第3話 駄菓子よいや
まどろみの中をさまよってから、桃介は目を開けた。
「……いつもの布団ぢゃねえ」
ため息をつきながら起きあがり、殺風景な室内をぼーっとながめた。
窓ガラス越しに鳥の鳴き声が聞こえ、ゆっくりとベッドからおりる。
カーテンを開けてみると、中庭に樹一郎の姿があった。竹刀を握って素振りをしている。
声をかけるかどうか考えて、桃介は何も言わずに部屋を出た。
一階へ行くと人の声がした。蘇芳と藤悟だ。
桃介は少し緊張しつつ、リビングダイニングへ向かう。
「おはようございます」
と、声をかけると、食卓についていた二人がこちらを見る。
「おはよう、桃介」
「おはよう、もう起きたのか」
朝食をとっているのは蘇芳だけだった。藤悟は向かいに座っているが、スマートフォンをそばに置いているばかりだ。
「朝食、食べるか?」
と、藤悟が立ちあがり、桃介はうなずいた。
「ああ、頼む」
「蘇芳さんと同じのでいいよな」
「ああ」
和食だった。昨夜ほど豪華ではないが、白米に漬物と納豆、玉子焼きがならんでいる。
桃介はなんとなく蘇芳の隣に腰をおろした。
「よく眠れたか?」
と、蘇芳が茶碗に口をつけて納豆ご飯をかきこむ。
「まあ、それなりに」
「そうか。駄菓子よいやは朝十時から、夕方六時までだ。気が向いた時に店を手伝ってくれればいい」
「分かりました」
これでは本当にただの手伝いだ。ふと桃介は気になった。
「樹一郎から聞きましたが、ここでは藤悟が炊事をしているそうですね」
「ああ、家事全般な。その代わりに家賃を安くしている」
「なるほど」
藤悟が桃介の前に玉子焼きを置いた。
「蘇芳さんはわりと融通きくから、安心しな」
「無理なこともあるけどな」
「たとえば?」
桃介の問いに蘇芳は短く答えた。
「資料室の許可申請、断られた。ごちそうさま」
と、食器を重ねて台所へ持っていく。
「あー、ダメだったかぁ。知り合いが職員やってるっていうから、コネでいけるんじゃないかと思ったのに」
と、藤悟が炊飯器へ向かい、桃介の分をよそった。
「悪いが、あきらめろ」
蘇芳が廊下へ出ていくと、桃介の前に茶碗が置かれた。
「なんの話だって顔してるな」
「ああ、からっきし分からぬ」
すぐに朝食がそろい、藤悟は向かいの椅子に座る。
「東京都怪幽会には、謎につつまれた資料室があるんだ。
中へ入るには許可申請を出して、認められる必要があるんだけど、難しくてさ。めったに入ることができないんだ」
少し興味を惹かれて桃介は問う。
「何か秘密が隠されてるのかい?」
「そうかもなぁ。これまで何度かチャレンジしてるけど、毎回断られてる」
そう言いながらも藤悟は落ちこんでいないのか、おかしそうに笑っていた。
桃介は両手を合わせてから箸を取る。
「お前さんは、なんでそんなに資料室に入りたいんだ?」
藤悟は笑うのをやめて真面目な顔になった。
「俺、大学で民俗学を研究してたんだ。主に怪異のルーツを調べてた」
「へえ、民俗学か」
「だけど、怪異に関する根本的な情報がどこにもないんだ。
怪幽会の設立に関する記録は残ってたのに、怪異についてはまるで分からない。
ある日突然、歴史上に現れたみたいで、明らかに違和感があるんだよ」
「元は妖怪だろう?」
「そうだけど、俺はごまかされてる気がしてならない。
だから、怪幽会の資料室に入りたいんだ。俺の求める答えがそこにあるかもしれない」
じっと藤悟が桃介の目を見る。真実を探求する学者の目だった。
駄菓子よいやへ入るなり、桃介はほうきとちりとりを渡された。
「店の前、掃除して」
「お、おう」
とまどいながらも桃介は受け取り、店の前をはき始める。
柚妃は開け放した入口のそばにスツールを置き、腰かけながら様子を見ていた。
「駄菓子は何が好き?」
「え?」
「あたしは餅飴。小さいのをつまようじでひとつずつ食べるのがいいのよね」
桃介は落ち葉を一箇所に集めながら返した。
「そもそも、何があるのか分からぬ」
「ああ、ごめんなさい。えーとね、いろいろあるわよ」
と、柚妃は店内を振り返る。
「ゼリー、チョコレート、梅ジャム、ラムネ、飴、金平糖」
桃介は手を止めると彼女へ顔を向けた。
「金平糖があるのか?」
「もしかして好き?」
「ああ、好ましい」
桃介が肯定すると、柚妃は言った。
「それじゃあ、お駄賃は金平糖ってことで」
「……なるほど」
何ももらえないよりはいいだろうと、桃介は納得した。
「必要があれば、叔父さんがその都度お金をくれるから、心配しなくていいわよ」
「そうか。食うものもあるし、寝る場所にも困らないもんな」
それだけで充分だと、桃介は再び手を動かす。
住宅街にあるせいか、人の姿はあまりなく静かだ。
「ここだけの話、あなたには感謝してる」
「どういう意味だ?」
「キイチが生き生きしてるの、あなたのおかげよ」
桃介はちりとりの中へ葉っぱを入れていく。
「あの子、古いものが好きだから、周りと話が合わないの。でも、あなたといるとすごく楽しそう」
「そうなのか」
「特に明治大正時代が好きでね。そうそう、書生の服なんかも持ってるのよ」
「何故、書生なんだ?」
「あこがれてるらしいわ。たまにコスプレを……うーんと、なりきるって言うの? 自分で着て楽しんでるのよ」
柚妃が半ば呆れたように説明するが、桃介には理解できなかった。
「変わったやつなのは分かった」
「今はそれでいいわ。あの子のこと、よろしくね」
姉か母のように柚妃が微笑み、桃介は力強くうなずいた。
「ああ、任せろ」
昼になり、桃介はシェアハウスに戻った。
「おかえり」
と、居間にいた藤悟が言い、桃介は「ただいま」と、とまどい半分に返す。
「昼飯か?」
「ああ。柚妃に食べてこいと言われた」
「すぐレンチンするから、座って待ってな」
ソファから立ちあがり、藤悟は冷蔵庫へ向かう。
桃介は食卓の席につき、ポケットからカップに入った金平糖を取り出した。
カラフルで小さな金平糖だった。量が少ないため、一気に口へ入れてしまいそうだ。
手持ちぶさたな桃介がじーっと金平糖をながめていると、藤悟が皿の上におにぎりを二つと昨夜の唐揚げを二つ載せて持ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
金平糖を脇へ置き、桃介はおにぎりを手に取る。
「うわ、炊きたてか?」
「違う違う。電子レンジっていう、冷めたものを温めることができる機械があるんだ」
「なんと……あっぱれだ」
一口かじると、程よい塩気があって美味しい。具は梅干しだった。
藤悟はふと金平糖に気がついた。
「それ、もらってきたのか?」
「駄賃だそうだ」
「ふーん。あの店、やることないだろ?」
「客が何人か来たが、おれは見てるだけだった」
「だよなぁ。午後は何か頼まれてる?」
「いいや、特に何も言われてない」
「それじゃあ、一緒に怪異がいないか、巡回しよう」
おにぎりをひとつ食べ終えて、桃介はうなずく。
「巡回か、いいな」
「そうだろ? この街についても教えたいしな」
にやりと藤悟は笑い、食卓に置いたスマートフォンを片手で操作した。
「地武良に連絡しといた。時間はたっぷりあるから、いそがなくていいぞ」
「ああ」
桃介は嬉しい気分になり、口に入れた唐揚げをもぐもぐと咀嚼した。
昨日とは反対方向に歩いていくと、前方に大きな建物が見えてきた。
「な、なんだ、あれは」
驚く桃介へ藤悟は言う。
「ショッピングセンターで、いろんなお店が入ってる」
「店が?」
「食べ物だけじゃなくて雑貨もあるし、服も売ってる。他にもいろいろ」
桃介はうずうずしながらたずねた。
「中に入ってもいいかい?」
「今日はやめておこう」
と、藤悟は横断歩道を渡って建物の前を通り過ぎた。
桃介が後ろ髪を引かれていると、藤悟がちらりと振り返る。
「桃介は好奇心旺盛なんだな」
歩く速度を早めて藤悟のすぐ後ろへつく。
「この世界はおもしろいものがたくさんある。これほどにぎやかなのは初めてだ」
「にぎやか、か。ごちゃごちゃしてる、とはよく言うけれど」
「お前さんの腰にさげてるものも気になるぞ」
と、彼の腰を見る。
銃にしてはごつごつとしており、メタリックパープルにシルバーのラインが走っていた。
「ああ、こいつは呪符射出銃だよ。俺は無双穿弾と名付けたんだけど、桃介には理解できないか」
藤悟がどこか楽しげに苦笑し、桃介はむっとする。
「外国語ならおれも知ってるぜ」
「へぇ、そうか? けど、昔と今とじゃ……」
唐突に藤悟は足を止め、桃介も立ち止まる。
「どうかしたか?」
と、桃介が声をかけた直後、前方から何者かが藤悟へ抱きついた。
「嬉しい! こんなところで藤悟くんに会えるなんて!」
「早かったな、学実」
「藤悟くんに会いたかったから、講義が終わってすぐに帰ってきたんだ」
と、答えてから、学実は桃介に気がついた。
「あれ、桃介くんもいたの」
満面の笑みから真顔になる瞬間を見てしまい、桃介は何も言えずたじろぐ。
藤悟は学実を引きはがしながら言った。
「いつものことだから気にしないでくれ」
「そ、そうなのか……?」
「ずるいなぁ。ボクも藤悟くんとデートしたい」
「デートじゃなくて巡回だ。学生はさっさと帰って勉強しなさい」
「嫌だ。ボクも巡回する」
と、学実。
藤悟は呆れたようにため息をつき、再び歩き始めた。
「ひっつくなよ、邪魔だから」
「ちょっと抱きついただけでしょ? もう、藤悟くんの意地悪」
学実は当然のように彼の隣にならび、桃介は疑問を口にした。
「お前さんたちは、どういう関係なんだ?」
振り返った二人は答えた。
「故郷が同じで幼馴染なんだ」
「ボクは藤悟くんを追いかけて東京に来たんだよ」
「なるほど」
やがて橋へさしかかり、藤悟が立ち止まった。
「桃介、ここからずっとあっちまで、俺たち十六夜組の担当地域だ」
彼の示した方向には道がどこまでも続き、さまざまな建物が無数に思えるほど建っていた。
桃介が複雑な気分で景色をながめていると、学実が二人の間に割りこんだ。
「あそこにいるの、怪異じゃない?」
「えっ、どこだ!?」
「落ちつけ、あれは害のないやつだ。けど、一応行くか」
と、藤悟は小走りに歩き始め、桃介たちもついていった。
三人が見つけたのは半透明のスライム状の怪異だった。
「こいつはのったりさんって言って、妖怪の一種とされているんだが……この大きさだと、まだ子どもだな」
藤悟の説明に桃介は問う。
「もっと大きくなるのかい?」
「うちの屋根を覆うくらいまで成長する」
塀の上をぶよぶよとした物体がゆっくりゆっくり移動していた。
大きさは二十センチほどで目や口はなく、怪異だと言われても、桃介にはピンとこない。
「異界送りにしなくていいのか?」
「害がないからな。倒してもまた出てくるし、異界送りにしたら二度と出てこないのも分かってるけど、こいつは例外。見逃していいんだ」
すると学実が鞄から鉄扇を取り出した。
「ボク、倒しちゃっていい?」
「かまわないが報酬は出ないぞ」
「分かってるよ」
学実は鞄を藤悟へ預けると、一歩前に出た。
「――八重識・徒花」
一瞬にして扇子を開き、なでるように怪異の体へ縁をすべらせる。
怪異はピギャッと鳴き声をあげ、のたうち回った。
「今のはなんだ? 何をした?」
目を丸くする桃介にかまわず、学実はその場でくるりと回転した。鮮やかな若葉色の扇面に、思わず目が奪われる。
「八重識・返り咲き」
舞うように扇を掲げ、怪異めがけて一気に振りおろした。
ぶわっと風が巻き起こったかと思うと、次の瞬間、怪異は細切れになって息絶えていた。
学実は自信たっぷりに流し目を藤悟に送りつつ、ぱちんと扇子を閉じる。
「どう?」
「こんな狭い道で技を使うな」
と、藤悟は呆れ、学実は頬をふくらませる。
「別にいいでしょ。これまで大学が忙しゅうて、あまり戦えちょらざったがやき」
「はあ? 万が一人を巻きこんだら、おんしの責任ぞ」
「ボクは二級でまったいき、大した被害にはならんぜよ」
唐突な方言にびっくりし、桃介は間に入ることができなかった。
「油断大敵や。今日は見逃しちゃるけんど、今後は気ぃつけること」
「……分かった」
まだむっとしている学実へ鞄を返し、藤悟は桃介を見る。
「あー、ごめんな。今のは聞かなかったことにしてくれ」
「それはいいが、どこの言葉だい?」
「土佐弁ちや」
と、学実が歩き出す。
「俺たち、故郷が同じって話しただろ? 高知県なんだ」
藤悟は苦笑し、言った。
「帰ろう。今日の巡回はここまでだ」




