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第8話 vsがごい

 スタンドカラーの白シャツに、紺色のかすりの着物、灰茶色の袴、そして天井の丸い学生帽。

「これが、僕の思う、かっこいい、だっ」

 樹一郎が堂々と宣言すれば、弊衣破帽バンカラの桃介が打って立つ。同じ学生帽でもこちらは四角い角帽だ。

「何をぬかす、おれの方がかっこいいだろう」

「ぐぬぬ……」

 と、にらみ合いをしてから、樹一郎はスマートフォンを取り出した。

「写真、撮ろう」

「おう」

 カメラアプリを開き、二人ならんで自撮りを撮る。

 インカメラを通して画面に表示された姿を見て、樹一郎は嬉しさのあまり頬がゆるんでしまった。

「えへ、いい……すごくいい」

「よく分からぬが、樹一郎が満足ならよし」

 と、桃介も付き合ってくれていると、扉がノックの後で開かれた。

「キイチ、ちょっと頼みたいことが……何してんだ?」

 入ってくるなり白い目で見た藤悟へ、樹一郎は腕を掲げたまま返す。

「た、大正時代ごっこ……」

「仲良しだな。真面目な話していいか?」

 樹一郎はすぐにスマートフォンをおろした。

「えと、何?」

 藤悟は二人の近くへ来ると、ポケットから自分のスマホを取り出した。

「例のアプリについてだ。怪幽会の記録と照合したら、ほとんど百発百中でさ」

「本当に?」

 驚く樹一郎へ藤悟は返す。

「だから、蘇芳さんに相談して実際に入れてみた。今日は店が定休日だろ? 協力してほしい」

「何をすればいいんだい?」

 桃介の問いに藤悟はアプリを操作し、画面を見せた。

「これは都内の怪異出現マップだ。現在の情報を反映していて、点滅しているのが怪異。で、俺が位置情報を送るから、二人には都内を回って見てきてほしい」

「実際に行って、確かめる……?」

「そういうことだ。俺は家事をしなくちゃならないし、万が一こっちに怪異が出た時にそなえたいから、代わりに行ってきてくれ」

 樹一郎は桃介と顔を見合わせ、うなずいた。

「分かった」


 二人はそのままの格好で電車に乗り、北池袋駅で下車した。

「池袋、本町公園、だって」

 スマートフォンを見ながら樹一郎は言い、桃介は左右を見ながら返す。

「誰も歩いてないな」

「平日の、午前中、しかも、住宅街……」

「そういうものか」

 桃介からすれば、マンションの立ちならぶ光景は異様だろう。そのほとんどに人が住んでいながら人気がないのだから、不思議に思うのも当然だ。

「次の角、右」

 角を曲がると目的地はすぐそこだった。

「本当にいるのか?」

 と、桃介が疑いながら園内に足を踏み入れる。

 いくつかの遊具があるが、遊んでいる子どもはいなかった。

 奥へ奥へと進んでいき、樹一郎ははっとした。

「あっ、討異士」

 若い青年が一人、ちょうど短剣をしまうところだった。

「ってえことは、怪異がいたんだな?」

「そうだね」

 青年が二人に気づいて振り返るが、樹一郎は会釈えしゃくだけしてその場を去った。

「おい、なんで逃げる」

 と、桃介が後ろからたずね、樹一郎は足早に池袋方面へ進む。

「担当地域、以外の場所で、顔を、合わせるのは、気まずい」

「同じ討異士だろう?」

「他の地域で、勝手に、怪異を倒すと、問題になる。報酬金が、あるから」

 公園から充分に離れ、樹一郎は歩をゆるめる。

 桃介が隣へならびながら言った。

「横取りしたことになるってことかい?」

「うん。疑われない、ように、避けなきゃ……でも、隣なら、応援で行くことも、ある」

「うーん、ややっこしいな」

「平等にするため、だけど、面倒……だよね」

 樹一郎は苦笑し、補足した。

「だから、武器は、置いてきた」

「ふむ。帯刀してたら、疑われちまうからか」

「持ち歩く、時は、袋とか、鞄に入れて、隠す」

 討異士が武器を携行することが許されているのは、あくまでも担当する地域のみだ。それ以外の地域では銃刀法違反等に問われ、最悪の場合、討異士として活動できなくなる。

「やっぱり、武器だから。普通の人たち、からすれば、怖い」

「つまり、市井しせいと折り合いをつけた結果、できた規則なんだな」

 桃介がすぐに結論を見つけ、樹一郎はうなずいた。


 池袋からJR山手線で高田馬場へ移動した。東西線に乗り換えて向かったのは早稲田だ。

 藤悟から送られた位置情報は早稲田大学付近だった。

「うーん、いない……」

「今度は外れか?」

「一応、見て回ろう」

 と、樹一郎は提案して歩き始める。

 大隈記念講堂の前を通り過ぎた時、桃介が言った。

「ここ、もしかして早稲田大学かい?」

「え? そう、だけど」

「ずいぶんと変わったな……」

 桃介がなつかしむ様子を見せ、樹一郎は気がついた。

「早稲田大学って、昔からある」

「ああ、おれはここの学生だった」

「えっ!?」

 思わず大きな声をあげた樹一郎の脇を、数人がどたばたと駆けていった。

「お、あれは討異士だな」

「えっ、あっ、えっ?」

 桃介の発言を詮索したいが、討異士たちがどこへ向かったのかも知りたい。

 しかし、すぐには選べず、樹一郎は遠ざかる彼らと桃介とを交互に見るばかりだ。

 学生たちにとっては見慣れた光景なのか、声援をかける者もいる。

「やはり怪異がいたらしい」

「そ、そうだね」

 と、樹一郎はひとまずスマホでメッセージアプリを開き、藤悟へ連絡するのだった。


 その後、適当な定食屋で昼食を取り、徒歩で江戸川橋へ向かった。

 神田川沿いを歩いている最中に怪異を見かけ、次は有楽町線に乗って飯田橋経由で後楽園へ行き、怪異を倒した後と思われる討異士たちを見た。

 都営三田線春日駅へ来た頃には午後二時を過ぎていた。次に降りるのは西台駅で、十六夜組の担当地域だ。

「あとは、帰るだけ……」

「やっと終わったか」

 と、桃介は安堵しながら座席へ腰をおろす。

 隣へ樹一郎も座り、小さく息をついた。

「けど、行ったところ、全部にいた」

「ああ、いたな」

「藤悟くんが、言ってた通り、百発百中、だった」

 扉が閉まり、電車がガタンゴトンと走り出す。

「おれの時代では、怪異のにおいが分かる人間もいたが、それとは違うのかい?」

「違う、と思う」

 と、樹一郎は視線をやや下へ向けた。

「学実くんも、怪異のいる方向、分かるけど……風がないと、分からない」

「うーん、そうか。能力者がいるとしても、確かに把握できる範囲が広すぎる気もするな」

「情報は、リアルタイム。朝も夜も、関係ない。やっぱり、おかしい」

 いったいどんな仕組みがあるのか、樹一郎にはまったく思いつかない。しかし、正確すぎるのは事実だった。

 どちらともなく黙りこみ、やがて志村三丁目を出発した頃だった。

「わっ、怪異が出た」

 スマートフォンを確認した樹一郎は言い、桃介が画面をのぞきこむ。

「どこだ?」

「えと……高島平、西台の次」

「分かった」

 と、うなずいてから桃介は問う。

「お前さん、刀がないぞ」

「待って、えと……柚妃ちゃんが、届けてくれるって」

 柚妃からの連絡があり、樹一郎はほっとする。

 桃介も胸をなでおろしたようだ。

「そうか。間に合うといいが」

「うん、藤悟くんも、向かってる」

 樹一郎はスマートフォンをしまい、ドアの上部に設置された車内モニターへ視線をやった。

 桃介は腕を組み、もどかしげに窓の外を見た。分厚い雲が遠くの空を覆っていた。


結界展開フィールド・エクスペンション!」

 藤悟の張った結界は怪異を狙い通り閉じこめた。湿度が高いのが幸いした形だ。

「くそ、あの二人はまだか」

 大通りを北上してきた怪異は見境なく人を襲い、藤悟が到着した時にはすでに何人も倒れていた。

 すぐそばにある警察署から警察官が出動していたが、救急車はようやく到着したところだ。

 藤悟は結界の中を慎重に観察した。

 怪異は人の形をしているが、肌は死人のような青白さで動きもぎこちない。

 どうやら動くものに反応しているらしく、先ほどから車道の方ばかりを見ていた。

 護符を通して空気中の水分子から情報を得た結果、藤悟は思い当たった。

「人食い鬼、がごいか?」

 本来であれば町中に出てくることのない妖怪だ。

 藤悟が結界へ近づくと、がごいの視線がこちらへ向く。

「やっぱり動くものに反応してるな」

 結界が破られる様子はまだないが、念のためにカートリッジを装填そうてんし、銃口を向けた。

 すると聞き覚えのある声が近づいてきた。

「待たせたな、藤悟!」

 桃介と樹一郎だ。

「近づくな!」

 とっさに叫び、二人をその場に制止させる。

「どういうことだ!?」

「こいつはがごい、人食い鬼の一種だ! 動くものに反応して襲いかかる!」

 桃介の隣で樹一郎が青ざめる。

「人食い……っ」

 樹一郎は恐怖に身をすくませ、今にも腰を抜かしそうだ。

「すでに被害者が出てる! とっとと終わらせるぞ!」

 震える樹一郎を置いて桃介が数珠を取り出した。

猶予ゆうよはなさそうだ。藤悟、結界の破れた隙を狙う」

 と、藤悟を見る。

「分かった。それならキイチは――」

 離れるように言おうとした瞬間、すぐ後ろを自転車が猛スピードで駆けていった。

「地武良!?」

 二人の前で急ブレーキをかけた柚妃が、背中に負った刀をいきおいよく差しだす。

「間に合ったわね!」

「ゆ、柚妃ちゃ……っ」

 樹一郎が狼狽ろうばいし、柚妃は振り返る。

「えっ?」

 反応した怪異が結界の中で激しく暴れ出した。

「まずい、破られる!」

 藤悟が叫ぶのと同時に、結界がガラスのように砕け散った。

 とっさに前へ出たのは桃介だ。がごいの狙いが柚妃から桃介へと移る。

 藤悟はとっさに引き金を引いたが、わずかに狙いがそれた。

 がごいが大きな口を開け、桃介は体を低くして避ける。

「華歳の血脈に連なる者として――」

 避けたと思った瞬間、がごいが桃介の襟首をつかみ、強引に地面へ引き倒した。

「がはっ……!?」

 術が途切れ、無防備になった桃介の至近距離に、醜悪しゅうあくな顔が迫る。

「桃介っ!」

 悲鳴のような叫びが樹一郎ののどから漏れた。

 脚はガタガタと震え、今にも逃げ出したかった。しかし、友の危機が彼の体を突き動かす。

 覚悟を決めるよりも先に、樹一郎の手は柚妃が差しだした刀をつかみ、抜き放っていた。

 怨念たちの声を聞く暇もない。ただ「助けなきゃ」という一心だけで、樹一郎はがごいの背中を斬りつけた。

「朱宵刀・宵祓い!」

 渾身の一撃ががごいの背を裂き、黒い霧のような血が舞う。

 がごいは苦悶くもんのうめき声をあげ、標的を樹一郎へと変えて振り向いた。

 だが、その一瞬の隙が勝機を生む。

 桃介はあらためて印を切り、するどく叫んだ。

「今この地に顕現せよ――転界門!」

 出現した扉が、深手ふかでを負ったがごいに向かって開く。

「汝の根は此の世にあらず、汝の理は此の界になぢまず。帰すべき場所は彼岸の混沌の中にあり」

 がごいは抵抗も虚しく、扉の中へ吸いこまれ始めた。

「三千界珠の名において、永劫に閉ざされよ――閉門!」

 扉が鈍い音を立てて閉まり、やがて光の粒子となって消えた。

 辺りが静かになると、雨がぽつぽつと降り出した。

「今頃になって降り出したか」

 と、藤悟は空をにらみ、銃を握った右手を下げる。

 樹一郎は糸が切れたように刀を手放すと、泣き顔になって桃介に抱きついた。

「桃介ぇ……っ」

「泣くな、樹一郎。もう終わったぢゃないか」

「桃介、死ななくて、よかった……っ」

 嗚咽おえつまじりに樹一郎が言うと、桃介は背中へ腕を回した。

「ああ、おれは生きてる。お前さんのおかげだよ」

 穏やかな彼の言葉に、ますます涙が止まらなくなった。


 夜、シェアハウスの食卓に十六夜組全員が集まった。

「機能のひとつに匿名掲示板があり、ここに書きこまれた情報が、即時に地図へ反映される仕様のようです」

 藤悟は自分のスマートフォンを全員が見えるように置き、操作しながら説明する。

「危険度によってアイコンは違い、目撃情報が多いと色が濃くなります。怪異が倒された時は数時間ほどで地図上からアイコンが消えます」

「それで、精度は?」

 蘇芳が神妙にたずね、藤悟は即答する。

「百パーセントです」

 柚妃と学実が疑う目をしたが、かまわずに藤悟は続けた。

「今日、キイチと桃介に都内を見てきてもらいました。比較的新しい情報にしぼって現地へ行ってもらったところ、討異士の姿を見たのが三件、怪異を見たのが一件です」

「でも、たった四件でしょ?」

 と、柚妃が口をはさむと、藤悟は彼女を見た。

「図書館前に出た怪異は、最初にアプリで情報を知った。危険度が高かったからすぐにキイチへ連絡したけど、怪幽会から討伐依頼が来たのはその後だ」

 柚妃は呆然とし、学実が口を開く。

「怪幽会より先に分かるって、すごいね」

「近くに警察署があるから、連絡は早かったはずだ。それなのに先行したのはアプリだった。妙じゃないですか?」

 藤悟が視線をやると、蘇芳は思案顔で腕を組んだ。

「正確すぎるな」

 桃介が黙って首を縦に振る。樹一郎も同じ気持ちだった。

「これほど便利なアプリ、本来なら怪幽会が開発して、討異士たちに利用させるべきです。でも実態は、一般市民がお金を出して使ってます」

 スマートフォンの画面を見ると、怪異を示すアイコンがいくつも点滅していた。

「一般市民にも必要なものではありますが、民間企業が開発できる精度ではありません。絶対に裏があるはずです」

 と、藤悟が言うと、蘇芳は重々しくうなずいた。

「分かった。明日の朝、怪幽会へ問い合わせよう」

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