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無限ガチャの転生者 ~毎日引いてスキルを集め、育てて最強になる~  作者: わわわ


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第24話 頭目ドレクと、格の壁

 幹部の抜けた穴を、本隊と一緒に押し込んでいくと、坑道が急に広くなった。

 削りかけの岩肌が左右に開いて、天井の高い、蔵の向こうの区画に出た。壁際に積まれた木箱と、革袋。盗んだ荷を貯め込んでいたらしい場所だ。退いた幹部も、外郭で散らされた残党も、みんなここへ流れ込んできていた。気配感知が、その奥に、一際濃い気配を一つ拾っている。さっきから感じていた、あの落ち着いた塊だ。混戦の喊声が背中で渦巻いているのに、その一点だけ、不思議なくらい静かだった。

 その静かな一点が、ゆっくり、こっちへ歩いてきた。

 四十くらいの男だった。革鎧の上に金属の胸当て。腰に長剣を一本。さっきの幹部と、装いはそう変わらない。違うのは、立ち方だ。乱戦のただ中なのに、肩も腰も、ぴくりとも力んでいない。剣を抜いてすらいない。鑑定を流すと、頭の中で言葉が並んだ。元冒険者。剣の手練れ。今までやり合った誰より、上の格だ。読めるのは、それだけ。それだけで、十分すぎた。

「お前らか」男が言った。低くて、平らな声だった。「嗅ぎ回ってたっていう、新入りってのは」

「……あんたが、頭目か」

「ドレク」名乗っただけで、男はそれ以上のことを言わなかった。「市場の値を数えてた口だな。おかげで、表に引きずり出された。仕事が、一つ増えた」

 責めるでも、凄むでもない。ただ、面倒な仕事が降ってきた、という調子だった。リタが、俺の半歩後ろで、短剣を握り直すのが分かった。背中越しに、その緊張が伝わってくる。

「悪く思うな」ドレクが、腰の長剣に、ようやく手を掛けた。「こっちも、生きてるんだ」


 火球を撃った。

 ドレクの足元の岩肌へ、まっすぐ。狭い場所で火と土埃を膨らませて、目を潰す。さっき幹部にも使った手だ。あの幹部にすら、最初の一発は読まれた。けど、撃たないという手はなかった。撃つしかない。

 膨れる火の、できあがるより先に、ドレクは動いていた。

 火球が岩に当たって膨らむ、その膨らむ場所を、避けてもいなかった。そもそも、そこにいなかった。撃った瞬間にはもう、横へ滑り出していた。幹部は火が膨れてから流れた。ドレクは、火が膨れる前に、膨れる場所から退いていた。読みの速さが、まるで違う。土埃が舞い上がる頃には、男はその外側で、間合いを詰めてきている。

「強化、いくぞ!」

 リタの背と足元へ、強化付与を投げ込む。考えるより手が動いた。火球の後、俺の手のひらには、もう次の熱が集まらない。その空白を、リタが埋める。来る方向は、危険感知が読む。読んだ方向の手前に、強化したリタを先回りで置く。倉庫でやってきたのと、昨日まで大穴で練った段取りだ。幹部相手には、これで隙を作れた。

 危険感知が、来る方向を告げた。右だ。リタを、その右へ滑らせる。

 ドレクは、そこへ来なかった。

 いや、来かけて、止まった。リタが先回りしているのを、踏み込む足の途中で見て取って、踏み込みを途中で殺した。来ると分かっている場所に置いたリタが、置いたまま、宙ぶらりんになった。先回りが、先回りになっていない。読まれていたのは、こっちのほうだ。

 ドレクの剣が、左から来た。

「リタ、下がれ!」

 危険感知が、左、と叫んでいた。けど、リタはもう右へ動いた後だ。戻る間がない。俺は地を蹴って、リタとドレクの剣の間へ割り込んだ。割り込みながら、手のひらの前に、薄い板を立てる。障壁だ。来ると分かった一発を、正面で一度だけ受ける、それだけの板。

 長剣が、障壁に当たった。

 受けた、と思った瞬間、板が砕けた。受け止めたんじゃない。叩き割られたんだ。幹部の剣は、障壁で一度は逸らせた。ドレクの剣は、逸れもせず、板ごと俺の構えを押し込んできた。後ろへ吹っ飛ばされて、木箱の山に背中から突っ込んだ。息が詰まる。肩から指先まで、しびれが走った。


「俊足で詰めるしか――」

 起き上がりざま、俊足を足に乗せて、ドレクの懐へ踏み込んだ。速さなら、こっちにもある。間合いの内側に入って、火球を至近で押し当てる。それなら読みも何もない。当たる距離まで詰めればいい。

 詰めた。

 詰めた先で、ドレクは、もう半身を引いていた。俺の俊足の踏み込みを、踏み込む前から見ていたみたいに、ちょうど剣の届く間合いだけ、開けて待っていた。速さで詰めたつもりが、向こうの間合いの、一番おいしいところへ、自分から飛び込んだだけだった。剣の柄頭が、横っ面に来る。危険感知が告げる。けど、告げられても、空中で軌道は変えられない。

 顎の先で、辛うじて躱した。風が、耳のすぐ横を抜けた。

 躱した先で、足がもつれた。地に降りた瞬間、ドレクの足が、俺の踏み込んだ足を、軽く払った。崩れる。崩れたところへ、剣の腹が、肩を打った。刃じゃない。腹だ。殺すための一撃じゃない。崩して、無力化するための、合理の一撃だった。地面に転がされて、ようやく分かった。この男は、嬲っていない。怒ってもいない。要るだけのことを、要る分だけ、やっている。

「悠さん!」

「来るな!」

 リタが踏み込もうとして、俺は怒鳴った。来たら、リタが同じことをされる。それも、肩の腹打ちじゃ済まないかもしれない。


「無駄だ」

 立ち上がろうとする俺の前で、ドレクが言った。声を荒げない。説教でもない。ただ、見えていることを、口にしただけだった。

「その火は、撃つ前に分かる。間合いの詰め方も、その娘を置く場所も、全部、お前が組んでから動いてる。順番が、決まってる。決まってるものは、読める」

 図星だった。返す言葉がなかった。

 火球を撃つ。痺れる。空白を、危険感知で読んで、強化したリタで埋める。一つずつ組んで、組んでから動く。その組む順番を、こいつは、上から見ている。俺が「次はこう動く」と決めるより、先に、こいつには見えている。幹部に通った段取りが、ドレクには、段取りだとばれている。段取りごと、読まれている。

「昔、似たようなことを、考えたやつを知ってる」ドレクが、剣を下げないまま、ふと言った。それきり、続きは言わなかった。誰のことか、自分のことか、教える気はないらしい。「悪いが、付き合ってる暇はない。仕事だ」

 その一言に、なぜこいつが頭目をやっているのか、その輪郭が、ほんの少しだけ滲んだ気がした。元は、こっち側にいた男だ。たぶん。けど、それを問い詰める間も、確かめる手も、今の俺にはない。


 背中で、混戦の音が、一段大きくなった。

 本隊の押しが、こっちの区画まで雪崩れ込んできていた。退いた幹部や残党と、革鎧に金属板の冒険者たちが、木箱を蹴散らして揉み合っている。ドレクのいる一点だけ静かだったその区画が、人の渦に飲まれていく。

 好機だ、と頭の冷えた部分が言った。今、間合いを切れ。

 逃げるんじゃない。今のままドレクと打ち合えば、リタごと崩される。それははっきりした。なら、一旦、引く。本隊の渦に紛れて、態勢を立て直す。ドレクは、混戦の中の俺一人を追うより、押し寄せる本隊を捌くほうを選ぶはずだ。利で動く男なら、そうする。

「リタ、こっちだ。下がる」

「でも――」

「今は、引く。打ち合っても、勝てない」

 俺は、揉み合う冒険者たちの間へ、リタの腕を引いてもぐり込んだ。背中で、ドレクが追ってこないのが、気配感知で分かった。読みどおり、向こうは、雪崩れ込む本隊のほうへ、向き直っている。木箱の影に身を寄せて、ようやく息をついた。肩の打たれたところが、じくじく痛む。胸当てが、また裂けていた。

 でも、痛みより、頭の中のほうが、ずっとうるさかった。

 火球は、撃つ前に読まれた。俊足の踏み込みは、待ち構えられていた。危険感知で先回りした場所には、来なかった。強化したリタの剣を置く段取りごと、上から見抜かれた。昨日掴んだ手も、その前に掴んだ手も、一つ残らず、あの男には通用しなかった。手が足りないんじゃない。手の、組み方そのものを、読まれている。同じ並べ方をしている限り、何度やっても、結果は同じだ。今の手の組み方の、その先へ行かないと、あの男には、届かない。何かを、変えなきゃならない。

 諦めじゃなかった。むしろ、逆だ。届かない壁の高さが、はっきり見えた。見えたなら、あとは、どう超えるかだ。

 木箱の影から、揉み合う人の隙間越しに、ドレクのほうを見た。雪崩れ込んだ本隊の冒険者が、二人がかりで斬りかかっている。ドレクは、その二人を、危なげなく捌いていた。一人の剣を受け流し、もう一人の踏み込みを、足払いで崩す。さっき俺にやったのと、同じ手だ。腕の立つ冒険者が二人がかりでも、あの男には、手も足も出ていない。

「リタ」俺は、揉み合う人の壁の向こうの、その一点を見たまま言った。「あれが、頭目ドレクだ」

 リタは、答えなかった。短剣を握る手が、白くなっていた。俺も、同じだった。

 あんなのに、今の俺たちで、どう勝つ。


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