15話 共闘
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――修行二日目。
俺はラグナと森に来ていた。
「いい相手はいるかな?」
ラグナは周囲を見回しながら、どこか楽しそうにしている。
「修行がメインで、狩りも兼任するからな。油断するなよ」
「分かってるって」
俺も周囲を見回す。
木々の隙間から差し込む光。
湿った土の匂い。
遠くから聞こえる鳥の声。
獣の気配はない。
周囲も比較的開けている。
(ここらへんでいいかな)
「ここでちょっと修行するか」
「分かった。それでさ……」
「ん?」
「必殺技! まだか?」
「そういえば、そうだったな」
「忘れんなよ?!」
「ダイジョブ、ダイジョブ。覚えてる」
「それで、どんな技だ?」
「それはお前が考えるんだよ。俺は補助だ」
「考えるぅ? 難しいなぁ」
ラグナは腕を組み、真剣に悩み始める。
「じゃあ、まず得意な攻撃はあるか?」
「グッといって、下からズバッ、とか。上にダンッて飛んで、下にダァンとかかな」
「……?」
(思わぬ難解語が飛んできたな)
身振りまで交えながら説明するラグナを見て、俺は頭を抱える。
とりあえず、今まで使っていた技から思い出してみるか。
(グッといって、下からズバッ)
「グッは踏み込みで、ズバッは斬り込みか?」
「たぶん、それだ」
「一気に距離を詰めて、懐に潜り込んで斬るってこと?」
「それだ!」
「擬音が多すぎるんだよ」
「分かりやすいだろ?」
「全然分からない」
もう一つ。
ダンッと飛んで、下にダァン。
これは心当たりがある。
「ワイバーンの首を落としたやつか?」
「正解! 流石ヒナタ!」
「今のはそれほどでもあるかな」
「それで、必殺技は?」
「必殺技と言っても、やってることは技名を付けて、それを叫んで使うだけだ」
「そんなのでいいのか?」
「いや。具体的にイメージしながら動作を繰り返すんだ」
「つまり?」
「技名を叫んで、その技を身体に覚えさせる」
「技名を言うことが、技のトリガーになればいいんだ」
「それで、何すればいいの?」
「技名考えタイムだな」
「……なにがいいんだろ?」
ラグナが唸る。
「まず最初のやつは、距離を一気に詰めて斬るんだろ?」
「うん」
「なら、その動作から意味を考えるんだよ」
「意味かぁ」
「俺が考えようか? 漢字分かんないだろうから、気に入るか分かんないけど」
「頼む!」
「頼まれた」
俺は腕を組み、頭の中でラグナの動きを思い浮かべる。
(飛んで斬る……飛ぶ……一閃)
「飛閃でどうだ?」
「飛閃? どんな字?」
(やっぱり日本語は分からないか)
俺は地面に指で文字を書く。
「こんな字」
「おぉぉおお、カッケェな!」
「気に入って何より」
「もう一個も考えてくれよ」
「そうだなぁ」
ラグナがワイバーンを倒した一撃を思い出す。
地面を蹴る。
跳ぶ。
そして、上から叩き落とす。
(強烈だったなぁ)
何か、これに合う言葉はないか。
(上から斬る……強烈……怒)
「怒髪天はどうだ?」
「なんだ、それ?」
「怒髪天を衝くっていうことわざがあってだな」
「ほうほう」
「天に衝くほど怒ってるって意味だ」
「技とちょっとイメージ違くないか?」
「でもさ……」
俺は空を見上げる。
「怒りのような強烈な一撃を、天から衝く……って考えたら」
「ぴったりじゃない?」
「なるほど! それならいい感じだな」
ラグナは満足そうに笑った。
「さて……技名を考えたんだ。こっちも手伝ってもらうぞ」
「もちろん!」
(身体を使う、か……)
剣はあまり性に合わない。
身体強化もメインでは使わないし、使いこなせるか分からない。
俺が腕を組んで悩んでいると、ラグナが首を傾げた。
「殴れば?」
(単純だなぁ……)
だが。
(……いや?)
「……ありかも」
俺は昨日の戦闘を思い出す。
風掌。
威力はそこまで高くない。
けれど、相手の体勢を崩したり、他の技を補助したりすることはできる。
(試すか)
「ラグナ、ちょっと受けてみてくれ」
「どんと来い!」
ラグナは仁王立ちになる。
「……受けないのか?」
「腹か胸で受ける」
(……まぁいいか)
俺は一度、息を吐く。
「じゃあ、いくぞ」
「おう!」
「聚星」
周囲の魔力粒子が集まり、身体の周りを漂う。
そこから、拳を作る。
(殴るイメージ)
ラグナの右ストレート。
エルじぃの右ストレート。
それぞれの動きを頭の中で重ねる。
肩から腕へ。
身体全体を使って。
最後に拳へ力を集める。
「ダァン!」
拳がラグナの胸に当たる。
「溜め長いけど、いいパンチだな」
ラグナは平然としている。
手応えはある。
だが。
(ラグナに効かないなら、エルじぃにも効かない)
「もう一発いくぞ」
「こい!」
「聚星」
もう一度、拳を作る。
今度は、風を思い浮かべる。
拳を包み込むように。
押し出すように。
「風掌!」
「ダァァン!」
拳がラグナの胸に叩き込まれる。
「おっ!」
ラグナの身体が、少し後ろへ吹き飛んだ。
「威力は、そんなに上がった気はしないけど……飛ばされたな」
「なるほど。参考にする」
俺は自分の拳を見る。
近接戦闘で距離を取れる。
それだけでも十分使える。
(めちゃくちゃ使えるんじゃないか?)
俺の攻撃は遠距離、中距離が多い。
近づかれた時に相手を吹き飛ばせるなら、もう一度距離を作れる。
距離を取る。
魔法を準備する。
また攻撃する。
(方針は決まったな)
「よし! あとは練習だ!」
俺は大木の前に立つ。
拳を握る。
「……いくぞ」
思い切り振り抜く。
「痛っ!」
拳に鈍い痛みが走った。
水吼で木を削れるから、少し舐めていた。
だが、木はやっぱり硬い。
(でも、木程度にダメージを与えられなかったら、エルじぃには効かない)
「風掌!」
「ダァン!」
拳が木に叩き込まれる。
痛みが手首まで響く。
「飛閃! 飛閃! 飛閃! 怒髪天!」
横を見る。
ラグナは人間サイズの大樹の枝を、何度も斬りつけていた。
「よし、練習あるのみ!」
俺も気を取り直して、再び大木に拳を振り始めた。
―――
「はぁ、はぁ……」
息が荒い。
腕が重い。
一時間くらい経っただろうか。
「飛閃三連! 怒髪天!」
ラグナはまだ練習している。
何なら、技の改良まで始めている。
「飛閃!」
踏み込む。
「飛閃!」
さらに踏み込む。
「怒髪天!」
枝を斬り落とす。
(……すごいな)
俺は一度、拳を下ろす。
(でも、俺は身体が使えないなら、頭を使うか)
練習するうちに、風掌自体を少し改良していた。
風を飛ばす技ではない。
拳の動きに合わせて、風が動く技。
(でもな、時間がな……)
風掌は、今のところ十秒で使える。
だが、近接戦闘では一秒が命取りになる。
(時間の短縮。時間がかかる原因は……)
毎回、風を拳に纏うイメージをしている。
ならば――。
(常に腕や身体に纏っていればいい)
攻撃するときは、殴るイメージだけで済む。
(風で殴るんじゃない)
(風を纏う)
「風纏」
技名はこれにしよう。
魔力を使い、風を腕の周りへ集める。
腕の動きに追従するイメージ。
少し歩いてみる。
腕を振る。
風が腕にまとわりつく感覚がある。
「……できてる」
もう少し歩く。
問題ない。
「聚星」
魔力を集める。
「風掌!」
ラグナのように。
吹っ飛ばすように。
力強く。
(殴る!)
「ダァン!」
拳が大木にめり込む。
木の表面が、拳の形に少し凹んだ。
「よし!」
拳を引き抜く。
(あとは、別の動作や魔法を使いながら風纏を維持できるようにしないとな)
歩くのはできた。
なら、次は他の魔法を使いながらだ。
(あっ……)
気づいた時には、風纏が解けていた。
(やっぱり、ある程度の意識は必要か)
もう一度、魔力を集める。
「聚星、風纏」
魔力を集めること自体には、もうほとんど時間がかからない。
じっくり溜める場合は別だが。
俺は風を腕に纏わせたまま歩き出す。
「水淬」
周囲に浮かんだ水滴が、俺の周りを漂う。
風纏を維持する。
水淬も維持する。
2つの魔法を同時に意識する。
(……まだいける)
しばらく歩く。
(そろそろいいかな)
俺は大木に向かって走り出した。
「風掌! 水吼!」
「ダァン! ドドド!」
拳と水弾が、ほぼ同時に大木へ叩き込まれる。
連続攻撃は成功した。
だが――。
(威力が落ちてる?)
同時に魔法を扱うと、イメージの鮮明さや集中度合いに差が出るらしい。
風纏に意識を割けば、水淬が薄くなる。
水吼に意識を向ければ、風掌が鈍る。
(まだ、全部を同時には扱えないか)
これは実戦で鍛えるしかない。
「飛閃三連! 怒髪天!」
ラグナはまだ同じ練習をしている。
だが、さっきとは違う。
威力も。
精度も。
速さも。
少しずつ上がっているように見える。
(流石だな)
「ラグナ!」
「どうした?」
「そろそろ狩りに行こう。連携の実戦練習だ!」
「任せろ! 何狩りに行くんだ?」
「……ワイバーンだな。通用するか知りたい」
「おぉ、いいね。作戦とか考える?」
「いや、細かい作戦を決めても、相手は予定通り動かないだろ」
「だから、今回はアドリブでいこう」
「おうっ、任せろ!」
そして、俺達は森の北へ向かった。
―――
「ワイバーンだ。寝てるけど、どうする?」
木々の向こう。
地面に伏せる巨大な影が見える。
「起こさないと練習にならない」
俺は杖を構える。
「水淬、水吼」
水弾が飛ぶ。
「ピチャッ」
ワイバーンの身体に当たる。
「グルルッ」
ゆっくりと頭が上がった。
目が合う。
「「グルァァァアア!」」
森全体を震わせるような咆哮。
翼が大きく広がる。
「来るぞっ!」
ラグナが叫ぶ。
次の瞬間、ワイバーンが地面を蹴った。
巨大な身体が宙へ浮く。
そして、そのままこちらへ滑空してくる。
(あれはどんな……)
いや。
(考えすぎるな)
(必要な情報を選び取れ!)
両足。
爪。
頭部。
攻撃。
(このくらいの情報で問題ない)
「ラグナ! 避けるぞ!」
「了解!」
「風纏!」
脚に風を纏わせる。
地面を蹴る。
「ダッ!」
横へ飛び退く。
「グルァ!」
ワイバーンの爪が、俺たちのいた場所を薙ぐ。
風圧が顔を叩いた。
ワイバーンは勢い余って通り過ぎ、そのまま地面へ着地した。
その瞬間。
ラグナが走り出す。
(速っ)
以前より明らかに速い。
踏み込みが違う。
身体が前へ滑るように進んでいる。
(……飛閃の修行で、踏み込みまで鍛えられたのか?)
だが、今は考えている場合じゃない。
「聚星」
俺は魔力を集める。
少しずつ。
周囲の魔力粒子を引き寄せる。
ワイバーンはこちらを振り返っている。
「グルァァァア!」
「飛閃三連!」
ラグナがワイバーンの頭部へ一気に接近する。
噛みつこうと開かれた顎。
その横をすり抜ける。
「ダァン!」
一撃。
「ダァン!」
二撃。
「ダァン!」
三撃。
鋭い三連撃が頭部へ叩き込まれる。
「グルァ!」
それでもワイバーンは止まらない。
「風纏、水淬!」
俺も走り出す。
脚が軽い。
地面を蹴るたび、身体が前へ押し出される。
「グルァァァア!」
ワイバーンが再び噛みつこうとする。
「ダァン!」
ラグナは攻撃を避ける。
その勢いを殺さず、さらに地面を蹴った。
身体が高く舞い上がる。
(怒髪天か!)
だが、宙にいるラグナへ向けて、ワイバーンが口を開いた。
喉の奥が赤く光る。
(火炎ブレス!)
「ヒナタ!」
ラグナの声。
俺は反射的に構える。
「風掌!」
風を纏った拳を振り抜く。
「ブワァッ!」
風圧がワイバーンの頭部を打ち、狙いを逸らす。
直後。
「ゴォォォ!」
炎がラグナのいた場所を薙いだ。
ワイバーンは、そのまま逃げるように飛び上がる。
「ドスッ!」
ラグナの剣が地面へ突き刺さった。
「ちっ!」
ラグナが顔を上げる。
俺はワイバーンを見た。
翼。
広げた翼。
飛ぶための器官。
(なら――)
「水吼!」
狙いを翼の根元へ。
水弾を撃ち込む。
「パァン!」
「グルァァァ!」
翼を撃ち抜かれ、ワイバーンの巨体が大きく傾いた。
雄叫びを上げながら、こちらへ落ちてくる。
(やばい、避けられない!)
「飛閃!」
ラグナが空中にいるワイバーンへ向かって斬りつける。
「ザンッ!」
斬撃が身体を逸らす。
ワイバーンは、俺たちの横へ墜落した。
「ドォン!」
土埃が舞う。
視界が白く染まる。
「……見えない」
「ヒナタ!」
「大丈夫!」
俺は息を吸う。
「聚星」
この隙に魔力を溜める。
土埃の向こうから、巨大な影が動いた。
「ラグナ! キメるぞ!」
「あぁ!」
ラグナがワイバーンへ向かって走り出す。
(ここは火力技だ)
土埃が薄れる。
ワイバーンがこちらを向いていた。
口が開く。
その奥が、赤く染まる。
「ラグナ!」
「ダァン!」
ラグナが地面を蹴る。
身体が宙へ舞い、炎の軌道から外れる。
同時に。
「ゴォォォォオオ!」
火炎が俺へ迫る。
(勝負だ!)
「白炎!」
「ゴォォォォオオ!」
俺の炎とワイバーンの炎が正面からぶつかる。
熱気が顔を焼く。
炎が押し合う。
どちらにも退かない。
(……拮抗している)
なら。
俺がここで耐える。
ラグナが決める。
「怒髪天!」
「ダァァァン!」
頭上から、ラグナの剣が落ちてくる。
「ズドォン!」
ワイバーンの頭部が吹き飛ぶ。
遅れて、巨大な身体が地面へ倒れた。
地面が大きく抉れている。
土埃が舞い上がった。
(凄い……)
ラグナの一撃。
以前より明らかに鋭い。
そして、俺の風纏と水吼も、実戦で使えた。
「ヒナタ!」
ラグナが右手を上げ、こちらへ近づいてくる。
「ナイス!」
俺も右手を上げる。
パンッ!
勢いよく手を合わせる。
「痛ぇ!」
「前の仕返しだ!」
「ハハッ! 倒せたな!」
「前と同じ戦い方じゃ、やっぱりキツいんだな」
「ああ。でも――」
ラグナが笑う。
「ヒナタ、強くなってるな!」
「お前もな」
俺はワイバーンの死体を見る。
そして、自分の手を見る。
まだ足りない。
今日、少し強くなった。
それは間違いない。
でも。
「……でも、まだ足りないな」
「え?」
「エルじぃには、まだ勝てない」
「あー……」
ラグナは苦笑しながら、俺の隣に腰を下ろした。
「じゃあ、もっと強くなろうぜ」
「そうだな」
俺は地面に寝転がる。
視界いっぱいに、青い空が広がった。
さっきまでの戦闘が嘘みたいに、静かな空だった。
俺達はしばらく、そのまま空を眺めていた。




