↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔のしもべと魔術師は隣に住んでいる(ことを知らない)  作者: くれは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/31

後日談 迎えに来ました

 樗木(おうちぎ)真那(まな)は、三本目の串に手を伸ばした。

 座卓には、皿が並びきらないほど料理が乗っている。<理(ことわり)と若木の魔術師>の新年会だった。年が明けて、最初の金曜日。

 鶏の皮が、脂を落としながら焦げている。一(ひ)と口食べると、甘辛いタレのあとから、噛んだところの脂が出てきた。

 向かいで、鏑木(かぶらぎ)がジョッキを置いた。

「四月から、一人来るらしいよ」

「本当ですか」

「まだ内示だけどね。小檜さんが聞いたって」

 隣の席で、小檜(こひのき)が、箸を止めて顔を上げた。

「来るまでは信じないことにしてる」

「え、そういうものですか」

「そういうもの。来たら喜ぶ」

 小檜はそう言って、だし巻き卵を取った。

 真那はビールを飲んだ。よく冷えている。鶏皮の脂が、苦味でさっぱりと洗い流されてゆく。

 鏑木が、こちらを見た。

「樗木さん、十二月はひどい顔してたからね」

「そうでしたか」

「そうだよ。今のほうがいい」

 棚の精霊は、年明けに全部の器を見直した。手当ての漏れていたものはもういない。

 あれは疲れだったのだと、事務所では話が通っている。真那も、それ以上は言っていない。

 二時間が過ぎて、店員が伝票を持ってきた。

 鏑木が立ち上がって、二軒目の相談をはじめる。真那はトートバッグからスマホを出した。

 画面の光が、目に刺さる。指先が、思ったところに当たらなかった。


 ――これからかえり

 ――す。


「樗木さんは、帰る?」

 小檜に声をかけられて、スマホを伏せて顔を上げた。

 真那は頷いた。

「はい。帰ります」

「そう。じゃあ、また」

 小檜は、二軒目に行く側だった。


   ◆◆◆   


 改札を出ると、風が吹き抜けていった。

 コートの前を合わせて、空を見上げる。月は、まだ出ていなかった。

 商店街のシャッターは、もう半分下りている。金色のモールは外されて、街灯だけが白く光っていた。

 思っていたより、足の裏が遠い。少しふわふわする感触が、楽しかった。

 柱の脇に、人が立っていた。

 背が高い。少し猫背で、片手にコンビニの袋を提げている。ぼさっとした黒髪に、黒いフレームの眼鏡。

 若月(わかつき)湊(みなと)だった。

 真那は立ち止まった。

「若月さん」

 湊が、頭を下げた。

「お疲れ様です」

「どうして、ここに」

「迎えに来ました」

 いつもの声だった。

 帰ります、と送っただけだった。迎えに来てくださいとは、書いていない。

 真那は、少し考えて、やめた。考えると、足元がふらつきそうだった。

「……ありがとうございます」

「行きましょう」


   ◆◆◆   


 大通りを歩く。

 湊の歩くのが、遅かった。真那の半歩だけ前を行って、風の来るほうに立っている。

 住宅街に入ると、灯りが減った。

 足元で、かさ、と音がした。

 見下ろすと、赤い粒の塊が、真那の靴のすぐ横を転がっていた。南天の実が、いくつも集まって一(ひ)とつの形になっている。

「あかいの あげる」

 舌足らずな声だった。

「かわりに ひとつ ちょうだい」

 真那は屈んだ。

「あなた、何がほしいの?」

 手を伸ばしかける。

 その前に、湊の手が下りていた。

 赤い塊を掴んで、持ち上げる。片手で、掌に収まるくらいに握った。持ち方に丁寧さがなかった。

「必要ない」

「あげる」

「しつこい」

 湊が、実の塊を指で弾いた。塊が転がって、生垣の下に散る。散ってから、粒が集まり直して、こちらを見た。

 湊が、見下ろした。

「二度と来るな」

 赤いものは、暗がりのほうへ逃げていった。

 真那は、そちらを見ていた。暗がりの中で、一度だけ、赤いものが揺れた。

「若月さん、もう少し優しくても」

「優しくしたら、また来ますよ」

 声が、硬かった。

 湊は掌を払って、歩き出した。薄い唇が、引き結ばれている。

 真那はさっきと同じ、半歩後ろを歩いていた。

 湊は、真那の足元を見て歩いていた。何歩かに一度、振り返って後ろを確かめている。

「若月さん」

「はい」

「怒ってますか」

 返事がなかった。

 三、四歩ぶん、黙って歩いた。それから、溜め息が聞こえた。

「貴女(あなた)、飲むと足元が留守になるでしょう」

「そんなことは」

「なります。あの手のものは、そこを見ています」

 苛立った声だった。

 真那は、自分の足元を見た。確かに、あの実が来たことに気付いていなかった。

 湊が、前を向いた。

「……着きますよ、樗木さん」


   ◆◆◆   


 階段を上がって、廊下を歩く。

 湊は、自分の部屋のドアの前で立ち止まった。

「水、あります」

 真那も足を止めた。

「水」

「飲んだほうが良いです」

 喉は渇いていなかった。それでも、湊の持っているその袋に目を止めて、頷いた。

「……いただきます」

 湊はドアを開けて、少し体をずらした。

「どうぞ」

 玄関を入ると、キッチンだった。奥の洋室に通される。

 ローテーブルの前に座ると、湊が袋から水のペットボトルを出して、置いた。袋の中から、ほかにも出てきた。

 白い紙に包まれたものが、二(ふ)たつ。

「肉まんと、あんまんです」

「どちらでも良いんですか」

 湊が、真那を見た。

「肉まんが、樗木さんのです」

 真那は、笑ってしまった。

 紙を開くと、湯気が上がった。一(ひ)と口かじる。皮が厚くて、少し甘い。歯が中まで届くと、肉と玉葱の汁が舌に流れてきた。生姜が効いている。喉が熱くなった。

 湊は、あんまんを指で割った。餡の面が出る。餡が皮より多い。

 口に運ぶ前に、口角が上がった。薄い唇が、大きく吊り上がる。三日月の形だった。

 真那は、それを見ていた。

「若月さん」

「はい」

「その顔、知ってます」

 湊の手が、止まった。

「……どの顔ですか」

「三日月みたいな形です」

 湊は、あんまんを持ったまま動かなかった。

「仮面のときも、同じ顔でした」

 湊が、目を逸らした。

 手の甲で、口元を拭う。拭うものは、ついていなかった。

「……見ないでください」

「見えます」

「見えないことにしてください」

 真那は、水を飲んだ。冷たさが、喉を通って体に染みてゆく。

「若月さん」

「はい」

「迎えに来なくても、帰れましたよ」

 湊は、返事をしなかった。真那は、続けた。

「わたし、そんなに飲んでません」

 湊は、あんまんを見ている。

「あのときも、そんなに飲んでいませんでした」

 いつのことか、すぐには分からなかった。真那は、首を傾けた。

「あのとき、ですか?」

 湊は、ちらと真那を見てから、またすぐに視線を逸らした。

「この部屋で寝てしまったとき、です」

「……あれは」

 言いかけて、何も出てこなかった。思い出すと、今でも恥ずかしい。

「心配なんです」

 そう言って、湊はあんまんを口にした。

 真那は、湊の薄い唇が動くのを見ていた。黒い胡麻餡を、赤い舌が舐めとる。

 大丈夫です、と言えなかった。

 言えない代わりを、まだ少しふわふわする頭で、考えた。

「では、次はわたしが迎えに行きます」

「駄目です」

 即答だった。

 真那は、瞬きをした。

「駄目、ですか」

「夜に、樗木さんを一人で歩かせません」

「若月さんは、歩いてます」

「俺は良いんです」

「ずるいです」

「そういう問題じゃありません」

 譲る気配がなかった。

 真那は、肉まんの残りを食べた。

 迎えは、駄目らしい。

「では、帰ったら、連絡をください」

「連絡」

「はい。帰りました、って。それだけで良いので」

 湊は、あんまんを置いた。

 眼鏡の奥が、こちらを見ている。

「会いに行きます、直接」

「え、連絡で良いですよ」

「良くないです」

 湊の目が、真っ直ぐに真那を見ていた。

 真那は、目を逸らせなかった。

「……待っていれば、良いですか」

「待っていなくても、良いです。寝ていても。そうしたら、諦めます」

 湊はあんまんを持ち上げて、視線を落とした。

 真那は身を乗り出した。

「それは、嫌です」

 湊の目が、また真那を見る。少し驚いたように、眼鏡の奥で見開かれていた。

「嫌ですか」

「はい。待ってます」

 迎えには行けない。代わりに、起きて待っていることになった。

 それで良い気がした。

 真那は、ペットボトルの水を飲んだ。水の冷たさが、頭にも回ってくる気がした。

「迎えに来るのは、契約のうちですか」

 湊が、手を止めた。

「はい。維持管理(メンテナンス)が必要なので」

 そして、あんまんをもう一(ひ)と口。口角が、上がった。今度は、隠さなかった。


   ◆◆◆   


 肉まんの紙をたたんで、真那はスマホを出した。

 時間を見るつもりだった。画面には、メッセージの送信画面がそのままになっていた。


 ――これからかえり

 ――す。


 ――迎えに行きます。


 自分のメッセージは文章になっていなかった。返信にも気付いていなかった。

 そんなに飲んだつもりはなかったのに、やっぱり少しは酔っていたらしい。

 画面を伏せて顔を上げる。

 湊は、あんまんの最後の一(ひ)と口を口に入れたところだった。薄い唇の端に、餡がついている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。