表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無限ガチャの転生者 ~毎日引いてスキルを集め、育てて最強になる~  作者: わわわ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/30

第27話 証拠と、剥がれた化けの皮

 巣を制圧した本隊が運び出した荷を、ギルドの蔵の前に並べさせてもらったのは、決戦から三日が過ぎた頃だった。

 樽が二十いくつ、木箱がそれ以上。中層の奥の区画から、本隊が引きずり出してきた分だ。盗賊の頭が落ちて、残党が散って、巣そのものは片がついた。けど、街に食い込んでいた流れのほうは、まだ生きている。武力は崩れた。崩れていないのは、こいつらに金を出して、奪わせて、さばかせていた誰かのほうだ。

「悠さん、これ全部、鑑定するつもり?」

 リタが、二の腕に巻いた布を押さえながら、樽の列を見渡した。ドレクの剣が抉った傷は、ギルドの治療で塞がってはいるけど、まだ動かすと痛むらしい。無理に剣を振るな、と言ってある。

「全部はやらない。当たりをつけて、要るやつだけだ」

 樽の腹に手を当てる。鑑定が、ゆっくりと中身の素性を返してくる。物の値打ちだけじゃない。誰の手を通って、どこで作られて、どこから来たか。そういう、物にこびりついた来歴みたいなものが、薄く読める。一日に何度も使えば頭が重くなるから、闇雲にはやらない。倉庫の棚卸しと同じだ。全部数えるんじゃなく、合わない数字に当たりをつけて、そこを突く。

 一つ目の樽。読めたのは、酒だ。北の街道筋の醸造元。封の刻印が、ちゃんと残っている。

「これは、ただの酒だな。盗品かもしれんが、来歴がはっきりしてる」

 二つ目。これも酒。

 三つ目で、当たった。


 魔石だった。

 樽の底に、布でくるんで、ぎっしり詰められている。安魔石ばかりだ。大穴の浅いとこで出る、ありふれた小さいやつ。俺やリタが、毎日売りに行ってたのと、同じ質の。

 鑑定をかける。

 来歴が、はっきり読めた。これは、街道で奪われた荷だ。元の持ち主の手の跡が、まだ残っている。北の交易路を運ばれていた荷馬車の積み荷。途中で、馬を刃物で殺されて、荷だけ綺麗に持っていかれた。あのとき街道で見た、馬は刃物、荷だけ綺麗に、という手口の、その荷が、ここにある。

「リタ。お前が、商館の裏で見たって言ってた樽」

「うん。夜に、外の保管所へ運ぶって……あ」

 リタが、列の樽を見て、息を呑んだ。同じ形だ。リタが商館の裏で覗いたのと、街道で奪われたのと、この樽が、全部、同じ作りをしている。

「繋がった」

 俺は、思わずそう言っていた。

 街道で奪う。樽に詰める。商館の裏の蔵へ運ぶ。夜のうちに、外の保管所へ。それから、市場へ。ばらばらに見えていた話が、一本の線で繋がる。街道の盗賊と、商館の蔵と、市場の魔石は、別々の事件なんかじゃなかった。同じ流れの、入り口と、通り道と、出口だ。


 帳簿は、本隊が巣の奥から見つけてきた。

 盗賊が、自分たちの取引を、几帳面につけていたわけじゃない。頭目のドレクは、合理的な男だった。誰に何をいくらで渡して、いくら受け取ったか。後で揉めないように、証文がわりに残していたんだろう。盗賊の世界にも、口約束より数字を信じる流儀があるってことだ。

 ギルドの一室を借りて、その綴りを広げた。

 数字の羅列だ。日付と、品と、額。慣れない手の文字で、走り書きに近い。けど、読めないわけじゃない。倉庫にいた頃、もっとひどい字の伝票を、何百枚も突き合わせてきた。要るのは、達筆を読む目じゃない。合わない数字を見つける目だ。

 まず、入りと出を、分けて並べる。

 入りは、街道で奪った荷。樽の数と、中身。これは、巣に残っていた現物と、だいたい合う。

 出のほうが、おかしかった。

 奪った魔石を、束ねて、どこかへ売っている。売った先の名前は、書いていない。書くわけがない。書いてあるのは、額だけだ。けど、その額を、市場の相場と並べてみる。


 数えるうちに、ぞくりとした。

 売値が、安すぎる。

 奪った魔石なら、仕入れはただだ。盗んだものに元手はかからない。なら、市場の相場ぎりぎりまで吊り上げて売りつければ、まるごと儲けになる。それが普通だ。盗品をさばく側の、当たり前の算段だ。なのに、この帳簿の売値は、相場よりずっと低い。安く奪って、安く売っている。それじゃ、わざわざ街道を張って人を殺して、樽に詰めて運んだ手間が、ほとんど報われない。

「悠さん、なんか怖い顔してる」

「リタ。これ、変だ。盗んだ魔石を、安く売ってる」

「安く? 盗んだのに?」

「盗んだからこそ、本当なら高く売れるはずなんだ。元手がかかってないんだから。なのに、相場より下で手放してる。盗賊が、損してる」

 リタが、首をかしげた。

 俺も、最初は意味が分からなかった。盗賊が損をして、誰が得をする。けど、答えは、もう、すぐそこにあった。安く買い叩いた、その相手だ。


 ばらばらに見えていた数字が、ここで、一つの絵に重なった。

 市場で、魔石の相場が歪んでいたのを、覚えている。安い魔石ばかりが叩かれて、いいやつは下がらなかった。誰かが「出回りすぎだ」という理屈を流して、新人の魔石を相場より安く吸い上げていた。あのとき俺は、誰かがでかい規模の商売をしている、と思った。

 その「でかい買い手」が、盗賊から、安魔石を、相場より下で買い取っていた。

 筋が、通る。

 盗賊は、街道で安魔石を奪う。それを、表通りの商人が、相場よりずっと安く引き取る。商人は、市場で「魔石が出回りすぎだ」という噂を流して、新人や駆け出しの魔石まで、安く吸い上げる。盗品も、正規品も、ぐちゃ混ぜにして、安く集める。集めたら、相場の下がっていないよその街へ、まとめて流す。買った値と売る値の差が、まるごと、商人の懐に落ちる。

 盗賊が安く売って損しているように見えたのは、損していたんじゃない。その商人と、最初から繋がっていたからだ。一味だから、ふっかける必要がない。仕入れの段階で、もう、儲けの取り分が決まっている。

 街道の盗賊と、市場の相場と、商館の蔵が、これで、一本に繋がった。数字が、それを、嘘なく指している。

「悠さん。その、安く買ってた商人って」

「ああ。オルグレンだ」

 リタが、二の腕の布を、ぎゅっと握った。


 ただ、ここまで分かっても、まだ、足りない。

 帳簿には、売り先の名前が書いていない。額だけだ。「相場より安く売った」という事実は読めても、「オルグレンに売った」と、紙に書いてあるわけじゃない。あの男は、用心深い。手は汚さない。証拠は残さない。路地で対峙したときも、そうだった。荷を奪うのは盗賊で、手を下すのは手下で、相場をいじるのは噂で、男自身は、表通りで立派な商いをしているだけ。指一本、汚れていない。

 帳簿と、盗品の魔石。これを握って、オルグレンの前に突きつけても、たぶん、あの調子で躱される。証拠? どこに、そんなものが、と。

 しかも、相手には、後ろ盾がある。

 街の偉い人と付き合いのある大商人だ。新人冒険者が、盗賊の帳簿を一つ握ったくらいで、表通りの大物を引きずり下ろせるなら、世の中、苦労はない。下手に騒げば、握り潰される。証拠ごと、なかったことにされる。あの男を正面から潰すのは、たぶん、無理だ。

 だから、正面からは、やらない。

 倉庫にいた頃、不正の伝票を見つけても、いきなり当人に詰め寄ったって、白を切られて終わりだった。効くのは、別のやり方だ。その不正に名前が連なってる連中に、こいつと組んでると自分まで焦げるぞ、と分からせる。損得で、勝手に手を引かせる。火の粉が飛んでくると分かれば、誰も、燃えてる家のそばには立っていたくない。

「リタ。この帳簿と魔石、俺たちだけで握ってても、意味がない」

「え、なんで。証拠でしょ」

「証拠だ。けど、握り潰せる相手が、握り潰す。だから、握り潰せないように、表に出す」


 ギルドへ持ち込んだ。

 受付の、いつもの女だ。街道の件に首を突っ込むな、深追いはおよし、と俺たちに言った、あの女。今度は、突き放さなかった。

 帳簿と、鑑定で来歴を読んだ盗品の魔石を、台に並べる。盗賊団は、本隊が公に討伐した。街道で荷を奪っていたのも、もう公の事実だ。そこへ、奪った荷が、市場へ流れ込んでいた証拠が、現物と数字で揃っている。

「これ、奪われた荷だね」女は、樽から出した魔石を、指で転がした。「街道の件は、上が見てた。これで、現物が出た」

「売り先まで、繋げられますか」

「帳簿の額が、相場より下。盗品を、誰かが安く吸い上げてる」女は、綴りの数字を、目で追った。慣れた目だ。買取の窓口を、長年捌いてきた目。「市場で安魔石ばっかり叩かれてんのは、こっちも気づいてた。誰がやってんのかは、薄々ね」

 言いかけて、女は、口をつぐんだ。口にした者は消える、というやつだ。ダグも前に、似たことを言っていた。薄々みんな感じてる。けど、口にした者は消える、と。

 俺は、女が言いかけて止めた先を、引き取った。

「ギルドが、相場の歪みを正式に調べたら。盗品が市場に流れてた事実と、安く吸い上げてた買い手が、繋がります。ギルドは、中立だ。どこの偉い人とも、心中する義理はない」

 女は、しばらく、俺を見た。それから、ふっと、口の端を上げた。

「あんた、新人のくせに、商人みたいなこと言うね」

「前の仕事の、癖です」


 ダグが、後ろ盾を一人、知っていた。

 負傷から起きてきたばかりのダグは、まだ脇腹に布を巻いていたけど、もう歩けるくらいには戻っていた。湿っぽい見舞いは要らない、という顔で、椅子に座って、俺の話を聞いた。

「魔石利権に、街の上のほうが噛んでる。そりゃ、知ってる奴は知ってる」ダグは、短く言った。「俺は潜るしか能がねえが、長くいりゃ、嫌でも耳に入る。誰が、誰の後ろ盾か、くらいはな」

「その後ろ盾に、伝わるようにしたいんです。オルグレンの商売が、盗品の上に乗ってたって。ギルドが調べ始めたって」

 ダグは、ふん、と鼻を鳴らした。

「伝わるも何も。盗賊団が公に潰されて、奪われた荷が市場に流れてたってのが表に出りゃ、嫌でも伝わる」椅子の背に、もたれた。「街の偉い連中ってのはな、新入り。腐ったもんが好きなんじゃねえ。腐ってても、自分に火の粉が飛ばねえ限り、目をつぶってるだけだ。飛ぶと分かりゃ、誰より早く、自分から離れる」

「欲かいて、燃えてる家のそばにはいたくない、と」

「そういうこった」ダグは、ちょっと、面白そうな顔をした。「お前、欲のかきどころは分かってんだな」


 話が、表に出るのは、早かった。

 俺たちが帳簿をギルドに持ち込んだ、その数日のうちに、街の空気が、変わり始めた。

 盗賊団が、ひとつの軍みたいな規模で巣を構えていたこと。それを、ギルドの本隊が制圧したこと。奪われた街道の荷が、市場の魔石に、こっそり流れ込んでいたこと。ギルドが、相場の歪みを正式に調べ始めたこと。誰が言い出したわけでもなく、市場の隅々まで、それが広がっていった。

 俺は、何も、言い触らしてなんかいない。

 ただ、握り潰せないところに、証拠を置いただけだ。ギルドという、どこの偉い人とも心中しない、中立の場所に。あとは、数字が、勝手に喋った。安く吸い上げられていた新人たちが、口々に「やっぱりおかしかった」と言い出す。荷を奪われた商隊が、ギルドに掛け合い始める。

 そして、いちばん早く動いたのは、オルグレンの後ろ盾だった。


 俺が、その始末を見たのは、ギルドの一室でだった。

 オルグレンが、呼ばれていた。盗品の流通について、説明を求められる、という名目で。ギルドの職員と、衛兵が、同席していた。俺とリタも、現物と帳簿を出した当人として、隅に呼ばれていた。ダグは、後ろ盾の動きを、別口で見届けると言って、来ていない。

 オルグレンは、相変わらず、仕立てのいい上着を着ていた。指に、銀の輪。表口で見たときと、同じ、如才ない紳士の顔だ。手下が転がされても顔色を変えなかった、あの落ち着きが、まだ、ある。

「いやはや。物騒な事件があったそうですね」オルグレンは、職員に向けて、穏やかに言った。「私の商館も、盗品など摑まされていないか、心配でなりません。むしろ、被害者かもしれない」

 台の上に、樽から出した安魔石が、並べられている。オルグレンは、それを、ちらりと見た。値踏みする目だ。

「これが、何か」

「奪われた荷です」俺は言った。「街道で。鑑定で、来歴が出てる。これと同じ魔石が、相場より安く、市場で吸い上げられてた。買い取った先の額が、ここに」

 帳簿を、台に置いた。

 オルグレンは、帳簿には、目もくれなかった。代わりに、薄く、笑った。

「証拠……ですか」声は、まだ柔らかい。「失礼ですが、それは、盗賊の付けた帳面でしょう。盗人の書いた数字が、何を証す。私の名は、そこに、ありますかな」

 ない。それは、その通りだった。

 路地で、同じことを言われた。証拠? どこに、そんなものが。あのときと、同じ躱し方だ。けど、今度は、状況が違う。


「名前は、ありません」俺は、認めた。「けど、額は、ある」

 オルグレンの、笑みが、ほんの少し、止まった。

「相場より、ずっと安い額で、盗品の魔石が動いてる。盗んだ側に、安く売る理由はない。元手がかかってないんだから、高く売ったほうが得だ。なのに、安い。安く買えてた相手が、いる。同じ頃、市場では『出回りすぎだ』って噂で、安魔石だけが叩かれてた。その安魔石を、まとめて引き取れる大口が、いる。盗品と正規品を混ぜて安く集めて、相場の下がってないよそへ流せる、財布の深い大口が」

 一つずつ、台の上に、数字を、置いていくみたいに、言った。講釈する気はなかった。ただ、合わない数字が、どこを指しているか。それだけだ。

「俺は、あなたの名前を、帳簿から読んだわけじゃない。額の歪みから、あなたの商売の形を、読んだだけです」

 オルグレンは、しばらく、黙っていた。

 それから、ふう、と、息を吐いた。笑みは、まだ、貼りついている。けど、目のほうが、忙しく動いていた。職員を見て、衛兵を見て、それから、もう一度、帳簿を見る。損得を、勘定している目だ。これは、どれだけ、自分に火の粉が飛ぶ話か。

「面白い、見立てだ」オルグレンは、言った。「ですが、見立ては、見立てです。それで、私を、どうこうできると?」

「俺一人なら、できません」

 俺は、正直に言った。

「あなたには、後ろ盾がある。新人が帳簿を一つ握ったくらいじゃ、握り潰される。それも、分かってます。だから、俺は、握り潰せないところに、これを出した」

 ギルドの職員のほうへ、目をやった。

「ギルドが、もう、相場の歪みを調べ始めてます。盗品が市場に流れてた事実は、街中に、回ってる。あなたの商売が、その上に乗ってたって、繋がるのも、時間の問題だ。あなたの後ろ盾が、いつまで、燃えてる家のそばに、立っていてくれるか」


 オルグレンの顔から、笑みが、抜けた。

 怒鳴りはしなかった。脅しもしなかった。ただ、貼りついていた紳士の表情が、ほんの少し、軋んだ。仮面の継ぎ目が、見えた気がした。

「……商売ですよ」オルグレンは、低く、言った。柔らかさは、まだ、残していた。でも、その下に、剝き出しの損得勘定が、透けて見えた。「街道は、危険だ。荷が消えることもある。私は、その荷を、安く買い取って、必要としている街へ、届けていただけだ。誰かが、得をしている。誰かが、困っている。その間を、繋ぐのが、商人でしょう。それを、罪だと言うなら――」

 言葉が、途切れた。

 部屋の戸が、開いたからだ。

 入ってきたのは、ダグだった。脇腹を押さえて、けど、まっすぐ立っている。その後ろに、ギルドの上のほうの職員と、見たことのない、身なりのいい老人が、一人。

 オルグレンの、顔色が、変わった。

 その老人が、誰なのか、俺は知らない。けど、オルグレンの目を見れば、分かった。後ろ盾の、誰かだ。街の偉い人と付き合いのある、その「偉い人」の側の。

 老人は、オルグレンを、見もしなかった。職員に、何か短く言って、それから、踵を返した。たったそれだけだ。けど、それで、十分だった。

「オルグレン殿」ギルドの上の職員が、淡々と言った。「商館の取引について、検めさせてもらう。盗品流通の疑いだ。衛兵が、同行する」

 オルグレンは、立ち上がろうとして、戸口に立つ衛兵を、見た。

 戸口は、もう、塞がれていた。


 俺は、オルグレンを、殴らなかった。

 殴る気も、なかった。あの男を、俺が個人的にどうにかしたところで、街に食い込んだ流れは、止まらない。ドレクのときみたいに、力で叩き潰す相手じゃない。証拠と、数字と、手続きで、逃げ場をなくす。そういう相手だ。倉庫で、不正の伝票を握ったときと、同じだ。当人を怒鳴りつけたって、何も変わらない。変わるのは、その不正の上に乗ってた連中が、損得勘定で、自分から離れていくときだ。

 オルグレンは、最後まで、自分を悪人だとは思っていない顔だった。

 誰かが得をして、誰かが困る、その間を繋ぐのが商人だ、と言った。たぶん、本気でそう思っていたんだろう。街道で殺された御者のことも、安く魔石を叩かれた新人のことも、リタに手下を差し向けたことも、全部、商売の必要経費。そういう勘定で、生きてきた男だ。だから、化けの皮が剝がれても、おろおろもしなければ、開き直りもしなかった。ただ、損をした、という顔をしていた。

 それでいい、と思った。

 あの男に、悔い改めてほしいわけじゃない。街から、あの流れが、剝がれてくれれば、それでいい。


 衛兵に連れられて、オルグレンが部屋を出ていったあと。

 ギルドの一室に、樽から出した安魔石と、盗賊の帳簿が、まだ、台の上に残っていた。

「終わった、の?」リタが、二の腕の布を押さえたまま、台のほうを見た。まだ、半分、信じられない、という声だ。

「あいつの商売は、終わりだ」俺は言った。「後ろ盾が離れた。ギルドが調べる。盗品の流通が表に出て、衛兵が動いてる。もう、握り潰せない。化けの皮が剝がれたら、立派な商人の顔の下にあったのは、ただの、盗品をさばく仕組みだった」

 市場で、安く魔石を吸い上げていた流れは、これで、止まる。新人が、相場通りの値で、魔石を売れるようになる。街道で、荷を奪わせていた金主は、いなくなる。盗賊団は、武力で崩した。残っていた、その奥の腐った仕組みのほうは、証拠で、剝がした。

 街を蝕んでいたものが、剝がれ落ちた。

「火じゃ、片づかないやつだったでしょ」リタが、ちょっと、笑った。

「ああ。火じゃ、片づかなかった」俺は、台の上の帳簿を、指でつついた。「片づけたのは、こっちだ」

「数字?」

「数字だ」

 リタは、呆れたような、感心したような顔をして、それから、二の腕の傷を、無造作にさすった。

「悠さんって、火球撃ってるときより、帳簿いじってるときのほうが、ちょっと、怖いよ」

「前の仕事で、いちばん長くやってたのが、それだからな」

 言いながら、台の上の数字を、もう一度、見た。

 ドレクを倒した火は、派手で、まっすぐで、気持ちのいい一発だった。でも、街に食い込んでいた本物の根っこは、火じゃ届かなかった。届かせたのは、合わない額に当たりをつけて、一本に繋いだ、この地味な数字のほうだ。

 悪くない、と思った。こっちのほうが、たぶん、俺らしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ