第10話
「あの……どちら様でしょうか?」
突如として上空から現れた二人に、ナナリー姫は恐る恐る尋ねます。
「あー……そうね。何て言えば良いか……」
二人組の内の一人――もとい一柱、"女神"クレーネ様は少し悩む素振りを見せます。いくら用件があって地上に降りて来たとは言え、初対面の人間にいきなり『女神です』と言うのもはばかられます。
「ん? あれ?」
口ごもるクレーネ様の一方、もう一柱の男神アネモス様は、勇者ケンジを見て何かに気付いたように目を見張ります。勇者ケンジも、アネモス様を見ながらわなわなと震えています。
「……あ……あなたは神様!? な、何故ここに!?」
「あ、やっぱり。確かケンジ君だっけ? おひさー」
「……え? アネモス、あんたその子の事知ってるの?」
「うん。前にちょっと転生させた事があってさ」
「そ、その節はお世話になりました! 再びお会い出来るとは、光栄です!」
「そんなかしこまらなくっても、だいじょーぶだって。あれ? でも君を転生させたのって、ここの世界じゃなかったよね?」
「はい! こっちへは自力で転移しました!」
「お、そうなんだ。やるじゃーん」
和気あいあいとした雰囲気で会話を交わす勇者ケンジとアネモス様の様子を、ナナリー姫はしばらく無言で眺めます。
やがて、
「……ええっ、神様なのですか!? と言う事は、そちらの方も――」
「意外にも、アネモスのおかげで話が分かりやすくなったわね……。初めまして、私はクレーネ。お察しの通り、神族の一柱よ」
「そ、そうでしたか……これはご丁寧にどうも。私はナナリーと申します」
二柱へ向かって、ナナリー姫は深々と一礼しました。
そこに、遠方から様子を眺めていた魔王アビスが駆け寄って来ました。
「お……おい、一体何がぎえええええええええっ!?」
二柱へと近付いた瞬間、魔王アビスは情けない悲鳴と共にその場へぶっ倒れてしまいました。ビクンビクンと痙攣している身体のあちこちから黒い煙が漏れ出しており、もう見るからに弱点を突かれてのたうち回っていると言う様子でありまし
た。
「あれ、どったの君? 大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃ……ぐえええええええええっ!?」
アネモス様が近付くと、魔王アビスから出る煙が、更に濃くなりました。悶え苦しむ魔王の元へ、四天王達が慌てて駆け付けて来ました。
「――ああもう、魔王様! 待って下さいって言ったでしょう!? そいつらからダダ漏れしてる神族のオーラにも気付かないなんて、どんだけうっかりしてるんですか!!」
「ダークゴーレム、魔王様を早く引っ張るのだ!」
『…………』
ブラックナイトに急かされ、ダークゴーレムは魔王アビスを引きずってアネモス様から離します。魔族達の身体には神族のオーラへの耐性がありませんが、大元が無機物で出来ているダークゴーレムは無問題なのです。
「……あ〜……討伐されるかと思った……」
「魔王様、ここ最近で何度討伐され掛かってるんですか……」
「君って魔族なんだ。ごめんねー、抑えてるつもりなんだけど、神族のオーラってどうしても出ちゃうもんだからさー」
「ごえええええええええっ!?」
「いやあんた、何謝りながら近付いてんのかしら!? て言うか魔王様、私達より耐性弱くなってませんか!?」
エンガチョポーズでアネモス様を追い払いながら、ヘルマジシャンは言いまし
た。
「そもそも、何で神族が地上界に降りているのかしら? ……まさか、私達魔族を滅ぼしに……」
「いいえ、それはないわ。"各世界の住民には不干渉"が神族の基本原則だから。そもそも私達、魔族を滅ぼすつもりで神族のオーラ出してる訳じゃないし。あなた達が勝手に弱点にしてるってだけで。……私達が用事あるのは、確かナナリー姫だっけ? そこのあなたなの」
「私……ですか?」
ナナリー姫は首を傾げました。
「ええ。あなたに宿った"神の祝福"。それを回収しに来ました」
クレーネ様達が経緯を話しつつ、合間にナナリー姫達も事情も話し、互いの情報交換が進みます。流れでうっかり"献血の目的は儀式のため"であるとナナリー姫に知られてしまいましたが、そこは『アークパニッシャー』の一言で魔王アビスが瀕死の重症を負った程度で済みました。
「――なるほど。私が強くなっちゃたのは、そう言う理由があったのですね……」
全ての説明を聞き終え、ナナリー姫は言いました。
「理由って程の理由じゃないけどね。ほらあんた、ちゃんと謝りなさいな」
「いやーめんごめんご、テヘペロ」
「ねえ、アネモス。本物の暴力を教えてあげましょうか?」
「ギブギブギブギブッ!? ごめんなさいボクが全面的に悪かったです許して下さいっ!!」
女神様のほっそりとした指に頭部を締め上げられた上で身体を宙吊りにされ、アネモス様の口から歯磨き粉の如く謝罪の言葉が絞り出されました。
「……つまり我らの野望が頓挫したのは、元を正せばアネモスのせいって事になるのか……」
ヘルマジシャンの回復魔法を受けつつ、魔王アビスが呟きます。
「い、いやー、偶然って時々お茶目さんなところあるからギブギブギブギブギブギブッ!? 本当マジですんませんっした心の底から反省してますっ!!」
一旦は緩み掛けたクレーネ様の指先が再びこめかみへと力強く喰い込んで行き、アネモス様の口からマヨネーズの如く謝罪の言葉が絞り出されました。
「ぐぬぬ……おのれ神族め……。いつの日か、我らが邪神様がお前らをけちょんけちょんにして――」
「え? そいつならもう滅んじゃったけど?」
魔王アビスの言葉に、クレーネ様はアッサリ言ってのけました。
「……は?」
「いやもう、かれこれ数千年程前に。ルール違反である地上界への干渉ばっかして色々とかき回しちゃうもんだから、協議の末に他の神族達に消滅させられちゃったわ。たまーに、神界ルール守らないで悪さするようなのも現れたりもするのよ。一種のバグみたいなもんね」
「……じゃあ、生贄とか捧げても……?」
「何もないわよ。むしろ、そう言う形で地上界にちょっかい掛けるから滅ぼされたの。そもそも、私達が地上界に降りるのも特別な理由あっての事で、こうして事情を説明するのだってあんまり褒められた事じゃない位なのよ」
「……いやだって、我が愛読しておる"月刊邪神マガジン"にそう書いてある
し……」
「ガセね。そりゃもう完膚なきまでに」
「……何ソレ……」
クレーネ様の言葉に、魔王アビスは地に両手両膝を付いて嘆きます。あまりにも当然のようにスラスラ語る様子から、嘘を吐いている可能性すら頭に浮かび上がりませんでした。
「…………と言うか魔王様? 儀式の話って、確か"古い書物に記されていた伝説"であると聞かされていたんですけど? ちょーっとその辺り、詳しく話して下さいませんかね?」
「……いや、ちょっと前に『何か面白いもんないかなー』って倉庫の奥漁っていたら、二十年程前の邪マガ出て来てさ。んで、懐かしさからついつい読みふけっていたら……」
「書いてあった、と」
「そのとおりでございます」
「なるほどなるほど。……魔王様、長年辛うじて守り続けて来た上司と部下の垣根を今こそ踏み倒した上で、思いっ切りブン殴って良いですか?」
「ん? そんなん駄目に決まって痛ったぁ――――っ!? 駄目って言ったのに、何渾身のグーを脳天に入れちゃってんのお前!?」
「うっせえわこのボンクラ魔王!! 要は古雑誌の情報鵜呑みにして、私ら振り回してただけじゃねえか!! さっきしんみりした空気で色々語ってたけど、その遙か以前の問題だよこのポンコツ!!」
「容赦なくタメ口で罵倒して来たなこいつ!? お、おい、お前ら! 同じ四天王として、こいつに何か言い返してやってくれ!!」
魔王アビスは、四天王の残り三体に向かって叫びました。
「お……お待ち下されヘルマジシャン殿! 魔王様に折檻を加えるのであれば、拙者が代わりにお受けします!」
「ブラックナイトは一見我を庇ってる風だけど、口調がすっごい嬉しそうなんだけど!? お前何に目覚めちゃってんの!?」
『ギャオォ……』
「カオスドラゴンからは粗大ゴミ見るような視線向けられた!? そのヘドロみたいに積もり溜まった感情を全部吐き出すような、深い深い溜め息は何なの!?」
『…………』
「ダークゴーレムからは無言で優しく肩叩かれた!? 何か格下の相手慰めるような雰囲気漂わせてんだけど!?」
「まあ大丈夫だ、気を落とすな! 人生色々だからな!」
「でもって、何で勇者に励まされるに至ってんだ我!? てかお前、姫と決戦してる間に一体何の心変わりがあったんだよ!?」
「ふっ、好敵手の部下は俺の部下も同じよ!」
「あ、もう正式に姫の部下扱いされてるんだ我!!」
「……まあ、話が随分と脇道に逸れたけれど――」
色々ゴッチャゴチャになりつつある魔王アビス達の会話を、クレーネ様が軌道修正します。
「――とにかく、ナナリーさん。あなたの得た力は、本来この世界にあってはならないものなの。だから、私達で回収させて頂きます」
「はい、分かりました」
「ええ、確かに勝手な話――って、納得するの早っ!?」
「? いけませんでしたか?」
「い……いや、悪くはないんだけど……。だって、私達の不始末の結果得た力を、私達にとって都合が悪いから返しなさいって言ってる訳で。相当文句言われるだろうなー、って覚悟してたから……」
「ですが、女神様達にとっては困る事なのでしょう? 私、他の方に迷惑掛けてまで力が欲しいなんて思いませんよ」
一片たりとも惜しむような気配も見せず、ナナリー姫は言い切ります。その朗らかで暖かい笑顔に、クレーネ様の瞳から栓の緩んだ蛇口のように涙がダーッと流れ出て来ました。
「……ううう……。力宿ったのがこんな良い娘で助かったと胸をなで下ろすやら、罪悪感その他が層倍で増して来るやらで複雑な気分だわ……」
「まあまあ、クレーネちゃん。本人もこう言ってる訳だし、ちゃちゃっと回収しちゃおうよ」
「……あんたはむしろ、三日三晩は罪悪感に苛まれ続けても良い位なんだけど
ね……。まあ、良いわ。それじゃあ――」
どこからともなく取り出したハンカチで目元を拭った後、クレーネ様はナナリー姫に手をかざします。ナナリー姫の身体が淡い光に包み込まれ、お腹の中から光の塊が外部へと出て来ました。
「――これで良し。ナナリーさん、これで、あなたは今まで通りの人間に戻りました。重ね重ね、お詫び申し上げます。迷惑掛けてごめんなさいね」
「いえ、お気になさらないで下さい。アネモス様のお力のおかげで、魔王さんを改心させる事が出来ましたから」
「いや、さっきの話聞く限り、改心って言うか……いや、もう良いか……」
クレーネ様は首を軽く振ります。
「それよりさ、アビス君だっけ? 君らこれからどうすんの? 姫が力失った今、野望復活させたりすんの?」
「うっさい、慣れ慣れしくすんな。……余計な心配せんでも、野望はもうすっぱり諦めたわ。結局儀式の話はガセだったし、力失った今の我に支配とか無理だし」
「そーなんだ。でもさ、一国の姫君誘拐しちゃったのに、このままって訳にも行かないんじゃない? 実際、向こうはアビス君ら討伐するつもりでケンジ君送り込んでる訳だし。どうすんの?」
「あー……」
アネモス様の指摘に、魔王アビスは言葉に詰まります。
「ちゃんと謝れば大丈夫ですよ、魔王さん。私からもお父様に口添えしますから」
「俺も手伝ってやるぜ! 好敵手の部下のためだからな!」
「むう……。我ながら虫の良い話とは思うが……こうなった以上、それに賭けるしかないか……」
「話はまとまったみたいね」
クレーネ様が言いました。
「用事も済んだ事だし、私達はもう行くわね。……あ、ケンジさん」
「はい!」
「あなたの異世界転移の魔術、使っちゃ駄目とは言わないけど、やり過ぎると色んな世界がシッチャカメッチャカになる可能性があるからね。そうなると、私達の仕事の範疇に触れる事になるかも知れないし、あんまり調子に乗って使わないよう気を付けなさいね」
「ご安心を! 正義のためにしか使いませんので!」
「いや、正義のためだろうが何だろうが、自重は大事なんだけど……まあ良いか」
そう言うと、クレーネ様とアネモス様の身体がふわりと宙へ浮きました。
「それじゃあね。直接手出しは出来ないけれど、神族はあなた達の幸せを望んでいます」
「じゃあねー。色々ごめんねー」
そう言い残して、クレーネ様とアネモス様は天へと昇って行ったのでした。
その後、ナナリー姫達はカオスドラゴンの背に乗って、プレジール城へと戻りました。
前回同様中庭へと舞い降りた巨大ドラゴンに、城内の人々はてんやわんやの大騒ぎ。話を聞きすっ飛んで来た王様は、姫の帰還を喜ぶやら、誘拐の張本人である魔王アビスの姿に激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム(マイルドな表現)状態になるやら、周囲に輪を掛けての大騒ぎです。
しばらくの間、場は大混乱に陥っていましたが、ナナリー姫の必死の取り成し
と、勇者ケンジの報告、それに魔王軍一同による土下座謝罪などを重ね、ようやく王様の怒りも解けました。何だかんだで『姫の誘拐』以外に被害が出ていない事も幸いしました。
魔王アビス達は、後日正式に『今後人類には決して危害を加えない』と書面にて誓う事を約束し、魔王城へと戻って行きました。
全てを見届けた勇者ケンジは『俺の冒険はまだこれからだ!』と言い残し、別の世界へと旅立って行きました。
こうして、プレジール王国に平和が戻って来ましたとさ。
めでたし、めでたし。
「……あー、我ってば今日も超暇だわー。おーいヘルマジシャン、何か面白い事ないかー?」
「知りませんし、知った事でもありません。魔王様はいつも通り、置物みたいに玉座に収まっていて下されば良いのです」
「それ役立たずって言ってるも同然じゃない? もっと別の言い方なかったの?」
「……いっそ、木彫りの魔王様像を玉座に置いて、本物は適当な島にでも流……バカンスに出掛けて頂いた方
が、色々と手間も省けるかも知れませんね……」
「こっそり呟いてる風に装ってる割に、音量大きくない? それ絶対我に聞かせるつもりで言ってるだろ?」
「あら、これはうっかりですわ。では、そう言う訳ですので」
「否定どころか、決定事項みたいな口調に思えるんだけど? その一切逸らそうともしない視線、本気で実行を促してる訳じゃないよな?」
答える気配さえないヘルマジシャンの視線からそっと目を逸らしつつ、魔王アビスは一つ大きく深呼吸しました。
「……あー、でも退屈なのは平和な証拠だしなー。こんな退屈な毎日がいつまでも続けば――」
「魔王さーん、こんにちはー!」
「何かナナリー姫が普通に玉座の間の扉ぶっ飛ばして入って来たんだけど!? どう言う事!?」
「私に聞かれても困ります!?」
唐突に玉座の間へと現れたナナリー姫に、魔王アビスもヘルマジシャンも困惑します。馬鹿でっかい鉄扉がもの凄い勢いでふっ飛んで来ましたが、幸いにも玉座背後の壁にめり込んだだけで、魔王アビスへの直撃は免れました。
「お久しぶりです、魔王さんにヘルマジシャンさん。遊びに来ちゃいました」
「お……お久しぶり……。い、いやそれより、何故姫がここにおるのだ!? プレジールからここまで、結構距離があるはずだが!?」
「ああ、勇者さんの転移魔法を真似て使ってみました。本家みたいに異世界への移動までは出来ませんけど、この世界だったらどこでも行けますよ」
「……はい?」
「……あの、ナナリー姫? 確かあの力は、神族に返しましたよね?」
「確かにそうですけど。……ほら私、魔王城にお世話になっている間、色々と魔力使ってたじゃないですか」
「ああ……確かに。我を数度討伐しそうになったり、部下を多数討伐しそうになったり、魔神を討伐しそうになったり、勇者とガチバトルの末に勝利したり……」
「…………あの、まさか……」
「そうしている内に、どうやら私自身の素の力量そのものも上がっていたらしく
て。試してみたら、使えるようになってました」
「…………」
サラッと言い切ったナナリー姫に、しばしの間魔王アビス達は呆然とします。
「…………鉄扉、軽々と破壊したよね。以前程じゃないにせよ、今の姫もとんでもない力量の持ち主なんじゃない?」
「……何しろ、魔王様始め高力量帯の相手に勝ち続けてますからね……」
二体の口からようやく出て来た言葉は、戦慄に震えておりました。どうやら神族にとっては『地上の人間に祝福を与えて強くする』のはNGでも、『その最中に獲得した実践経験で強くなる』のはOKのようです。キッチリ境界を明確にしているとも言えますが、魔王アビス的には『そここそ融通効かせろよ』と言う思いで一杯でありました。
「……と言う訳で、これからもちょくちょく遊びに来ますね! よろしくお願いします!」
「すみませんっ!! 本っ当に勘弁して下さいいいいいいっ!!」
今後も姫に振り回され続ける未来を前に、魔王アビスの悲鳴が城内に響き渡りましたとさ。
めでたし、めでたし……?




