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第6話 ファーストフード店にて

 下駄がうるさいせいか、学実の容姿のせいか、二人はどこへ行っても視線を集めてしまった。

 学実は気にすることなくマイペースに買い物をし、桃介はとまどいしきりだった。

 ようやく一息つけたのは、昼食のためにファーストフード店へ入ってからだ。

 学実にならってハンバーガーのつつみを開け、桃介は思いきってかぶりついた。

「なんだ、これは」

 と、驚く桃介へ、学実が笑いながら言う。

「もういいよ、桃介くん。いちいち驚きすぎ」

「初めて食べるんだ、しかたないだろう?」

「そうだけど、静かに食べよう」

 さすがに人の目を気にしたらしく、学実はそう返すと、黙って食べ始めた。

 桃介も食べることに集中する。

 やわらかなパン、分厚い肉と味の濃いソースに、舌が翻弄ほんろうされるのが分かる。

 シャキシャキとした野菜も新鮮で、気づけば夢中で食べていた。

 早くも食べ終えてしまった桃介は、ふと学実の視線が後ろの席へ注がれていることに気づく。

 振り返ってみると、少し離れたところで、六人の若い男女が楽しそうに盛りあがっていた。

 学実がふいと視線を戻すのを見て、桃介は問いかける。

「お前さん、何を考えてるんだい?」

「え?」

 学実が我に返ったように桃介を見た。

「あっ、ポテトも食べていいよ。味はついてるから」

 と、手つかずのフライドポテトを示すが、桃介はすぐに返した。

「ごまかすな」

 学実の手の中でつつみが小さく音を立てた。

「……ちょっとだけ、うらやましいなって思った」

 視線をおろし、食べかけのハンバーガーを小さな口でかじる。

「何がうらやましいんだ?」

「うーん、言葉にするのは難しいけど……普通でいること、かな」

「普通?」

 桃介が聞き返すと、学実はらしくなくため息をついた。

「ボク、元々は力なんてない、一般人だったんだ。でも、それだと藤悟くんのそばにはいられない」

 学実はストローに口をつけてメロンソーダを飲む。

 桃介はポテトを食べつつ、詮索せんさくした。

「お前さん、話をするといつも藤悟が出てくるな。そんなに合口あいくちなのか?」

「えっ? それは、えーと、仲がいいって意味?」

「ああ」

「うーん、一から話した方がいいかな」

 困ったように笑い、学実はハンバーガーを残さず口へ入れた。

 咀嚼しながらつつみをきっちり折りたたみ、口の中を空にしてから話し出す。

「あれはボクが、五歳の時だった。

 山の方に小川が流れてて、藤悟くんと一緒に遊びに行ったんだ。暑い夏の日で、ひんやりとした水が心地よかった」

 過去の記憶にひたるように、学実は遠い目をして息をつく。

「遊んでいたら突然、怪異が現れたんだ。狼みたいな姿をしてて、すごく怖かった」

 桃介はじっと彼の話に耳を傾けていた。

「藤悟くんはボクをかばって、怪異と戦ってくれた。場所が川のそばだったから、藤悟くんの水を操る技も使えた。でも、藤悟くんもまだ十歳だった」

 学実はため息をごまかすようにポテトを一本、手に取った。

「なかなか怪異を倒せなくて、大怪我をしちゃったんだ」

 くにゃりとしなったポテトを口に入れ、学実は続けた。

「それでもボクを守ろうとしてくれたけど、噛みつかれた左肩から、血がたくさん流れてて……。

 このままだと藤悟くんが死んじゃうんじゃないかって、本気で思ったんだ」

 桃介はその光景を想像して、つい胸が痛んだ。

「それで?」

 長いまつげをかすかに震わせながら、学実はストローへ口をつける。

「ボクは藤悟くんを守るため、怪異と戦う力が欲しいって強く願った。そうしたら、風が応えてくれたんだ」

 カップの中で氷が小さく音を立てた。

「ボクが異能を手に入れたのが、その時だった。ボクは必死になって攻撃して、藤悟くんを守った」

 水滴がつつと流れ落ち、トレイを濡らす。

「最終的には大人が来てくれて助かったんだけど、藤悟くんは言った。お前は戦わなくていい、って」

「どういう意味だい?」

「巻きこみたくなかったんだよ」

 と、学実は複雑な感情のこもった目を、わずかにうるませた。

「怪異と戦うのは命がけだ。涼雨家や十六夜家みたいに血を引いてるわけじゃない、たまたま力を手に入れただけの一般人は、関わらない方がいいんだ。家族にもしつこく言われた」

 にぎやかな店内で、学実の周りだけが森閑しんかんとしていた。

「でもボクは、せっかく手に入れた力なんだから、使わないのはもったいないって思った。これがあれば、藤悟くんの力になれるんだから、使うべきだって」

 思わず桃介もうつむいてしまった。

 怪異退治は危険をともなうため、一般人が手を出していいものではない。しかし、学実の気持ちは分かる気がした。

「お前さんは、関わることを選んだんだな」

「うん。風が使えるボクは、その時点で普通の人じゃなかった。気味悪がられたり、いじめられたりもした。でも……だからこそ、ボクは戦うことにしたんだ」

 学実はおもむろに鞄から鉄扇を取り出した。

「この『八重識』はね、ボクの覚悟なんだ。三月になって高校を卒業した後、東京へ来る前に、高知県怪幽会のショップで買った」

 と、ゆっくりと開いて見せる。

「それまで貯めてたお年玉、使いきっちゃったけど、満足してるんだ。だってボクは、これで藤悟くんを守るって決めたから」

 新緑を思わせる美しい緑の和紙は、中性的な学実とよくお似合いだ。

「藤悟くんがボクの知らないところで死なないように、今度はボクが守る。実力はボクの方が下だけど、いつか藤悟くんと同じ準一級になるのが、今の目標なんだ」

 はにかむように学実が微笑み、桃介も笑みを返した。

「いいぢゃないか。応援したくなってきた」

「ありがとう」

 くすりと学実は笑ってから、扇子を閉じた。

「そうそう。この『八重識』だけど、縁に刃が仕込んであるから気をつけてね」

「それで怪異が斬れるのか」

 と、桃介は鉄扇を見る。

「触るだけなら切れることはないけど、戦闘中は近づかないようにね」

「分かった」

「あと、和紙には鋼でできた細かい線が入ってて、防御力も抜群なんだ。職人の作った一点もので芸術性もある。すごいでしょ?」

 自慢げに学実が言い、桃介はうなずいた。

「道理で美しいわけだ。お前さんの戦い方も舞のようで美しいが、その扇がさらに引き立てていたのだな」

「待って、そこまで褒められると、ちょっと……」

 と、学実はうっすらと頬を紅潮させ、桃介はきょとんとした。

「どうかしたかい?」

「えっと……そんなにまっすぐ褒められたの、初めてで」

 めずらしくしどろもどろになる学実を、桃介は怪訝に見つつも返した。

「美しいぢゃなくて、可愛いと言うべきだったか?」

「違う。そうじゃなくて、ああーもう」

 何故か学実はうつむき、扇子を開いて顔を隠した。

 桃介は「分からぬ」とつぶやき、冷めたポテトを口に入れた。


「どうだった?」

 居間のソファで休んでいた桃介に、樹一郎は緑茶を淹れながら聞いた。

「樹一郎の言う通り、楽しかった」

「よかった」

 樹一郎は笑みを浮かべ、急須の中のお茶を残らず注ぎきる。

「どうぞ」

「ありがとう」

 桃介は起きあがり、淹れたての緑茶をゆっくりとすする。

「いい香りだ」

 樹一郎は隣に腰かけながら質問をした。

「何か、買った?」

「ああ、学実が買えというから、すにーかーを買った」

「スニーカー、いいね」

「履いてみたが、下駄に慣れてるから変な感覚だ」

「でも、走りやすい、はず」

「学実もそんなこと言ってたな」

 と、桃介は返してから、ふと樹一郎を見た。

「そういえば、樹一郎が初めて怪異と戦ったのは、いつだ?」

「えと……七歳、かな。父さまに、連れられて」

「どうだった?」

「……怖くて、泣いた」

 ごまかすように樹一郎は湯呑みに口をつけた。

「泣いたのか」

「でも、父さまの方が、怖いから……泣きながら、戦った」

「そうか。お前さんらしいな」

「……なんで、こんな話を?」

「学実とそういう話になってな。おれが初めて怪異と対峙たいじしたのは、五歳の時だった」

 桃介はどこか遠くを見つめて話す。

「お前さんと同様、父親に連れられてな。だが、教わった呪文を何度唱えても、転界門が現れないんだ。

 しまいには父親が転界門を開いた。おれはその時、初めて一族の使命や責任を理解した」

「たった、五歳で……」

 樹一郎は想像してみてつらくなった。

「今思うと幼子には酷だが、父親の気持ちも分からないではない。代々伝わる技術を、しっかり継承させたかったのだろう」

「……そうだね」

 と、樹一郎は伏し目がちになる。黙って緑茶をすするが、桃介には見抜かれる。

「何かあったか?」

「えと……十六夜家では、前に、後継者問題が、起きて」

「樹一郎が後継者だろう?」

「一応、今は僕だけど、『朱宵刀』は、当主になる者が、継ぐ決まりで。もし変わったら、渡さなくちゃ、いけない」

 桃介は真剣な顔で樹一郎を観察する。

「渡したくないのか?」

「……渡せない、んだ。刀には、怨念が宿ってる、から」

「怨念だと? そんな話は聞いた覚えがないが、本当なのか?」

 目を丸くする桃介へ、樹一郎は黙ってうなずく。

「斬る度に、増えていく。だから、戦うのは嫌……」

「なるほど。お前さんが毎回泣くのは、そういうわけだったか」

「こんな刀、手放したいって、思うけど、解決したいって、気持ちも、ある」

 蓄積ちくせきされた怨念が最終的にどうなるか、樹一郎は考えると怖くてたまらなかった。

 だからこそ、怪異を斬らずに済む方法を知りたい。自分が所持している間に、どうにかしたい。

「お前さんの事情は分かった。そういうことなら、おれも解決したいと思う。だが、まるでいい案が思いつかん」

「……そう言って、もらえるだけで、大丈夫。ありがとう」

 ずっと秘密にしてきたことを、桃介が分かってくれるだけでありがたかった。

 樹一郎がにこりと微笑むと、桃介も穏やかな顔をした。

「お前さんは優しいな。そういうところが、可愛い」

「……え? キモいんだけど」

 と、樹一郎は真顔でドン引きし、桃介があわてる。

「すまん! 学実から可愛いの定義について教わったんだが、どうも分からんっ」

「無理しないで」

「少しでもこの世界になぢみたかったんだが、難しいな」

 と、頭をかく。

 樹一郎はくすっと吹き出した。

「冗談だよ、冗句ジョーク

 桃介は目をぱちくりさせてから、脱力してソファへ背中を預けた。

「なんだ、冗句か。お前さんも気安くなってきたな」

「桃介といると、楽しい、から」

「そうか。おれもだ」

 と、桃介は返してから湯呑みを手に取った。

「それにしても美味いな、この茶」

「僕の、お気に入り。桃介も、気に入った?」

「ああ、とても気に入った。また淹れてくれ」

「分かった」

 樹一郎は嬉しくなって微笑み、自分も茶をすすった。

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