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無限ガチャの転生者 ~毎日引いてスキルを集め、育てて最強になる~  作者: わわわ


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第19話 動き出した街と、ひとつの軍

 ギルドの前の広場が、朝のうちから人で埋まっていた。

 いつもの掲示板の取り合いじゃない。革鎧を着込んだ連中が、十人、二十人と固まって、何か低く確かめ合っている。荷馬車に、矢束と、束ねた槍と、木箱がいくつも積まれていく。受付の女が、いつもの面倒くさそうな顔をどこかへ放り出して、戸口で名簿らしき紙を読み上げ、応じた冒険者が次々と荷馬車の側へ流れていく。出立の支度だ。それも、二人や三人で森に薬草を採りに行く支度じゃない。Cより上の腕利きを、まとめて街道へ送り出す支度だった。俺は人垣の端から、その流れを見ていた。隣でリタが、爪先立ちで荷馬車の積み荷を覗き込もうとしている。

「悠さん、すごい数。あれ全部、北に行くの?」

「だろうな」

 数えるともなく、目に入る頭数を数えていた。広場にいるだけで、三十は下らない。これに衛兵が加わって、後から合流する組もいるなら、もっと膨らむ。倉庫にいた頃、棚卸しの応援要員が現場に何人入るかで、その仕事の規模が一目で読めた。人を集めるのには金がかかる。腕のいい人手ならなおさらだ。それだけの頭数を、ギルドが一日で街道へ送り込む。向こうの巣を「隠れ家」程度に見積もっていたら、こんな数は動かさない。上の連中は、もう、相手の大きさを掴んでいる。

 その人垣の向こうで、ダグが、こっちに気づいて手を上げた。出立の組には入っていないらしい。荷馬車から少し離れた壁際に立って、行き交う冒険者を眺めている。俺たちが寄っていくと、低い声で言った。

「お前ら、見物に来たのか」

「成り行きが知りたくて」

「成り行きなら、ここで突っ立ってても分からん」ダグは、顎で広場の喧騒をしゃくった。「上が動くのは決まった。だが、相手の巣がどんな構えなのか、ここにいる連中も、はっきりは知らねえ。斥候が一度近づいて、引き返してきただけだ。だから、こうして手探りで頭数を揃えてる」

「ダグさんは、行かないんですか」

「俺は、二の組だ。一の組が様子を見て、足りなけりゃ呼ばれる」ダグは、壁にもたれたまま、麦酒も飲まずに広場を見ていた。「それより、お前らだ。手練れを縛って表に引きずり出したのは、お前らだぞ。一の組が出払った街に、お前らだけ呑気に残しとくわけにもいかねえ」

 言われて、背筋に冷たいものが走った。狙われているのは、こっちだ。腕利きが街道へ出払えば、街の中の手当ては薄くなる。向こうが、その隙にこっちを片付けにくる、という筋も、当然あった。

「だから、俺と一緒に来い」ダグは、壁から背を起こした。「街道の出口まで、一の組の後について行く。ついでに、巣の手前まで様子を見る。お前らを、ただ街に置いとくよりは、目の届くとこに置いといたほうがマシだ。手は出すな。見るだけだ。見て、向こうがどれだけのもんか、お前らも腹に入れとけ」


 北の街道は、街を出てしばらくは荷馬車の轍が深く刻まれた広い道だった。それが、林に入る手前で細くなり、両側から木の枝が覆い被さってくる。一の組の腕利きたちは、その細い道を、二列になって黙々と進んでいく。話し声はない。鎧の擦れる音と、踏みしめる土の音だけが続く。俺とリタとダグは、その最後尾から、さらに距離を空けて歩いた。

 林の奥へ入るほど、空気が変わった。

 俺は、気配感知をずっと開いていた。森の中なら、いつもは小さな獣や、浅い区画から這い出した低位の魔物の気配が、ぱらぱらと拾える。けど、ここはそれが、おかしいくらい静かだった。獣がいない。逃げたんだ。何かが、この林の奥に居座っていて、本来そこにいるはずの獣を、追い払っている。その「何か」の輪郭が、進むほどに、感知の縁に滲んでくる。

「ダグさん」俺は、声を落とした。「この先、気配が、固まってます。一つや二つじゃない」

「いくつだ」

「数えきれない」正直に言った。「林の奥の、窪地みたいになってるところに、人の気配が、塊で溜まってる。森に獣がいないのは、たぶん、そのせいです」

 ダグは、足を止めた。一の組も、前方で止まっていた。先頭の腕利きが、片手を上げて、後続を制している。やがて、列の前のほうから、一人が小走りに引き返してきた。斥候役らしい。革の軽装で、汗をかいている。先頭の指揮らしき男に、何か早口で報告するのが、距離を置いた俺たちのところまで、切れ切れに届いた。

「――尾根の向こうに、柵が……木を組んで、二重に……見張りが、塔みたいなのに……」

 柵。見張りの塔。二重に組んだ木。それは、隠れ家の言葉じゃなかった。

 俺は、ダグに目をやった。ダグの顔から、いつもの無愛想とは違う色が、わずかに引いていた。


 もっと見たかった。気配感知の縁に滲む塊が、本当はどれだけの数なのか、確かめたかった。一の組が斥候の報告で押し止まっている隙に、俺は、道を少し外れて、林の縁の高みへ寄った。

「悠さん」リタが、すぐ後ろについてきた。

「少しだけだ。上から、覗くだけ」

 ダグが、舌打ちして、けど止めずに、ついてきた。「離れるなよ。気配が動いたら、即引く」

 木立の切れ目に出ると、林がいったん途切れて、その先が、浅い窪地になっていた。窪地の底に、灰色の塊が広がっていた。

 最初、それが何なのか、目が受け止めきれなかった。

 天幕だった。粗末な革と布の天幕が、いくつも、いくつも、整然と列を作って並んでいる。野盗が雨をしのぐ掘っ立て小屋じゃない。並べ方に、間隔がある。炊事の煙が、決まった場所から、何筋も立ち昇っている。窪地を囲む木の柵は、斥候が言った通り、二重だった。継ぎ目に、見張りの組まれた台がある。その上に、弓を構えた人影が、こっちを向いていないだけで、ちゃんと外を睨んでいる。柵の内側を、革鎧の男たちが、ばらばらじゃなく、二人組、三人組で、決まった筋を歩いて回っている。見回りだ。誰かが、回る道筋と人数を、割り振っている。

 遠見を使った。

 窪地の底が、ぐっと近づく。天幕の数が、はっきり数えられるようになった。一つの天幕に何人が寝起きするのか、俺には分からない。けど、この数の天幕に、たとえ控えめに見積もっても――頭の中で、数が膨れていく。倉庫の棚卸しで、箱の数から中身の総数を割り出していたのと、同じ手だ。見えている天幕の数。煙の筋の数。柵の長さに対する見張りの台の数。一つずつ拾って、掛け合わせていくと、数えたくない数字になった。新人を脅して荷を奪う、寄せ集めの野盗が三人や五人。そんな規模じゃない。

 武装も、揃っていた。柵の内側に、得物が立てかけてある区画が見える。槍が、向きを揃えて何十本も並んでいる。盗品をかき集めたなら、こうは揃わない。誰かが、得物を支給して、置き場所まで決めている。

「リタ」俺は、自分の声が、少し掠れているのに気づいた。「あれ、見えるか」

「……うん」リタは、窪地を見下ろしたまま、動かなかった。気の強い目が、珍しく、見開かれていた。「あれ、全部、人? ……あんなに?」

 鑑定を、見張りの台の一人に向けてみた。返ってくるのは、ただの人間だという、当たり前の答えだ。ゴブリンでも、獣でもない。けど、ただの人間が、これだけ集まって、柵を組み、見張りを立て、得物を揃え、決まった筋を回っている。それを見ているうちに、別のものが、感知の奥に滲んできた。

 窪地の底の、一番奥。木立を背にした、一回り大きな天幕。そこから、何かが、滲んでいた。

 気配感知に、はっきりした像は結ばない。ただ、窪地全体の人の気配が、その一点に向かって、薄く、糸を引いているのが分かった。見回りの筋も、得物の置き場も、煙の立つ場所も、たどっていくと、その奥の天幕に繋がる。誰かが、ここにいる。柵を組ませ、見張りを割り振り、この数の人間を、一つの形にまとめている誰かが。顔は見えない。声も聞こえない。ただ、これだけの数の人間を、こんなふうに動かせる人間が、あの天幕の奥に座っている。それだけが、押し殺した気配の塊として、こっちに届いた。

 背中の毛が逆立つ、というのとは違った。胃のあたりが、すっと冷えた。寒さじゃない。窪地を見下ろして、目に入ったものの数が、頭の中の見積もりを、片端から上回っていく感覚だ。


「引くぞ」ダグが、低く言った。声に、いつもの余裕がなかった。「お前ら、見たな。これで分かったろう」

 木立の陰に身を引いて、来た道を戻りながら、ダグが、誰にともなく吐き捨てた。

「斥候が一度引き返したわけだ。あんなもん、近づいたら囲まれて終わりだ。一の組三十で殴り込めるような構えじゃねえ」

 俺は、頭の中で、さっき拾った数を、もう一度並べ直していた。天幕の数。見張りの台。揃った槍。決まった見回りの筋。それから、奥の天幕の、押し殺した気配。一つずつ、確かめるように並べていくと、答えは、一つしか出てこなかった。

 倉庫の応援要員が三十人、と聞いて思い浮かべる現場と、向こうの窪地は、桁が違った。三十人で勝てる相手なら、ギルドはもっと早く動いていた。一の組が斥候の報告で押し止まったのも、当然だ。あれは、踏み込んだ瞬間に、こっちが囲まれる側になる構えだった。

 俺たち二人と、ダグ。集めた手は、確かに、昨日一つ嚙み合った。火球の痺れの空白を、危険感知と強化付与で埋める手。あれは、向こうから手練れが一人、二人と寄越されたときに、凌ぐための手だ。けど、窪地で見たのは、一人や二人じゃない。柵を組み、見張りを立て、得物を揃え、奥に束ねる誰かが座っている。あれを、俺たち二人の手で、どうにかできるとは、口が裂けても言えなかった。

 逃げられるなら逃げたい、と、正直、思った。だが、逃げ場はもうない。あの窪地の連中は、市場の歪みに気づいた程度の新人を、二人とも始末しろと寄越した。あれだけの数を束ねて、得物まで揃える連中が、こっちを忘れてくれるわけがない。退けば、追われる。退かなくても、追われる。なら、退かないほうが、まだ、こっちで段取りを作れる。

 リタが、まだ窪地のほうを振り返っていた。

「悠さん」声が、少し震えていた。「あれって、私たちが、その……怒らせちゃった連中、なんだよね」

「ああ」

「私、てっきり、もっと……。盗賊って、十人くらいで、街道で待ち伏せして、荷を奪う、そういうのだと思ってた」

 俺も、そう思っていた。林に入る前までは。

 あれは、街道で荷馬車を待ち伏せする、十人ばかりの盗賊じゃなかった。柵があった。二重に組まれた、見張りの塔があった。決まった筋を回る見回りがいて、向きを揃えた槍が何十本も立てかけてあって、炊事の煙が、決まった場所から、何筋も立ち昇っていた。そして、窪地の一番奥の天幕で、その全部を、一人の手が束ねていた。

 あれは、盗賊団じゃない。

 ひとつの、軍だ。


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