第12話 相棒と、二人の戦い方
北の門の内側で、リタは先に来ていた。
石壁にもたれて、短剣の鞘の留め具を意味もなくいじっている。約束の刻限には、まだ少しある。俺が「明後日」と言ったあの日から、こいつは結局、間引きの依頼書を自分で受付からもらってきていた。頭割りで二人、と紙の隅に書き足してあるのを、ちらりと見せてくる。
「悠さんが来なかったら、一人で行くつもりだったから」
「来たけどな」
「だから、来たから二人なんでしょ」
言ってることが微妙にずれている気がしたが、突っ込まなかった。リタは壁から背を離して、依頼書を懐に押し込んだ。歩き出しながら、横目でこっちの装備を確かめている。革の胸当ても、腰の短剣も、もう「珍しい格好の男」じゃない。それを見て、なぜか少し満足そうに頷いた。
「ねえ」
「なんだ」
「……べつに、大した話じゃないけど」
リタは前を見たまま言った。声が、いつもより少し早口だった。
「悠さん、火、撃てるでしょ。気配だって読める。一人で平気なくせに、なんで二人ぶんの依頼、断らないわけ」
「あんたが取ってきたからだろ」
「だから、それを断ればよかったじゃない」
理屈がぐるぐる回っている。負けず嫌いのこいつが、自分から「組もう」と言うのを、たぶん最後まで避けたいんだろう。前に同じ穴で行き合ったときも、奥の長を一緒に見たときも、こいつは「組みたいわけじゃない」と鼻を鳴らし続けてきた。けど、今こうして二人ぶんの紙を握って、隣を歩いている。
「リタ」
「な、何」
「俺は、前を割るやつがいてくれたほうが、ずっと楽だ」
リタの足が、わずかに鈍った。
「火を撃った直後は、手のひらが痺れて、しばらく次が出ない。あの空きが、一人だと一番怖い。そこを誰かが受けてくれるなら――組んだほうが、いいに決まってる」
言ってしまった。前は飲み込んだ言葉だ。リタは数歩、黙って歩いた。耳のあたりが、ほんのり赤い気がしたが、こっちを見ないので確かめようがない。
「……べつに。悠さんが一人で死なれたら、私の同期が一人減るし。それは、寝覚めが悪いから」
「そうか」
「組むとか、そういうのじゃなくて。ただ、お互い、いたほうが効率がいいってだけ」
「ああ。効率がいい」
「……そう」
リタは、それでようやく息を吐いた。組む、という言葉は、結局どっちも使わなかった。けど、もう使う必要もなかった。前から一歩手前まで来ていたものが、ただ、地面に着いただけだ。門をくぐる頃には、リタの足取りは、来たときより軽くなっていた。
大穴に降りて、一段深い区画へ進む。
ここは、もう何度も来た場所だ。長を倒してから、奥に降りてくる取り巻きの数は目に見えて減った。それでも、間引きを怠れば群れはまた膨らむ。今日の依頼は、奥の手前で固まり始めている塊を、いくつか減らしてこい、というものだった。
気配感知を、前方へ広げる。
通路の先、二股に分かれたその右奥。三つの気配が固まって、ゆっくり動いている。さらにその向こうに、もう一塊。前のときと違うのは、隣にリタがいることだ。だから、走り出す前に、止まった。
「リタ。先に決めとく」
「決めるって?」
「俺は気配で、どこに何匹いて、どっちを向いてるか先に読める。だから、固まりに火を入れるのは俺がやる。火を撃ったら、必ず一拍、手が止まる。抜けてきたやつは、その間に前に出てるあんたが斬れ」
前に行き合ったときは、こんな段取りはしなかった。あのときは、ただ走り込んで、来た来たと声をかけ合って、たまたま噛み合っただけだ。今度は違う。先に、どっちが何をするかを、二人で決めておく。
「俺が火を撃つ合図は、出さない」
「出さないの?」
「角を回ったら、すぐ撃つ。あんたは俺の半歩前で待っててくれ。撃った熱が膨れたら、その縁に、抜けてくるやつがいる。それを頼む」
リタは、しばらく俺の顔を見ていた。それから、短剣の柄を握り直して、頷いた。
「分かった。悠さんが撃ったら、私が前。空いた手は、私が埋める」
言い方が、妙にしっくり来た。空いた手を、埋める。さっき門で俺が言ったことを、こいつは自分の言葉に直していた。
角の手前で、息を整える。
火球を練るには、少し時間がいる。気配で先に位置が分かっていれば、その時間はこっちの都合で作れる。リタが半歩前に出て、低く構えた。俺は後ろで、手のひらに熱を集める。リタは、俺が熱を溜め終わるのを、振り向きもせずに待っている。前は、振り向いて確かめなければ分からなかった呼吸が、今は背中越しに伝わってくる。
角を回った。
窪みの真ん中、三匹。気配の通りだ。こっちに気づいて黄色い目が一斉に向く――その前に、火球を放り込んだ。
ぼっ、と火の塊が固まりのど真ん中で弾けた。狭い窪みで炎が膨れて、二匹を呑む。前のめりに焦げて崩れる一匹。皮の硬いもう一匹が、炎の縁からよろけ出てきた。
手のひらの奥が、じんと痺れる。次の熱は、まだ集まらない。火球はそういうスキルだ。一人なら、ここが一番怖い。
でも、振り向かなくてよかった。
リタは、もう動いていた。俺が痺れに気づくより早く、よろけ出てきた一匹の腕の内側へ滑り込んでいる。短剣が首の付け根へ。一突き。ゴブリンが声もなく崩れた。
「炎の右、もう一匹いる」
俺は、声を張る代わりに、低く言った。前みたいに叫ぶ必要はなかった。リタは、すでにそっちへ体を開きかけている。
「分かってる。そっちでしょ」
言いながら、炎の縁を回り込んできた三匹目の棍棒を、半身でかわす。空を切った棍棒。泳いだゴブリンの脇腹へ、リタの短剣が下から入った。三匹目も沈んだ。
窪みに、焦げた匂いと、二人ぶんの息が残った。手のひらの痺れは、まだ抜けていない。けど、出番はもう終わっている。痺れているあいだ、俺は何もしなくてよかった。前を、リタが全部、塞いでくれていた。
「……今の」リタが、肩で息をしながら振り向いた。それから、唇の端を上げる。「悠さん、撃ったあと、ほんとに何もしてなかったでしょ」
「ああ。あんたがいたからな」
「だと思った」
拗ねた声じゃなかった。むしろ、得意げだった。剣だけの自分の出番が、ちゃんとあった、という顔だ。前に「剣だけの私の身にもなってよ」とこぼしていたのが、嘘みたいだった。
「次のも、同じ手順でいく」
「うん。私が前。撃ったあとは、任せて」
二塊目も、同じ呼吸で片付いた。固まっているうちに火球で崩して、痺れているあいだの空白を、リタが前で塞ぐ。回り込むやつも、こっちが先に気配で読んで、リタが体を開く。一人でやっていた頃、火を撃った直後にいつも背筋を冷やしていた、あの空きが、今日は一度もなかった。
被弾は、ほとんどない。
耳を切って、魔石を布に包む。間引きの数としては、もう文句のつけようがなかった。前に一人で来たときより、明らかに速い。明らかに、楽だ。同じ穴、同じ群れ、同じ火球とおなじ剣なのに、二人で順番を決めて当てにいくだけで、こんなに違う。
「リタ。あんた、剣の踏み込み、迷いがないな」
「今さら?」リタは布の口を縛りながら、横目でこっちを見た。「村にいた頃から、毎朝振ってたって言ったでしょ」
「聞いた気がする」
「聞いたでしょ。ちゃんと覚えといてよ」
言って、それから少しだけ、声を落とす。
「……でも。一人で振ってた頃は、ここまでうまく当たらなかった。誰かが、こいつは今こっちに来る、って先に教えてくれるだけで、こんなに楽なんだって。私、知らなかった」
布を縛り終えて、リタは立ち上がった。胸当ての留め具のあたりが、相変わらずすり切れている。けど、その顔は、前に汁物の椀をのぞき込んでいたときより、ずっと晴れていた。
「悠さんの火も、一人で撃ってるときより、効いてる気がする」
「順番が決まってると、撃つ場所も焦らなくて済むからな。後ろに、ちゃんと前を割るやつがいるってだけで」
言いかけて、やめた。これ以上は、また「べつに組んだわけじゃない」と返されそうだ。けど、もうそんな前置きも、要らない気がした。
布が、ずっしりと重い。間引きの取り分は、二人で割っても十分だ。一人で奥まで欲をかかなくても、二人で手前を確実に刈れば、稼ぎは安定する。これが、組むということなんだろう。
梯子の手前まで戻って、リタが足を止めた。
来た道の、ずっと奥。長を倒したあと、空っぽになったはずの一番深いところを、見ている。
「ねえ、悠さん」
「なんだ」
「あの長がいなくなって、奥、空いたよね。今日くらいの塊なら、もう二人で楽勝だったし」
「だな」
「だったら、さ」リタは、奥の暗がりへ顎をしゃくった。気の強い目が、いつもより少しだけ、輝いている。「もう一段、深いとこ。受付に、Dランクが解禁になる区画があるって、貼ってあった。一人ずつじゃ無理でも――二人なら、行けるんじゃない?」
「気が早いな」
「悠さんが言ったんでしょ。前を割るやつがいたほうが楽だって。私は、前を割れる。悠さんは、後ろを読める」リタは、短剣の鞘を、とん、と手のひらで叩いた。「なら、奥のほうまで読みにいったって、いいでしょ」
奥の暗がりは、まだ何も見せてこない。気配感知の端っこにも、今は何も引っかかっていない。けど、リタの言うとおりだ。一人で見上げていた天井が、二人なら、もう少し近く見える。
「Dの区画は、たぶん、今日の塊より重い。気配が読めても、あんたの剣が通らなきゃ意味がない」
「通すよ。悠さんが、ちゃんと前を作ってくれたらね」
言い返してくる声に、迷いがなかった。俺は、笑いそうになるのをこらえた。
「分かった。受付で、その貼り紙、見てみるか」
「決まり」
リタが先に梯子へ手をかけて、こっちを振り返る。栗色の髪が、暗がりの中で、ひと束だけ揺れた。
「言っとくけど。Dに上がっても、悠さんの後ろを守るのは、私だから。誰にも譲らないからね」
返事を待たずに、リタは梯子を上り始めた。俺は、痺れの抜けた手のひらを、一度握って開いて、そのあとを追った。




