第5話:煌めく夜会と、月下の告白を切り裂く無礼者
城下町をジークと歩いた数日後、皇宮は賑わっていた。
大広間では、先日の功績を称え、『帝国において最上級の国賓』として私をお披露目するために急遽、宮廷夜会が開催されことになったらしい。
けれど、そんな華やかな場は慣れていなくて、困惑してしまう。
「……あの、ジーク。本当に私がこんな場所にいて良いのでしょうか」
私は豪華な鏡の前に立ち、自分の姿を見て落ち着かない気持ちになっていた。
いつも煤まみれだった青い髪は、専属の侍女たちの手でシルクのように艶やかに結い上げられている。身にまとうのは、ジークハルトが選んでくれたという、私の瞳と同じ深い緑色の最高級のドレス。
そして胸元には、職人の魔力を高めるという幻の星生石のネックレスが黄金色に輝いていた。
「何を言うんだ、リーゼ。今の君は、世界中のどの宝石よりも美しい」
振り返ると、黒い正装に身を包んだジークが、息を呑むほど美しい微笑みを浮かべて立っていた。深紅の外套に、肩に据えられた金糸の刺繍。磨き上げられた革のブーツの音を響かせながら、傍に来る彼は迷いなく私の手を取り、指先にそっと唇を寄せる。
それから促され移動して、大広間の前までやってきた。
私たちの姿を確認した衛兵が離れ、皇帝専属の侍従たちの手によって大きな扉が開かれていく。そのままエスコートされて入場した瞬間、会場中の貴族や先日の魔導師たちから地鳴りのような歓声と拍手が沸き起こった。
「彼女があの駆動炉を救った天才か!」「なんて気高く美しい錬金術師なんだ……!」
元の国では誰も私を見てくれなかった。なのに、ここでは全員が私を尊敬の眼差しで見つめている。
はにかみながら挨拶し、近づいてくる人々と言葉を交わす。
そうしているうちに華やかな宴は中盤に差し掛かった。するとジークが優しく微笑み、そっと喧騒から離れた静かなテラスへと私を連れ出してくれた。
心地よい夜風が、火照った頬を撫でる。見上げれば、満天の星空と美しい月が私たちを照らしていた。
「疲れただろう、リーゼ」
「少しだけ。でも、とても嬉しいです。皆さんが私の技術をあんなに喜んでくださるなんて……」
「君の技術はそれだけの価値がある。……いや、技術だけではない」
ジークハルトは一歩、私との距離を詰めた。彼の翡翠の瞳に、月光と、そして私への強い情熱がゆらりと灯る。
「リーゼ。実は三年前の初夏、私は君に一度会っているんだ。世界魔導博覧会の倉庫の隅で、一人で必死に古代遺物の修正メモを残していた君を見掛けたんだよ」
「博覧会……?」
「ああ。覚えているかい? その時、紙を落としただろう?」
記憶を辿る三年前。確かに博覧会に参加していた。そこで展示される予定だった古代遺物に出会ったのは、ちょうどレナードに帰るぞと、急かされていたときだった気がする。
言われてみれば、その時メモを落としたのだけど、ジークの言葉にハッとした。
「えっ! まさか、あの時のメモを……?」
驚きで目を見開く私に、ジークは小さく頷く。
「そうだよ。そこに描かれていた美しい回路と、伝えようとした君の優しさがずっと忘れられなくてね。あの時から君という人間に、完全に心を奪われたんだ」
そう続けて、私の手を取った。
あの時、遺物の傍を通りがかった私は、回路がズレていることに気がついた。慌てて周囲を探したけど、なかなか関係者が見つからなくて。レナードも騒ぎ立てるから、どうすることもできずに、遺物のそばにメモを残した気がする。
このままでは意図しない動きをすることになる、と。
でも急いでいたせいで、最初のメモを落としてしまったのだ。すぐに書き直したけど、そのメモをまさかジークが拾ってたなんて。
彼は愛おしそうに、だけどどこか独占欲を孕んだ熱い眼差しを向けた。
「あの後すぐにラムーバ王国を調査したが、わかったのは君が婚約していることだけだった。本当は、すぐにでも奪い去りたかったが、君が幸せになるならば、と出来なかったんだ」
「ジーク……」
「だが、これからはもう遠慮はしない……私は、君を生涯かけて幸せにする。だからどうか私の隣で、一緒に生きてくれないだろうか」
合理主義と言われ、冷たい皇帝だと囁かれていた彼の情熱。一途に私を深く想い、追い続けてくれていた熱い心。
胸がいっぱいになって、涙が溢れそうになる。
「ジーク……。私を、見つけてくれて……っ」
ありがとう、と、その言葉を思わず呑み込む。ジークが静かに触れた頬が熱くて、見つめてくる翡翠の瞳に鼓動が高鳴った。
さらに近づく距離を、受け入れるようにそっと目を瞑る。互いの呼吸が甘くなって、交じり合った気がした。
そのまま唇が重なり合おうとした、まさにその瞬間──。
「──リーゼ!! やっと見つけたぞ! こんなところにいたのか!」
バァン!と、テラスのガラス扉が、あまりにも無礼な音を立てて跳ね上がった。
つられて肩まで跳ねて、驚きのまま顔を向ける。
そこに立っていたのは、旧祖国・ラムーバ王国のきらびやかな礼服を着た、ひどく焦り狂った元婚約者レナードの従者だった。
彼はどこか見下した態度のまま、顎を上げ、声を張り上げる。
「王命だ! 今すぐ王国へ戻り、壊れた騎士団の武器と結界を修理しろ! お前のような地味な女を国賓として置いておくなど、帝国も物好きだな! さあ、早く来い!」
いきなり捲し立てる声が響き渡る。その騒ぎを聞きつけ集まってきた帝国の近衛兵たち。「何事だ!」「不敬だ!」と一斉にその従者へ武器を向けた。
だがその従者は、自分の国のピンチで完全に理性を失っているのか、ズンズンと歩いてくる。周囲のことなど見えていない様子で私の腕を掴もうと、傲慢に手を伸ばしてきた。




