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無限ガチャの転生者 ~毎日引いてスキルを集め、育てて最強になる~  作者: わわわ


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第20話 踏み込みすぎたリタと、商人の影

「あれだけの数を、誰が食わせてんだ」

 大穴の帰り、街道脇の岩に腰を下ろして、俺は声に出してそれを言った。窪地で見た天幕の数が、頭の中でまだ膨れたまましぼまない。柵を組み、見張りを立て、向きの揃った槍を何十本も並べる。あれを維持するのに、何がいるかを考える。人は飯を食う。槍は鍛冶を通る。革鎧は革を買い、矢は矢羽根を要る。倉庫にいた頃、現場に三十人入れるたびに、頭の中で弁当と日当を勝手に積み上げる癖がついていた。人を集めて動かすのは、つまり金を燃やすことだ。あの規模を、奪った荷の売り食いだけで回しているなら、毎日とんでもない額が要る。

「金主がいる」

 口に出してみて、しっくりきた。一の組三十人を一日で街道へ送り出せるギルドと、同じだ。あれだけの形を作って維持できるのは、相当に深い財布を持った誰かが、後ろで金を流しているからだ。その財布が、奪った魔石を換金して、また金に変えて、軍に注ぎ込む。順番が見えてきた。

 魔石の相場の歪みに気づいたのは、もう何日も前だ。安い魔石ばかりが叩かれて、いいやつは下がらない。誰かが新人の魔石を相場より安く吸い上げて、相場の下がっていないよそへ流して儲けている。あのとき俺は、それを「でかい規模の商売」だと思った。商売だ。間違っていない。ただ、その商売の片端に、街道で荷を奪う軍がぶら下がっていただけだ。奪う側と、さばく側が、一本の流れの両端で繋がっている。流れの真ん中に、その金を回している誰かがいる。

「リタ。買取の窓口で、係に丁寧にされてた商人、覚えてるか」

「うん。指に銀の輪はめてた、いい上着の」

「あれだ。あの手の、魔石をまとめて引き取れる大口の買い手。相場をいじれて、軍を養えるだけの財布を持ってる。そんなのが、この街にそう何人もいるとは思えない」

 名前までは知らない。けど、輪郭はもう、かなりはっきりしている。あの軍の金主と、相場をいじって魔石を吸い上げてる大商人は、たぶん同じ一人だ。それ以上は、座って考えてても出てこない。確かめるには、その商人がどこの誰で、どこに倉を持って、どこへ魚を流しているのか、足で確かめるしかなかった。


 それを、リタが先にやった。

 次の日、大穴で落ち合うはずの時刻に、リタが来なかった。受付の女に聞くと、朝のうちに一人で札を見ていったという。嫌な予感がした。気配感知を、街の喧騒の中で、人混みのほうへ広げる。市場の方角だ。

 昼前に、ようやく宿の井戸端でつかまえた。リタは、布袋を抱えて、息を切らしていた。

「悠さん。あの商人、オルグレンっていうんだって」

「お前、まさか」

「市場で、魚屋のおばさんに聞いて回ったの。魔石を大口で買ってる商館はどこか、誰が回してるのか。そしたら、オルグレンって名前が、何人もの口から出てきた。表通りに大きい商館を構えてて、街の偉い人とも付き合いがある、立派な人なんだって。みんな、悪く言わないの。でも――」リタは、声を落とした。「商館の裏に回ったら、荷の出し入れしてる蔵があってね。覗いてたら、人足が、樽と木箱を、夜に外の保管所へ運ぶって話してた。街道で奪われたのと、同じ形の樽」

 俺は、井戸の縄を握ったまま、しばらく言葉が出なかった。腹が立つより先に、ひやりとした。

「リタ。なんで、俺に黙って」

「だって」リタは、まっすぐ俺を見た。気の強い目だ。「悠さんばっかり、ずっと考えてるじゃない。魔石の値段ぶつぶつ言って、窪地で顔色変えて。私だって、あの連中に二人とも始末しろって言われた当人だよ。悠さんに全部抱えさせて、私だけ前で剣振ってればいいなんて、そんなの、嫌だもん」

 言い返す言葉が、すぐには見つからなかった。こいつなりの筋だ。負けず嫌いと、情の厚さが、まっすぐそっちに転がっている。叱るより先に、確かに役に立つ話を持って帰ってきたことのほうが、効いた。商館の名前。蔵。夜に運ぶ樽。座って考えてても出てこなかったものが、リタの足で、形になっていた。

「役に立った」俺は、正直にそう言った。「けど、二度と一人で行くな。次は、二人で行く」

「……うん」


 二人で、ということになった。

 その日の夕方、表通りのオルグレンの商館の前を、客のふりをして通りかかる――つもりだった。蔵の場所と、人足の動く時刻を、もう一度、二人の目で確かめておきたかった。商館は、なるほど立派な構えだった。磨かれた看板、開いた表口、出入りする身なりのいい客。リタが市場で聞いた通り、表向きは、何も後ろ暗いところのない大商人の店に見えた。

 路地に折れて、蔵のほうへ回り込もうとしたときだった。

 気配感知の縁に、人が増えた。

 前から二人。後ろから一人。革の上着。冒険者の証は提げていない。買取窓口の柱の陰で、俺を見ていた男と、同じ匂いだ。さっきまで路地は空いていた。それが、俺たちが奥へ入った途端、両端を塞ぐように立った。偶然じゃない。待たれていた。

「リタ、下がれ」

 言うのと、前の二人が距離を詰めてくるのが、ほぼ同時だった。一人が、懐から短い棒のようなものを抜いた。刃じゃない。殴って黙らせて、どこかへ運ぶつもりの得物だ。街中で、刃物で血を流させるより、そっちのほうが商人には都合がいい。

 俺は、リタとの間に強化付与を投げた。リタの足が、ぐっと地を噛む。

「行ける!」リタが、短剣を抜いた。

 前の一人が棒を振り下ろすのを、リタが半身で外して、相手の手首の内側へ短剣の柄頭を叩き込んだ。棒が落ちる。もう一人が、その隙にリタへ回り込もうとした。俺は、火球を、そいつの足元の石畳に低く撃った。爆ぜた熱と土埃が、男の顔を下から舐める。当てるためじゃない。怯ませて、足を止めるための一発だ。男が顔を庇って半歩退いた、その間に、リタが踏み込んで、肩から体ごとぶつかった。強化の乗った突進だ。男が壁に背を打って、息を詰める。

 後ろの一人が、俺の背に迫っていた。気配感知が、距離と向きを教えてくる。振り向きざま、危険感知が膝に「来る」と報せた通りに、相手の腕が伸びてくる。俺は、その腕を掻い潜って、相手の襟を掴み、足を払った。男が地面に倒れる。馬乗りになって、押さえつけた。嬲る気はない。動けなくして、それで充分だ。

「悠さん、こっち片付いた!」

 リタの声が、上ずっていた。けど、ちゃんと立っている。やられてなんかいない。

 三人とも、もう得物を握れる状態じゃなかった。けど、誰も、口を割らない。誰に雇われた、なんて聞いても無駄だ。こいつらは、金で動く手足で、頭の名前なんか、たぶん知らされていない。証拠は、何も残らない。それが、向こうのやり方だ。


 路地の奥から、靴音がした。

 ゆっくりと、一人の男が歩いてきた。仕立てのいい上着。指に、銀の輪。窓口で見た、あの商人だ。手下が転がされているのを見ても、顔色一つ変えない。むしろ、困ったように、薄く笑った。

「これは、ひどい。うちの者が、ご迷惑をおかけしましたか」

 オルグレンは、襟を正しながら、穏やかに言った。脅す気配は、どこにもない。声まで丁寧だった。

「物騒な路地です。ええ、近頃は、物騒だ。お嬢さんも、こんなところを一人で嗅ぎ回らないほうがいい。市場で、ずいぶん熱心に、商いのことを聞いて回っていたそうですね」

 リタの肩が、強張った。市場で聞き回ったことが、もう、この男に届いている。

「若いうちは、見えないものに、首を突っ込みたくなる。気持ちは分かります」オルグレンは、俺のほうに目を移した。値踏みする目だ。けれど、声は、最後まで柔らかかった。「ですが、世の中の流れというのは、見えているところだけで回っているわけではない。見えないところに踏み込むと、足元を、すくわれます。お互い、損のない話をしましょう。私は、あなた方と、揉めたいわけではない」

 倒れた手下に目もくれず、男は、もう一度、薄く笑った。

「証拠? ……はて。私が、何を、したと?」

 その通りだった。荷を奪うのは軍で、手を下すのは路地のこいつらで、相場をいじるのは「出回りすぎだ」という噂で、男自身は、ただ表通りで立派な商いをしているだけだ。指一本、汚れていない。今この男を殴ったところで、街の偉い人と付き合いのある大商人に手を上げた新人冒険者、の一件にしかならない。正面から潰せる相手じゃない。

 だったら、汚れていないふりをしている、その手元の帳面を、こっちで暴くしかない。安く吸い上げて、よそへ流して、差を抜く。その数字は、必ずどこかに残っている。残らないわけがない。金は、嘘をつかない。

「忠告、どうも」俺は、それだけ返した。

「賢明な方だ」オルグレンは満足げに頷いて、手下を顎で促し、踵を返した。「お嬢さんを、大事になさい。……次に、私の蔵の周りで見かけたら、私には、もう、止められないかもしれない」

 穏やかな声のまま、それだけ残して、男は表通りの光のほうへ消えていった。

 リタが、短剣を鞘に戻せずに、まだ握ったままだった。

「悠さん。あの人……私が、市場で何聞いたか、全部、知ってた」

「ああ」

「私たちが、いつ、どこ歩いてたかも、たぶん」

 リタの声が、震えていた。怒らせちまった、という顔だ。俺も、同じことを考えていた。あの男に、リタは、はっきり名前と顔を覚えられた。市場で誰に何を聞いたかまで、向こうの耳に入っている。こっちが嗅ぎ回るより速く、向こうは、もう、こっちの動きを掴んでいる。

 路地の出口で、革の上着が一人、こっちを向いて立っていた。表通りへ消えたはずの男の、別の手の者だ。動きはしない。ただ、見ている。

 俺たちが何を調べ、どこへ行くか。それは、もう、向こうに筒抜けだった。


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