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無限ガチャの転生者 ~毎日引いてスキルを集め、育てて最強になる~  作者: わわわ


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第21話 守る盾と、反撃の構え

 その夜、宿の戸に閂を下ろしても、嫌な感じは消えなかった。

 路地で別れたきり、表通りへ消えたはずの革の上着が、宿の向かいの軒下に一人、ずっと立っていた。窓の隙間から覗くと、暗がりの中で目だけがこっちを向いている。動かない。ただ、見ている。市場で誰に何を聞いたか、いつどこを歩いたか、全部向こうに筒抜けだと、オルグレンは穏やかな声で念を押して帰っていった。あの男にとって、俺たちはもう「邪魔な小僧」から、「片付けておく荷物」に変わっている。倉庫にいた頃、面倒な客の名前を帳面の隅に書き留めて、いつ手を打つか係に回す。あれと同じだ。順番待ちの札を、もう切られている気がした。

 壁の向こうで、リタの寝床の藁が、何度か鳴った。眠れていない。

「悠さん、起きてる?」

 薄い板壁越しに、声が落ちてきた。

「ああ」

「あの人、まだいる?」

「いる。けど、踏み込んでこない。たぶん、見張りだ」

 それ以上、リタは何も言わなかった。怖がらせたくはないが、嘘をついても始まらない。今夜は来ないかもしれない。明日でもないかもしれない。でも、いつかは来る。向こうは、こっちが動くより速く動ける場所に立っている。待っているうちに、こっちが先に削られる。

 寝床に背をつけて、頭の中だけで開く、いつものやつを呼んだ。寝る前の一回。手応えのあるものが出るかは運次第だが、今はひとつでも多く、できることが欲しかった。念じると、頭の中で、ことりと小さな音が鳴った。


『障壁 Lv1(R)』


 障壁。文字から察するに、何かを遮るやつだ。火球や礫みたいに、撃って当てる類じゃない。受けるための力。これまで俺の手元には、なかった種類だった。

 ただ、暗い宿でいくら念じても、目の前に何が出るわけでもない。手のひらの先に、薄い手応えのようなものが、ほんの一瞬よぎって、すぐ消える。使い方が、まだ呑み込めない。火球は、引いた直後から熱の集め方が分かった。これは、勝手が違う。攻撃と違って、来るものがなければ、張る理由もない、ということなのかもしれない。

 まあ、いい。明日、街壁の外ででも試せば――そう思って、目を閉じた。


 来たのは、夜明け前だった。

 戸を蹴破る音で、目が覚めた。安宿の薄い戸が、蝶番ごと内側へ倒れてくる。考える前に、危険感知が膝の裏を蹴った。来る、と。寝床から横へ転がったのと、土間に何かが突き立つのが、ほぼ同時だった。手投げの矢だ。さっきまで俺の腹があった高さに、震えながら刺さっている。

「リタ!」

 叫ぶと同時に、板壁の向こうで、もう一つ戸の壊れる音がした。リタの部屋もだ。二部屋、同時。一人や二人じゃない。

 暗がりの戸口から、革の上着が三つ、もう踏み込んできていた。路地で転がした手下とは、立ち方が違う。腰が据わっている。手練れ寄りの口だ。先頭の一人が、抜き身の剣をまっすぐ、寝起きの俺の喉へ突き出してくる。火球を集める間も、横へ逃げる間も、ない。

 間に合わない。

 そう思った、その手が、勝手に前へ出ていた。

 手のひらの先で、何かが固まった。薄い、透き通った板のようなものが、目の前の空気にぱっと立つ。剣の切っ先が、それにぶつかって、がつ、と鈍く弾かれた。突きの勢いが、横へ逸れる。男の体が、つんのめった。

 刺さらなかった。

 一瞬、何が起きたか分からなかった。喉に刺さるはずの剣が、見えない壁に当たって滑った。気配感知でも、危険感知でもない。あれは避けるための力で、今のは、避けてない。受けた。正面から、受け止めた。

 夜、引いたやつだ。障壁。窮地に追い込まれて初めて、それがちゃんと働いた。火球みたいに自分から集める力じゃない。来るものがある瞬間に、手のひらから前へ張り出す。今ようやく、使い方が体で分かった。

「悠さん!?」

 板壁の向こうから、リタの叫び。

「障壁、張れた! そっちは!?」

「一人! 来てる!」

 短剣のぶつかる音が、壁越しに鳴っている。リタは、もう応戦している。やられてはいない。声に張りがある。

 突きを外した男が、剣を引き戻して、もう一度来る。今度は横薙ぎだ。さっきと同じように手のひらを前へ出す。障壁が、間に合って立つ。剣が、がん、と弾かれた。手のひらの奥に、ぐっと重いものが押し返ってくる。受けた衝撃が、そのまま腕に来る。盾を持って殴られたときの、あの感じだ。

 ただ、すぐに分かった。これは、何枚も続けて出せない。

 二度受けたところで、三度目に手のひらを前へやっても、薄い板はもう固まらなかった。張れる間が、空いている。火球の痺れと同じだ。連発はきかない。それに、出るのは手のひらの前だけ。横や後ろから来たら、間に合わない。万能の盾じゃない。来ると分かった一発を、正面で一度受けるための、それだけの力だ。

 それでも、充分だった。喉に剣が刺さるはずだった一瞬を、これは、潰した。


「ダグ!」

 戸口の外から、聞き慣れた野太い声がした。

 革の上着の一人が、戸口で前のめりに突っ伏した。その後ろに、ダグが立っていた。皮鎧の胸板に、寝起きで叩き起こされたみたいに、紐が片方ほどけている。腰の剣は、もう抜いていた。

「向かいの軒に、夜通し見張りが立ってりゃ、嫌でも気づく」ダグは、突っ伏した男の背を膝で押さえながら、短く言った。「お前ら、目ぇつけられてんな」

「悪い。けど、助かった」

「礼はあとだ。あと二人、外にいる」

 ダグが来た。それだけで、肩の力が、少し抜けた。一人で三人を相手にして、リタの部屋まで気を回す――それは、無理だった。

「ダグ、こいつ頼む! 俺はリタの部屋!」

「行け」

 手のひらの前の男は、まだ剣を握っている。だが、ダグが踏み込んで、剣の柄頭で男の手首を打ち、続けて鳩尾へ拳を入れた。剣が落ちる。無駄がない。長く潜ってきた叩き上げの、削るような近接だ。男が膝をつくのを、ダグが上から押さえ込む。

 俺は壊れた戸を飛び越えて、板壁を回り込んだ。


 リタの部屋では、革の上着が一人、リタを壁際へ追い込んでいた。

 リタは押されている。短剣で剣を受けるたびに、踵が後ろへ滑る。手練れと正面からやり合えば、リタが押されるのは当たり前だ。それでも、落とされていない。足は、止めている。

「リタ、しゃがめ!」

 俺が叫ぶのと、リタが身を低くするのが、同時だった。組んでからのこいつは、こういうとき、理由を聞かずに従う。空いた頭上へ、火球を撃った。当てるためじゃない。男の顔のすぐ横を、熱の塊が掠めて、背後の壁で爆ぜる。火と土埃が、男の横面を舐めた。男が、たまらず半身を引いて顔を庇う。

「今だ!」

 リタの足元へ、強化付与を投げた。栗色の髪が、ぶわっと跳ねる。低く沈んだ体が、ばねみたいに前へ出た。村にいた頃から毎朝振ってきた剣が、男の庇った腕の内側へ、短剣の柄頭ごと叩き込まれる。骨を打つ、にぶい音。男の手から、剣が落ちた。

 火球を撃った手のひらは、まだ痺れたままだ。けど、次の一発は要らない。今は。リタが、強化の乗った突進で、男の体を壁へ押し込んでいた。肩から、体ごと。男が背を打って、息を詰める。

「悠さん、こっち!」

「押さえとけ! 殺すな、動けなくすればいい!」

「分かってる!」

 リタが、倒れた男の背に膝を乗せて、腕を捻り上げた。男は、もう剣を握れない。それで、充分だ。


 外に出ると、もう、明るくなりかけていた。

 残りの二人は、ダグが宿の前の通りで足止めしていた。一人は、剣を構えたまま、ダグの間合いに踏み込めずにいる。もう一人が、矢を投げる構えで、ダグの背を狙っていた。

 危険感知が、ぴりっと来た。あの矢だ。

「ダグ、後ろ!」

 ダグが咄嗟に身を捻る。それでも、投げられた矢のほうが速い。間に合わない――その手前に、俺の手が前へ出ていた。手のひらの前に、薄い板が立つ。さっき重いものを受けたばかりで、まだ手のひらが重だるい。それでも、固まった。

 矢が、障壁に当たって、横へ弾かれた。地面に落ちて、からんと鳴る。

「……今のは、お前か」ダグが、矢の落ちた先をちらっと見て、低く言った。

「ああ。なんとか、間に合った」

「ふうん」

 それだけ言って、ダグは、剣を構えた男の懐へ、低く滑り込んだ。剣の振りが、小さい。大きく振らない。踏み込みで間合いを潰して、相手の籠手の合わせ目を、柄頭で突き上げる。男が剣を取り落とした隙に、足を払う。地面に倒れた相手の背を、膝で押さえた。息一つ乱れていない。

 矢を投げた最後の一人が、形勢を見て、後ろへ逃げかけた。

「俊足」

 声に出すより、足が先に出ていた。地を蹴ると、体が一気に前へ滑る。逃げる男の背に追いついて、襟を掴み、足を払った。男が地面に転がる。馬乗りになって、腕を押さえた。嬲る気はない。動けなくして、それで終わりだ。


 五人、転がした。リタの部屋に一人、宿の中にダグが押さえた二人、外で俺とダグが一人ずつ。誰も、剣を握れる状態じゃない。だが、案の定、誰も口を割らない。誰に雇われた、なんて聞いても無駄だ。こいつらは金で動く手足で、頭の名前なんか知らされていない。それが、向こうのやり方だ。

「衛兵に引き渡す」俺は、転がした男の腕を縛りながら言った。「けど、これで終わりにはならない」

「だろうな」ダグは、紐のほどけた胸板を、面倒くさそうに結び直した。「向かいの軒に夜通し見張り立てて、夜明け前に二部屋同時。寝込みを潰しに来やがった。手駒も、安物じゃねえ。お前ら、相当でかい奴に睨まれてんな」

「魔石を、まとめて吸い上げてる商人だ」

 俺は、隠さずに言った。ダグは、新人の引率を業務でこなす常連だが、それだけの男じゃない。長く潜ってきた叩き上げで、街の裏も、たぶん俺たちより見ている。

「相場をいじって、街道で荷を奪わせて、差を抜いてる。その武力が、ダンジョンの中層に巣を構えてる軍だ。商人本人は、表通りで立派な商いをしてるだけの顔で、指一本汚れてない。正面から殴っても、街の偉い人と付き合いのある大商人に手を上げた新人、で終わる」

 ダグは、しばらく黙って、転がった手下を見下ろしていた。

「で、お前らは、潰されるのを待つのか」

「いや」

 迷いはなかった。リタの部屋で、壁際へ追い詰められていたあいつの踵が、後ろへ滑る音を、俺はもう一度思い出していた。喉に剣が刺さるはずだった、あの一瞬も。待っていたら、向こうの好きな順番で、削られる。受けて凌ぐ手札は、今夜、一つ増えた。だが、受けてばかりじゃ、いつか間に合わない一発が来る。

「待ってる側でいると、向こうの都合のいい時に、いい場所で来る。今夜だって、こっちが寝てる時間を選ばれた。待ってるかぎり、ずっとこっちが後手だ」

 言いながら、頭の中で、勝手に算盤が動いていた。倉庫にいた頃の癖だ。相手の動きを待つより、こっちが先に動いて、相手の手元を崩す。商人本人は潰せない。なら、その商人を支えてる武力――荷を奪い、相場をいじる力の大本を、先に叩く。蔵の樽がどこから来てるのか。中層の巣に、何があるのか。

「ダグ。中層の巣の場所、見当つくか」

「……噂程度なら、聞いてる」ダグは、剣を鞘に納めながら、こっちを横目で見た。「だが、お前ら二人で軍に突っ込む気なら、止めるぞ。欲かいて奥まで行くと死ぬ」

「二人で突っ込む気はない」

 そこは、はっきり言えた。

「ギルドが、もう動き始めてるだろ。街道の荷が何度も奪われて、新人が消されかけて、衛兵まで動いてる。この規模だ、上のランクが本腰を入れる。その流れに、当事者として乗る。中枢に手が届くのは、襲われた俺たちだ。一番、相手の動きを知ってる」

 リタが、縛り終えた手下から手を離して、立ち上がった。胸当ての革が、剣で浅く裂けている。けど、目には、おびえより、別のものがあった。さっきまで壁際へ追い込まれていた相手とは、立ち方が違う。

「待ってると、また寝込みを襲われるんでしょ」リタが、短剣を鞘に戻した。「それ、もう、嫌。私だって、当人だもん」

「ああ。だから、守ってばかりはやめだ」

 夜明けの光が、壊れた宿の戸口から、土間に差し込み始めていた。転がした手下たちの上を、白く照らす。

「こっちから、アジトを叩く。ダグ、段取りを組むのに、力を貸してくれ」

 ダグは、すぐには答えなかった。長く潜ってきた叩き上げの目で、俺とリタを順に見た。それから、ふん、と短く息を吐いて、剣の柄に手を置き直した。

「……欲かくなよ。死なれちゃ、寝覚めが悪い」

 止める、とは、もう言わなかった。


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