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第11話 柑太襲来(後編)

「次はスピードアタックな。オレが先やるよ」

 と、柑太はタッチパネルを操作した。

「いいけど……」

「勝負は決まってんだから、まずは見てろ」

 柑太の返事に樹一郎はうなずいた。

「分かった」

 設定が済み、室内がスピードアタック仕様へと変わる。

 中央にあった強化ガラスの仕切りはのぞかれ、壁のタイマーが五分を表示する。

 カウントダウンが聞こえてくると、柑太は両手に十手をかまえた。

「スタート」

 開始の合図とともに走り出し、不規則に現れる的を手当たり次第に倒していく。

 先ほどの勝負と同様、柑太の動きに迷いはない。しかし、彼は技を使っていなかった。

 壁を蹴って高くジャンプしたかと思うと、いきおいよく的を蹴り軽やかに着地する。

 見ていた樹一郎は思わずつぶやいた。

「身体能力、高くて、いいな……」

 不安定な足場など嘘のように、柑太は縦横無尽(じゅうおうむじん)に駆け回る。樹一郎にはとうてい真似できない動きだ。

 制限時間を知らせるブザーが鳴ると、柑太は立ち止まって壁のスコアを見上げた。

「あー、二百三か。全然ダメだ」

 と、樹一郎の元へ戻って来る。

「お疲れさま」

「おう。キイチの実力、しっかり見せてくれよな」

「う、うん……」

 そう言われると緊張してしまう樹一郎だが、スピードアタックには自信がある。

 的の入れ替えが終了し、準備が整うと、再びカウントダウンの声がした。

 樹一郎は目を閉じて集中する。

「二……一、スタート」

 合図より少し前に刀を抜き、樹一郎はまぶたを開けた。最初に目を留めた的へ向かい、刀を振りあげる。

「朱宵刀・朝風」

 斬りつけた直後に別の的へ狙いを定め、「宵祓い」「一閃」と、次々に技を放っていく。

「いいぞー、キイチ! その調子だ!」

 と、柑太が嬉しそうに声をあげた。

 樹一郎はしっかりと前を見つめ、目が追いつかないほどの光速でひたすらに的を斬っていく。

 やがてブザーが鳴り、樹一郎より先に柑太が叫んだ。

「二百八十四!? すげぇよ、キイチ!」

 圧倒的勝利だった。

 樹一郎は刀を鞘へ収め、汗を手の甲でぬぐった。


 控室へ戻ると、桃介がじっとモニターを見つめながら考えこんでいた。

 柑太はかまわずに声をかける。

「見たか!? これがキイチの実力だ!」

「ああ、確かに立派だった。だが、どうも分からぬことがある」

 と、桃介は横に座った柑太を見る。

「まず、お前さんはどうして技を使わなかったんだい?」

「威力が弱いからに決まってんだろ。スコアアタックと違って、スピードアタックは判定が厳しいんだ」

 樹一郎もソファに座り、鞄から制汗シートを取り出した。

「倒しきれなくても得点になるのがスコアアタックで、スピードアタックはちゃんと倒さなくちゃ点にならないんだよ」

「つまり、お前さんの一撃は弱いから、倒したとみなされないのか」

 樹一郎は制汗シートで顔や首元を拭きながら、二人の会話を聞いていた。

「そーゆーこと」

 と、柑太は立ちあがってドリンクサーバーへ移動する。

「次に樹一郎だが、あの動きはなんだ? これまでも、とんでもない速さだと思っていたが、あらためて見て驚いた」

「えと……属性は、分かる?」

 と、樹一郎は桃介へ確かめた。

「ああ。個人の資質によって扱える、自然の力だろう?」

「十六夜家では、時々、光属性の子どもが、生まれる」

「お前さん、光だったか。幹彦と同じだな」

「うん……十六夜家では代々、光属性の男子が、当主になってきた」

「それは知らなかった」

「使い方は、人それぞれで……僕の場合、光の速さで、動ける」

 桃介がぽかんとして口を開け、柑太が二人の前に立つ。

「この地形におけるキイチの弱点は、足場が安定しないことだ。岩が障害物になるし、地面もでこぼこしてる。

 でも、一度走ってみることで、どう動けばいいかが分かって、最短ルートも導き出せるだろ?」

「ということは、もしかして最初の勝負は、地形を理解させるためだったのかい?」

「ご明答」

 にこっと柑太が笑い、桃介は樹一郎を見た。

「それで二回目の勝負では、安定した足場を選んで動けたというわけか!」

 驚く桃介へ樹一郎はうなずいた。

「うん。Dコースなら、街中で平坦だから、三百点、超える」

「素晴らしいな、樹一郎! あっぱれだ!」

 と、桃介がぱっと顔を明るくさせ、樹一郎ははにかんだ。

「ありがとう」

 柑太はコップに口をつけつつ、ソファに腰をおろした。

「桃介が言ってたように、この地形はオレに有利だ。

 でも、東京にこんな場所はない。岩を破壊する力があっても、使ったら怒られちまう」

「ふむ。物を壊すと、面倒くさいことになるんだったな」

「だからオレが準一級になれたのも、奇跡みてぇなもんなんだ」

 柑太の説明を聞いて、桃介は納得したようだ。

「なるほど、理解できた。おれはお前さんのことを勘違いしていたようだ」

「そうみたいだな」

「さっきは突っかかっちまって、すまねえな」

「気にすんな。オレも気にしてないから」

 桃介が安堵したように頬をゆるめ、柑太はリモコンを手に取った。

「そろそろ、ランキングが反映される頃か?」

 と、ボタンを押す。

 通信中の文字が出てきた後で、最新の得点ランキングが表示された。

「おっ、やっぱりキイチが一番だ!」

 Bコースのスピードアタックで、樹一郎の名前が一位になっていた。

 しかし樹一郎は二番目の名前を見て、ドキッとしてしまう。

紫苑しおんくん、二百八十二点だ……」

 わずか二点差だった。

 気づいた柑太は軽く眉を寄せた。

「あいつも来てたのか。他のランキングも見よう」

 他のコースを確認すると、一位はすべて「十六夜紫苑」になっていた。

「あーあ、またやってるよ」

 総合得点を確認すれば、やはり同じ名前が一位だ。

「苗字が一緒だが、親戚しんせきかい?」

 と、事情を知らない桃介がたずね、樹一郎はうなずいた。

「うん、従兄いとこ。菖蒲叔父さんの、息子で、僕と同じ、光属性」

「オレたちの世代だと、光を使えるのはキイチと紫苑だけだ。しかも、あいつの光の使い方はえげつない」

 柑太の補足に桃介は目を丸くした。

「そうなのか」

 樹一郎はため息をついてから話し出す。

「紫苑くんは、四歳年上で……小さい時から、ライバル視、されてて」

「キイチは当主の息子で、本家を継ぐ立場だ。

 だけど気が弱いから、当主の弟である菖蒲叔父さんが、自分の息子の方がふさわしいと言い出した。

 それが十年前の後継者問題だよ」

「そんなに紫苑というやつは立派なのかい?」

「紫苑くんは、なんでもできる。勉強もできて、戦いも強くて、見た目もいい」

「性格が悪いのだけが短所、みてぇなやつでな。あんまりにも完璧だから、親戚のやつらも菖蒲伯父さんに賛同しだしてさ。

 あの頃はなんつーか、地獄だったな」

 苦虫を噛み潰したような顔をする柑太へ、樹一郎は黙ってうなずいた。

「でも、今は樹一郎が継ぐことになっているんだろう?」

 と、桃介がたずねると、柑太は答えた。

「現役で討異士やってた蘇芳叔父さんが、自分がきたえるって説得して回ったんだ。

 だから、実質的には保留にされただけで、みんなに認められたわけじゃない」

「そうか。だから樹一郎は、蘇芳さんの元にいるわけだ」

「うん。叔父さんは、昔から、僕の味方、だから」

 蘇芳には感謝してもし足りない。だからこそ樹一郎は、古書店でのバイトもがんばっていた。

「なんか変な空気になっちまったな。気分転換に、アイスでも食いに行くか」

 と、柑太はリモコンを操作してモニターの電源を落とした。


 コンビニで買ったアイスを、公園のベンチで食べている時だった。

「そういえば、前に柚妃から聞いたが、お前さん、十歳だった樹一郎に剣道で負けたらしいな」

 レトロな四角いバニラバーを手に桃介が問うと、柑太は平然と言った。

「ああ、負けた。でもあれは、オレが下手だっただけなんだ。剣道に向いてなかった」

 と、ソーダ味の青いアイスキャンディーをかじる。

「あの日、樹一郎に負けて気がついたんだ」

 うっすらと黄色く染まりつつある空を見つめ、柑太は話す。

「オレは剣が下手だから、他のことをした方がいいんじゃないかってな。それで次に始めたのが柔道で、これが当たりだった」

「お前さんの体格がいいのは、そのためか」

 だぼだぼの服を着ているために一見すると分かりにくいが、柑太は全身にしっかりと筋肉がついていた。

「そうなんだよ。で、武器を十手にしてみたら、しっくり来てさ。

 さらに身体能力を高めるために、パルクールなんかも始めたんだ。それで、今のオレの戦闘スタイルができあがったっつーわけ」

「身体能力なら、僕、勝てない」

 と、樹一郎も口を開くと、柑太は笑った。

「お前は体力がねぇんだよ。もっと持久力つけろ」

「毎朝、素振りはしてる、けど……」

 樹一郎はようやくゆるんできた小豆の棒アイスにかじりつく。

「それじゃダメだ。走れ。家の周りでもいいから、ランニングすれば体力もついてくる」

「うぅ……走るより、本、読みたい」

 すると柑太がじとりとした目をする。

「何言ってんだ。っつーかお前、また身長伸びたろ?」

「うん」

 柑太は溶けかけたアイスが落ちないよう、持つ角度を変えた。

「せっかく背が高いんだから、もっと活かせよ。もったいねぇぞ」

「そうかな……? 部屋で、過ごす方が、いい」

 本音をこぼす樹一郎に呆れたのか、桃介が笑いながら口を開いた。

「確かに、樹一郎は内にこもりがちだな。だが、体力があった方がいいと、おれも思う」

「桃介まで?」

「だから、おれも付き合うよ。一緒に走ろう」

 思わぬ呼びかけに、樹一郎はぱっと満面の笑みを浮かべた。


 就寝までの空いた時間だった。スマートフォンに連絡があり、樹一郎は柚妃の住む駄菓子屋兼住居へ向かった。

 裏口から中へ入ると、居間から電気の明かりがもれていた。

「来たよ」

 と、声をかけながら中へ入る。

 座っていた柚妃は顔をあげ、にこりと微笑んだ。

「わざわざ呼んじゃって悪いわね」

「ううん」

 樹一郎は彼女の隣へあぐらをかいた。

「兄貴との勝負、どうだった?」

 柚妃は立ちあがり、小さな台所へと移る。

「楽しかった。勝負は、引き分け」

「いつものパターンね」

 呆れまじりに言って、ひとつのグラスに麦茶を注ぐ。

 柚妃はグラスを持って戻り、樹一郎の前へ置いた。

「どうぞ」

「ありがとう」

 よく冷えた麦茶だ。ありがたく樹一郎は一口飲んだ。

 ちゃぶ台に軽く頬杖をつき、柚妃は樹一郎をながめた。

「あたしね、自分にできることはなんだろうって、考えてたの」

 樹一郎は小首をかしげた。

「桃介が来てから、キイチは自分の力で踏み出せるようになったでしょ?」

「……そう、かな」

「あたしが背中を押さなくても、桃介がいれば、あんたはもう自立できるのよ。じゃあ、あたしは?」

 樹一郎は答えられず、視線を下げた。

「一般市民が戦闘に巻きこまれないよう、守るのが仕事よね。それは分かってる。

 だけど、それだけじゃ足りないの」

「?」

「やっぱり、あたしも戦いたい。でも、無理なのも分かってる。だから、せめてあたしは……」

 柚妃はふと頬杖をやめてうつむいた。

「キイチの味方でいよう、って思った」

「……」

「これから先に何があったとしても、あたしはずっと、あんたの味方よ」

 そっと顔をあげた柚妃は、いつもの勝ち気な笑顔ではなく、照れくさそうに笑っていた。

 彼女の頬がうっすら赤くなっていることに気づき、樹一郎も頬が熱くなる。

 思わず視線をそらし、ごまかすように麦茶を一気飲みした。

「っ……ごちそうさま」

 立ちあがり、居間を出ていこうとして足を止めた。

「あ、あの……僕も、柚妃ちゃんの、こと……守る、から」

 もごもごと言ってから、樹一郎は耐えきれずに裏口へと足早に向かう。

 残された柚妃はため息をつき、空になったグラスを見つめた。

「何、ドキドキしてんのよ……」

 と、誰にともなくつぶやいた。

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