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無限ガチャの転生者 ~毎日引いてスキルを集め、育てて最強になる~  作者: わわわ


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第34話 高さを読む目と、二人の決定打

「もう一回、あいつのとこに下りる」

 灯火を点け直しながら、俺は言った。横穴の入口の、岩棚の段差に腰を下ろして、リタが顔を上げる。袋の中の魔石を数える手が、止まった。

 昨日、退いてきた場所だ。甲羅持ちの、でかいやつ。爪で岩を割って、上から落ちてくる、あれ。あの一晩、よく眠れなかった。背中の痛みのせいじゃない。届く順番が、全部、頭の中に並んでいたからだ。あいつの高ささえ、先に読めれば。読めれば、リタを置ける。置ければ、リタが塞ぐ。塞いでくれれば、もう一度、底まで撃ち切れる。撃ち切れれば、届く。

 最初の一手が、抜けているだけだった。

「読み、間に合うの?」リタが訊いた。疑ってるんじゃない。確かめてる声だ。

「分からん」俺は正直に言った。「けど、昨日よりは、近い気がする」

 昨日、横穴へ逃げる間際、あいつの気配が跳ぶ前に、重さが、ぐっと沈んだのが分かった。跳ぶ前の、ためだ。あれを頼りに、賭けで方向を当てた。当たった。一回だけ、当たった。あの一回が、頭の隅で、ずっと、ちらついている。読めなかったんじゃない。あと、ほんの少しだったんだ。

「私も、行く」

 リタは、もう短剣の柄を握っていた。

「昨日のあれ、悔しいんだ。前を、一回も取れなかった」リタは、立ち上がって、革の胸当ての紐を締め直した。「悠さんが置く場所を読めるなら、私、ちゃんと、そこに立つ」

「ああ」

 昨日、何もできなかったと、こいつは言った。その声から、いつもの威勢が、半分、抜けていた。あれを、戻してやりたかった。違う。戻すのは、俺の仕事じゃない。こいつが、自分で取り返すんだ。俺は、置く場所を、指してやるだけだ。

 もうひとつ、下りる理由があった。

 あの甲羅持ちは、本来、もっと下にいるはずだとキサは言った。自分の縄張りより上に、押し出されるみたいに、出てきてる、と。なぜ、と訊いても、キサは答えを持っていなかった。俺も持っていない。けど、あれが上に出てきているなら、放っておけば、もっと上で、誰かが、昨日の俺たちと同じ目に遭う。


 縦穴を、また下りた。

 昨日の広間へ続く横穴の、その手前。空気が、一段、ぬるく、重くなる。あの広間が、もう、近い。

「来てる」俺は声を落とした。

 気配が、ある。広間の奥。一つだけ。でかい。昨日と、同じ手応えだ。群れぜんぶより重い、たった一つの塊が、暗がりの中を、ゆっくり、移っている。前後左右には、動いている。高さは――やっぱり、つかめない。

 灯火を、できるだけ前へ伸ばした。天井は、相変わらず、見えない。岩の柱が、何本も、暗がりに立っている。

「リタ、柱の根元。昨日の窪み、覚えてるか」

「上に蓋のあるとこ」

「そこを、最初の足場にする。あいつが落ちてくるのは、上からだ。蓋があれば、一発目は、しのげる」

 昨日は、追い詰められて、あの窪みへ転がり込んだ。今日は、最初から、そこを足場に選ぶ。同じ場所でも、追われて隠れるのと、自分で選んで構えるのとでは、意味が、まるで違う。

 暗がりの奥で、重さが、こっちを測った。


 来た。

 昨日と同じだ。気配が、ふっと軽くなって、跳ぶ。柱から柱へ。今度は、どこへ。読もうとした読みが、追いつく前に――頭の、斜め上で、空気が鳴った。

 落ちてくる。

「窪みへ!」

 リタの腕を掴んで、柱の根元へ、転がり込んだ。直後、頭上の張り出しに、巨体の前脚が叩きつけられる。岩の破片が、降ってくる。本体は、蓋に阻まれて、こっちまでは、届かない。

 しのげた。一発目は、読み通りだ。

 でも、ここからが、昨日と同じだった。

 張り出しを、巨体が、しつこく叩いている。岩が、少しずつ、欠けていく。崩されるのが先か、隙を作るのが先か。隙を作るには、あいつが次にどの高さから来るのかを、先に読まなきゃいけない。

 俺は、目を半分、閉じた。

 気配感知に、意識を、全部、預ける。あいつの重さが、今、どこにある。張り出しの上だ。それは、分かる。けど、その上の、どのくらいの高さに、爪を食い込ませて、踏ん張っているのか。次に蹴って跳ぶ先が、左の柱の中ほどなのか、天井近くの暗がりなのか。そこが――ぼやける。

 昨日と、同じだ。

 平たい。俺の感知は、どこまでも、平たい。前後左右の地図の上を、こいつは、上下に跳ねて動く。地図に、高さの目盛りが、入っていない。

 欲しい。高さが、欲しい。

 頭の中の平たい地図を、無理やり、上へ、下へ、引き伸ばそうとした。柱の高さを、天井までの距離を、あいつの爪のかかっている位置を、点じゃなく、立体で、つかもうとした。届かない。気配は、平たい一枚のまま、ぴくりとも、立ち上がってくれない。

 張り出しが、また一つ、大きく欠けた。


「悠さん、崩れる!」

 リタの声が、上ずる。

 駄目だ。読めない。昨日と、同じだ。このまま行けば、また、退くしかない。退いて、また縦穴を上って、空っぽの手のひらを握って、悔しさだけを持って帰る。

 嫌だ。

 その一念が、平たい地図を、ぐっと、押した。

 高さを。あいつの、今いる高さを。次に跳ぶ前の、ためを。届かないと知りながら、それでも、つかもうとし続けた、その先で――頭の中の地図が、ぐ、と、軋んだ。

 軋んで、たわんで、めくれ上がる。

 一枚の紙だったものが、急に、厚みを持った。


『気配感知 Lv10(R)』


 Lv10。ずっと使い込んできた気配感知が、いつのまにか、天井まで上がっていた。Rの上限は、Lv10。これ以上は、伸びない。そう思った、その瞬間。

 名前のところが、内側から押し開かれるみたいに、膨らんだ。


『広域感知(SR)』


 うわ、と、声が漏れた。

 Rの隣にあった印が、SRに上がっている。気配感知が、化けた。集めたわけでも、引いたわけでもない。届かない高さを、つかもうとし続けて、上限の、その先へ、押し出された。

 そして、世界が、立ち上がった。

 平たい一枚だった地図が、丸ごと、起き上がる。前後左右の点が、いっせいに、上下の厚みを持つ。天井までの距離が、岩の柱の高さが、横穴の奥行きが――這って探らなくても、頭の中に、まるごと、空間として、置かれている。広間の形が、暗闇の中で、手に取るように、分かる。

 そして、あいつが。

 張り出しの上、岩肌に爪を食い込ませた、その高さ。胴の重心が、後ろ脚に、ぐっと寄っているのが、分かる。跳ぶ前の、ためだ。後ろ脚の沈みの角度から、跳ぶ先が――左の柱じゃない。もっと上。天井近くの、岩の出っ張り。そこを蹴って、真上から、落としてくる気だ。

 来る方向が、来る前に、見えた。


「リタ、出る!」俺は怒鳴った。「左の柱の、根元! 走れ!」

「えっ」

「あいつは、左の柱は、踏まない! 天井まで上がってから、真上に落ちてくる! 左の柱の根元なら、落下点の、外だ! そこで待て!」

 昨日は、言えなかった言葉だ。お前を、どこに置けばいいのか、指せなかった。今は、指せる。落ちてくる先が、見える。だから、そこから外れた、安全な足場が、見える。

 リタが、迷わなかった。

 窪みから飛び出して、左の柱の根元へ、駆け込む。直後、頭上で、巨体が、天井の出っ張りを蹴った。読み通りだ。真上から、落ちてくる。さっきまで、俺たちが二人で身を寄せていた窪みへ。リタは、もう、そこにいない。

 巨体が、空になった窪みの張り出しを、まるごと砕いた。岩が、爆ぜる。落下の勢いで、床に、四つ足を、突き立てる。

 その一瞬。

 あいつの高さが、決まっている。床だ。落ちた直後の、向き直る前。昨日と、同じ隙だ。けど、昨日と、違うのは。

 リタが、もう、そこにいることだ。

 落下点の、すぐ脇。左の柱の根元。強化を乗せたリタが、向き直ろうとする巨体の、その横腹へ、もう、踏み込んでいる。


「乗せるぞ!」

 手のひらから、強化を、リタの刃へ、投げ込んだ。使い込んだぶん、厚く乗る。刃が、暗がりの中で、わずかに、ぶれて見えるほど。

 リタの短剣が、巨体の横腹、昨日、爆炎が焦がした、あの傷跡へ、突き立った。

 刺し殺せる厚みじゃない。それは、リタも分かってる。狙いは、そこじゃない。傷跡の、めくれた甲羅の、その縁に、刃を、こじ入れる。てこの要領で、ぐっと、体重を乗せて――巨体の、向き直ろうとする動きを、一拍、止めた。

 巨体が、ぎゃ、と鳴いて、たたらを踏む。リタの刃に、横腹を縫い止められて、向き直れない。床に、四つ足を、突き立てたまま。

 高さが、決まってる。床。リタが、止めてる。正面が、空いてる。

 今だ。

 手のひらに、熱を集めた。火球じゃない。底へ、手を伸ばす。あの夜、ドレクの前で、初めて掘り当てた、火球の奥のやつ。


『爆炎(SR)』


 手のひらの中で、熱が、鉄の塊みたいに、ふくれ上がる。重い。撃てば、空っぽになる。連発できない。撃ち切れば、後がない。

 でも、今は、リタが、前にいる。

 空白を、こいつが、塞ぐ。だから、後を残さなくていい。全部、注いでいい。

 床に縫い止められた巨体の、横腹の、リタがこじ開けた、甲羅のめくれた、その奥へ。

 撃ち切った。

 橙の光が、一点に潰れて、爆ぜる。轟音。爆風が、撃った俺ごと、床を滑らせる。リタは、爆ぜる寸前に、刃を抜いて、横へ、身を投げていた。煙と土埃が、巨体を、飲み込む。

 昨日と、違う。昨日は、こいつが、自由に動ける床で、胴の、ただの一点に当てた。今日は、リタがこじ開けた、甲羅の割れ目の、その奥に、撃ち込んだ。


 煙が、薄れた。

 巨体は、まだ、立っていた。

 でも、昨日とは、立ち方が、違う。前脚が、震えている。横腹が、深く、抉れて、めくれた甲羅の奥から、黒っぽいものが、流れ出している。爆炎が、甲羅の外じゃなく、内側で、爆ぜた。昨日、半分は刻んだ。今日、その割れ目の奥に、残りを、注ぎ込んだ。

 効いてる。今度こそ、芯まで、効いてる。

 手のひらは、空っぽだ。腕の付け根の、そのまた奥まで、火種が一つも残っていない。次の一発は、出せない。

 でも、もう、要らないかもしれない。

 巨体が、震える前脚で、こっちへ、向き直ろうとする。最後の力で、跳ぼうと、後ろ脚を、沈めかけて――

 跳べなかった。

 横腹の傷が、深すぎた。沈めた後ろ脚が、踏ん張りきれずに、崩れる。巨体が、よろけて、岩の柱に、肩から、ぶつかった。


「リタ!」

「分かってる!」

 言うより、先に、リタは、動いていた。

 柱にぶつかって、動きの止まった巨体の、首と胴の継ぎ目――甲羅の、薄い、柔らかいところ。広域感知が、その隙間を、はっきり、捉えている。けど、俺は、もう、指さなかった。指す前に、リタが、そこへ、踏み込んでいた。

 爆炎の余波で、こっちは半分、伏せたまま。リタは、一人で、踏み込んでいた。昨日、何もできなかったと言った、その顔は、もう、ない。柱を背に、よろけた巨体の、首の付け根へ、強化の残った刃を、両手で、突き上げる。

 刃が、根元まで、沈んだ。

 巨体が、喉の奥で短く呻いて、岩の柱に背中をあずけたまま、ずるずると沈んでいった。広間の床が、その重さで、どん、と揺れた。

 倒した。

 昨日、退いてきた、あの格上を。


 しばらく、二人とも、動けなかった。

 俺は、床に座り込んだまま、肩で息をしていた。爆炎の手の奥は、相変わらず、空っぽで、だるい。背中も、まだ痛む。けど、頭の中は、やけに、澄んでいた。

 届いた。

 昨日、届かなかったやつに、今日、届いた。火が、強くなったからじゃない。昨日と、同じ爆炎だ。違うのは、こっちの目だ。高さが、読めた。読めたから、リタを、正しいところに、置けた。置けたから、リタが、塞いだ。塞いでくれたから、撃ち切れた。

 最初の一手が、抜けてた。それが、埋まった。

「悠さん」リタが、巨体のそばから、こっちへ歩いてくる。短剣を握る手が、まだ、少し、震えている。けど、目には、昨日抜けていた威勢が、戻っていた。「私を、置く場所、指したよね。さっき」

「ああ」

「あいつの、落ちてくる先まで、分かったの?」

「分かった」俺は、空っぽの手のひらを、握って、開いた。「昨日まで、平たかったんだ。前と後ろと、左と右しか、なかった。今は――上も、下も、ある」

 言いながら、まだ、半分、信じられなかった。鋭敏感覚が気配感知に化けたとき、世界が、急にはっきりした。あのときと、似ている。でも、もっと、根っこから、別物になった。地図が、平らなままだったのが、今は、立ち上がっている。あいつの高さが、跳ぶ前のためが、来るより先に、見える。

「すごいじゃん」リタが、座り込んだ俺の前に、しゃがんだ。「それ。私が、ちゃんと、立てる場所が、分かるってことでしょ」

「化けるのは、お前が、そこに立ったときだけだ」

「分かってるって」

 リタが、笑った。昨日の縦穴で、半分も笑えていなかった、その分まで、戻ったみたいな顔だった。


 巨体から、魔石を抜いた。

 胴の、深いところに、埋まっていた。今まで抜いた、どの魔石より、でかい。手のひらに、ずしりとくる。光に透かすと、奥のほうで、深い色が、ゆっくり、脈打っているように見えた。これを地上で売れば、と頭の隅で、勘定が回りかけて――止まった。

 広域感知の端が、何かに、引っかかった。

 広間の、奥。床に空いた、もっと下へ続く、暗い穴。そこから、さらに、下のほう。広がったばかりの目が、初めて、そこまで、届いていた。

 暗がりの底に、気配が、ある。

 一つや、二つじゃない。

 数が――多い。

 点が、暗がりの底に、びっしりと、詰まっている。一つ一つは、小さい。昨日、群れで湧いていた、あの蜘蛛みたいなやつの手応えだ。でかい単独のやつじゃない。小さいのが、ただ、数で。けど、その数が、おかしい。広間の底の、狭い区画に、押し込められるみたいに、密に、固まっている。狩り場で見てきた群れの、固まり方じゃない。湧いた群れが散らばるんじゃなく、行き場をなくして、押し合っているみたいな――

 頭の中の、勘定する癖が、ことん、と、引っかかった。

 多すぎる。

 キサが言っていた。数が、合ってない。狩っても狩っても、減った気がしない。あの甲羅持ちが、縄張りより、上に出てきてる。

 下で、何かが、起きてる。

「悠さん?」リタが、俺の視線の先を、追った。「どうかした」

「下に」俺は、声を落とした。広域感知の端で、その密な固まりが、わずかに、上のほうへ、にじり寄ってくるのが、分かった。「下に、いる。すごい、数だ」

 なぜ、こんなに多いのか。広域感知は、そこまでは、教えてくれない。読めるのは、今、そこに、異常な数の何かが、密に固まって、ゆっくり、上を目指している――それだけだ。

 手のひらの中で、でかい魔石が、まだ、温い。倒した手応えは、確かに、あった。

 その手応えごと、足元の暗がりに、引きずり込まれるみたいだった。広域感知の端で、底に詰まった数が、また少し、上へ、にじり寄ってくる。下で、何かが、起きている。それが、ゆっくりと、上を、目指していた。


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