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無限ガチャの転生者 ~毎日引いてスキルを集め、育てて最強になる~  作者: わわわ


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第16話 歪んだ相場と、誰かの視線

 縛り上げた二人を街まで引っ張って衛兵に突き出したのは、結局、その日の夕暮れだった。

 門の脇の詰所で、衛兵は俺たちから話を聞いて、街道で荷馬車が、馬は刃物、荷だけ綺麗に、と俺が並べると、ふん、と顎を引いた。盗賊の二人は、詰所の隅に座らされて、もう悪態もつかない。受付に報告しておけ、と衛兵は言った。翌日、ギルドの受付にそれを伝えると、女は依頼書の控えに何か書き足して、それから、こっちをちらりと見た。

「街道の件は、上のランクが見てる。Eとその下のあんたたちが、これ以上首を突っ込む話じゃないよ」

「分かってます」

「魔物の間引きで、人間を二人縛ってきたんだ。手柄は手柄。報酬は出すよ」女は銅貨を数えて台に置いた。「けど、深追いはおよし。あんたたちの手に負える相手じゃない。それだけ」

 女の言い方は、突き放してるわけじゃなかった。むしろ、知ってるからこその言い方だ。街道で何が起きているかを、ギルドはもう、ある程度つかんでいる。つかんでいて、それでも、新人には触らせない。荷の行き先も、売り先も、決まっている、と縛られた男は言った。その「決まっている先」が、新人ごときが踏み込める場所じゃないということだ。俺は銅貨を布袋にしまって、それ以上は聞かなかった。聞いても、女は喋らない。

「リタ。今日は、いつもの大穴でいいか」

「うん。稼がないと、宿代も出ないし」

 そういうことだ。盗賊がどうとか、その奥の誰かがどうとか、考えるのは勝手だが、考えてるだけじゃ宿代は降ってこない。俺たちは新人で、稼がなきゃ明日の飯がない。街道の謎は謎のまま、いつもの竪穴へ降りた。


 硬いのを三つと、混じった群れをいくつか。

 大穴の一段下の区画は、もう危なげなく回せる。リタが前を割って、俺が後ろで気配を読む。魔石と、皮の硬いやつの素材を布袋に詰めて、日が傾く前に外へ出た。ここまでは、いつもの一日だ。

 変だな、と思ったのは、ギルドの買取窓口でだった。

 魔石を台に並べると、買取の係が天秤と物差しで一つずつ検めて、値をつけていく。係が値を言う前に、俺はいつも、自分でだいたいの額を頭に置いておく。倉庫で帳簿をいじっていた頃の癖だ。物を見て、相場を当てて、それから実際の数字と突き合わせる。当たれば気分がいいし、外れれば、なぜ外れたかを考える。今日も、硬いのから出た魔石を見て、頭の中で値を組んだ。先週と同じ質、同じ大きさ。先週は、これ一つで銅貨四十枚だった。

 係が言ったのは、銅貨三十二枚だった。

「先週より、安いな」

 つい、口に出ていた。係は天秤から目を上げて、面倒くさそうに、まあな、と返した。

「このとこ、魔石が安い。出回りすぎてんだとさ」

 出回りすぎ。需要に対して、物が多い。多ければ、値は下がる。理屈は分かる。倉庫に物が積み上がれば、買い手は強気になって、買い叩く。それと同じだ。だから、安い。係の言うことは、筋が通っている。

 通っているはずなのに、何かが、引っかかった。

 その引っかかりの正体は、その場では分からなかった。布袋に銅貨をしまって、リタと安宿のほうへ歩きながら、頭の片隅で、それを転がしていた。魔石が出回りすぎ。誰が、そんなに魔石を出しているんだ。大穴に潜る冒険者の数が、急に倍に増えたわけじゃない。新人がわっと押し寄せた、なんて話も聞かない。なら、魔石が増える理由がない。供給が増えていないのに、値だけが下がる。それは、出回りすぎとは、違う話だ。


 次の日も、その次の日も、俺は魔石を売りに行った。

 稼ぎは止められない。だから、売る。売るたびに、係の言う値を覚えておいて、頭の中で先週、先々週と並べていく。倉庫の棚卸しと同じだ。一回の数字じゃ、何も分からない。並べて初めて、流れが見えてくる。

 三日分を並べてみて、引っかかりの正体が、形になってきた。

 魔石全体が安い、というのは、嘘だった。正確には、安くなっているのは、大穴の浅いとこで出る、ありふれた小さい魔石ばかりだ。俺やリタが売るような、ありふれたやつ。それは、確かに値を下げられている。だが、たまに混じる、質のいい大きめの魔石――硬いやつや、たまの格上から出るような上等なやつ――そっちの値は、下がっていない。むしろ、ほんの少し、上がってさえいる。

 おかしい。

 本当に魔石が出回りすぎているなら、安いやつも高いやつも、まとめて値が落ちるはずだ。市場に物が溢れたら、上から下まで全部、買い手の言い値になる。倉庫に在庫が詰まれば、上等な品も叩かれる。なのに、安いやつだけが下がって、いいやつは下がらない。これは、自然に物が溢れた動きじゃない。誰かが、安いやつを買い叩いて、いいやつには手をつけていない。

 買い叩いてどうする。

 そこで、もう一つ気づいた。安いやつを束ねて買い叩けば、買う側は、ありふれた小さい魔石を、相場よりずっと安く、大量に集められる。集めて、どこか別の場所――この街じゃない、相場の下がっていない別の街にでも持っていけば、買った値と売る値の差が、まるごと利になる。倉庫で言えば、安く仕入れて高く出す、ただそれだけのことだ。ただそれだけのことを、街一つの魔石相場をいじって、でかい規模でやっている誰かがいる。


「悠さん、何ずっと考えてるの。さっきから魔石の値段、ぶつぶつ言ってるけど」

 安宿の食堂の隅で、汁物をすすりながら、リタが呆れた顔をした。俺は、椀を置いた。

「リタ。お前、村にいた頃、麦を売ってたよな」

「うん。秋に、まとめて。村で穫れたぶんを、商人が買いに来て」

「その商人が、今年は不作だから安く買い叩くって言ったとして、でも、よその村じゃ豊作で値が下がってない、ってわかったら、お前ら、どう思う」

 リタは、しばらく考えた。それから、眉を寄せた。

「……騙されてる、って思う。不作なんて嘘で、安く買って、よそで高く売る気だって」

「そうだ」

 まさに、それが、今この街の魔石で起きていることだった。

 魔物が増えたわけでも、潜る冒険者が増えたわけでもないのに、安い魔石の値だけが下がっている。誰かが「出回りすぎだ」という理屈を流して、新人や駆け出しの魔石を、相場より安く吸い上げている。係でさえ、出回りすぎだと信じている。信じさせるだけの、もっともらしい理屈と、それを言わせるだけの力を、その誰かは持っている。

 吸い上げた魔石を、どこへ流すのか。

 考えていて、ふいに、別の絵と重なった。

 街道だ。

 荷馬車が、馬は刃物で殺され、荷だけ綺麗に持っていかれた。樽と木箱を選んで、林の奥へ運んでいった。あの荷の中身を、俺は見ていない。けど、この街の周りで、わざわざ街道を張って、荷だけ綺麗に奪うだけの値打ちがあるものといえば――この辺りで運ばれて、奪う側が売りさばける算段のついているものといえば――魔石と、ダンジョンの素材だ。それ以外に、何がある。

 荷馬車から奪われた魔石が、市場に流れている。

 その魔石が、相場を押し下げている。

 いや、順番が逆かもしれない。相場を下げて安く吸い上げる仕組みと、街道で荷を奪う仕組みは、別々の手口に見えて、同じ一つの流れの、両方の端なんじゃないか。片方の端で、街道の荷を奪って魔石を集める。もう片方の端で、市場の値をいじって、新人の魔石まで安く吸い上げる。集めた魔石を、相場の下がっていないよそへ流して、差を利にする。盗賊が街道で荷を奪うのも、係が「出回りすぎだ」と言うのも、全部、同じ一つの流れの中で動いている。

 背中の毛が、ざわりと立った。

 俺は、ただの野盗退治だと思っていた。腹を空かせた盗賊が、行き当たりばったりに馬車を襲っている。それを間引いて、報酬をもらって、終わり。そういう話だと思っていた。違った。これは、街の魔石の相場に、しっかり食い込んだ商売だ。街道で荷を奪う人手がいて、それをさばく市場の仕組みがあって、相場をいじって新人の取り分まで吸い上げる力がある。盗賊は、その手足の一本にすぎない。二人縛ったところで、流れは止まらない。受付の女が、深追いはおよし、と言ったのは、これだ。


 その絵が頭の中で形になったのは、また魔石を売りに行った、その帰りだった。

 買取窓口の脇に、ちょっとした人だかりができていた。革張りの帳面を抱えた男が、係と何か話している。身なりがいい。新人や冒険者の革鎧じゃない。仕立てのいい上着に、指に銀の輪。商人だ。それも、雑用の使い走りじゃない。係の態度が、俺たちのときと、まるで違った。値を言うときの面倒くさそうな声が、その商人の前では、ずいぶん丁寧になっている。男のほうは、帳面に何か書きつけては、係に短く何か指図していた。台の上には、魔石が山と積まれている。俺たちが売ったような、安いやつばかりだ。

 ふうん、と思った。それだけだ。

 商売のことだろう。商館だか、どこかの大きな買い手だか、そういうのが、まとめて魔石を引き取りにきた。よくある光景なんだろう。係が丁寧なのも、相手が上等な客だからだ。俺は布袋を肩にかけ直して、人だかりの脇を抜けようとした。

 そのとき、気配感知の端に、何かが触れた。

 誰かが、こっちを見ている。

 人だかりの、係でも、革張りの帳面の商人でもない。その後ろ。柱の陰のあたりに、一人、立っている。革の上着の男だ。冒険者の証は提げていない。何をするでもなく、ただ、立っている。なのに、その視線が、俺のほうに、はっきり向いていた。気配の向きで、それがわかる。魔物の気配を読むのと同じだ。どこから、どっちを向いているか。男の目は、買取の台でも、商人でもなく、俺を見ていた。

 目を合わせはしなかった。

 合わせれば、見ていると気づいたことを、向こうに教えてしまう。俺は何も気づいていないふりで、布袋を提げ直し、リタのほうへ歩いた。歩きながら、気配だけで、男のほうを探る。男は、動かない。けど、視線は、俺がギルドを出るまで、ずっと外れなかった。

「悠さん? どうかした」

「いや」

 なんでもない、と言いかけて、やめた。リタには、言っておいたほうがいい。

「リタ。さっきから、見られてる」

「え?」

「振り向くな。ギルドの中。柱の陰に、男が一人。冒険者じゃない。俺たちを見てた」

 リタの足が、一瞬、固くなった。けど、こいつは賢い。振り向かなかった。短剣の鞘に手をやりかけて、それも、途中で止めた。街中で、相手はただ立っているだけ。手を出してきたわけじゃない。

「……いつから」

「分からん。けど、たぶん、俺が魔石の値段を、しつこく覚えてるのに、気づかれてる」

 係に、先週はいくらだった、と何度も聞いた。三日分の値を並べて、首をひねった。市場の歪みを嗅ぎ回る新人を、誰かが、気にし始めている。荷の行き先も売り先も決まっている、と縛られた盗賊が言った、その「決まっている」流れの、どこかに連なっている誰かが。安く魔石を吸い上げて、街道で荷を奪って、相場に食い込んでいる、その誰かが、嗅ぎ回る俺の存在に、気づいた。

 盗賊と、魔石の相場の歪みは、別の事件なんかじゃない。同じ一つの流れの、両端だ。それは、街道のはるか手前、この街の市場の真ん中に、もう食い込んでいる。

 柱の陰の男の視線は、俺の背中に、まだ貼りついていた。


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