表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無限ガチャの転生者 ~毎日引いてスキルを集め、育てて最強になる~  作者: わわわ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/29

第26話 爆炎と、二人で届かせた一撃

 混戦の音が、また一段、痩せた。

 揉み合っていた本隊の腕利きが、もう一人、ドレクに弾かれて床に転がる。残った連中も、じりっと後ろへ下がった。木箱の影に紛れていられたのは、その揉み合いがドレクの手を塞いでいたからだ。それが、今、薄れていく。命綱が、目の前で擦り切れていくのが分かった。

「悠さん、本隊が」

「ああ。見えてる」

 ドレクが、こっちへ半歩、間合いを詰めてきた。剣はもう抜いている。さっきまでの、面倒な仕事を片付けるという調子じゃない。本隊を捌くついでに、俺たちを削っていた手が、今度はまっすぐ、こっちを向こうとしている。決めにかかる気だ。

「悪いな」ドレクが言った。「混戦が、もう、お前を庇えなくなった」

 その通りだった。返す言葉がなかった。

 火球を撃つ。痺れる。空白をリタが埋める。来る方向は危険感知が読む。読んだ手前に、強化したリタを先回りで置く。倉庫で練って、大穴で磨いた段取りだ。それを、こいつは一つ残らず読み切っている。撃つ前に火を見て、置く前にリタの行く先を見て、詰める前に俊足の踏み込みを見ている。同じ手を、何度組み直しても、上から見られている限り、通らない。


 ドレクの剣が、来た。

 俺じゃない。リタへだ。

 今までは、俺を崩してリタを引き剝がす順番だった。今度は逆だ。先にリタを落とす。前を割るやつを潰せば、俺は痺れの空白を、独りで抱えるしかなくなる。それを、こいつは分かっている。

「リタ、下がれ!」

 危険感知が、首の後ろをざらりと撫でた。剣は、リタの肩口へ。横なぎだ。リタは強化を乗せた一撃を狙って、半歩前に出ていた。戻る間がない。俺は俊足で割り込もうとした。間に合わない。距離が、足りない。

 その剣の前に、リタが、自分から踏み込んだ。

 下がるんじゃなく、前へ。逸らすでも、受けるでもない。格上の横なぎを真っ向から止められないことくらい、こいつだって分かっている。分かった上で、剣の届くより内側へ、身体ごと潜り込んだ。短剣の腹を、ドレクの剣の根元へ押し当てる。点で受けたら弾かれる。だから、近づいて、面で噛ませた。

 金属同士が、嫌な音で噛んだ。

「リタっ……!」

 ドレクの剣が、リタごと、押し込まれる。リタの足が、床を擦って後ろへ滑る。強化付与を、考えるより先に投げ込んだ。リタの全身に。膂力に。踏ん張る足に。それでも、格が違う。リタの腕が、軋んでいるのが、ここから見えた。胸当ての裂け目が、また一つ、広がる。押し負けている。最初から、押し負けると分かっていて、それでも、退かなかった。

 ドレクの剣が、止まっていた。

 ほんの一拍。リタが命がけで噛み合わせた一拍だけ、あの読みの鬼の剣が、リタの短剣に絡め取られて、動けずにいた。

 その一拍が、俺の正面を、空けた。

 ドレクの胴が、リタを押し込むために、まっすぐこっちを向いている。剣はリタに塞がれている。読みも、段取りも、関係ない。ただ、撃てる一瞬が、目の前に、ある。リタが、命を削って、こじ開けた一瞬が。

 手のひらに、熱を集めた。

 いつもなら、ここで身体が勝手に出力を抑える。撃ったら痺れる。痺れたら、空白が空く。その空白が怖くて、無意識に、後を残して撃っていた。撃ち切らずに、撃っていた。

 今は、違った。

 リタが、前にいる。空白を、こいつが埋めると、知っている。さっきも、その前も、ずっとそうだった。だから、後を残す必要がない。残さなくていい。撃ち切れる。全部、この一発に、注いでいい。

 手のひらの奥で、ずっとつかえていたものが、出口を見つけた。

 最大の出力を、惜しまず、底まで絞り出した、その瞬間。

 頭の隅で、火球の文字が、白く灼けた。習熟の目盛りが、端のさらに先へ、ぐうっと押し出される。詰まっていた何かが、栓を抜かれたみたいに、せり上がってくる。火球の、その奥にあった、もっと熱くて、もっと重いもの。出口を探していたものが、今、出口を見つけて――

 火球の文字が、別の二文字に、塗り潰された。


『爆炎(SR)』


 うおっ、と声が出た。

 手のひらの中で、熱の塊が、火球の比じゃない大きさに、ふくれ上がっていた。重い。火球を撃つときの、あの軽い熱とは、根っこから違う。鉄の塊を、丸ごと握り込まされたみたいな、ずっしりした密度。Rの隣にあった印が、SRに上がっている。火球が、化けた。集めたわけでも、引いたわけでもない。ただ、撃ち切ったら、上限の先へ、乗り越えていた。

 考える前に、それを、解き放った。

 リタを押し込もうとしていた、ドレクの胴へ。

 火球とは、何もかもが違った。膨れて、包んで、焦がす――そんな生易しいものじゃない。橙の光が一点に潰れて、次の瞬間、ドレクの正面で、爆ぜた。空気そのものが、内側から弾けたみたいだった。轟音が遅れて耳を殴る。区画の木箱が、衝撃でいっせいに吹き飛んで、宙を舞った。立っていられない。爆風が、撃った俺まで後ろへ押し戻す。


「リタ!」

 爆ぜる寸前、リタは噛み合わせを離して、身を投げるように横へ転がっていた。あいつが空けてくれた一拍に、爆炎が間に合った。爆風が、転がるリタの背を煽る。けど、巻き込まれてはいない。

 土埃と煙が、晴れていく。

 ドレクが、立っていた。いや、立っていられなかった。胸当ての金属が、爆炎の中心を受けて、ひしゃげて、めくれ上がっている。あの、火球を受け流した、古びた金属。それが、今度は受け流せなかった。縁で逸らす暇もなく、面で、正面から食らった。革鎧が焦げ、肩から下が、煤と血で汚れている。膝が、折れていた。剣を、杖みたいに床に突き立てて、辛うじて、上体を起こしている。

 あの、混戦の中で一人だけ静かだった男が。本隊の腕利きを、片端から無力化していった男が。膝をついて、肩で、息をしていた。

「……火球じゃ、ねえな」

 ドレクが、低い声で言った。掠れていた。

「お前の火は、撃つ前に読めた。今のは――読みの、外だ」

 それきり、口をつぐんだ。

 効いている。今度こそ、効いている。あの一発が、ドレクに、決定的に、届いた。


 危険感知が、ちりっと、来た。

 ドレクが、剣を、床から引き抜こうとしていた。膝が折れて、肩から血を流して、それでも、剣を構え直そうとしている。手練れというのは、こういうものらしい。倒れ切るまで、戦いをやめない。半端に間を空ければ、この男は、また立つ。立てば、まだ届く腕がある。

 もう一発、撃てるかと、頭の隅が問うた。

 撃てない。爆炎は、火球の比じゃない出力を、底まで絞り出して撃った。手のひらの奥が、痺れるどころじゃない。腕の付け根まで、感覚が遠い。空っぽだ。火球なら数呼吸で戻った熱が、これは、戻ってくる気配すらない。重い一発には、重い空白がついてくる。連発できる類いの力じゃない。それも、撃ってみて、初めて分かった。

 なら、ここで決める。

 俊足を、足に乗せた。爆炎を撃った直後の、感覚の遠い腕じゃなく、足だ。地を蹴って、膝をついたドレクの懐へ、一息に踏み込む。剣を構え直す、その前に。間合いの内側へ。借りものの剣を、抜いた。

 ドレクの剣が、辛うじて、こっちへ向いた。膝立ちのまま、それでも、軌道は正確だった。最後まで、剣の手練れだった。

 その剣の内側へ、リタの短剣が、横から滑り込んだ。

 転がって体勢を立て直したリタが、いつの間にか、俺の踏み込みに合わせて、前に出ていた。ドレクの剣の腹を、横から押さえつける。受け止めたんじゃない。逸らしたんでもない。爆炎で膝を折られた男の、削がれた力だから、リタの短剣で、押さえ込めた。ドレクの剣が、リタの短剣の下で、止まる。

 止まった剣の、その向こう。

 俺の剣が、ドレクの、革鎧のひしゃげた胸の真下、爆炎が焦がした傷の、そのすぐ脇へ、深く沈んだ。


 ドレクの剣を握る手から、力が抜けていくのが、押さえているリタの腕越しに伝わってきた。膝立ちの体が、ゆっくり、傾ぐ。

 俺は、剣を抜いて、半歩、退いた。とどめに、もう一突きする気は、なかった。爆炎と、この一撃で、もう、十分だ。これ以上は、要らない。要らないことを、この男に、やる必要はない。

「お前と、その娘か」

 ドレクが、床に背を預けるように、崩れていく途中で、ぽつりと言った。声に、恨みも、悔しさも、なかった。倒れた事実を、ただ確かめているみたいな声だった。

「昔の、俺みたいだ」

 それだけだった。誰のことか、いつのことか、もう、言わなかった。言う気もないらしい。前に向き合ったときに滲んだ、こいつが頭目をやっている理由の、その輪郭が、ほんの少し、また見えた気がした。けど、問い詰める間はなかったし、こいつにも、もう、答える力は残っていなかった。

 ドレクの目が、閉じる前に、一度だけ、こっちを見た。それから、剣を握ったまま、床へ、預けきった。


 区画の、混戦の音が、変わっていた。

 頭目が落ちたのが、伝わったらしい。退いていた本隊が、勢いを取り戻して、押し返している。残党が、潮が引くみたいに、奥へ逃げ始めている。さっきまで、こっちの命を削っていた渦が、もう、別の方向へ流れ出していた。戦いの大勢が、ここで、決まったんだと分かった。

 俺は、その場に、座り込んだ。

 膝に、力が入らなかった。腕の付け根の奥が、まだ、遠い。爆炎を撃った手のひらは、握ろうとしても、半分しか言うことを聞かない。胸当ては、裂けたところから、汗が流れ込んでくる。それでも、頭の中が、やけに、澄んでいた。

 届いた。

 ずっと、届かなかった火が、届いた。

「悠さん」

 リタが、こっちへ寄ってきた。短剣を握ったままの手が、震えている。あの、ドレクの横なぎを噛み合わせた腕だ。無事じゃない。袖が裂けて、二の腕に、剣の根元が抉った筋が、赤く走っている。それでも、立っている。座り込んだ俺を、見下ろして、笑おうとして、半分しか笑えていない顔で、言った。

「今の、なに。火球じゃ、なかったよね」

「ああ」俺は、半分しか言うことを聞かない手のひらを、見た。「化けた。火球が」

 言いながら、ようやく、腑に落ちた。

 火球の痺れの空白。あの、撃った直後に手が止まる、いつも背筋を冷やしていた空白。一人のときは、あれが、一番怖かった。だから、無意識に、撃ち切らずに撃っていた。後を残して。空白を、自分で、できるだけ小さくしようとして。

 でも、さっきは、撃ち切れた。

 リタが、前にいたからだ。空白を、こいつが埋めると、知っていたからだ。怖い穴だと思っていた場所は、いつの間にか、リタが立つ場所になっていた。穴を、自分で塞ごうとしなくてよくなった。だから、後を残さず、全部、注げた。注ぎ切ったから、火球が、上限の先へ、押し出された。

 弱点が、消えたわけじゃない。

 爆炎にも、ちゃんと、空白はある。火球の比じゃない、もっと重くて、もっと長い空白が。連発はできない。一発撃てば、しばらく、空っぽだ。むしろ、弱点は、火球のときより、でかくなった。

 けど、その空白の、意味が、変わった。

 怖い穴じゃない。リタが立つ場所だ。二人で、戦う場所だ。一人で抱えて、震えていた空白が、二人で抱えるものに、変わっていた。だから、撃ち切れた。だから、化けた。

「リタ」

「なに」

「お前が、あいつの剣、止めてくれなかったら。あの一撃、撃てなかった」

 リタは、しばらく、俺を見ていた。それから、震える手で、二の腕の傷を、無造作に押さえた。

「だって、止めなきゃ、悠さんが先にやられてたでしょ。私の同期が、一人減るの、寝覚めが悪いし」

「いつものやつだな、それ」

「いつもの。悪い?」

 悪くなかった。少しも。


 手のひらの中の、爆炎の余熱が、まだ、じんじんと、残っていた。

 届いた。集めて、育てた火が、化けた。今までで一番格上の、あの読みの鬼に、決定的に、届いた。それも、俺一人の力じゃない。リタが、命がけで止めた一拍が、火を、天井の先まで、押し出した。二人で、届かせた一発だ。

 頭の隅で、爆炎の文字が、まだ、白く灼けている。SRの印。火球を、Rのまま使い込んで、上限の先へ、越えた。

 なら、と思った。

 これも、まだ、終わりじゃない。鋭敏感覚が気配感知に化けたとき、思ったのと、同じだ。一つ上に乗り換わったってことは、まだ、その上があるってことだ。爆炎も、いつか、上限まで使い込めば、もっと先へ、化けるのかもしれない。

 この力は、まだ、伸びる。

 座り込んだまま、半分しか動かない手のひらを、握って、開いた。腕の付け根の奥が、まだ遠い。けど、その遠さの底のほうに、確かに、火が、眠っている。

「リタ」

「なに」

「武力のほうは、たぶん、これで片がつく。けど、こいつらに金を出してた商人が、まだ、残ってる」

 リタが、二の腕を押さえたまま、奥へ逃げていく残党のほうを、睨んだ。

「そっちは、火じゃ、片づかないやつでしょ」

「ああ。そっちは、火じゃ片づかない」

 言いながら、俺は、ようやく、立ち上がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ