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第6話:傲慢な使者はお断り。過去との決別

「──リーゼ! 王命だ! 今すぐラムーバ王国へ戻り、壊れた騎士団の武器と結界を修理しろ!」


静寂に包まれていた夜会のテラス。


ガラス扉を乱暴に跳ね上げて乱入してきたのは、旧祖国のレナード殿下の従者だった。個人的な使いであろうその従者であり使者の男は、額に青筋を立て、ハァハァと荒い息を吐きながら私を睨みつけていた。


周囲に控えていた帝国の近衛兵たちが一斉に武器を構え、使者に冷たい刃を突きつける。しかし、使者は自国の危機で完全に理性を失っているのか、彼らを顧みることもせず、私の腕を掴もうと傲慢に手を伸ばしてきた。


「お前のような地味で華のない女を国賓として置いておくなど、帝国も物好きだな! さあ、早く来い! レナード殿下も『戻ってきたら宮廷魔導具師の端くれに戻してやる』と仰ってくださっているんだ!」


上から目線どころか、まるで迷子になった飼い犬を連れ戻しにきたかのような言い草。


そのあまりの傲慢さに、私は驚くのを通り越して、すっと心が冷めていくのを感じる。


その心のままに、伸ばしてくる手を思い切り払いのけた。パシンッと皮膚を叩く音が響き渡った。


「お断りします」


私の言葉と行動に、使者は驚いた様子で目を見開く。


「……あ? なんだと!?」


「私はラムーバ王国を正式にクビになり、実家とも縁を切りました。今の私は、このガルディニア帝国の人間です。あなたの国の王命に従う義務など、どこにもありません」


「な、何を生意気な! お前のような無能な女、我が国の温情がなければ生きていけないくせに! 今、国中の魔導具が壊れて大パニックなんだぞ  分かっているのか!?」


支離滅裂なことを言いながら、使者がヒステリックに怒鳴る。私はため息を一つ吐き、静かに首を振った。


「分かっていないのは、あなた方の方です。……私が国を出る際、使っていた私の魔力を魔導具システムから一斉に引き剥がす契約解除(コード・ゼロ)を行いました。そのあと新しい術者……チェルシーの魔力で開放されているか確認しましたか? してなければラムーバ王国の魔導具の『安全弁』はすべて消滅したはずですから、当然の結果でしょう」


「あん? 安全弁だと? なんだそれは」


「システム全体の崩壊や、大爆発を防ぐために過剰な魔力を逃すパーツ……魔導回路の構造すら理解していないチェルシーなら、力任せに生の魔力を注ぎ込んだのでしょうね」


私が言うと、なぜか使者が得意気になって返す。


「ああ、そうだ! いつものように『綺麗ね』と仰られていた! お前にはあのような優雅な動きは出来まい」


その言葉に呆れてしまう。説明したところで理解されないだろう。けど伝えないわけにはいかないか、と淡々と話した。


「高度な術式にそんな暴挙を働けば、回路は過負荷(オーバーロード)を起こし、自爆するように内側から溶けてしまいます。私の工房をそのまま置いていったのですから、仕様書から何から資料はあったはずです。それを調べもせず……もう手遅れですよ。私が戻ろうが戻るまいが、あの武器や結界は、二度と修復不可能なただの鉄くずです」


「な、なな、何だと……っ!?」


使者の顔から、一瞬で血の気が引いていく。


私の言葉が、本国で起きている悲惨な現実と完全に一致していることに気づいたのだろう。ガタガタと膝を震わせ、言葉を失う使者。


その哀れなピエロに視線を送ると、横から凍てつくような殺気を孕んだ声が響いた。


「──そこまでにしてもらおうか、ラムーバ王国の侵入者め。招待すらしていないのに現れるとは、骨の髄まで卑しい奴らだ」


ゆっくりと前に出たのは、ジークハルトだった。


その翡翠色の瞳は、先ほどまで私に向けていた甘い熱など嘘のように消え去り、大陸最強の軍事力を誇る「冷徹皇帝」としての絶対的な威厳と冷酷さに満ちていた。


彼の姿に気付いた途端、使者の男が慌て始める。


「へ、陛下……っ!? これはこれはご機嫌麗しゅう……しかしながら、この話は我が国の国内問題でありまして──」


「黙れ。我が国の聖域たる皇宮に不法に侵入し、帝国の賓客たるリーゼを侮辱し、あろうことかその身体に触れようとした。……その大罪、その身で償ってもらおうか」


そのままジークが近衛に指示を出す。


「不敬罪、および国家反逆の容疑で捕縛しろ。地下牢へぶち込み、ラムーバ王国には『我が国への不敬および国境侵犯者として、しかるべき代償を請求する』と通達せよ。我が国からラムーバへの魔導素材の輸出は、今この瞬間をもって【永久に停止】とする」


「な、なんと!? 助けてくれ、レナード殿下ぁぁっ!」


使者は帝国の屈強な兵士たちに引きずられ、惨めな悲鳴を上げながら夜の闇へと消えていった。これでラムーバ王国は、技術的にも外交的にも、完全に息の根を止められたことになる。


私は再び静寂が戻ったテラスで、ホッと息を吐いた。


ジークも私に向き直り、その手袋を外してそっと私の両手を優しく包み込んだ。


「騒がせてすまなかったね、リーゼ。……だが、もう少し時間をもらいたい。改めて聞いてほしいことがあるんだ」


彼は私の目をまっすぐに見つめ、月光の下で、静かに跪いた。


「リーゼ。私は君の技術を、そして君という人間を、生涯をかけて愛し、守り抜くと誓う。どうか、私の隣で、帝国の皇后として生きてくれないか。……これは当然、命令ではないよ。一人の男としての、一生の願いなんだ」


差し出された手と、見上げてくる瞳に先程までの冷たさはもうなかった。


元の国で「地味で華がない」と言われながら、地下室に引きこもっていた私。


だけど今は、私のこと誰よりも愛し、私の言葉を待ってくれている人がいる。


じわりと視界が滲み、溢れそうになる涙を堪えながら、満面の笑みでその手をしっかりと握り返した。


「──はい。喜んで、あなたの隣にいます。ジーク」


月明かりの下、私たちは今度こそ、誰にも邪魔されることなく、甘く深い誓いの口づけを交わしたのだった。

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