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無限ガチャの転生者 ~毎日引いてスキルを集め、育てて最強になる~  作者: わわわ


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第14話 リタの事情と、街道の噂

 その日の帰りも、布袋はそこそこ重かった。

 皮の硬いのを二人で割るのにも、もう慣れてきた。リタが踏み込む半瞬前に刃へ乗せる、あの呼吸が噛み合うようになってからは、一段下の区画も、危なげなく回せる。今日は硬いのを三つと、混じって出てきた群れをいくつか。魔石の取り分は、二人で割っても、最安宿に転がり込んだ頃の俺には、ちょっと信じられない額になっていた。稼ぎは、止まっていない。じわじわとだが、確かに上を向いている。それだけで、足取りが軽くなる。

 大穴の梯子を上りきって外に出ると、日はもう傾きかけていた。橙色の光が、街壁の石を温い色に染めている。リタは、布袋を片手に提げたまま、もう片方の手で短剣の鞘の留め具を、かちゃ、かちゃと意味もなくいじっていた。これは、こいつが何か喋りたいときの癖だ。組むようになってから、だいぶ分かってきた。

「悠さん」

「なんだ」

「あのさ。悠さんって、村、どこ」

 ずいぶん唐突な聞き方だった。俺は、出身を「遠方」とだけ書いた登録のときのことを、ちらりと思い出す。

「遠いとこだ。あんたの知らないとこだと思う」

「ふうん。みんなそう言うんだよね、街に来た連中は」リタは、深くは突っ込まなかった。「私はさ、北のほうの村。歩いて、四日くらい。麦と、あとは羊」

「四日か。近くはないな」

「近くないよ。荷馬車に乗せてもらって、それでも丸二日。最後のほうは歩いた」

 リタは、思い出すみたいに、街壁の向こうの北の方角へ目をやった。べつに感傷的になっている顔ではない。麦と羊、と言ったときの口ぶりも、淡々としたものだった。


 道々、リタはぽつぽつと、村のことを話した。

 聞いてくれと身を乗り出すわけでもなく、布袋を提げて並んで歩きながら、思い出した順に、という感じだった。村には剣を教える者なんていなくて、だから自己流だったこと。朝、まだ暗いうちに起きて、井戸端で素振りをしてから畑に出たこと。村の大人には「女が剣なんか」と笑われたが、本気で止める者もいなかったこと。

「止められたら、たぶん意地でやってた」リタは、ちょっと笑った。「でも、笑われるだけだと、逆に張り合いがないんだよね。あれ、おかしいよね」

「分かる気がする」

 無視されるより、ちゃんと反対されるほうが燃える、というのは、なんとなく分かった。元会社員の感覚で言えば、上が無関心な企画ほど、やる気が萎える。

「で、毎朝振ってた、と」

「言ったでしょ、最初に。覚えてないの」

「覚えてる。ちゃんと覚えてる」

「ならいい」

 リタは満足そうに頷いた。それから、少し声のトーンを落とす。

「でもさ。毎朝振ってても、村にいたら、それで終わりなんだよね。麦刈って、羊追って、剣は朝だけ。そのうち、誰かと所帯持って、それで一生。……それが嫌だったってわけでもないんだけど」

 言葉を切って、リタは布袋を提げ直した。

「ただ、自分がどこまでいけるのか、村にいたら、一生分かんないなって。剣、振ってても、村じゃ相手がいないし。だから、出てきた」


 話を聞きながら、俺はなんとなく、リタの装備に目をやっていた。

 革の胸当て。留め具のあたりが、すり切れて毛羽立っている。前にギルドの酒場でも気になっていたやつだ。あのときは、自分の新しい装備の話をしているところに割り込ませるのも気が引けて、流した。けど、こうして横に並んで何度も組んでいると、嫌でも目に入る。組んだ仲間の装備の傷みは、そのまま、こっちの背中の安全に響いてくる。

 胸当てに、そっと鑑定を向けてみた。物の良し悪しは、これがちゃんと答えてくれる。


『縫いの緩み。脇の革、薄くなっている。強い突きは止まらない』


 思ったよりだった。脇のあたりが、もうだいぶ薄い。今日みたいに、皮の硬いのが太い腕を振り回す相手だと、まともに当たれば、胸当て越しでも肋を持っていかれかねない。リタが今日、危ない場面で一度も大きく跳ね下がらずに済んだのは、半分は俺が前に位置を読んでやっているからで、装備が守ってくれているからじゃない。

 短剣のほうも、ついでに見た。こっちは刃も鋼もまともだった。よく研いで、よく手入れしている。得物には金をかけている。けど、身を守るほうは、後回しになっている。

 たぶん、金がないんじゃない。順番の問題だ。剣に金を入れて、胸当ては「まだ使える」で済ませてきた。負けず嫌いのこいつなら、やりそうなことだった。

「悠さん、また人のこと、じっと見てる」

 リタが、横目でこっちを睨んだ。前に「剣、慣れてそうだな」と見ていたのを、こいつは根に持っている。

「いや。胸当て、見てた」

「胸当て?」リタは、自分の革の胸当てを、無意識に手で押さえた。「これが、なに」

「脇の革、薄くなってる。縫いも緩んでる。今日くらいの硬いの相手だと、まともに腕が当たったら、止まらないぞ、それ」

「……鑑定で、見たの」

「ああ。悪い。勝手に見た」

 リタは、すり切れた留め具のあたりを、指でなぞった。それから、ちょっとむっとした顔になる。

「分かってるよ、それくらい。自分の装備でしょ」


 むっとした、というより、図星をつかれた顔だった。

 ここで、俺が「新しいの買ってやるよ」と言うのは、たぶん、一番やっちゃいけないやつだ。前にダグが俺のホブゴブリン素材にいい値をつけてくれたとき、口利きはしても、銅貨一枚もくれはしなかった。あれは、たぶん、そういう距離の取り方だった。こいつに、こっちが上から恵んでやる形を作ったら、この負けず嫌いは、たぶん、二度とその胸当ての話をさせてくれなくなる。

「いや、責めてるんじゃない」俺は、布袋を肩に担ぎ直した。「今日の取り分、けっこういっただろ。次の区画は、もっと硬いのが出る。あんたが前を割るなら、まず脇を固めないと、こっちが安心して後ろを任せられない」

「こっちが、って」

「俺の都合だよ。前で割るやつが、脇をやられて下がったら、火を撃った直後の俺は、丸腰だ。だから、あんたの胸当ては、俺の命綱でもある。買い替えとけって話だ」

 半分は本当で、半分は言い訳だった。けど、こう言えば、これはこいつへの施しじゃなくて、二人で組むための、必要経費の話になる。リタは、しばらく黙って、すり切れた胸当てを指でなぞっていた。

「……装備屋、悠さんが行ったとこ?」

「ああ。あそこの店主、口は悪いけど、品はまともだ。なめしの甘いのを掴ませようとはしてこない。鑑定で見たから、確かだ」

「ふうん」

「行くなら、付き合う。値の張る革と、安いだけの革の見分けくらいは、鑑定で手伝える。買うのは、あんたの金で、あんたが選べ。俺は、見るだけだ」

 リタは、こっちを見た。気の強い目が、何かを測るみたいに、少しのあいだ動かなかった。それから、ふ、と肩の力が抜けた。

「……それなら、いい。自分の金で買う。悠さんは、目だけ貸して」

「それでいい」

「べつに、買ってもらうとか、そういうのは、嫌だから」

「分かってる。誰がそんなこと言った」

 リタは、ちょっと笑った。胸当ての話を、こいつのほうから続けさせるには、これくらいの遠回りが要る。剣に金を入れて、身を守るほうを後回しにしてきた。そういうやり方で、村から出てきて、伸び悩んで、それでも毎朝振ってきた。今日、硬いのを何度も割った、その手応えの裏側に、こいつがずっと一人で抱えてきたものが、少しだけ見えた気がした。


 大通りに入ると、夕方の市場は、まだそこそこ人がいた。

 布屋の前で、女が二人、何か声を潜めて話し込んでいる。「街道のほうが、また」「ええ、こないだも荷が」と、切れ切れに聞こえた。すれ違いざまの、立ち話だ。俺は気に留めずに通り過ぎようとして、リタが少し足を止めたのに気づいた。

「ねえ、悠さん。今の、聞いた?」

「街道がどうとか、か」

「うん」

 リタは、ちらりと布屋のほうを振り返った。けど、女たちはもう別の話に移っていて、それ以上は分からなかった。俺たちは、ギルドのほうへ歩き続けた。

 ギルドの前まで来て、依頼ボードの貼り紙を、リタが何気なく眺めていた。明日の間引きの口を探すつもりだったんだろう。その手が、一枚の前で止まる。

「悠さん、これ」

 覗き込むと、討伐や採取の口に混じって、護衛の依頼が一枚、貼ってあった。北の街道を行く隊商の護衛。報酬は、間引きの口よりだいぶいい。けど、その下に、受付の字で但し書きが足してあった。「街道での被害が出ています。Dランク以上、複数人での受注を推奨」と。

「被害って」

「さあな」

 ボードには、ほかにも護衛の口が二枚、新しく貼られていた。前は、こんなに護衛の依頼が固まって出ることはなかった気がする。

 中に入ると、酒場の一角で、潜り帰りらしい男たちが、卓を囲んで何か話していた。声は低かったが、断片が拾えた。「荷馬車ごと、やられたらしい」「魔物か」「いや、それにしちゃ、荷だけ綺麗に持ってかれてるって」。誰かが「魔物が荷だけ運ぶかよ」と笑い、別の誰かが、笑わなかった。

 受付の女に、明日の間引きの口を見せて、段取りを確かめる。女は台帳に書き付けながら、ボードのほうへ顎をしゃくった。

「あんたたち、護衛は受けるんじゃないよ。Dの口だし、今、街道は物騒だ」

「街道、何かあったんですか」

「さあねえ。ここ何日か、隊商がやられたって話が、ぽつぽつ入ってくる。北のほうの街道でね」女は、別の依頼書を整えながら、慣れた調子で続けた。「魔物の出が悪くなる時期でもないし、おおかた、そういうのが湧いたんだろうけど。詳しいことは、こっちにも降りてこないよ」

「そういうの、って」

「さあ。それを確かめるのが、護衛の仕事だろうさ。あんたたちには、まだ早い」

 女は、それ以上は言わなかった。台帳を閉じて、次の客のほうを向く。


 ギルドを出ると、外はもう、街灯に火が入り始めていた。

 リタは、布袋を提げたまま、北の方角を見ていた。さっき、村の話をしたときと、同じ方角だ。

「私の村も、あっちなんだよね」

「街道、通ってきたのか」

「うん。荷馬車に乗せてもらって。あの街道、ずっと安全だってわけでもないけど、隊商がやられるなんて、聞いたことなかった」

 リタの声は、いつもの負けず嫌いの張りが、少しだけ薄かった。荷馬車に乗せてもらって、この街に出てきた。その同じ道で、隊商がやられている。魔物なのか、それとも、別の何かなのか。受付も、潜りの連中も、はっきりしたことは言わなかった。

「明日は、いつもの間引きだろ」俺は、わざと、いつもの調子で言った。「街道のことは、Dの連中が片付ける」

「……そうだね」

 リタは頷いた。けど、その目は、まだ北の方角に向いていた。橙色の街灯が、すり切れた胸当ての留め具を、ちらちらと照らしている。荷だけ綺麗に持ってかれた、と男は言った。魔物が荷だけ運ぶかよ、とも。それが本当なら、街道に湧いたのは、魔物じゃない。俺は、その引っかかりを、口には出さなかった。まだ、俺たちの仕事じゃない。

 二人で、宿のほうへ歩き出す。北の街道は、街灯の届かない暗がりの向こうで、何も言わずに、ただ夜に沈んでいった。


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