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無限ガチャの転生者 ~毎日引いてスキルを集め、育てて最強になる~  作者: わわわ


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第43話 寄り集まる巣と、視る目

 踊り場から下りた途端、群れの動きが、それまでと、違った。


 いままでの群れは、ばらばらだった。横穴から噴き出して、好き勝手な向きへ散って、また寄ってくる。倒すべき相手が、ちゃんと相手として、こっちを向いていた。

 ここは、違う。

 縦穴が、漏斗みたいに、すぼまって落ちている。その壁という壁に、蜘蛛が、びっしり張りついていた。何百匹が、てんでに動くんじゃなくて、ぜんぶが、ゆっくり、おなじ向きへ、流れている。底のほうへ、奥のほうへ。押し合って、こすれ合って、層になって、ねじれた一つの流れになっている。

 渦だ。

 水が排水口へ落ちる、あの巻き込む流れに、似ていた。ただし、これは、群れだ。脚と、牙と、胴体の、生きた渦だ。


「うわ、すごい数」リタが、声を、ひそめた。「これ、全部、相手にするの?」

「しない」俺は、即座に言った。「全部やってたら、こっちが先に、息が切れる」

 地図を、渦の中へ落とす。

 立体で、流れが見えた。群れが、どこで濃くて、どこで薄いか。渦の表面に、ところどころ、群れの薄い筋が、ねじれながら走っている。流れが速いところほど、層が薄い。遅くて、よどんだところは、群れが、ぶ厚く溜まっている。

 全部倒す必要は、ない。

 倒すべきなのは、底の、いちばん奥にいる、あれだけだ。群れは、あれの護りだ。あれを断てば、この渦も、止まる。なら、群れを引き剝がして敵に回すんじゃなく、剝がさないまま、薄い筋を縫って、奥へ抜ければいい。


「キサさん、流れ、読めますか」

「読むも、なにも」キサが、鼻先を、渦の縁へ向けた。「臭いで、分かる。濃いのと、薄いのが、層になってる。あんたの言う、薄い筋ってのは、たぶん、ここだ」

 キサが、顎で、右下の、ねじれた一本を示した。

 俺の地図で薄く見えていた筋と、おなじ場所だった。鼻と目で、別々に同じところに行き着く。それを、いちいち言葉にしなくても、もう、目配せで済んだ。


「ただ」キサは、続けた。声が、一段、低かった。「奥に行くほど、臭いが、おかしくなる。群れの臭いに、別のが、混ざってくる。重くて、湿った……あれの臭いだ。深くなるほど、群れが、あれに、引っ張られてる」

「引っ張られてる」

「群れが、自分で動いてるんじゃない」キサは、鼻に、皺を寄せた。「引かれてる。底へ、底へ。あんたの目には、どう見える」

「おなじです」俺は言った。「流れの向きが、ぜんぶ、奥の一点に、揃ってる」


 薄い筋を選んで、下りていく。

 リタが先、俺が真ん中、キサが後ろ。岩の出っ張りと、群れの切れ目を、つなぐみたいに、足場を選ぶ。渦の層が薄いところを縫っていくぶん、まともにぶつかる蜘蛛は、少ない。それでも、筋に張りついた数匹が、流れから外れて、こっちへ向かってくることはある。


「右、二匹、流れから外れた」俺は、声を投げた。「リタ、来るぞ」

 リタが、振り向きざま、短剣を振った。流れから外れて落ちかけた一匹を、横ざまに薙ぐ。もう一匹は、岩を蹴って、リタの正面へ跳んだ。

 その、一匹が、硬かった。

 深いところの個体は、浅層の蜘蛛と、殻の硬さが、違った。リタの短剣が、外殻に当たって、刃が、半分、弾かれる。


「硬っ……!」リタが、舌打ちした。

「強化、乗せる」

 俺は、リタの剣に、強化付与を、投げ込んだ。剣の刃が、わずかに、唸るみたいに、重さを増す。

 リタは、置きにいかなかった。

 弾かれた勢いを、そのまま、半身で吸って、踏み込み直す。一度逃げた切っ先を、外殻の継ぎ目――脚の付け根の、薄い膜のところへ、ねじ込むみたいに、突き入れた。強化の乗った刃が、こんどは、止まらなかった。継ぎ目を割って、奥まで、入る。蜘蛛が、脚を、ばたつかせて、流れの中へ、崩れ落ちた。


「……割れた」リタが、息を、吐いた。

「いい踏み込みだった」

「悠さんが、強化乗せたからでしょ」

「乗せただけだ。継ぎ目を見つけて、入れたのは、お前だ」

 俺は、置く前に、リタが、自分で前を取っていた。来る、と言うより先に、リタの足が、もう動いていた。守られて待つ剣じゃ、なくなっていた。それは、強化を乗せたから、じゃない。


 また、薄い筋を縫う。

 下りるほど、空気が重くなる。最濃の関門を抜けてから、ずっと、肺の中が、湿った綿を詰められたみたいだ。息を吸うたびに、胸が、せり上がってこない。それでも、まだ、動ける。動けるうちに、進む。

 渦の中は、群れだけが、敵じゃなかった。


 縦穴が、もろい。

 長いこと群れに揺らされ続けたせいか、岩が、あちこち、ひびだらけだった。下りる途中、足をかけた出っ張りが、ぼろっと、崩れる。崩れた小石が、渦に落ちて、群れの流れを、乱す。乱れた群れが、こっちへ、噴き上がってくる。崩落と、群れと、引き寄せの波が、かわるがわる、襲ってくる。

 そのたびに、危険感知が、来る、と告げた。

 来る、と分かるだけだった。

 どこから、何が、というのは、地図のほうが教えてくれる。危険感知が告げるのは、ただ、来る、それだけだ。あの路地で、初めて刃を避けた日から、ずっと、そうだった。読むんじゃない。来る前に、危ない、と、腹で分かる。命を拾う力ではあっても、勝たせてくれる力じゃない。


 その、来る、が、止まらなくなった。


 崩落が、来る。よけた先の足場が、来る。横穴から、群れが、来る。底から、引き寄せの波が、来る。波が群れを揺らして、揺れた群れが、また崩落を起こす。ひとつ避けると、次が来て、それを避けると、また次が来る。間が、ない。危険感知が、ひっきりなしに、来る、来る、来る、と、頭の奥で、鳴り続けている。

 考えてる暇は、なかった。

 来る、と告げられた瞬間に、よけて、つかんで、踏み替えて、次へ。脳みそが追いつく前に、体が、勝手に、動いていた。


「悠さん、上!」リタが、叫んだ。

 言われる前に、もう、横へ跳んでいた。落ちてきた岩が、さっきまで頭のあった空気を、かすめて、底へ落ちる。

 跳んだ先の足場も、来る、と告げていた。

 着地する前に、もう、次の出っ張りへ、手を伸ばしていた。つかんだ岩が、握った瞬間に、ぐらつく。来る、が、また告げる。指を、放す。放した直後に、その岩が、剝がれて落ちる。落ちた岩に、群れが乱れて、波が来る。波が来る、と告げられて、壁に背を貼りつける。波が、肌を撫でて、過ぎていく。


 その繰り返しの、どこかだった。

 危険感知が、来る、と告げる、その告げ方が、変わった。


 いままでは、来る、だった。

 危ない、という、向きも形もない塊が、腹のあたりに、ぽつんと点る。それを、来る、と読み替えて、体が動く。

 それが、もっと、早くなった。

 来る、の手前に、もう一拍、何かが、差し挟まれた。

 崩落が起きる、その、起きる瞬間が――起きる前に、薄く、先に、見えた。岩がどう剝がれて、どっちへ落ちるか。群れがどう噴き上がって、どこから波が来るか。ほんの、まばたき一つぶんだけ、先の景色が、いま目の前にある景色に、薄く重なって、滲み出してくる。


 最初は、目の錯覚かと思った。

 最濃の魔素に、頭が、やられたんだと。

 でも、違った。先に滲んで見えたとおりに、岩が、剝がれた。先に見えたとおりに、群れが、噴いた。


 来るのが、分かるんじゃない。

 来るのが、見えた。


 頭の隅で、UIが、書き換わるのを、確かに、見た。

 ずっと『危険感知(R)』だった文字が、いったん、ぶれて、にじんで――『予知(SR)』に、組み変わる。組み変わる瞬間、頭の中で、二つの文字が、入れ替わるみたいに、すっと、別の重さになった。Rだったところに、SRの重みが、座る。三つ目だ。爆炎、広域感知に続いて、三つ目の、SR。


 それを、ゆっくり噛みしめる暇は、なかった。

 なにしろ、目の前で、崩落が、来ている。


「リタ、そこ崩れる! 一拍待て!」

 先に、見えたとおりに、言った。

 リタが、踏み出しかけた足を、止める。半呼吸、置いて、その足場が、ばらっと、剝がれて落ちた。リタが踏んでいたら、一緒に落ちていた。

「……いま、なんで分かったの」リタが、踏みとどまった足で、振り向いた。「落ちる前に、言ったよね」

「危険感知が、化けた」俺は、言った。自分でも、声が、上ずっていた。「来る、が分かるだけだったのが――起きる、ちょっと前が、見えるようになった。崩れる前の崩れが、薄く、先に」

「見える……?」

「ほんの、まばたきぶんだ。けど、その、まばたきがあれば、足を止められる」

 高さが読めるようになった日を、思い出した。あのときは、世界の見え方が、上下に開いた。今度は、奥行きじゃない。時間だ。ほんの先の時間が、薄く、いまに、滲んでくる。

 集めて、育てて、避け続けて、ここまで来た。避けるための感知が、もっとよく避けるために、ほんの先を、視る目に、化けた。


 化けてすぐ、それで全部しのげるかというと、そうは、いかなかった。

 二度目に、視ようとした。

 崩落の起こりを、もう一度、先に視ようと、意識を、先へ伸ばした。

 頭の奥が、ぐっと、熱を持った。

 灼ける、というのが、近かった。視た先の景色が、いまの景色に重なる、その瞬間、こめかみの内側が、焼けた針を当てられたみたいに、ちりっと、痛んだ。一度視ると、しばらく、また視ようとしても、滲んでこない。間を、置かないと、視えない。


「あんた、顔が」キサが、後ろから、低く言った。「白いよ。なにを、無理してる」

「先を、視るんですけど」俺は、こめかみを押さえた。「視るたびに、頭が、灼ける。連発は、できない。一度視たら、しばらく、間が、いる」

「便利な目じゃ、ないんだね」

「便利じゃない、です」

 正直、それだった。

 崩落が見える。波が見える。けど、見えたから避けられるだけで、見えたところで、崩落が止まるわけじゃない。群れが消えるわけでも、ない。視る力ではあっても、それで何かを突けるわけじゃ、なかった。あの危険感知が、勝たせてくれる力じゃなかったのと、同じだ。化けても、そこは、変わっていなかった。一段深く、それを思い知った。


 間を置きながら、ここぞというところだけ、先を視る。

 崩落の起こりだけ、波の起こりだけ、先に視て、避ける。あとは、いままでどおり、来る、で動く。そうやって、渦の薄い筋を、また、下りていく。


 どれくらい、下りたか。

 漏斗の、いちばんすぼまったところまで来て、視界が、ふっと、ひらけた。

 縦穴の底が、広い空洞に、抜けていた。

 暗い。灯火を押し出しても、空洞の天井も、奥の壁も、見えない。ただ、その、ぜんぶの群れが、おなじ一点へ向かって、流れ込んでいた。壁を伝い、岩を渡り、層になって、巻きながら、奥へ、奥へ。

 その、流れの集まる、いちばん奥。


 地図を、伸ばした。

 いままで、群れの数の、ずっと下に、読めない輪郭として、居座っていた、あれ。それを、いまはじめて、広域感知の、射程の中に、捉えた。

 捉えた。

 位置の手応えは、ある。確かに、そこに、何かが、在る。

 でも、像が、結ばない。


 群れを読むときみたいには、いかなかった。蜘蛛なら、一匹ずつ、点として、向きと数が、頭に置ける。あれは、点じゃ、なかった。輪郭をつかもうと、感知を当てると、表面で、すべる。すべって、はじかれて、奥へ、届かない。岩でも、群れでもない、もっと、ぬめった何かで、表面が、覆われている。覆いの向こうが、まるごと、塗り潰されている。

 そこに、在る。でかい。動かない。それだけは、はっきり、分かる。

 なのに、それが、何なのかは、表面で、はじかれて、まるで、読めない。


「あれ……だね」キサが、鼻を、奥へ向けたまま、動かなくなった。「臭いの、芯が、にじんでる。群れの臭いの、ずっと向こうで、重いのが、ぐるぐる、巻いてる。形が、ない。深層を、何年潜っても、こんな臭いは、嗅いだことがない」

「読めますか」

「読めないよ」キサは、短く言った。「あんたは」

「おなじです」


 そして、見ていて、分かったことが、一つ、あった。

 あれは、群れを、纏っていた。


 奥の一点を、群れが、幾重にも、取り巻いている。流れ込んだ蜘蛛が、層になって、何重にも、あれを、覆い隠している。覆いそのものが、護りだった。外から何を当てても、まず、この群れの層に、ぶつかる。

 なら、群れを剝がせばいいのか。

 試しに、地図の上で、その層の一点を、頭の中で、剝がす絵を描いてみた。仮に、ここを、爆炎で吹き飛ばして、群れの層に、穴を開けたとする。

 開いた、その瞬間を、地図が、見せてくる。

 穴の周りで、群れが、また、奥へ寄っていく流れ。底から、引き寄せの波が、一つ、起きる。波が、群れを、開いた穴のほうへ、押し寄せる。剝がしたそばから、新しい群れが、流れ込んで、穴を、覆い直す。

 ほんの、数瞬の話だ。

 剝がしても、覆い直される。剝がしても、また、覆い直される。


「剝がしても、駄目だ」口から、ぽつりと、出た。

「なにが」リタが、覗き込んできた。

「群れを、吹き飛ばして、穴を開けても」俺は、地図から、目を離さずに言った。「すぐ、別の群れが、流れ込んで、塞ぐ。あれが、底から、引き寄せ続けてるから。剝がす速さより、覆い直す速さのほうが、速い」

「じゃあ、剝がし続ければ」

「追いつかない」俺は、首を振った。「いくら剝がしても、あれが、引き寄せるのを、やめない。やめられない、みたいだ。引き寄せの波が、止まらない。剝がす、剝がす、また塞がる――賽の河原です」

「また、それ」リタが、ちょっと、顔をしかめた。前にも、おなじ言葉を、聞いたらしい。「積んでも崩される、ってやつ」

「そう。積んでも、崩される。剝がしても、覆い直される」


 爆炎の威力なら、たぶん、あの芯まで届けば、断てる。

 頭目の、あの硬い剣の手練れを、芯で、断ったのと、おなじだ。威力が、足りないんじゃない。

 届く道が、ない。

 幾重もの群れの覆いの、向こう。あれの、芯。そこへ、決定打を、届ける道が、見えない。力で剝がせば、剝がしたそばから、引き寄せの波が、覆い直す。何度やっても、おなじだ。


 手のひらが、汗で、湿っていた。最濃の魔素のせいだけじゃ、ない。

 あれは、隙を、見せない。

 正確には、隙を作っても、自分で、その隙を、引き寄せの波で、埋めてしまう。力でこじ開けようとする限り、こいつには、勝てない。そういう、格だった。読めもしないし、剝がしても覆い直されるし、近づけば、群れの渦に呑まれる。

 でかい、というのは、もう、分かっていた。

 でかいのに、それを、どう突けばいいのかが、まるで、分からなかった。


「悠さん」リタが、暗がりの奥を、じっと、見ていた。あの人が引き込まれた、おなじ奥だ。「あれ、断てるの。私たちで」

「分からない」俺は、正直に言った。「あれの芯まで届けば、たぶん、爆炎で、断てる。芯まで届けば、だ。けど、その、届ける道が、見えない。力で群れを剝がしても、すぐ、覆い直される。隙が、作れないんだ」

「隙が、作れない」

「ああ」


 化けたばかりの目が、まだ、頭の奥で、熱を持っている。

 ほんの先が、視えるようになった。崩落の起こりが、波の起こりが、起きる前に、薄く、視える。それは、確かに、手に入れた。三つ目のSRだ。避け続けて、ここまで来た、その手応えは、本物だった。

 でも、視えても、それを、どう使うかは、別だった。

 波が、来る、と、視える。崩落が、起きる、と、視える。視えたところで、それが、あれを突く一手に、なるわけじゃ、ない。視る力は、避ける力の、その先だ。勝たせてくれる力じゃ、ない。それは、変わっていなかった。


 地図の上で、引き寄せの波が、また、一つ、起きた。

 奥の一点から、ゆっくり、群れの渦を、押し広げるみたいに、外へ。波が、緩んだ群れを、また、芯のほうへ、寄せ集める。覆いが、分厚くなる。

 止まらない。

 あれは、引き寄せを、ひと時も、やめない。


「キサさん」俺は、声を、絞った。喉が、渇いていた。「あれ、引き寄せるの、やめないですよね」

「やめないね」キサは、即答した。「ずっと、巻いてる。群れも、人も。あんたが、さっき言ってた人も、あれが、引いた」

「やめないやつから、力で群れを剝がして、芯に届かせるのは――」

「無理だろうね」キサは、こともなげに言った。「剝がしても、引き寄せる。あんたの言う、賽の河原ってやつだ」


 その、やめない、というのが。

 引き寄せが、止まらない、というのが。

 頭の隅に、ひっかかった。

 ひっかかったきり、それが、何の手がかりなのかは、つかめなかった。力で剝がすのは、行き止まりだ。それだけは、はっきりした。なら、力じゃない、別の道があるのか。引き寄せが止まらないことを、こっちが、使える道が――。

 そこまで考えて、頭の奥が、また、ちりっと、灼けた。視る目の熱とは、違う。考えが、まだ、形にならない熱だ。


 地図の底で、読めない輪郭が、ずっと、おなじ場所に、居座っている。

 群れを、幾重に纏って。剝がしても、覆い直して。引き寄せを、やめずに。

 あれを、断つ道は、力で剝がすこっちの先には、ない。

 それだけは、視えるようになった目より先に、腹に、落ちていた。


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