第8話:婚約者になったので、工房でやりたい放題のものづくりを始めました
「……ふぅ。これでよし、と」
ガルディニア帝国の中央魔導工房。
私専用として与えられたその場所で、私は作業机の上のあるものを見て、満面の笑みを浮かべていた。
ジークハルトと月下のテラスで誓いのキスを交わし、正式な婚約者となってから数日。
私は「未来の皇后なのだから、ゆっくり休んでくれ」というジークの甘い過保護な包囲網を「職人が数日も魔力に触れないと死んじゃいます!」という謎の言い訳で突破し、念願の引きこもり職人生活を満喫していた。
だって、この工房、本当にすごいの。
ラムーバ王国の地下室では見たこともないような、伝説級の魔導金属『オリハルコン』や、純度の濃い『精霊の涙』といった超高級素材が「好きなだけ使ってくれ」と山積みにされている。職人として、これで血が騒がないわけがない。
足りないものは保管庫から貰えるし、本当に至れり尽くせり。
ニヤニヤしていたら、ふいに扉が叩かれた。
「リーゼ様、失礼いたします。陛下より、お菓子の差し入れを――」
入ってきたのは、私の専属侍女となった元特級魔導師の女性、エレーナ。一つ結びをして、お仕着せの彼女がワゴンを押して入ってくる。
そして、私の手元を見た瞬間、エレーナは言葉をなくして固まった。震える唇で言うのは、元魔導師だからこそ、かもしれない。
「……り、リーゼ様。……それは、一体何でしょうか」
「これ? これは工房の床掃除をするのがちょっと面倒だったので、自動で動く魔導具を作ってみたんです。名付けて床掃除クルクルくんです」
私が誇らしげに返して、机の上から床に置く。するとオリハルコン製の円盤状の魔導具が、ウィィィンと小さな音を立てて健気に床を這い回り始めた。
エレーナは驚いた様子で、目を瞬かせる。
「……えっと……? 床の上のゴミを、風の術式で吸い込んでいるのですか?」
「それだけだと面白くないので、底面に空間魔法の無限収納の術式を組み込みました。だからどれだけゴミを吸い込んでも中身が溢れません。あ、ついでに部屋の空気も清浄化して魔力を撒き散らすように、古代エルフの『環境再生術式』を三重並列で刻んでおきました」
「空間魔法の無限収納……!? 古代エルフの環境再生……っ!?」
エレーナの目が、見たこともないほどカッと見開かれた。
それもそのはず、空間魔法は一国の最上級魔導師が一生をかけて、一人使えるかどうかの超高等戦術と言われている。環境再生にいたっては、帝国の砂漠地帯を緑化するために国家予算をかけて研究されているロストテクノロジーだったりもする。
ただ私は、掃除が面倒だから少し組み替えて、普通の掃除機に全部ぶち込んでみた。
「い、一億……いや、十億ゴルドは下らない国家機密級の性能をした円盤が、床の塵を吸っている……!?」
頭を抱えてガタガタと震え出すエレーナ。しかし、私の暴走はそれだけでは終わらなかった。
「あと、お腹が空いた時にいちいち厨房に頼むのが申し訳なくて、これも作ったんです」
私が次に披露したのは、一見するとただの綺麗なガラス製の箱だった。
「これは『魔導温冷ボックス』です。中の時間を部分的に停止させる『時空凍結術式』を施しているので、出来立ての料理を入れておけば、一年後でもアツアツのまま取り出せます。逆に冷やしたい時は、氷結陣の出力を微調整して――」
「時空凍結ぅぅぅっ!? 神の領域の魔法陣を、ただの食事の保温に使ったのですか!?」
エレーナの絶叫が工房に響き渡る。
元の国では、「お前の作ったものは地味で華がない」と言われ続けていたから、これくらい盛らないと帝国では使ってもらえないと思っていたのだが……どうやら、私の「普通」は、この国でもやっぱり何かがおかしいらしい。
戸惑っていると扉の方から、落ち着く声がした。
「リーゼ、楽しそうな話をしているね」
執務の合間を縫ってジークハルトがやってきたようだ。彼が顔を覗かせる
すかさずエレーナが涙目で「陛下! リーゼ様がまた国宝級の魔導具を量産されています!」と訴え出るが、ジークハルトは床を健気に走るクルクルくん一号を愛おしそうに見つめ、フッと誇らしげに微笑んだ。
「素晴らしいな。オリハルコンのボディに空間魔法の付与か。合理的かつ、使う者への愛に満ちている。これなら我が皇宮の掃除係の負担も激減するな。よし、今すぐ国家プロジェクトとして量産体制を整えよう」
「陛下!? これを量産するのですか!?」
「当然だ。リーゼの作った魔導具だぞ? 我が国の民全員に配りたいくらいだ」
ジークはエレーナの混乱を無視して私に近づくと、私の腰をひょいと抱き上げ、そのまま工房端の食事用テーブルに座る。そして自分のお膝の上へと、私を座らせた。
「じ、ジーク!? エレーナさんが見ていますっ!」
「構わない。仕事に熱中するあまり、私の差し入れのタルトを放置する悪い子には、こうして糖分を補給してあげないとな」
ジークハルトはエレーナが慌てて用意したタルトを、フォークで小さく切った。そのまま私の口元へ運ぶと、「あーん」と促してくる。
ついつい口を開けて、そのタルトを頬張った。甘い果実の味と、ジークの熱い視線に、私の頬まで熱を帯び始めていた。
……その頃、この平和で甘すぎる帝国の裏側で、ラムーバ王国からの「ある信じられない不穏な派兵の報」が、帝国の情報部に届こうとしていたのだが――この時の私は、まだ知る由もなかった。




