↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔のしもべと魔術師は隣に住んでいる(ことを知らない)  作者: くれは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/31

第二話 甘いものを

 若月(わかつき)湊(みなと)は、空になった右手を下ろした。

 靄(もや)はもういない。部屋の隅では、かぼちゃが三体、相変わらず「おかし」「おかし」と騒いでいる。湊が顔を向けたら、それはぴたりと止まった。

 そして床には、散らばった飴の真ん中に、隣人が座り込んでいた。

 樗木(おうちぎ)真那(まな)は、しっかりした人だと思っていた。理知的な瞳をしていて、挨拶が丁寧で、廊下ですれ違えば軽く頭を下げる。穏やかに笑う。ゴミの日を間違えない。良き隣人だと思っていた。少なくとも、今日までは。

「迂闊だと思います」

 真那は耳を押さえていた手を下ろして、湊を見上げた。

「……いえ、でも、害はない精霊でしたし」

「魅了(チャーム)してたんですから、害はあったでしょう」

 責めたいわけではなかった。ただ、呆れていた。

 野良精霊は何をするか分からない。契約の外にいて、話が通じず、弱った人間を見つけると寄ってくる。湊にとっては、路地に落ちているガラスの破片のようなものだ。踏めば切れる。拾って帰る人間がいるとは思わなかった。

 真那は飴の包みを一(ひ)とつ拾い上げて、指先でそれを回した。ソーダ味の青が、くるりと回る。

「……仕事で、精霊と話す機会があるんです」

 言い訳のような調子だった。

「それで、なんだか、仕事と関係なく話せるのが楽しいなって、思ってしまって」

 湊は瞬きをした。

 話す、と彼女は言った。

 仕事で精霊の相手をするのは、話すというようなことではない。聞いて、宥めて、欲しがるものをやる。それは契約で、違えれば何をされるか分からない。

 そういうことをする職業は、限られる。

「ひょっとして、魔術師の方ですか?」

 真那は瞬きをして、それから小さく頷いた。

「はい」

 驚いた様子はなかった。当てられて当然だと思っているような顔だった。それから、こちらを見上げて訊いた。

「そちらは、悪魔の僕(しもべ)の方ですか」

 その言葉も当然のように出てきた。毎日その相手と向かい合っている人間の言い方だ。

「ええ、まあ」

 どこの、とは訊かなかった。向こうも訊かなかった。所属を探らないのは、業界のマナーのようなものだ。お互いに知り過ぎれば、呪術の対象になってしまう。だから、訊かない。

 真那が立ち上がって、キッチンのほうへ行った。しばらく水音と食器の音がして、戻ってきたときには、マグカップを二(ふ)たつ持っていた。片方を湊の前に置く。

「すみません、紅茶しかなくて」

 すぐに帰るつもりだったのに、断りきれず、座ってしまった。

「砂糖はありますか」

「……えっと、ないです」

 真那が困った顔をしたので、湊は諦めてそのまま一口飲んだ。香りは良いが、渋い。

 真那は座り直すと、頭を下げた。

「あの、解呪、ありがとうございました」

 あまりに素直に頭を下げられて、毒気を抜かれてしまった。

 危機感が足りないとは、思っている。けれど、それを繰り返すのは、やめておいた。

「ああ、いえ……重くなる前で良かったですね」

「……はい。でも、軽いものだったから、かえって気付けなかったみたいで」

 部屋の隅で、かぼちゃたちが小さな声で訴えている。

「はろうぃん おわれば いなくなるよ」

「おいださないで」

「できれば おかしもほしい」

 湊が顔を向けると、ぴたりと静かになった。

 真那はかぼちゃたちを見て、小さく笑った。顔色は良くない。目の下が暗くて、笑うとそれがはっきりした。

 疲れている様子が、他人事に思えなかった。

「疲れてたんだと思いますよ」

 湊の言葉に、真那は振り向いた。

「え……?」

「疲れてると、呪いもかかりやすくなる。まあ、疲れてることに関しては、俺も人のことは言えませんけど」

 このくらいは良き隣人の範囲だろうと、湊は頭の片隅で自分を納得させてから、傍に置きっぱなしだったビニール袋を引き寄せた。

 中から一(ひ)とつ取り出す。ハロウィンの装いをしたかぼちゃプリンだった。かぼちゃ色の上に白いクリームが渦を巻いて、その上にかぼちゃの形のビスケットと、蝙蝠(こうもり)の形のチョコレートが乗っている。

 ローテーブルに置いた。

「疲れたときは甘いものが良いですよ」

「え、でも、助けてもらった上にいただくわけには」

「買いすぎたんで、もらってください」

 買いすぎたのは、本当のことだった。コンビニで、賞味期限も見ずに籠(かご)に入れたものだった。

 真那が湊の手元の袋を見て、ぽかんと口を開ける。透けた袋の中身は、確かに全部が甘いものだった。淡い色合いのプリン、かぼちゃのパウンドケーキ、和栗のモンブラン、紫芋のドーナツ、キャラメル味の何か。チョコレートの箱が二(ふ)たつ。季節のせいか、どれも茶色と橙と紫をしていて、袋ごと秋の色をしている。

「え、それ全部甘いものですか?」

「それは、まあ。一人暮らしですし」

「一人暮らしだと全部甘いものになるんですか?」

「なりませんか」

「なりません」

 部屋の隅が騒がしくなった。

「おかしだ」

「ずるい」

「たべたい」

 湊がちらりと視線をやると、やんだ。

 真那は少し考えるような顔をしてから、自分のコンビニ袋を引き寄せた。そして、湊が止める間もなく、中身をローテーブルに並べ始めた。

 おにぎりが三つ。豚の角煮、牛しぐれ煮、チキンライス。サンドイッチはハムと卵。サラダのパックにも、こんもりとしたレタスの上にカリカリのベーコンが乗っている。

「これ、夕飯ですか? 一人で」

「あ、いえ、さすがに夜に全部は。明日の朝の分もあるんです。最近、自炊する元気がなくて」

「……随分と、肉が多くないですか」

「え」

 真那は自分の夕飯を見下ろして、首を傾けた。何を言われたか分からない、という顔だった。それから牛しぐれ煮のおにぎりを取り上げて、差し出してくる。

「あの、これ、食べてください」

「……え、肉ですか」

「疲れたときは、お肉食べたくなりません?」

「いえ、夜はあまり」

「じゃあ、朝にでも」

「朝から肉もちょっと」

「……じゃあ何食べて生きてるんですか」

「甘いものを」

「そんなのかぼちゃたちと変わらないじゃないですか」

 言い返す言葉が出てこなかった。

 部屋の隅では、危険物が三体、菓子を欲しがって光っている。

 真那は信じられないものを見るような目で湊を見上げていて、湊はそれを見下ろしていた。互いに不可思議なものに出会ってしまった気分で、しばし見詰め合う。

 やがて、どちらからともなく視線を外して、二人で床の飴を拾い集めた。かぼちゃたちの前に並べてやると、光を強くして騒いだ。

「あめ!」

「あまいの!」

「きらきら!」

 結局、真那はかぼちゃプリンを受け取り、湊は牛しぐれ煮のおにぎりを受け取った。


   ◆◆◆   


 湊は自分の部屋に戻って、スーツのまま、冷蔵庫を開けた。

 単身者向けの小さなものだから、中を見るには身を折ることになる。一番下の棚に手を伸ばすなら、膝をつくしかない。背丈に合ってはいないが、置き場がその大きさなので仕方がない。

 膝を折って、ビニール袋から菓子を出して、一(ひ)とつずつ入れていく。プリン、パウンドケーキ、モンブラン、ドーナツ、チョコレート。もともと甘いものしか入っていない棚なので、詰めればいくらでも入る。着替えるより先にこれをやるのが、いつからか習慣になっていた。

 袋の底に、おにぎりが残った。

 牛しぐれ煮。

 甘いものだけの棚に、それを置く。白と茶色と橙の中に、海苔の黒が一(ひ)とつ混じった。

 扉を閉めようとして、手が止まる。

 さっきの、肩の感触。

 咄嗟のことだった。解呪にはああするしかない。耳に息を吹き込む。それ以外のやり方を湊は知らないし、実際、今まで何度もそうしてきた。相手が誰であっても同じようにしただろう。仕方なかった。

 そう自分に言って、それでも何かが収まらない。

 そのとき、壁の向こうで水の音がした。

 壁の向こうには、隣の風呂場がある。前から知っている。夜中に水の音がすれば、隣人が帰って風呂に入っているのだと分かる。ただの生活音で、今まで一度も、それ以上のことを考えたことはなかった。

 今は、考えてしまった。

 肩は細かった。頭一(ひ)とつ、自分より小さかった。腕の中に、すっぽり収まってしまった。さっきはそんなこと、意識もしていなかったのに。

 立ち上がれなかった。

 膝をついたまま、さっき彼女の目を塞いだ手で、自分の顔を覆う。

 閉まりきらない冷蔵庫が、低く鳴っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。