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無限ガチャの転生者 ~毎日引いてスキルを集め、育てて最強になる~  作者: わわわ


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第48話 大きな街と、岩を砕く手

 城門が見えてきたとき、リタが間の抜けた声で「でかっ」と言ったので、俺も同じことを思っていたのを言い当てられた気がした。


 ラドリスの城壁は、街道から見上げても、まあこんなものかと収まりのつく高さだった。ヴェルナのそれは、近づくにつれて頭の角度を少しずつ上げていかないと天辺が視界に入らないくらいで、門の左右へ伸びる壁が、どこまで続いているのか街道からでは端が見えなかった。門をくぐる人と荷馬車の列が、朝のうちから途切れずに続いていて、その列に紛れて中へ入ると、いきなり人と物の渦に飲まれた。


 まず、音が違った。ラドリスの大通りも賑やかだったけれど、あれは石を打つ槌の音とか、坑道帰りの連中の重い足音とか、要するに鉱とダンジョンの街の音だった。ここの音は、荷を積み替える掛け声と、両替らしき小銭の擦れる音と、客を呼ぶ店先の声が、層になって耳に流れ込んでくる。看板の数が、そもそもラドリスの比じゃない。読める字の横に、読めない字や、品物の絵を併せて描いたやつがいくつもぶら下がっていて、字の読めない行商や、よその土地から来た連中にも分かるようにしてあるんだろうと察しがついた。


 行き交う顔ぶれも、ラドリスより一段、混じっていた。背の高いエルフらしき女が反物を抱えて値段の交渉をしているそばを、肩幅の広いドワーフが三人、樽を転がして通り過ぎていく。ガレンと同じ種族だなと思ってそっちを見ていたら、向こうの一人とちらりと目が合って、よそ者を一瞬値踏みするような視線を投げて、すぐに樽のほうへ戻った。獣人の子供が、果物の屋台のあいだを縫って走っていく。要するに、ここは交易の街だ。鉱を掘って魔石で食っているラドリスとは、街そのものの稼ぎ方が違う。人と荷が通り抜けていくことで回っている街の、その通り道の真ん中に、俺たちはいま立っていた。


「悠さん、はぐれないでよ」リタが俺の袖を軽くつまんだ。「私、こんなに人いるとこ、初めてかも」


「俺もだ。村の出じゃないけど、こっちに来てからは、こんなのは初めて見る」


 ガレンたちとは、街道の最後の宿場で一旦別れていた。商隊が無事に着いたら取り分が増える、というのが向こうの言い分で、その商隊の差配で一足先に街へ入る組と分かれたのだ。坑道の連中はみんなヴェルナを根城にしているから、街でも顔は合わせる、とだけガレンは言い残していた。組もうとも、案内するとも言わなかったのは、街道で別れたときと同じだった。


 ギルドの大支部は、大市場の一角を丸ごと占めるみたいにして建っていた。


 ラドリスの支部が、街角の頑丈な一軒家、という構えだったのに対して、こっちは石造りの二階建てが、中庭を挟んで何棟も連なっている。受付の窓口が、横にいくつも並んでいた。素材の買取に並ぶ列、依頼を受けに来た連中の列、奥の手続きへ通される列が、それぞれ別の窓口に分かれていて、ラドリスみたいに受付の女が一人で全部捌くようなことには、そもそもなっていなかった。捌く人手の桁が違う。これが本部圏の支部か、と俺は妙に納得した。大きい机のあるところに大きい用事が集まる、というのは、街道で官に言われた通りだった。


 腰の革袋を確かめてから、俺は買取の窓口の、その奥にいる職員へ取り次いでもらった。並の素材の窓口で出す品じゃないことは、自分でも分かっていた。


 通されたのは、奥まった一室だった。


 出てきたのは、ラドリスの丸眼鏡の鑑定持ちとは雰囲気の違う、髪をきっちり撫でつけた、業務に慣れた所作の職員だった。挨拶も世辞もそこそこに、布を一枚卓に広げて、俺に品を出すよう短く促す。俺が革袋からあのかけらを出して布の上に置くと、職員は手を止めて、しばらくそれを見た。それから、革手袋をはめ直して、慎重に向きを変えたり、灯りにかざしたりした。何度か、別の道具を取り寄せて、当てては引っ込めた。鑑定の所作なんだろうが、ラドリスの男みたいに掌をかざしてうなる、というのとはまるで違う、検品の手順を一つずつ踏んでいく動き方だった。


「これは、どこで」職員は顔を上げずに訊いた。


「ラドリスの近郊の大穴です。底のほうから、持って上がりました」


「底のほう」職員は短く繰り返して、また品に目を戻した。それきり、しばらく何も言わなかった。やがて道具を布の上に置いて、革手袋を外しながら、ようやくこっちを見た。「結論から言います。うちで、この場で値を付ける品ではありません」


「付かない、ということですか」


「付けられない、です」職員は言い直した。「桁が、この支部の決裁を超えています。系統も、来歴も、うちの台帳の区分のどこにも当てはまらない。こういうものは、本部に上げて扱う品です。買い手も、この街にはいません。本部圏の、もっと上のほうにしかいない」


 ラドリスの鑑定持ちが言ったのと、ほとんど同じ言葉だった。値が付けられないというのは、安いという意味じゃない。高すぎて、この場の誰も、責任もって数字を書けないという意味だ。ただ、ラドリスの男は汗をかいて声を抑えていたのに対して、この職員は、終始、業務の手順として淡々と言い切った。腰を抜かす品でも、自分の決裁の外なら、外として処理する。それが本部圏のやり方らしかった。


「手続きは、こちらで進めます」職員は卓の上で書付を整え始めた。「本部へ上げて、買い手のあてを探す。動くまでには日がかかります。売れたわけではない。値が確定したわけでもない。ただ、本部に上げる級の品だ、というところまでは、いま、確かになりました」


 売れたわけじゃない。金は、まだ一枚も動かない。それでも、ラドリスを出るときに「この街じゃ売れない」と言われた品が、「本部に上げる級だ」というところまでは、ここで確かになった。腰の袋の重みの意味が、一段、はっきりしたわけだ。底まで下りて持って上がった甲斐は、少なくとも、ここまでは届いている。


 職員が書付を奥へ通すあいだに、部屋の外の気配が、少し変わった。


 取り次ぎの若い職員が、誰かに何か耳打ちしている。手続きの窓口の連中が、こっちの部屋のほうを、ちらちらと見るようになっていた。本部に上げる級の品を、ラドリスから来た新顔が腰の袋に入れて持ち込んだ――その話が、もう支部の中で回り始めているのが、人の目の動きで分かった。誰かが俺を指さして、奥の同僚に何か言っている。べつに大声で噂しているわけじゃない。ただ、視線の集まり方が、入ってきたときとは違っていた。数合わせの新顔を見る目じゃなくなっていた。


 正直、落ち着かなかった。


 倉庫で帳尻を合わせていたころ、たまにあった。現場の権限を超える品を、たまたま自分が抱え込む羽目になって、急にあちこちから声がかかるようになる、あの居心地の悪さに似ていた。品そのものがすごいだけで、俺がすごいわけじゃない。けど、人の目は、品を持っている人間のほうに集まる。注目が足場になるなら使えばいい、とは思うものの、こうも一斉に見られると、革袋の口をもう一度きつく締め直したくなった。


「あんた、Cの推薦の件も来てるな」職員が書付から顔を上げて言った。「ラドリス支部から、あんたともう一人、連れの分も。本部圏での受理を、こっちで扱う。素材の手続きと、合わせて進めておく」


「お願いします」俺は言った。「助かります」


「礼はいい。仕事だ」職員は、それきりまた書付へ目を落とした。


 外に出ると、リタが中庭の縁石に腰かけて、足をぶらぶらさせていた。建物には入れてもらえなかったので、ずっとここで待っていたらしい。


「どうだった?」


「売れなかった」俺は隣に腰を下ろした。「正確には、ここじゃ売れない。本部に上げる級だ、ってさ。買い手は、もっと上にしかいないらしい」


「上にしかいない」リタは目を丸くした。「ラドリスでも、街に買い手いないって言われたよね。それより、まだ上があるんだ」


「あるらしい」


「すごいの拾っちゃったね、ほんと」リタは俺の腰の袋を、ちょっと畏れたみたいに見た。「で、お金は?」


「まだ一枚も動かない。手続き中だ」


「なんだ」リタは唇を尖らせて、すぐに笑った。「ま、いっか。札のほうも一緒に進めてくれるんでしょ。それだけでも、来た甲斐あったじゃん」


 リタの切り替えの早さは、相変わらず気持ちがよかった。本部級だの何だのと言われて気が大きくなるでもなく、金が入らないとがっかりするでもなく、来た甲斐はあった、で済ませてしまう。確かに、その通りだった。


 その晩は、市場の外れの安宿に部屋を取った。


 寝床に潜り込む前に、いつもの通り、頭の中の引きを一回試した。底まで下りて上がってきてから、毎晩律儀に引いてはいたが、ここのところは地味なものばかりが続いていた。今夜はどうかと念じると、頭の奥で小石をひとつ落としたみたいな音がして、見慣れた表示が浮かんだ。


『岩弾(R)』


 土系か、と俺はまず思った。


 手のひらに意識を向けると、何を扱えるのか、生まれつき分かっているみたいに、感覚が馴染んでくる。前から持っている礫は、投げる小石みたいなものだ。連発が利くから、牽制には便利だけど、当たったところで相手が痛がる程度の威力しかない。岩弾は、その感触が一段重かった。礫が小石なら、こっちは握りこぶしよりもう少し大きい、ずしりとした土の塊だ。投げる、というより、撃ち込む。一発の重さがまるで違う。


 火球を初めて引いて、大穴で群れに撃ち込んだときの感触を、ちょっと思い出した。あれは焼く一発だった。これは、たぶん、砕く一発だ。一撃で何かを仕留めるほどの火力じゃない。けど、礫じゃ届かなかった重さが、ここにはある。脆いものを崩すには、こっちのほうがずっと向いていそうだった。


 使い道を、横になりながら、ぼんやり考えた。


 明日は、坑道に潜ることになっている。ヴェルナの広域要請は、街道の間引きだけじゃない。近郊の坑道型ダンジョンの間引きと探索にも、本部圏が人手を集めていて、俺たちもその頭数に勘定されている。坑道で、握りこぶし大の土の塊を撃ち込んで嬉しい相手が、何かいるだろうか。考えているうちに、瞼が落ちた。火が遠くで眠りに戻っていくのと同じくらい、自分の頭も、するすると沈んでいった。


 翌日の昼前、俺たちはヴェルナ近郊の坑道の入口に立っていた。


 大穴とは、入口からして勝手が違った。大穴は、地面に大きく口を開けた縦穴で、底へ向かってひたすら下りていく場所だった。ここは、山の裾に横向きに穿たれた、四角い坑口だ。昔の鉱山だか石切り場だかの跡を、魔物が棲みついてダンジョン化した、という話だった。中へ入ると、上下に下りていくんじゃなくて、横へ横へと、坑道が枝分かれしながら奥へ続いていた。所々に、崩落で塞がった枝道や、いつ掘られたのか分からない古い採掘の跡があって、行き止まりも多い。天井を支える木の支柱が、間隔を置いて立っている区画もあれば、支柱の抜けた、心もとない区画もあった。


 最初に戸惑ったのは、感知の使い方だった。


 大穴の底では、感知を下へ、立体の奥へ落として、上から降ってくるものと下で蠢くものを同時に読んでいた。街道では、それを地面と平行に、遠さを読む目に切り替えた。坑道は、そのどっちでもなかった。下りるわけでも、遠くを見通すわけでもない。横へ枝分かれした道が、上にも下にも段差を作りながら、入り組んで重なっている。感知を伸ばすと、すぐ近くの壁の向こうに別の枝道があって、その先がまた折れ曲がって、さらに奥でどこかと繋がっている。底をなぞるんじゃなくて、入り組んだ横の立体を、手探りで辿るみたいな読み方だった。慣れるまで、足元と頭上と、両脇の枝道を、いっぺんに気にしていないと、すぐに方向の見当を失いそうになる。


「狭いね」リタが、短剣の柄に手を添えたまま、辺りを見回した。「大穴は広かったのに。ここ、剣、振りにくそう」


「振り回すには向いてないな。突くか、上から落とすか」


 魔物は、すぐに出た。


 枝道の角の暗がりから、ずんぐりした体つきの、岩肌みたいな硬い背中をした獣型が、二匹、三匹と這い出してきた。鑑定でざっと見るに、大穴の浅層の雑魚より、少し格上、というくらいだ。火を撃つほどの相手じゃない。広域感知で位置を読んで、リタが正面で受けて、剣で捌ける範囲だった。実際、最初の三匹は、リタが狭い坑道を逆手に取って、一匹ずつ突き殺していった。横に逃げ場のない通路は、前衛が一人いれば、それだけで蓋になる。


 問題は、その先の少し広い空洞に出たときだった。


 空洞の奥の、低い天井の下に、まとまった数が湧いていた。岩肌の獣型が五、六匹。さっきまでの一匹ずつとは違って、向こうも数で押してくる構えだ。リタが正面で受けるにしても、横幅のある空洞では、回り込まれる。火球を撃てば一掃できる相手かもしれないが、こんな閉じた空洞で焼く一発を撃ったら、跳ね返った熱と煙で、自分たちまで蒸し焼きだ。


 頭上を、もう一度見た。


 天井が、低い。そして、その奥の一角だけ、岩肌の色が違っていた。湿って、黒ずんで、所々に細かい亀裂が走っている。脆い。広域感知で、その向こうの厚みを探ると、そこだけ岩が薄く、上に空洞を抱えている感触があった。手で叩いたら、ぼろりと欠けそうな岩だ。


 獣型の群れが、ちょうど、その脆い天井の真下に固まっていた。


「リタ、下がれ!」俺は短く言った。「天井、落とす!」


 俺は手のひらに、新しい重みを呼び出した。


 握りこぶし大の土の塊が、手の先で像を結ぶ。それを、脆い天井の、一番亀裂の集まった一点へ撃ち込んだ。礫の連発じゃ、岩肌を削るのがやっとだったろう。岩弾は、違った。ずしりと重い塊が、亀裂の走った岩に正面から食い込んで、めり込んだ衝撃が、周りの亀裂を一気に押し広げた。岩が、ぼろりと一塊、剥がれ落ちる。続けて、もう一発、同じ一点へ。今度は、剥がれた縁の奥が抜けた。


 奥に抱えていた空洞が、抜けた。


 低い天井の一角が、群れの真上で、音を立てて崩れ落ちた。岩塊と砂が、まとめて獣型の群れの上に降り注ぐ。下敷きになった二匹が、潰れて動かなくなる。残りは、降ってくる岩に頭を打たれ、横倒しに転がって、態勢を崩した。狭い空洞に、岩と砂の崩れる地鳴りが響いて、喉の奥に細かい粉塵がひりついた。


「いまだ!」


 崩れに巻き込まれて、起き上がりかけている獣型へ、リタが踏み込んだ。岩塊に押さえられて動けないやつ、頭を打って向きを失っているやつ。崩落で守りの態勢が崩れた相手なら、リタの剣が一匹ずつ通すのに、もう手間はかからなかった。粉塵が落ち着くころには、空洞の奥は、片づいていた。


 俺は、まだ手のひらに残っている、撃ち込んだ感触を確かめた。


 効いた。火みたいに、撃った後に手のひらが空っぽになって、しばらく何も撃てなくなる、という重さはない。岩弾は、撃ち切っても、まだ余裕があった。決定打にはならないけど、坑道の脆いところを見つけて、そこへ撃ち込めば、地形のほうを崩して相手に被せられる。狭くて火が撃てない場所で、これは効く。礫を引いたときには想像もしなかった使い道が、潜って一日で、ちゃんと一つ、形になった。


「すごっ」リタが、崩れた岩塊を踏みつけて、下敷きの獣型を確かめながら言った。「いま、天井のどこ崩れるか、分かってたの?」


「岩の色が、そこだけ違ってた。湿って、ひびが入ってて、奥に空洞があったんだ」俺は崩れた天井の縁を見上げた。「脆いとこに撃ち込めば、向こうが落ちてくる。火、撃てない場所だと、こっちのが使えるな」


「便利じゃん、それ」リタは素直に感心していた。「私、剣だと、岩は崩せないもんね」


 そのまま、いくつか枝道を捌きながら、奥へ進んだ。


 稼ぎは、悪くなかった。岩肌の獣型から取れる魔石が、ぽつぽつ袋に溜まっていく。本部圏の坑道だけあって、ラドリスの浅層よりは実入りがいい。腰の袋のあの品とは桁が違うが、こっちはこっちで、毎日の暮らしを回す確かな稼ぎだ。


 ただ、奥へ進むにつれて、坑道のあちこちが、どうにも引っかかってきた。


 最初に目に留まったのは、支柱だった。天井を支えるために打ち込まれていたはずの木の支柱が、ある区画から先で、根元から抜き取られた跡が点々と残っていた。折れたんじゃない。腐って崩れたんでもない。抜いた跡だ。打ち込んだ穴だけが残って、肝心の支柱がない。支柱を抜けば、その分、岩を掘り出す手間は減るんだろう。けど、抜いたあとの天井は、誰が支えるんだ。


 その先の、新しく掘り進められた採掘の跡も、見ていて落ち着かなかった。


 壁から、まだ魔石を含んでいそうな部分を、根こそぎ削り取った跡があった。坑道の壁は、削りすぎれば薄くなる。薄くなった壁の向こうが、別の枝道や古い空洞だったら、ちょっとした衝撃で抜ける。さっき俺が岩弾で抜いた、あの脆い天井と同じ理屈だ。削れるところを、削れるだけ削ってある。手前の儲けだけを見て、その先の崩れを、誰も勘定に入れていない掘り方だった。


 広域感知を、坑道の壁の向こうへ、ぐっと伸ばしてみた。


 入り組んだ枝道の、そのまた奥。削り取られて薄くなった壁の向こうに、ぽっかりと、人の入った気配のない空洞がいくつもあった。本来なら岩で隔てられているはずの空間が、薄い壁一枚で、危うく繋がりかけている。一つが抜ければ、隣が抜ける。隣が抜ければ、その向こうも。そういう繋がり方を、坑道の奥が、しかけていた。


 会社にいたころ、こういうのを何度も見た気がした。目先の数字を作るために、後で効いてくる手間を、見ないことにして先送りする。一つ一つは小さなごまかしでも、それが積み重なった先に、誰も責任を取れない大きな穴が空く。坑道の崩れ方は、まさにそれだった。脆くなった壁、抜かれた支柱、削りすぎた採掘の跡。一つ一つは、ただの無理だ。けど、その無理が、坑道のあちこちで、同じ方向を向いて積み重なっていた。


 ここは、無理が通っている。


 誰かに聞いたわけじゃない。坑道の連中が、内情を喋ってくれたわけでもない。ただ、抜かれた支柱と、削りすぎた壁と、薄くなって繋がりかけた空洞を、自分の目で見て、自分の感知で確かめただけだ。それだけで、この坑道が、いつか、まとめて抜ける日が来る、という気配が、岩肌から染み出してくるみたいだった。


 帰り道、坑口の手前で、ガレンと鉢合わせた。


 別の組を率いて、これから潜るところらしい。俺たちの袋の膨らみを一瞥して、それから、俺が出てきた奥のほうへ、ちらりと目をやった。


「初日にしちゃ、ずいぶん奥まで行ったな」ガレンは言った。


「広域要請の範囲を、ひと回りしてきました」俺は答えた。それから、迷ったが、見たままを口にした。「奥のほう、支柱が抜かれてる区画がありました。削りすぎて、壁が薄くなってるとこも。あれ、放っとくと、まとめて抜けませんか」


 ガレンの足が、止まった。


 俺のほうを、初めて、まっすぐ見た。街道で値踏みしてきたときとも、格上を倒したあとに測り直したときとも、違う目だった。値踏みじゃない。何かを、こいつも知っている、という顔だった。


「……よそ者が」ガレンは低く言った。「なんで、支柱の抜かれた跡に気づくんだ。ここの連中ですら、見て見ぬふりしてる跡だぞ」


「壁の向こうの空洞が、感知に引っかかったので」


 ガレンは、それには答えなかった。坑口の奥の暗がりを、しばらく睨んで、それから、舌打ちを一つ落とした。短い、苛立ちのこもった音だった。何か言いかけて、口をつぐむ。代わりに出てきたのは、坑道の奥へ顎をしゃくる動きだけだった。


「今日のところは、帰れ」ガレンは、それだけ言った。「奥は、そのうち、抜ける。おれの稼ぎ場が、どんどん狭くなってる。……お前が気づいたのは、まだ手前のほうだ」


 ガレンは、それきり組を率いて、坑道の奥へ消えていった。


 手前のほう。だとしたら、奥は、もっとひどいということだ。


 俺は、坑口を出て、外の光の下で、もう一度、坑道のほうを振り返った。腰の袋には、本部に上げる級だと確かになった品が入っている。手のひらには、新しく覚えた、岩を砕く一発が馴染んでいる。今日一日で、確かなものが、二つ増えた。


 けど、坑道のほうは、確かじゃなかった。


 抜かれた支柱と、削りすぎた壁の、その繋がりかけた向こう側で、いつか、何かが、まとめて抜ける。それがいつなのか、抜けた先に何が待っているのか、まだ、何も読めなかった。ただ、ガレンの落とした舌打ちと、奥はもっとひどいという一言が、坑道の暗がりと一緒に、岩肌の冷たさになって、後ろに残った。


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