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魔法は思考で使う。  作者: ひなぶり
1章

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12話 修行1


「おい、ヒナタ! いくぞ!」


 翌朝。


 まだ眠気の残る頭に、ラグナの声が飛び込んできた。


 目を開けると、朝の光が部屋に差し込んでいた。


「……あぁ、昨日はあのあとすぐ寝たんだったな」


「おいおい、寝ぼけてんのか?」


 ラグナは呆れたように笑う。


「早いな。どうした?」


「エルじぃが朝飯前に修行するってさ」


「……あぁ」


 そういえば、旅に出るためにエルじぃに修行をつけてもらうんだったな。


 昨日の夜に決めたことを思い出す。


「了解」


 俺はベッドから起き上がり、ラグナと家の外へ出た。


 朝の空気は冷たい。


 まだ眠気の残る身体には、ちょうどいい刺激だった。


「二人とも、起きたんじゃな。ついてきなさい」


 エルじぃはそう言うと、迷いなく風呂場へ向かい始めた。


 あそこは周りに家もない。


 修行や魔法の研究には便利なんだろう。


 風呂場に着くと、エルじぃは軽く身体を動かし始めた。


 肩を回し、足を伸ばす。


 どの動作もゆっくりしていて、どう見てもこれから戦う人間の動きには見えない。


「二人とも、いつでもいい。かかってきなさい」


 ……セリフの強者感は凄い。


 だが、見た目は健康そうなおじいさんにしか見えない。


「いつでもいいんですか?」


「いいから、全力で来なさい」


「本当にいいのか?」


 ラグナも剣を抜くのを迷っている。


 当然だ。


 エルじぃは素手なのだから。


「遠慮はいらん」


 エルじぃは両手を軽く下げた。


 構えらしい構えすらない。


 その姿を見ても、俺たちはなかなか攻撃に踏み切れなかった。


「……なんじゃ。お主ら、まさか儂に怪我をさせるのが怖いのか?」


「いや、そりゃそうだろ! エルじぃ、素手じゃねぇか!」


「いや、だってこっちは剣も魔法も使うんですよ?」


 俺たちがそう答えると、エルじぃは呆れたようにため息をついた。


「はぁ……。お主ら程度の攻撃で、儂が怪我をするとでも?」


「……は?」


 思わず声が漏れた。


「それともなんじゃ? 二人がかりでも、この老いぼれには勝てんと分かっておるのか?」


 エルじぃは口元に笑みを浮かべる。


 ……あれ?


 なんか、煽られてないか?


「おい、ヒナタ」


「……あぁ」


 ラグナと目が合う。


 どうやら、考えていることは同じらしい。


「……本当に全力でいいんですね?」


「最初からそう言っとるじゃろうが」


 エルじぃは笑いながら手招きした。


「ほれ、全力で来い。少しは儂を楽しませてみせい」


 ……言ったな?


 なら、遠慮はしなくていいか。


 俺はラグナの方を向く。


「じゃあ、ちょっと待ってくれ」


「いいぜ」


 いつでもいいなら、しっかり準備してから撃ってやろう。


 俺は周囲に魔力を集めるイメージをする。


 昨日の戦闘で使った、小さいが高火力の水弾。


(小さい水の玉を複数……)


 周囲の空気が、わずかに揺れた。


 小さな水玉が六つ、自分の周りに浮かぶ。


(そこに運動エネルギーを溜める)


 水玉が小刻みに震え始める。


 これならいける。


「ラグナ、いいぞ」


「了解!」


 ラグナが勢いよく地面を蹴った。


 砂埃が舞い、一瞬でエルじぃとの距離が縮まる。


 俺はラグナが攻撃を仕掛ける前に、水弾を一つ放った。


(威力を溜めて――発射!)


「ヒュンッ!」


 水弾が空気を切り裂く。


 だが――。


 エルじぃは、ほんの少し身体をずらした。


 たったそれだけだった。


 水弾はエルじぃの横を通り過ぎ、そのまま後方へ飛んでいく。


「……避けた?」


 見えていたのか?


「なんじゃ、そんなものか?」


 エルじぃがこちらを見て笑う。


「まだ五発もあるんじゃろう? もっとしっかり狙わんか」


 ……余裕そうだな。


 いや、まだ考えている暇はない。


 残り五発。


 ラグナが斬りかかる。


「ブンッ!」


 剣が唸る。


 だが、エルじぃは剣の側面に左手の甲を軽く当てただけだった。


 それだけで、剣の軌道がわずかに逸れる。


「なっ――」


 その瞬間。


「ダァン!」


 エルじぃの右拳がラグナの肩を捉えた。


「痛ってぇ!」


 ラグナの身体が宙に浮く。


 そのまま地面を転がり、こちらまで吹き飛んできた。


「ラグナ、まだいけるか?」


「まだまだぁ!」


 ラグナはすぐに立ち上がり、肩を回した。


 痛みはあるはずなのに、顔には笑みが浮かんでいる。


 相変わらずだ。


「ほれ、どうした? もう終わりか?」


 エルじぃが再び手招きする。


「まだまだ!」


 ラグナが叫んだ。


 俺も止まっている暇はない。


 残った五発のうち、三発を同時に放つ。


(中央、左肩、右脇腹!)


 水弾が三方向からエルじぃへ迫る。


 速度は十分。


 軌道も分散させた。


(これなら、全部は避けられない)


 そう思った。


「ヒュンッ!」


 だが、次の瞬間。


「ピタッ」


 水弾がエルじぃの手前で止まった。


「……え?」


 三つの水弾が空中で静止している。


 落ちない。


 弾かれたわけでもない。


 ただ、そこに浮かんでいる。


(当たる前に止めた?)


 銃弾と同程度か、それ以上の速度だったはずだ。


 それに反応したとしても――。


(どうやって……?)


 思考が始まる。


 魔力で水弾の運動エネルギーを打ち消した?


 いや、そもそも他人が作った魔法に、直接干渉できるのか?


 水そのものを操作した可能性もある。


 だが、それなら俺の魔法はどうなっている?


 見たところ、水弾はそのままの形を保っている。


 それに、いつ魔法を使った?


 俺には何も見えなかった。


(……魔法の発動に必要な動作なんて、そもそもないのか?)


 考えろ。


 何をされた?


 その瞬間。


「ヒュンッ!」


 止められていた水弾の一つが、突然こちらへ向かって飛んできた。


「――!」


「キンッ!」


 ラグナが剣で弾く。


 金属音が響いた。


 それでもラグナは止まらない。


 勢いを落とさず、そのままエルじぃへ斬りかかる。


 俺も残った二発の水弾を放った。


(これで全部――)


「ピタッ」


 また止められた。


(……やっぱりだ)


 今度も、エルじぃが何かをしたようには見えなかった。


 水弾が止まる直前に、何か変化はあっただろうか?


 魔力の動き?


 水弾の形?


 周囲の空気?


(もう一度、よく観察すれば……)


「ヒナタ!」


「……!」


 ラグナの声で我に返る。


 いつの間にか、ラグナはエルじぃの目の前まで迫っていた。


 考えている場合じゃない。


 ラグナは剣を斜め下から振り上げる。


 避けられにくい軌道。


「カァァン!」


 エルじぃは手刀で剣を受け止めた。


 刃と手がぶつかっている。


 普通なら、あり得ない光景だ。


「ガッ!」


 次の瞬間、ラグナの腹に拳が入った。


「ぐっ……!」


 ラグナは腹を押さえ、その場にうずくまる。


「ラグナ!」


「……まだ、いける」


 震える足で立ち上がろうとする。


 だが、その前に。


 エルじぃがこちらを向いた。


「ヒナタ。お主、さっきから何を考えておる?」


「……え?」


「戦っておる最中じゃぞ。儂の魔法を研究する時間ではないわ」


「……!」


 図星だった。


 エルじぃは呆れたように首を振る。


「それに、攻撃が止まった程度で、いちいち考え込んでどうする」


「……いや、気になって」


「気になるのは分かるが、今は戦闘中じゃ。お主が考えておる間に、相手が何もせんとでも思っておるのか?」


 反論できない。


 確かに、俺はエルじぃの魔法を理解することばかり考えていた。


 その間にも、ラグナは戦い続けていたというのに。


「来ないなら、こちらから行くぞ」


「……え?」


 エルじぃの身体がわずかに沈む。


 地面を踏み込んだ。


(来る――)


 そう思った。


 次の瞬間。


「――速っ」


 言葉が最後まで出なかった。


 目の前に、エルじぃがいた。


 そして。


「ゴフッ!」


 腹に衝撃が走った。


 息が一気に吐き出される。


 身体が浮き、視界が大きく揺れた。


(何が……起きた?)


 考えようとする。


 だが、頭が働かない。


 身体が地面に落ちる。


 遠くでラグナの声が聞こえた気がした。


 そして、そのまま意識が途切れた。


―――


 しばらくして。


 俺はベッドの上で目を覚ました。


 身体が重い。


 腹には、まだ鈍い痛みが残っている。


(あれ? 何してたっけ……)


「おぉ、起きたか」


「あれ、ラグナ?」


 ラグナがベッドの横に座っている。


「俺、なんで寝てるんだ?」


「エルじぃにボコされて気絶してたから、俺がベッドまで運んだんだよ」


 その言葉を聞いた瞬間。


 頭の中に、さっきまでの光景が一気に蘇った。


 止められた水弾。


 受け流された剣。


 そして――最後の一撃。


(強かったな……)


 いや。


 俺は少し考える。


(俺が弱いのか?)


「エルじぃが、起きたら連れてこいって言ってたぞ」


「分かった。今行く」


 身体を起こす。


 まだ少し痛い。


 でも、動けないほどではない。


 俺は自分の部屋を出た。


 すると、エルじぃが机に食事を並べていた。


「まぁ、ひとまず食事じゃ」


 まるで、さっきまで俺を一撃で沈めた人間とは思えない。


 俺たちは椅子に座る。


「手を合わせて」


「「「いただきます」」」


 目の前には、ゆで卵かけご飯が置かれていた。


 半熟に茹でられた卵が、ご飯の上にのっている。


 箸を入れると、柔らかな黄身がとろりと崩れ、温かい米に溶けるように絡んだ。


 一粒一粒が薄く黄身に覆われ、つやつやと光っている。


 俺はそれを口に運ぶ。


(……うまい)


 卵の濃厚な味が、米の甘みと一緒に広がった。


 そのまま何口か食べ進めていると、エルじぃが口を開いた。


「さっきの戦闘で、分かったことはあるか?」


 俺は箸を止める。


 さっきの戦闘を思い返す。


 水弾。


 ラグナの攻撃。


 エルじぃの動き。


 そして、自分が何もできないまま倒されたこと。


「……考えすぎ?」


「ほぼ正解じゃ」


「え?」


 即答だった。


 ラグナも答える。


「気合い!」


「お主は論外じゃな」


「なんでだよ!」


「ヒナタは威力は十分じゃ」


 エルじぃは俺を見る。


「じゃが、発動が遅い。それと近接戦闘に弱い」


「……確かに」


 反論できない。


 水弾を作るにも、かなりの時間をかけた。


 そのうえ、エルじぃの魔法に興味を奪われ、戦闘中だというのに考え込んでしまった。


 そして最後は、接近された瞬間に何もできなかった。


(考えること自体は悪くない。問題は、その間にも相手が動いていることだ)


 頭の中で何通りの対策を考えようと、実行できなければ意味がない。


 今回の戦闘で、それを思い知らされた。


 なら、どうすればいい?


 考える時間を減らす?


 いや、考えずに魔法を使えるようになればいいのか?


(……それなら)


 俺は頭の中で、さっきの水弾を作る工程を思い返した。


 魔力を集める。


 水弾を生成する。


 運動エネルギーを溜める。


 そして、発射する。


 これらを一つずつ考えているから、時間がかかる。


(なら、この工程を短縮できれば……)


 少なくとも、今よりは早く魔法を使えるはずだ。


 何をすればいいのか、少しだけ見えてきた気がした。

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