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無限ガチャの転生者 ~毎日引いてスキルを集め、育てて最強になる~  作者: わわわ


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第9話 同じ依頼と、格上の影

 依頼ボードの一番下に、見慣れない一枚が貼られていた。

 大穴の浅層、一段深い区画。最近そこの群れが膨らんでいるから、数を減らせる者は減らしてこい――要するに、間引きだ。報酬は取り巻きの右耳と魔石で、頭割り。受けられるのはE以上。受付の女に依頼書を差し出すと、女は紙の隅の判をちらりと確かめて、いつもの慣れた口調で言った。

「奥に大きいのが居ついて、子分が増えてるって話さ。本体に手を出す依頼じゃないよ。あくまで数減らし。膨らみきってスタンピードでも起こされたら、街が迷惑するからね」

「分かりました。取り巻きを減らせばいいんですね」

「そう。欲かいて奥まで行くんじゃないよ。これ、何人かもう受けてるからね。鉢合わせても揉めるんじゃないよ」

 その「何人か」が誰なのかは、聞かなかった。間引き依頼に新人が群がるのはよくあることらしい。剣を一本借りて、俺は北の門をくぐった。

 奥の、一回り大きい気配。あれが何なのか、ずっと気になっていた。気配感知の端っこに引っかかったきり、消えないでいるあれだ。間引きついでに、せめて格くらいは確かめておきたかった。稼ぎにもなる。一石二鳥のつもりだった。


 大穴に降りて、一段深い区画へ進む。

 気配感知を広げたまま歩いていると、前のほうから、人の気配が一つ。それも、こっちへ近づいてくる。ゆっくりじゃない。むしろ早足だ。間引きを受けた誰かだろう。揉めるなと言われたばかりだから、俺は壁際に寄って道を譲ろうとした。

 角を曲がって出てきたのは、栗色の髪を後ろで一つに束ねた、革の胸当ての女だった。

「リタ」

 声が、先に出た。

「悠さん!?」

 向こうも、目を丸くしてこっちを見ている。手には使い込んだ短剣。間違いない。大穴の浅層で群れに囲まれかけていた、あの同期だ。

「なんで悠さんが……あ、もしかして」

「ああ、間引きの依頼」

 俺が言うと、リタは「やっぱり」という顔をして、それから少しだけ、ばつが悪そうにした。

「私も、それ。受付の人に、何人か受けてるからって言われて。まさか悠さんとは思わなかったけど」

 偶然じゃない。同じ紙を見て、同じ穴に降りてきただけだ。考えてみれば、ありそうな話だった。Eに上がりたての新人が稼げる依頼なんて、そう多くない。受けるやつは、だいたい同じ場所に集まる。

「一人で来たのか」

「うん。前は三人だったけど……あの後、あの二人とは組まなくなって」

 リタは、ちょっと言いよどんだ。浅層で群れに押されたとき、後ろの二人が先に下がったのを、俺も見ている。あれで何かあったんだろう。詮索はしないことにした。

「悠さんこそ、一人? 火、撃ってたじゃない、あのとき。あんなのが撃てるなら、私と組まなくても――」

 言いかけて、リタははっと口を結んだ。それから、ふん、と鼻を鳴らす。

「べつに。組みたいって言ってるわけじゃないからね」

 誰もそんなこと言ってない、と思ったけど、口には出さなかった。リタの、この負けず嫌いの顔は、知っている。

「奥の群れ、もう見たか」

「ちょっとだけ。三、四匹の塊が、いくつか。一人で全部は、正直きつい」リタは短剣の柄を握り直した。「だから、その……同じ依頼の途中で行き合っただけ、だけど。すぐそこの塊、片付けるくらいなら。手は、多いほうがいいでしょ」

 組むとは言わない。ただ、同じ方向に行くだけだ――そういう言い方だった。俺は笑いそうになるのをこらえて、頷いた。

「ああ。すぐそこのやつだけ、な」


 気配感知を奥へ向ける。

 通路の先、開けた窪みに、三つ。固まって、ゆっくり動いている。さっきリタが見たという塊の一つだろう。大きさは、一段深い区画で何度も相手にしてきた、あの背丈のあるゴブリンだ。取り巻きとしては、まあ普通。

 その向こう、もっと奥に、もう一つ塊。そして――さらに奥。区画の一番深いところに、例の気配があった。

 でかい。濃い。動かない。

 近づいたぶん、前より輪郭がはっきり伝わってくる。いやな感じだ。けど、まだ遠い。今は手前の三匹だ。

「リタ。前の塊、三匹いる。窪みの真ん中で固まってる」

「三匹? 見えないけど」

「俺は気配で読める。今は固まってるけど、こっちに気づいたら散る。散る前に、固まりに一発入れる。お前は、炎を抜けてきたやつを頼む」

 リタは一瞬きょとんとして、それから、目の色が変わった。

「……分かった」

 長い問答はなかった。前衛のリタが半歩前に出て、俺が後ろで手のひらに熱を集める。角の手前で、息を整える。火球を練るには、少し時間がいる。先に位置が分かっていれば、その時間はこっちの都合で作れる。

 角を回る。窪みの真ん中、三匹が固まっている。気配で読んだ通りだ。こっちに気づいて、黄色く濁った目が一斉にこっちを向く――その前に、火球を放り込んだ。

 ぼっ、と火の塊が固まりのど真ん中で弾けた。狭い窪みで炎が膨れて、二匹を呑む。前のめりに焦げて崩れる一匹。もう一匹は皮が硬いのか、炎の中からよろけ出てきた。火だけじゃ仕留めきれないやつだ。

「来た、そっち!」

 俺が叫ぶより早く、リタが踏み込んでいた。よろけ出てきた一匹の、振り上げた腕の内側へ滑り込んで、短剣を首の付け根へ。一突き。ゴブリンが声もなく横に崩れた。

 剣の腕は、悪くない。前に見たときも思ったけど、こうして一対一でやらせると、踏み込みも、刃の角度も、迷いがない。村にいた頃から振ってきた、と前に言っていた気がする。なるほど、と思う。

「あと一匹! 右、来てる!」

 炎の縁から、三匹目が回り込んでくるのが気配で分かった。リタは正面の一匹を仕留めたばかりで、まだ体が前を向いている。右側面ががら空きだ。

「右!?」

 リタが、声に反応して右へ身を翻した。回り込んできた一匹が、棍棒を振り下ろす――その軌道の外へ、リタが半身でかわす。空を切った棍棒。泳いだゴブリンの脇腹へ、リタの短剣が下から入った。

 三匹目も、沈んだ。

 窪みに、焦げた匂いと、二人ぶんの荒い息が残った。火球の直後で、俺の手のひらはまだじんと痺れている。でも、出番はもう終わった。

「……今の」リタが、肩で息をしながら振り向いた。「右って、なんで分かったの。私、まだ見えてなかった」

「気配で拾えるんだ。どこに何匹いて、どっちを向いてるか。前の塊が固まってたのも、それで分かった」

「ずるい」

 リタが、ぽつりと言った。それから、慌てたみたいに付け足す。

「ずるいって、悪い意味じゃなくて。その、便利すぎでしょ。前は火、今度はそれって。……剣だけの私の身にもなってよ」

 拗ねたような、けど、どこか嬉しそうな言い方だった。前に浅層で礫を当ててやったときの、絞り出すみたいな「ありがと」とは、声の色が違う。少しだけ、距離が縮んだ気がした。

 別に、組んだわけじゃない。たまたま同じ依頼で、たまたますぐそこの塊を一緒に片付けただけだ。でも――前を割るリタと、後ろで位置を読む俺。役割が、勝手に噛み合った。手数で帳尻を合わせる何でも屋の戦い方に、前衛が一枚増えると、こんなに楽になるのか。妙に、収まりがよかった。


 耳を切って、魔石を布に包む。間引きの取り分としては、十分な数だ。

「もう一塊、奥にいる」俺は気配感知を確かめながら言った。「さっきと同じくらいの。あれも片付ければ、今日のぶんは足りる」

「行こう」

 リタの返事は、もう迷いがなかった。

 二つ目の塊も、同じ手順で片付いた。固まっているうちに火球で崩して、抜けてきたのをリタが斬る。回り込むやつを、俺が声で報せる。被弾は、ほとんどない。気配で先に読めるというのは、こんなにも違う。間合いも、手の順番も、回り込みも、全部こっちが先に決められる。

 二塊で、布がずっしりした。間引きの数としては、もう文句のつけようがない。

 ここで引き返せば、いい一日だ。リタも、満足げに短剣を鞘に納めかけている。

 なのに、足が止まった。

 気配感知が、ずっと奥のあれを、まだ拾っている。でかくて、濃くて、動かないやつ。さっきより、近い。せめて格だけでも――間引きついでに確かめておきたいと思っていた、あれだ。

「悠さん?」

「……奥に、一つ、でかいのがいる」俺は声を落とした。「取り巻きとは、明らかに違う。せっかくここまで来たんだ。姿だけでも見ておきたい」

「でかいの、って」

 リタの声が、少し硬くなった。受付の女の言葉が頭をよぎる。本体に手を出す依頼じゃない。欲かいて奥まで行くんじゃない。分かっている。手を出すつもりはない。ただ、見るだけだ。

 通路を、慎重に進む。気配が、一歩ごとに大きくなる。やがて、行き止まりの広間の手前まで来て、俺は岩の陰で足を止めた。リタも、息を殺して隣にしゃがむ。

 広間の奥に、それはいた。

 ゴブリンだ。形は、間違いなくゴブリン。だけど、でかい。今日斬ってきた取り巻きより、頭一つ、いや、二つ分は背が高い。肩幅も、腕の太さも、まるで違う。錆びた鉄の塊みたいな曲刀を、片手でだらりと提げている。あれを片手で。

 ゆっくり鑑定を向けた。


『ホブゴブリン。群れの長。膂力・体躯が並のゴブリンを大きく上回る。一撃が重く、皮が厚い。狡猾で、配下を盾に使う。Eランク新人の手には余る。』


 手には、余る。

 鑑定が、はっきりそう返してきた。これまで読んできたどのゴブリンにも、こんな文句はつかなかった。喉の奥が、ひゅっと鳴った。

 あいつが曲刀を一振りすれば、俺の借り剣なんか弾かれて終わりだ。火球を当てても、あの分厚い皮が一発で焦げ落ちるとは思えない。撃った直後、手のひらが痺れて次が出ない、あの空白の間に、あれが踏み込んできたら――背筋が冷たくなった。狭い窪みに固まった取り巻きとは、わけが違う。あれは、こっちが選んで戦う相手じゃない。今は、まだ。

「悠さん」リタが、囁くような声で言った。顔が、少しこわばっている。「あれ……無理、だよね」

「ああ。無理だ」

 迷わなかった。欲をかいて死ぬのが、新人が一番簡単に死ぬときだ。受付の女も、大穴の常連も、口を揃えてそう言っていた。あれを相手にして勝てる絵が、今の俺には一つも浮かばない。火球も、礫も、俊足も、気配感知も――どれも、まだ天井のずっと下にいる。あいつには、届かない。

 それが分かっただけで、十分だった。格は、測った。

「下がるぞ。静かに。気づかれる前に」

 リタが、こくりと頷いた。

 俺たちは、来た道を、足音を殺して戻り始めた。ホブゴブリンは動かない。配下を盾に使うやつだ、と鑑定は言っていた。取り巻きを二塊ぶん減らしてやったのに、あれはまだ、奥でどっしりと曲刀を提げて、じっと座っている。間引いたぶんなんて、あいつにとっては、かすり傷ですらないんだろう。

 広間の気配が、背中の後ろで、まだこっちを向かずに残っていた。でかくて、濃くて、動かないまま。あれを奥に残したまま、俺たちは梯子へ向かう。


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