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無限ガチャの転生者 ~毎日引いてスキルを集め、育てて最強になる~  作者: わわわ


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第39話 読んで止める一線

 どっちにも、間に合わない。

 俊足を絞って、右へ二歩、踏み出していた。リタの足が滑った右の口。そこへ向かおうとして、左の二つ目が、目の端で、ふくれ上がる。右へ行けば左が抜ける。左へ戻れば右が潰れる。地図の上で、両方が、同時に、赤くなっていく。

 足が、止まった。

 止まったのは、迷ったからじゃない。

 駆け回っても、届かないと、分かったからだ。

 俺の足は、二本だ。口は六つある。そのうち四つを死守すると決めて、それでも一人で回ろうとして、ここまで来た。左を鈍らせて、右へ走って、火球を一発くれてやって、また左へ戻って。その間に、別の口がふくれて、また走って。ずっと、それの繰り返しだった。

 間違ってた。


 俺が一つの口で踏ん張ってる場合じゃない。

 その口は、俺が立たなくても、誰かが立てば塞がる。リタが右を持ったみたいに。ダグが中層を抑えたみたいに。要るのは、俺の腕じゃない。誰を、どこに立たせるか――それを、地図ぜんぶ見て、言える人間だ。

 それなら、俺にしか、できない。

 底まで読めるのは、ここで俺だけだ。なのに、その目を、自分の足の速さに使ってた。一番もったいない使い方をしてた。

 息を、一つ、吐いた。

 駆け出しかけた足を、逆に、引いた。


 縄の区画の、いちばん高い岩棚へ、俊足で登る。混戦の真ん中じゃなく、その上だ。前に出るのを、やめた。一歩、引く。

 岩棚の縁から、下を見下ろした瞬間、地図と、生身の景色が、重なった。

 六つの口。リタが右。キサが真ん中。ダグが中層の枝。後手で回ってきた連中が、左の二つ目に、固まりかけている。そして、底から押し上げる圧が、いま、どの順で、どの口へ回ろうとしているか。

 全部、見える。

 ずっと見えてた。違うのは、これからは、見るだけで終わらせない、ってことだ。


「リタ!」俺は、岩棚の上から、声を張った。地鳴りに、負けないように。「右、あと十、数えるまで耐えろ! 抜くな! 助けが行く!」

「十!?」

「数えなくていい! 耐えてればいい!」

 リタは、返事の代わりに、短剣を握り直した。強化付与の乗った刃が、重なってのし上がる甲羅持ちの、一匹の脚を、横から断つ。よろけたところへ、肩から体を入れて、口の縁へ、押し戻す。一人で、止めきれない重さを、止めきれないまま、それでも、半歩も退かない。

 耐えてる。

 あいつは、置けば、立つ。無力じゃない。要るのは、リタの後ろを、薄いままにしないことだ。


「左の連中! 三人!」俺は、左の二つ目に固まった一団へ、指を突きつけた。「そこ、もう抜けない! 今、過剰だ! 二人、右へ回せ! 右の女を、独りにするな!」

「左が――」一人が、振り向いて、叫び返した。「左、抜かれたら!」

「抜かれない! 左は、いま、鈍ってる! 二人で充分だ! 信じろ!」

 言い切った。

 信じろ、と。読みが当たらなきゃ、その二人は、空いた右で死ぬ。口の中が、急に乾いた。けど、ここで濁したら、誰も動かない。地図は、左に余裕があると言っている。なら、言い切る。

 二人が、左を離れて、右へ走った。リタの脇へ、滑り込む。三人になった右の口で、甲羅持ちの重なりが、押し返される。

 リタが、こっちを、ちらと見上げた。

 助かった、という顔じゃない。任された、という顔だ。


 次。

 地図の底で、圧が、左から、するりと回った。左の三つ目。鈍化を、いま、そこへは向けていない。素のまま、群れがなだれかかろうとしている。

「左の三つ目、来る!」俺は、もう、そっちへ手のひらを向けていた。「鈍らせる! それまで、誰か、口を細く!」

 手のひらから、火でも礫でもないものが、ぬるりと、押し出されていく。撃つ勢いはない。群れの上へ、かぶさるように、落ちる。

 せり上がってきた甲羅持ちの脚が、水の中みたいに、重くなった。犬蜘蛛の足どりが、もたつく。

 効いてる。前より、厚く。

 ゆうべ何に使うんだと思った、あの手札。一度向けるたびに、効きが、長く、保つようになっている気がする。岩を蹴って一息に上がってくる勢いが、ぐっと、削がれる。

 鈍った口へ、後ろから一人が走り込んで、つかえた先頭を、突き落とす。

「鈍った口は、一人でいい!」俺は怒鳴った。「余った手は、まだ素の口へ回せ! 鈍らせた所に、二人も三人も要らない!」


 手応えが、変わってきた。

 さっきまでは、一つ塞ぐと二つ開いて、開いた先がぜんぶ手遅れだった。今は、開く前に、人が、そこへ立っている。圧が回る先を、先に言って、来る前に置く。回ってきた群れが、もう待ち構えていた剣に、つかえる。

 堰き止めてるんじゃない。流れを、こっちの組んだ通りに、流させている。


「官さん!」俺は、縄の後ろで立ち尽くしている、痩せた男へ、声を飛ばした。「あんたの目の前の連中、まだ動いてない五、六人! ぜんぶ、いっぺんには出さないでください! 俺が、口を言う! 言ったら、そこへ二人ずつ! 余らせて、置いといて!」

「余らせる、だと――」官の声が、上ずった。「全員、前へ出したほうが」

「出したら、回せなくなる!」俺は遮った。「次にどこが開くか、俺が言います! 開く前に、置きたい! だから、手元に、置き駒を残してくれ!」

 官が、見取り図を抱えたまま、口を、一度、閉じた。

 それから、後ろの連中へ、向き直った。

「聞いたな! 散らばるな! こいつの言う口へ、二人ずつ! それまで、ここで、待て!」

 待て、という指図が、出た。

 突っ込む指図より、待たせる指図のほうが、ずっと難しい。目の前で誰かが押されてるのに、動くな、と言うんだから。けど、それを言ってくれたから、俺の読みが、人の動きになる。地図の歪みが、ようやく、誰かの腕に、変わり始めた。


「臭うね」

 キサの声が、真ん中から、上がってきた。

 甲羅持ちを一匹、岩棚から突き落として、それから、鼻先を、下の暗がりへ向ける。鼻の頭に、皺が寄っていた。

「下の濃さが、また、上がってる。さっきの、もう一段、上だ。来るよ。でかいのが」

「どこへ来ますか」俺は、地図を、底へ落とした。

 キサの言うとおりだ。底が、もう一段、嵩を増している。その先頭が、どの縦穴を選ぶか――鼻が、目より、わずかに早い。

「真ん中だ」キサは、こっちを見もせずに言った。「あたしのいる口。いちばん太いとこへ、まっすぐ来る」

「キサさん、退いてください!」俺は、即座に言った。「真ん中は、一回、捨てる!」

「捨てる?」

「正面で受けたら、押し負ける! その口は、開けて、流す! 流れた先に、罠を組む!」


 地図の上で、真ん中の口の、その先を、たどった。

 縄の区画から、上層へ抜ける、細い枝。そこが、いちばん狭い。首根っこの、さらに首だ。真ん中を開けて流せば、群れは、そこへ、嵩を増したまま、殺到する。広いところでばらけて受けるより、狭いところへ、わざと寄せて、一点で潰す。

「キサさんとダグさんは、その細い枝の、両脇へ!」俺は、二人へ、口を指した。「真ん中から流れたのを、そこで、挟んでください! 広いとこで受けるより、楽だ! 狭いから、一列でしか、上がれない!」

「挟む、ね」キサの口の端が、わずかに上がった。「あんた、群れを、狩り場の地形に追い込むのか。……悪くない使い方だ」

「ダグさん!」

「聞いてる」ダグが、中層の枝から、上がってきていた。脇腹の布は、まだ、ほどけずに残っている。剣を握り直して、短く言う。「狭いとこなら、俺の出番だ。一列で来るやつの、首筋を、順に落とす。中層の三本目は、もう、塞いだ」

 欲かくな、とは、言わなかった。今は、欲も、何も、ない。ただ、置かれた場所で、こなすだけだ。


「キサさん、あんたの場所、空けて!」

 キサが、真ん中の口から、すっと身を引いた。一匹を蹴り落として、細い枝の、片脇へ。ダグが、反対の脇へ。

 空いた真ん中の口から、嵩を増した群れが、いっせいに、噴き上がってきた。

 来る。

 地鳴りが、足の裏から、岩を伝って、のぼってくる。耳の奥が、その唸りで、詰まる。立てた松明が、下から噴き上げる風で、ぐらりと傾いだ。岩みたいな甲羅が、いくつも重なって、縄の縁を、塗り潰すように、せり上がる。

 ぞわっと、首の後ろが、粟立った。これを正面で受けてたら、確かに、押し潰されてた。


「流れろ!」

 俺は、群れを、止めなかった。真ん中の口は、開けたままだ。

 噴き上がった群れは、行き場をなくして、いちばん広く空いた、上層への細い枝へ、殺到した。読み通りだ。広い縄の区画でばらけて暴れるより、狭い枝へ、嵩のまま、押し込まれていく。一列。二列がやっと。

 その両脇から、キサとダグが、挟んだ。

 一列でしか上がれない群れの、横っ腹に、ダグの剣が滑り込む。先頭を、順に、落としていく。キサが、反対側から、踏み込んだ個体を、山刀で、突き落とす。広いところなら囲まれて終わってた二人が、狭い枝では、無敵だった。来る数より、落とす数が、ようやく、勝った。


 でも、まだ、底は、押している。

 その細い枝の、いちばん奥。挟んだ二人の、ぎりぎり手前に、一際でかい甲羅持ちが、つかえていた。後続を、その巨体で、堰き止めるみたいに、押し上がってくる。あれが枝を抜けたら、後ろの群れが、いっぺんに雪崩れ込む。キサとダグの、挟みが、崩れる。

 あれだ。

 あれを、抜かせちゃいけない。物理で詰まってる、その核を、こじ開けようとしてる、一番でかいやつ。

 手のひらの奥の、半分だるいやつに、意識を、向けた。

 爆炎。

 ここで、切る。

 他のどこでもない。流れの、要の一点。これを抜けば、枝が詰まったまま保つ。


 手のひらが、熱を、孕んだ。火球とは、桁が、違う。集めるそばから、腕の奥が、軋む。あの一発を切ったら、空っぽだ。混戦の真ん中で、俺は、ただの的になる。

 それでも、ここだ。

 でかい甲羅持ちの、枝に半分めり込んだ胴へ、撃ち込んだ。

 ごう、と熱が走って、岩肌が、白く弾けた。でかいやつの甲羅が、片側、めくれる。胴を貫いて、後ろで重なっていた数匹を、まとめて、吹き飛ばした。

 詰まりが、抜けた。

 その口の、嵩が、ぐっと、引いた。


「やった――」

 言いかけて、地図が、目の端で、ぐにゃりと歪んだ。

 抜けた。確かに、抜けた。けど、口を一つ、ぽっかり空けたぶん、行き場をなくした圧が、底で、別の向きへ、ぐっと、回った。さっきまで素直に真ん中へ向かってた力が、横へ逃げて、左の二つ目と、右へ、いっぺんに、なだれる。

 爆炎で、一点は、空けた。

 でも、空けただけだ。底が押す力は、一つも、減ってない。空けた口のぶん、別の口が、ふくれる。

 手のひらが、じんと、痺れていた。次は、ない。あれは、もう、撃てない。

 体で、分かった。

 威力じゃ、止まらない。

 あの一発をどこへ撃っても、底は、押し続ける。一点をぶち抜いたって、回る先が変わるだけだ。止めるのは、火じゃない。


「左の二つ目と右! 圧、回った!」俺は、岩棚の上から、即座に怒鳴った。爆炎の余韻を、振り切るみたいに。「官さん、置き駒! 左へ二人、右へ二人! 今だ! 来る前に、立たせて!」

 官が、後ろで、手を振った。待たせていた連中が、左右へ、散る。爆炎が空けた口へ向かおうとしていた群れの、その回り込む先に、二人ずつが、先に、立った。

 なだれた圧が、立ったばかりの剣に、つかえる。

 間に合った。

 火じゃない。置いたから、間に合った。


 手応えが、噛み合っていくのが、分かった。

 爆炎で詰まりを抜く。抜けば圧が回る。回る先を読んで、置き駒を立たせる。立てば、つかえる。鈍化で、いちばん圧の立つ口を、順に削いで、時間を作る。作った時間で、人が、回る。

 俺は、撃ってない。さっきの一発きりだ。火球も、もう、ほとんど撃っていない。

 ただ、見て、言ってる。次、どこ。次、誰。次、何。

 岩棚の上から、口を、一つずつ、潰していく。リタが右を抜かせない。キサとダグが、細い枝で挟む。後手の連中が、置かれた場所で、つかえる群れを、削る。官が、置き駒を、出し惜しまず、回す。

 一人の一発じゃない。

 ぜんぶが、噛み合って、はじめて、底の押しに、追いついた。


 どれくらい、そうしていたか。

 気づいたら、地鳴りの唸りが、一段、低くなっていた。

 底の押しが――引き始めていた。

 あれだけ削っても減らなかった密度が、いま、わずかに、痩せている。湧くより、削るほうが、勝った。一つ塞ぐと二つ開いてた口が、いまは、一つ塞げば、隣も、つかえたまま、保っている。回る圧が、回りきれずに、痩せていく。

「キサさん」俺は、地図から目を上げた。喉が、地鳴りと濁流の臭いで、ひりついていた。「下、引いてませんか」

 キサが、細い枝で一匹を落として、鼻先を、下へ向けた。

「……引いてる」短く言った。それから、ふっと、息を抜いた。「臭いが、痩せた。底の押しが、抜けたよ。あんたの目と、同じこと言ってる」

 縄の区画ぜんぶを、塗り潰していた群れが、上がりきれずに、口の縁で、つかえている。せり上がる速さが、落ちた。落ちたぶん、削る剣が、追いつく。追いついたぶん、また、痩せる。

 堰き止めた。

 濁流が、組んだ防衛線に、受け止められて、上層へも、大穴の口へも――その先の、街道へも、抜けていない。


 誰かが、岩棚の縁で、座り込んだ。

 左の二つ目を死守していた一人だ。剣を、岩に立てて、それに、もたれかかる。あちこちで、同じ景色だった。立っていた連中が、口の前で、肩で、息をしている。誰も、声を上げない。歓声を上げる力なんて、もう、残っていない。

 俺は、岩棚の上に、突っ立ったまま、地図を、底まで、落とした。

 底の数は、まだ、ある。減ってはいない。ただ、押し上げる力が、抜けた。今日のところは、せり上がる勢いを、削ぎ切った。

 止めた。

 誰か一人の一発で止めたんじゃない。リタが置かれた場所で抜かせず、キサとダグが地形へ追い込んで挟み、後手の連中が立たされた口で削り、官が置き駒を回し――俺が、その全部を、上から、組んだ。

 爆炎は、一発だけ、切った。あれで、要の詰まりは、抜けた。けど、抜けただけだ。止めたのは、あの火じゃない。火が空けた口へ、誰を立たせるか、それを言えたことだ。


 手のひらの痺れが、まだ、引かない。空っぽの腕は、だるくて、上がらない。

 でも、頭の中の地図は、まだ、はっきりしていた。

 ずっと、こうだったんだ。

 俺の使いどころは、前に出て、火球を当てることでも、爆炎で撃ち切ることでもなかった。そんなのは、一つの口を塞ぐだけだ。底まで読めて、流れを、まるごと一つの形として見て、どこに誰を立たせれば、流れが止まるか――それを言えるのが、俺だった。撃つより、ずっと、効く。

 昨日までは、見えるのに回せなかった。

 今日は、見て、回した。

 それだけのことだ。それだけのことが、街への決壊を、止めた。


「新入り」

 ダグの声がした。細い枝から、剣を引いて、こっちへ、上がってくる。脇腹の布が、また、土で汚れていた。

「お前、前に出てこなかったな」ダグは、岩棚の下から、俺を見上げた。「ずっと、上にいて、口だけ動かしてた」

「……すいません」

「謝るとこじゃねえ」ダグは、剣を、鞘に納めた。短く言って、それから、付け加えた。「お前が前に出てたら、たぶん、抜かれてた。誰かが、ぜんぶ見て、回さなきゃ、こいつは、止まらなかった。……お前の、使いどころは、そっちだ」

 持ち上げる言い方じゃない。業務の評だ。

 でも、その評は、俺が、たった今、自分で掴んだものと、寸分、同じだった。


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