。
そんな数じゃない。
(どこにいたんだ、こんな数!)
大量のワイバーンが、一斉に空へ舞い上がる。
翼が風を巻き起こし、木々が激しく揺れた。
考えている暇はない。
今は生き残ることだけを考えろ。
「ピィィィ!」
甲高い笛の音が森に響く。
(これで街に着けば助けてもらえる)
あとは――。
「聚星!」
魔力を集める。
「「グルァァァア!」」
左右から2体。
挟み込むように襲ってくる。
「風掌!」
「ダァン!」
両手を突き出す。
風が弾け、2体のワイバーンが空中で弾き飛ばされた。
(一旦、距離はとれた)
だが。
「「「グルァァァアア!」」」
その隙を埋めるように、さらに群れが迫ってくる。
(数が多すぎる)
正面。
右。
左。
上。
逃げ道がない。
なら――。
「ラグナ! 両足で合図したら前に飛べ!」
「分かった!」
「風纏!」
ラグナの脚に風を纏わせる。
風が足元へ集まり、地面との間で渦を巻いた。
「今だ!」
「うおぉぉぉおお!」
ラグナが地面を蹴る。
同時に、風が地面を押し返した。
「ビュュュン!」
身体が前へ吹き飛ぶ。
「うぉぉぉおお!」
木々が一気に後ろへ流れていく。
「イテッ!」
しかし、着地は上手くいかなかった。
俺たちは地面を転がる。
「痛ってぇ……」
(でも、これで距離はだいぶ取れたな)
立ち上がろうとした、その直後。
「カァァン!」
金属音が響いた。
ラグナが飛んできた石を剣で弾いている。
「お前は……」
石を飛ばした主。
その顔には、見覚えがあった。
「あの時の……!」
ラグナが歯を食いしばる。
「また、俺たちを殺しにくるのか!」
「あぁ!」
遠くから男の声が返ってくる。
「お前も、あのジジイも絶対に殺す!」
男はワイバーンに跨っていた。
その目が、こちらを睨みつけている。
「ラグナ! 挑発に乗るな、逃げるぞ!」
「あぁ、分かってる!」
ラグナが走り出す。
俺は再び背中に乗り、魔法を準備する。
「タタタタタッ!」
足音が連続する。
ラグナは速い。
だが――。
上空のワイバーンは、それ以上に速い。
(攻撃を受けたら一巻の終わりだ)
背中に乗っている俺には、逃げる以外の選択肢がない。
だからこそ。
相手の攻撃を見逃すな。
「聚星! 水淬!」
魔力を集め、水弾に運動エネルギーを蓄える。
「穿岩!」
男も魔法を発動した。
「ビュン!」
拳ほどの石が、恐ろしい速度で飛んでくる。
(ッ……!)
速い。
避ける時間がない。
「水吼!」
「パァァン!」
水弾が石にぶつかり、空中で弾けた。
細かな水滴が顔に飛んでくる。
(危ない……)
あと少し遅れていたら、直撃していた。
――いや。
また来る。
考えろ。
構えろ。
「聚星! 水淬! 風纏!」
魔力を同時に維持する。
「礫弾!」
男が腕を振る。
無数の石が飛んできた。
(複数)
1つ1つの威力は、そこまで高くない。
なら――。
「風掌!」
風を一気に放つ。
「ババババッ!」
飛来した石が次々と弾かれていく。
(このままじゃ追いつかれる)
速度では負けている。
正面から戦えば、数でも不利。
なら。
(あいつを倒すんじゃない)
(足を止める)
「水吼!」
「ピュン! ピュン! ピュン!」
3つの水弾を撃ち出す。
狙うのは――。
男ではない。
ワイバーンの翼と胸。
「ギャァァ!」
水弾が翼を打ち抜く。
ワイバーンが大きく体勢を崩した。
男も振り落とされる。
「まだだ! 追えぇぇ!」
地面へ転がり落ちた男が叫ぶ。
(あいつを落としても、ワイバーンの群れは追ってくる)
それどころか。
(あいつは恐らく、何らかの方法でワイバーンを従わせている)
少し離れたところでは、もう1人の男もワイバーンから振り落とされ、地面に倒れている。
(シエルか……?)
一瞬、足を止めそうになる。
だが。
もう街の入り口は近い。
先に戻った方がいい。
「ラグナ! 分かってるな!」
「あぁ……すまん!」
ラグナは苦い顔をしながら、街へ向かって走る。
「ラグナ! ヒナタ! 大丈夫か!」
街の入り口。
エルじぃが待っていた。
「怪我はありません!」
俺は息を整えながら叫ぶ。
「向こうにシエルが倒れてます! エルじぃは追ってきてるワイバーンを倒して!」
「分かった! あとは任せるんじゃ!」
その時点で、ワイバーンはすでにエルじぃの前まで迫っていた。
「後ろ!」
「重撃!」
「ダァァァン!」
拳がワイバーンの頭部を捉える。
巨体が勢いよく地面へ叩きつけられた。
土煙が舞う。
だが――。
まだ他のワイバーンが向かってくる。
「封界!」
「……」
エルじぃが手をかざした。
空気が、一瞬だけ揺らぐ。
次の瞬間。
ワイバーンたちが、ぴたりと動きを止めた。
(何だ?)
まるで、今になって初めて周囲の状況を認識したように。
ワイバーンは首を動かす。
倒れている仲間を見る。
そして――。
その場を飛び去った。
「薄々、見当はついていたんじゃが……うまくいってよかったの」
「何がですか?」
「それはじゃな……」
「ヒナタ! それよりシエルだ!」
ラグナが叫ぶ。
「先に一旦、男の方を見に行こう」
「なんでだよ!」
「あいつがシエルを攫っていたなら、あいつを逃がす方がまずいだろ」
「……分かった」
「儂も行くぞ」
「助かります。でも、あまり街から離れないでくださいね」
「分かっとる」
俺たちは、もう一度森の奥へ向かった。
―――
「あそこだ!」
俺が撃ち落としたワイバーンが倒れている。
身体はほとんど動いていない。
(少し見た感じ、あの男はいないな……)
もう逃げたか。
それとも、どこかに潜伏しているのか。
どちらにせよ、気を張っておこう。
(ん?)
ワイバーンの近くに、大きな袋が落ちていた。
「ラグナ、少し周りを見ててくれ」
「分かった」
ラグナが剣を構え、周囲を警戒する。
俺は袋の前にしゃがみ込んだ。
中身が何なのか分からない。
罠の可能性もある。
慎重に紐を解く。
少しずつ。
中を覗く。
「あっ」
「どうした?」
ラグナが振り返る。
「……これ、シエルだよな?」
「本当か!?」
ラグナが駆け寄ってくる。
「よかった! 生きてたのか!」
袋の中には、意識を失ったシエルが入っていた。
身体を確認する。
呼吸はある。
胸が、ゆっくりと上下している。
(生きてる)
それだけで、少しだけ力が抜けた。
だが――。
(人質をわざわざ置いていったのか?)
おかしい。
人質が解放されれば、奴を執拗に追う理由はなくなる。
(それが狙いだろうか)
罠。
囮。
あるいは、別の目的。
考えれば考えるほど、嫌な可能性が浮かんでくる。
だが。
今は考えている場合じゃない。
シエルを連れて帰る。
それが先だ。
「ヒナタ、シエルを連れて先に帰ってくれ」
「駄目だ」




