第5話 弱虫キイチと十六夜の血
カウンターの内側に腰かけて、桃介は金平糖をながめていた。透明なカップの中で小さな金平糖がころころと転がる。
商品の陳列を整えていた柚妃は、ふと彼の方を見て驚いた。
「あんた、まだそれ食べてなかったの?」
桃介は彼女を見て真顔で返す。
「取りだし方が分からぬ」
「ぁー、ごめん。あたしが悪かったわ」
柚妃は立ちあがり、カウンターへ近づくとカップのふたを開けてみせた。
「こんな風にめくれば、はがれるようになってるの」
「おお、そうだったのか。ありがとう」
と、桃介は金平糖を数粒つかみ、口へ入れた。
「味は変わりないな」
「原料はザラメだもの。変わらないわよ」
柚妃が仕事へ戻り、桃介は赤い金平糖を天井の光に当てながら言った。
「そういえばお前さん、昨夜はどうしていなかったんだい?」
「夜は出歩く人が少ないからよ」
「お前さんも討異士なんぢゃないのか?」
「厳密に言うと違うわ」
棚の奥に入れた箱を手前に出しながら柚妃は説明する。
「今の怪幽会では、討異士は階級制なの。キイチは一級、涼雨は準一級、途川くんは二級っていう風にね。で、あたしは四級」
「何が違う?」
「四級は怪異退治に携わることを認められたってだけで、戦う力は持たないの。
だからあたしは、一般市民を巻きこまないために避難誘導をしたり、戦闘の邪魔にならないように警備するのが役目」
「女だから、というわけぢゃないのか」
と、桃介は手にした金平糖を口へ放る。
「その価値観は時代遅れね。戦う力を持ってれば、女性だろうが子どもだろうが、怪異と戦ってるのが今の時代よ」
空になった箱をたたみ、柚妃は腰をあげる。
「あたしだって、できるなら戦いたかったけどね」
と、店の奥へ向かっていく。
平然と言ったつもりだろうが、一瞬だけ見えた横顔は弱々しかった。
桃介は黙って金平糖を食べ、空になったカップをもてあそぶ。
「びいどろ、にしちゃ軽いよな。薄っぺらだし……」
戻ってきた柚妃は桃介の手からカップを取りあげた。
「ゴミはここに捨てて」
「あっ、何しやがる! 綺麗だからながめてたのに」
桃介が思わず声を荒らげれば、柚妃はきょとんとする。
「え? まだ店にたくさんあるわよ」
「だからってごみくたにするな」
と、返す桃介を見て、柚妃はため息をついた。
「はぁ。価値観がまるで合わない」
カウンターの外に出て軽くもたれかかる。
「勝手に捨てたことは謝るわ。ごめんなさい」
入口の方をちら見してから柚妃はたずねた。
「まだお客さん来なさそうだし、あなたのことを教えてくれる? 界導士になったのはなんで?」
桃介は不機嫌な顔をやめて答えた。
「華歳家の長男だからだ」
「キイチが伝説の人だって言ってたけど、強いの?」
「ああ、界導士の元祖は華歳家だからな」
柚妃が目を丸くし、今度は桃介が聞いた。
「お前さんも十六夜の血を引くのに、戦う力がないとはどういうことだ?」
「単純に向いてないのよ。あたしの兄貴は討異士だし、たまたまあたしがダメだったってだけ」
柚妃はごまかすように笑ったが、声にはどことなく悔しさがにじんでいた。
店の裏から音がして振り向くと、樹一郎が顔を見せた。
「あら、どうしたの?」
「今日は、臨時休業。叔父さんの、仕事、たまってたから」
と、こちらへやってくる。
「なんの、話?」
「あたしには怪異と戦う力がないって話よ」
柚妃は体の向きを変え、両手でカウンターに頬杖をつく。
「キイチは小さい頃から弱虫だったのに、今では都内で一番、いや、全国で一番強いんだからびっくりよね」
と、樹一郎をにやにやしながら見つめる。
樹一郎は困ってしまったらしく、居心地悪そうに視線を泳がせた。
「そんなに、強くない……」
「剣道の全国大会で優勝したのに?」
「あれは、まあ……けど、柑太くんだって、強い」
樹一郎の言葉を柚妃はばっさりと切り捨てた。
「そんなわけないでしょ。兄貴はただの試合馬鹿で、本当に才能があるのはキイチの方よ。そろそろ認めなさい」
「うーん」
樹一郎は依然として腑に落ちない様子だ。
自分に自信がないのはこれまでの彼を見ていて分かるが、怪異を倒す時に発揮される強さも本物だ。
桃介はふと聞きたくなった。
「お前さん、子どもの頃から強かったのかい?」
はっとしたように樹一郎が桃介を見るが、答えたのは柚妃だった。
「強かったわよ。キイチがまだ十歳の時、十四歳だったうちの兄貴を、剣道で負かしたんだから!」
と、興奮した様子でカウンターをバンとたたく。
「そりゃ見事だ」
「でしょ? 高校二年の時には全国大会で優勝して、みんなで派手にお祝いしたの」
柚妃は目をらんらんと輝かせており、樹一郎のことが自慢なのだと伝わってくる。
しかし、桃介は言った。
「それなのに、普段はこれか」
視線を受けて樹一郎はどぎまぎする。柚妃は再びため息をついた。
「いつもおどおどしてるし、怪異が出ると怯えるし、夜はお化けが怖いからって、いまだにぬいぐるみを抱っこしないと眠れないの。
まったく、ギャップが激しすぎるわ」
樹一郎は何か言いたそうにしながらも、黙っていた。
「そうだな。幹彦は気の強い男だったから、樹一郎を見たら、軟弱者とののしりそうだ」
「ひいおじいちゃん、そういう人、なんだ」
と、特に傷ついた様子もなく樹一郎がつぶやく。
「怪異が出たら真っ先に駆けつけて、勇敢に刀を振るっていた。東京に十六夜の幹彦ありとまで謳われてな、みんなが頼りにしてたよ」
語っているうちに桃介の胸になつかしさがあふれ、少ししんみりしてしまった。
「本当に強くて、誰よりも立派だった。だからおれも、幹彦にあこがれてたんだ」
会いたい、と思わず口にしそうになって、ぎゅっとこらえる。
外から鳥の声が聞こえてきて、店内の静けさを際立たせた。
「キイチが強いのも、きっとひいおじいちゃんの血なのよね。性格はまるで違うけど」
と、柚妃は困ったように樹一郎を見た。
「……ひいおじいちゃんを、怒らせたくないから、がんばるよ」
樹一郎が頼りなく笑い、柚妃も口角をあげた。
「そうね。昼間はあたしがいるし、桃介だっている。ちゃんとケツたたいてあげるから、がんばりましょ」
夕食前、桃介の部屋で話をしていると、扉がノックされた。
「桃介、入ってもいいか?」
「ああ、なんだい?」
桃介が返事をすると、畳んだ服を手に藤悟が入ってきた。
「桃介の着てた服、洗濯させてもらったよ。洗い方が分からないから手洗いしたんだけど、大丈夫だったか?」
と、そばへ来て桃介の前へ学生服一式を置く。
「特に問題ないだろう」
「それならよかった。あと、夕飯はカレーなんだけど、食べたことはあるか?」
「一度だけ、洋食屋で食ったことがある」
「じゃあ、からいものは好きか?」
桃介は首をひねった。
「あまり好ましくないな」
「オーケー。じゃあ、キイチと同じ甘口にしておく」
と、藤悟が立ちあがると廊下に足音がした。
少しだけ開いていた扉から顔を見せたのは学実だ。
「たっだいまー!」
「おかえり」
と、三人が返すと、学実は了承も得ずに勝手に部屋へ入ってきた。
「ねぇねぇ藤悟くん、明日は土曜日でしょ? 一緒に買い物行こうよ」
「あー、悪い。明日はやりたいことあるんだわ」
「え、何?」
「怪幽会の公開してる怪異出現記録、調べようと思ってて」
桃介と樹一郎もきょとんとした。
「例のアプリ、SNSでも話題になってるんだ。スクショを投稿してる人もいるから、照らし合わせてみたら、精度が分かるんじゃないかと思ってさ」
「それ、明日じゃないとダメ?」
「ダメじゃないけど、早いうちにやっておきたい」
「……そっか」
学実は残念そうにうつむくと、ふいに桃介を見た。
「桃介くん、暇だよね」
「おれか?」
驚く桃介へ学実はにこりと笑う。
「買い物、付き合ってよ。桃介くんも服とか、買った方がいいでしょ?」
藤悟は少々呆れた様子で樹一郎と顔を見合わせた。
「まあ、悪くはないか」
「いいと、思う」
桃介は困惑しつつも、しぶしぶとうなずいた。
「分かった。行くよ」
「やった。じゃあ、そういうことでー」
と、学実が自分の部屋へ向かっていき、樹一郎は桃介の肩を軽くたたいた。
「大丈夫。きっと、楽しい」
「それならいいが……正直に言わせてもらうと、彼のことはよく分からぬ。二人きりになったら、どうすればいい?」
藤悟が腰をあげながら答えた。
「普通にしてればいいよ。学実は悪いやつじゃないから、悩むことはないさ」
と、廊下へ出ていく。
桃介が腑に落ちない顔をし、樹一郎は「話の、続き」と、中断していた会話へ戻った。
「こ、これ全部、店か!?」
池袋駅の東口から出た途端、桃介はびっくりして叫んだ。
「オフィスビルもあるけど、まあ、だいたいお店だね」
と、学実が答えれば、桃介は感嘆する。
「はー……これほど店があるなんて、とんでもねえな」
「立ち止まってたら邪魔だから、行くよ」
学実が歩き始め、桃介はあわてて後をついていく。
「もう、ボクより田舎者で恥ずかしいんだけど」
「おれは江戸っ子でい!」
「そういう話じゃなくって」
と、学実は呆れた顔をしたが、急に話を変えた。
「っていうか桃介くん、靴買いなよ」
「下駄ぢゃダメかい?」
「うん、うるさい」
桃介は自分の足を見おろし、ため息をついた。
「下駄を履いてるやつなんて、おれくらいしかいねえもんな」
「夏だったら浴衣とか、成人式には袴や振り袖着たりとか、まだ和服を着る文化は残ってるけどね」
「だが、いつも着てるわけぢゃない」
「たまーに普段着にしてる人もいるけど、まあ、いないね」
「いるのかいないのか、どちらだ?」
「いないよ。いるけどいないの」
と、学実。
桃介は理解できない相手だと不満に思いつつ、彼の隣へならんだ。
「それで、何を買うんだい?」
「半袖と可愛いパジャマ」
「?」
「本当は藤悟くんに見てもらって、可愛いって言ってくれたやつを買おうと思ってた」
残念そうにする学実を、桃介は神妙な顔で見る。
「お前さん、男なのに可愛いものが好みなのか?」
「今どき普通だよ。ほら見て、あそこのおじさん、鞄にぬいぐるみつけてる」
学実の指さした方向を見ると、リュックサックにぬいぐるみをつけた男性がいた。年齢は三十代くらいだろうか。
「あっちのお兄さんが着てるTシャツも可愛い」
と、今度はキャラクターが描かれた服を着ている若い男性を指さす。
「からっきし分からん」
「そういえば、桃介くんって金平糖が好きなんでしょ? 可愛いね」
にこりと学実が笑いかけるが、桃介は眉をひそめる。
「分からぬ」
学実の言う可愛いだけでなく、そもそも男性が可愛いものを好むことが分からない。
金平糖が好きなだけで可愛いと言われるのも理解不能だ。
「分かんないかー。古い人だし、しょうがないか」
特に気を悪くした様子もなく、学実は前を向いた。
「あ、こっちの信号渡るよ」




