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魔法は思考で使う。  作者: ひなぶり
一章

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11話 これから

――「これからの話をしましょう」


 そう言ったはいいものの、何から話せばいいやら。


 俺は一度だけ気持ちを整理するように息を吐いた。


(まずは、俺の親友とラグナの両親の行方だな)


 今の俺たちには、探すべきものがある。


 なら、まずはそこからだ。


「俺の親友の居場所に、心当たりはありますか?」


 エルハルトは少し考えてから答えた。


「多分じゃが、お主の親友も、何らかの『別の』理由で転移した可能性が高い」


「どういうことですか?」


俺はこちらの世界に転移した時のことを思い返す。


異変を感じた親友が俺を後ろに突き飛ばしたが、そのまま空間の裂け目のようなものに吸い込まれた。


同じ裂け目に吸い込まれたのに、別の理由で転移とはどういうことだろうか。


「魔法とは、思った通りに発動するものじゃ。逆に言えば、思った通り以外のことは起こらぬ」


 エルハルトは、自分の言葉を確かめるように続ける。


「そして儂は、魔力に強く反応する者を一人だけ転移させる魔法をイメージした」


「つまり、一人以外を巻き込んでの転移は起こらないということですか」


「その通りじゃ」


 俺は腕を組む。


 頭の中で、いくつかの可能性を並べていく。


 もしこの仮説が正しいなら――。


 俺の親友が転移したのには、エルハルトとは別の誰かが転移を行ったことになる。


 その理由とはなんだろう。


 転移させる必要があるほどの何かが、その場所で起きていたのかもしれない。


 ここで転移をする、起きる際の条件のようなものを考えよう。


 まず、一つはエルハルトのように魔法に秀でた人物がいること。


 仮に、転移魔法なんてものを一般人がホイホイやってるとしたらお手上げだ。


 次に、転移をさせる理由や状況があること。


 例えば、戦争があるから、災害に見舞われたから、といった理由が無いと、そもそも転移させる必要は無いはずだ。


 これらの条件が起こった地域を回れば……


 いつか、親友と出会えるかもしれない。


 出会えなくとも手がかりくらいは掴めると思いたい。


 そうと決まれば、することは一つ。


「まずは、転移魔法に関係する事件や、大きな魔法現象が起きた地域を調べましょう」


「それなら儂に任せるといい」


俺を転移させたことを気負っているのか、エルハルトは快く引き受けてくれた。


「ありがとうございます」


 まず一つ。


 手掛かりを探す方法は決まった。


 俺は次の問題へと、思考を切り替える。


「では、その件はエルハルトさんに任せるとして……次は、ラグナの両親の行方です」


「……」


 ラグナは少し気難しそうな表情をしている。


 視線が、わずかに下がった。


 もしかして、両親のことをあまり覚えていないのだろうか。


 俺がそう考えていると、エルじぃが話し始めた。


「転移魔法を使えれば、故郷の集落へ行くこと自体は簡単なんじゃが……」


「何か問題があるんですか?」


「転移魔法陣の遺跡が壊れておっての」


「それを直したり、何とかしたりはできないんですか?」


魔法陣がどんな仕組みかは知らないが、作れたなら直せるはずだ。


「いや。ここ十年、修復を試みたが……現時点では不可能という結論じゃ」


「できそうにない、ではなく不可能なんですか?」


「そうじゃ」


 エルじぃは即答した。


 迷いのない返事だった。


「儂は転移魔法を研究し、使用も修理もできる。実際、お主を……少し失敗はしたが、転移させることにも成功しておる」


(少し失敗か…)


 やはりあの空間で身体が崩れていったのはイレギュラーだったと言うことだろうか。


 あとで聞いておこう。


「じゃが、あの転移魔法陣は座標を示す部分そのものが破損しておった」


「それを作り直すのも無理なんですか?」


「作ること自体はできる」


「じゃあ――」


「現地に行かねばならん」


「……」


(なるほど。本末転倒だ)


 転移するための座標を作るには、現地へ行く必要がある。


 つまり――。


「ラグナの故郷へ旅に出るのは確定かな」


「俺達ぐらいで、そんな遠いところに行くなんてできるのか?」


 ラグナが、いつもの勢いの欠けた声で疑問を口にする。


 確かに、その通りだ。


 この世界に来てから、俺はアーカイヴス周辺しか知らない。


 旅の危険性なんて、ほとんど分からない。


 魔物。


 盗賊。


 未知の土地。


 俺たちが知らない危険は、いくらでもあるはずだ。


「そこは問題ないんじゃ」


「そうなのか?」


「そんなに簡単に旅ができるんですか?」


俺とラグナは同時に同じ疑問を口にする。


「いや」


 それを嘲笑うようにエルじぃは言った。


 嫌な予感がした。


「儂がみっちり鍛え上げる」


「……はい?」


「ヒナタ……」


ラグナがそう言って、俺の肩に手を置いた。


「エルじぃは昔、勇者パーティにいたんだぞ」


「それは聞きましたけど……」


「過酷な旅の影響で身体を壊しているんですよね?」


「左膝の皿が割れておる。それに、アキレス腱も断裂しておるな」


「えぇ?!」


 思わず声が裏返る。


「魔法で直せないんですか?」


「ヒナタ。エルじぃのこの傷は、先代の魔王にやられたんだ」


「そうじゃ」


 エルじぃは平然と答える。


「身体修復魔法への対策として、魔王は攻撃した箇所に魔力が集まるのを妨害する魔法を使用してきたんじゃ」


「そんなことが……」


 身体修復魔法。


 今まで何度も使ってきた。


 傷を治す。


 身体を修復する。


 それが、通じない攻撃。


 俺は無意識に自分の腕を見る。


「でも、普通に歩いてますよね?」


「儂は物を浮かせる程度ならできるからの」


「身体を直接治せずとも、間接的に補助すれば問題ない」


「なるほど……」


 それを聞いて、俺は改めてエルじぃを見る。


 今まで一緒に暮らしてきた。


 飯を食って、風呂に入って、魔法の話をして。


 くだらない話をして。


 そんな日常の中にいたから、忘れていた。


 この人は――。


「これでも儂は、元勇者パーティの一員じゃからの」


 でも、いくらエルハルトが凄いとはいえ、こんな満身創痍で俺達を鍛えられるのか?


 正直、前に使った水鉄砲で倒せそうだ。


「その状態で俺達を鍛えられるんですか?」


「ヒナタ、勇者パーティっていうのはな」


 ラグナが得意げに胸を張る。


「人類最強って言われてたんだぜ!」


「……人類最強」


 思わずエルじぃを見る。


 目の前にいるのは、足を引きずる老人。


 それでも、その身体で普通に歩き、魔法を使っている。


 そして――かつては人類最強と呼ばれた。


 (……本当か?)


 正直信じられない。


「まぁ、簡潔に言えばラグナの言う通りじゃ」


 その疑問にちょうど答えるようにエルハルトが不敵に笑う。


 身体を壊してなお、これだけ平然としていられる。


 まぁ、この人以外に当てもないし、とりあいずいいだろう。


「だったら、これからは二つのことをしましょう」


 俺は指を立てる。


「一つ目。エルじぃとの修行」


「二つ目。両親と親友の手掛かりを探す」


「これでいいですか?」


「それなら、なんとか見つけられそうだな!」


「二人とも」


 エルじぃが不敵な笑みを浮かべた。


「手加減はせんからの」


(……どんだけキツいんだろ)


 まだ手合わせすらしてないが、ボコボコにされる予感がした。


「よし、こっちの話は終わったな」


 ラグナが俺を見る。


「次はヒナタとの話だ」


「分かった」


「なら、いつもみたいに風呂で話すか」


「そうだな」


 少しピリピリしているが、風呂なのはラグナらしい。


 そして俺達は風呂へ向かった。


 今日は、いつものダイビングはしないらしい。


「まず、『ルグリス族』の話だが……」


 湯に浸かりながら、ラグナが口を開く。


 いつもならふざけている時間だ。


 けれど今日は違う。


「あれは『俺達』が悪いと思ってる」


「暴走して相手を殺すなんて、やりすぎだ」


「それはそうだな」


「でも、暴走するにしても、そのきっかけはあったんだろ?」


殺すのは悪いが、頭ごなしに行為だけを否定するのは短絡的だと思う。


「……」


静かに俺の話を聞くラグナに、淡々と話を続ける。


「どちらにも原因があったのは確かだ」


「ただ、その詳細は当事者にしか分からない」


 俺はラグナを見る。


「それに、ラグナもエルじぃも、誰かを殺したわけじゃない」


「少なくとも、今のお前が自分を責め続ける必要はないと思う」


「……でも」


 ラグナは俯いた。


 湯気の向こうで、その表情が少し見えにくくなる。


「俺は、自分が怖い」


「……」


「俺はきっと、きっかけがあれば同じようになる」


「それを、自分で止められるかも分からない」


 ラグナの声は小さかった。


 普段のラグナからは想像できないほど、弱々しい声だった。


「今日だって、ほとんど意識がなかった」


「……そうだな」


 (なるほどな)


 ラグナは罪を感じていると言うより、自分の秘めた性質が怖かったのかもしれない。


 俺は、男と交戦した時のことを思い返す。


 確かに、今日のラグナは普段とは違った。


 目の前の敵しか見えていなかった。


 俺の声すら届いていなかった。


 全身血まみれなのに、唸り声を上げ、敵に襲いかかっていた。


 あのまま戦い続けていたら危なかったかもしれない。


 だが……


「じゃあ、俺が止めればいい」


「……何が?」


「お前が暴走したら、俺が止める」


「そんな簡単に言ったって――」


「今日の戦闘中、ラグナが暴走したことがあったろ」


これは事実だ。


「……あぁ」


「ほとんど意識もなかった」


ラグナは悔しそうに、顔を背けながら言った。


「でも、俺がビンタしたら戻ってきた」


だが、これもまた事実だ。


「次もそうとは限らないだろ!」


 ラグナが声を荒らげる。


 その声が、浴室の壁に反響した。


「そうだな」


「……え?」


「次も同じ方法で止められるとは限らない」


「だったら――」


「だから、一緒に考える」


「……」


 ラグナが黙る。


「俺一人で何とかするんじゃない」


「ラグナも、自分で暴走しない方法を探す」


「俺も、止める方法を探す」


「二人でやればいい」


「……」


 ラグナはしばらく黙っていた。


 湯気の向こうで、何かを考えている。


「お前は暴走することを望んでない」


「本当に大事なものを守ることを望んでる」


「そうだろ?」


 俺はラグナの価値観を確認するように問いかけていく。


「もちろん、それはそうだ」


「なら、その気持ちは忘れなければいい」


「でも、その時は忘れるかもしれない」


 ラグナは拳を強く握った。


「だったら」


 俺はラグナの手首を握った。


「俺がお前に思い出させる」


「……」


「具体的にどうすればいいかは、まだ分からない。でも、分からないなら一緒に考えればいい」


「お前が大事にしているものを」


「お前が本当に望んでいることを」


「何度でも」


 しばらく、ラグナは俺を見つめていた。


 そして――。


「ハハッ」


 小さく笑った。


 何かおかしいことでも言っただろうか。


「ヒナタのくせに、感情的だな」


「俺は感情に対して合理的なだけで、感情基準でしか動かんぞ?」


「ん? どういうことだ?」


「簡単に言うとだな……」


 首を傾げるラグナに向かって、俺は右手を差し出す。


「俺にはお前が必要だ」


かつて、ラグナと出会った時のように。


今度は俺が手を差し伸べる。


「だから、着いてきてくれ」


 ラグナは一瞬、目を見開いた。


 それから、ゆっくりと笑う。


「こっちもだ!」


 そう言って、力強く俺の右手を握った。


 本当に力強く……


「痛い痛い痛い!」


「すまんすまん!」


「強いんだよ、お前!」


「でも、暴走したら止めてくれるんだろ?」


「コイツ……いいように言いやがって」


 俺達は一緒になってしばらく笑い続けた。


 さっきまで胸の奥にあった重苦しさが、少しだけ和らいだ気がした。


 しばらく風呂に浸かった後、


「それじゃあ、戻るか!」


そのラグナの言葉で身体を拭いて、家に戻った。


 ドアを開けると、エルじぃが机の上に地図を広げていた。


 その形状から、それが何かはすぐに察しが着いた。


「世界地図ですか?」


「そうじゃ」


 (……既視感)


 少し違いはあれどその地図は、現世のものとほとんど一致していた。


 その地図の一か所にエルハルトが指を差した。


「いくつか目処を立てて、ルートを考えてみたんじゃ」


「まずはここじゃ」


「クレールじゃ」


「クレール?」


この街の名前だろうか。


「アーカイヴスからも比較的近い」


「旅の準備をするには、ちょうどいい場所じゃろう」


(クレールか……)


 地図には、知らない街の名前がいくつも並んでいた。


 この世界に来てから、俺が知っているのはアーカイヴスの周辺だけだ。


 地図を眺めるほど、自分が何も知らないことを思い知らされる。


「その先は?」


 ラグナが身を乗り出す。


「ヴェルグラント、ルミナ、グランバルク……」


 エルじぃがいくつかの場所を指す。


「どこへ行くかは、まだ決めておらん」


「じゃが、まずはクレールを目指すことは、ほぼ確定じゃろう」


「ルミナには行きたい!」


 ラグナが食いつく。


「なんで?」


「なんか武器が強いらしいぜ!」


 へぇ、なんでだろ。


 資源が十分にあって、尚且つ武器需要があったのか?


「ルミナは昔、人類側の主要拠点じゃったからの」


「その名残で、武器産業が盛んなんじゃ」


「なるほどね」


予想通りの回答に、現世との共通点を感じた。


(武器が強いに越したことはないし、ここで武器を調達するのも良いだろう)


 俺も地図を見る。


 クレール。


 その先にある、いくつもの街。


 さらにその先には――。


 ラグナの故郷。


 そして、俺の親友、


 がいるはずだ。


「とりあえず、しばらくはアーカイヴスにいるんですよね?」


「そうじゃ」


「旅に出る前に修行する」


「必要なものを揃える」


「それからクレールへ向かう」


「それが良いじゃろう」


「俺もそれでいいぞ!」


 ラグナが頷く。


「じゃあ、決まりですね」


「そうじゃな」


 エルじぃは地図を畳み始める。


「儂がお主らの修行を終えるまでに、旅のルートは考えておく」


「ありがとうございます」


 色々あった。


 エルじぃに転移させられたことも。


 親友と離れ離れになったことも。


 まだ、許したわけじゃない。


 それでも。


 今まで世話になった。


 これからも世話になる。


 だったら、感謝くらいはしておこう。


 俺は、畳まれた地図を見る。


 クレール。


 ヴェルグラント。


 ルミナ。


 グランバルク。


 まだ知らない街が、この先にいくつもある。


 そして、この世界は過酷だ。


 旅に出るなら、もっと強くならなければならない。


「修行は、どんなことをするんですか?」


 エルじぃは少し考えるように顎に手を当てた。


「……ひとまず、ボコボコにする」


「えぇ……」


 想定より遥かに酷い回答に思わず、ドン引きしてしまった。


「ラグナ」


「ん?」


「お主も覚悟しておくんじゃぞ」


「……俺も?」


ラグナが自分を指差して、今にも


「マジで?」


と言いそうな表情をしている。


「当然じゃ」


「ヒナタ、俺達……」


ラグナが助けを求めるようにこちらを見る。


「諦めろ」


俺はそちらを振り向かずに、バッサリと切り捨てた。


「だよなぁ……」


 俺達は顔を見合わせる。


 そして、同時にため息を吐いた。


 こうして、俺達の旅に向けた準備が始まった。


 まずは――。


 このアーカイヴスで、強くならなければならない。

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