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閑話:身分を隠してお忍びデートをしたら、街の魔導具店で無双してしまいました

「──さあ、行こうか、リーゼ」


新型駆動炉のトラブルを解決した翌朝。私の個人工房に現れたジークハルト陛下は、いつもの威厳ある正装ではなく、上質な仕立てながらもシンプルな、街に馴染む私服姿をしていた。


その見慣れない姿に、戸惑いを口にする。


「陛下……? その格好は、一体……」


「昨日のお礼と、君の歓迎を兼ねてね。ずっと皇宮に引きこもっていては息が詰まるだろう? 今日は身分を隠して、城下町を案内させてほしい」


「街へ……? 行きたいです!」


職人として、この国の人々がどんな魔導具を使って暮らしているのかはずっと気になっていた。


私は手渡されたシンプルなワンピースに着替え、髪を軽くまとめてジークハルト陛下と共に皇宮を抜け出す。


街までは、さほど距離がないからと言われ馬車で向かうことになった。その最中、隣に座る陛下が、急に私の手を取る。


反射的に顔を向けると、彼は柔らかく目を細めて言った。


「リーゼ、この馬車を出たら恋人として振る舞ってほしい。出来るかい?」


「もちろんです。身分を隠しておくんですよね。任せてください、陛下」


前の国で婚約者はいたものの、恋人と言えるものではなかった。だから、その振る舞いに自信があるかと言われれば怪しい。でも、陛下に頼られるなら力を尽くしたい。


想いを込めて真っ直ぐ見つめると、彼はフフッと笑みを作る。そして、早速と要望を出した。


「では、手始めにその呼び方を変えようか。ジークと呼んでみてくれるかい?」


「え……」


なんでもする意気込みだったけど、さすがに大国の皇帝陛下を愛称で呼ぶのは緊張する。けれど期待するような目を向けられては、裏切れない。戸惑いながらもその名を呼んだ。


「えっと……ジーク?」


言った直後、嬉しそうに笑みを深める。


「うん、いいね。これからも、そう呼んでくれて構わないよ」


「これからも……?」


今だけだと思っていたのに、困惑する。けど彼は、話を逸らすように外へ視線を向けた。


「……さて、もうすぐ着くが準備はいいかい?」


「え、もう!?」


いつの間にか窓の外には、煉瓦を使った家々が見えてきていた。私は胸が高鳴るのを感じて、パッとジークを見上げた。


「はい! 行きましょう、へい、か……ではなく、ジーク!」


一瞬、目を大きくしたジークがすぐにニコリと笑う。彼の言った通り、それから少しして馬車が停まった。


降りてから、あちこちに目をやる。帝都の街並みは、驚くほど活気に満ちていた。さすが大国、と感心するほどだった。


立ち並ぶ露店、行き交う人々。そして何より、街灯や乗合馬車にいたるまで、高度な魔導技術が一般市民の生活に溶け込んでいる。


「すごい……。ラムーバ王国では、魔導具は貴族や騎士団だけのものでした。街の人がこんなに普通に魔法の火や水を使っているなんて」


「私の国は『技術は等しく民を豊かにするためにある』というのが建国からの理念だからね。……っと、人が多いな。はぐれないように」


自然な動作で、ジークが私の手をそっと握りしめた。


手袋越しでも伝わってくる彼の大きな手の熱に、心臓が跳ね上がる。多少の変装中とはいえ一国の皇帝陛下と手を繋いで歩いているという事実に、顔が熱くなった。


「あ、あの、ジーク……? 距離が近くありませんか?」


「お忍びだからね。先程も言ったろう? 仲の良い恋人同士に見えないと、逆に怪しまれてしまうよ」


悪戯っぽく微笑むジークの顔があまりにも格好良くて、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。


そんな中、私は通り沿いにある一軒の古びた『魔導ジャンク品店』の看板に目を留めた。


「ちょっと、ここに入ってみてもいいですか?」


「もちろん。君が望む場所なら、どこへでも」


少し大袈裟な言葉に眉を下げて笑い、そのまま店を目指す。


扉を開けて入った店内には、壊れたり古くなったりして持ち込まれた、生活用の魔導具が山積みにされていた。


店主の頑固そうなお爺さんが、カウンターで小型の『魔導式火気』を前に「チッ、なんで点火しないんだ」と頭を抱えている。


本来であれば火打ち石で火を入れるような、小さな竈だが魔導式は簡単で安全に火を点けることが出来る。


だが今は、それがうまくいっていないようだ。


原因に覚えのある私は、懐かしい空気に、ついウズウズしてしまい、お爺さんに声をかけた。


「あの、お爺さん。それ、熱の魔法陣の『終着点』が、魔石の出力に対して細すぎるんです。だから魔力が詰まって点火しないんですよ」


「あぁ? なんだ、お嬢ちゃん。小難しいことを──」


「ちょっと失礼しますね」


私は作業台にあった魔導用の羽根ペンを借りると、竈の底面にある魔法陣の端を、ほんの数ミリ、サラサラと描き足した。


「よし、これで点火してみてください」


お爺さんが半信半疑で魔力を込めると──ポンッ!と、勢いよく美しく安定した青い炎が立ち上った。


「な……っ!? こんな簡単に……! お嬢ちゃん、何をしたんだ!?」


「簡単な術式の拡張です。これで普通の魔石でも、今までの倍は長持ちしますよ」


「なんだとぉっ!? 火力まで倍だなんて、お嬢ちゃん、いったい何者だい……」


お爺さんが腰を抜かす中、隣で見ていたジークが、クスクスと楽しそうに肩を揺らした。


「さすがは私のリーゼだ。市井のジャンク品でも、一瞬で国宝級の効率に変えてしまうんだな」


「もう、ジーク、言い過ぎですよ。……でも、私の技術で、この街の人の生活がもっと便利になるなら、すごく嬉しい」


元の国では、どれだけ武器を強化しても「戦うため」にしか使われず、誰の笑顔も見られなかった。


思いがけない喜びを噛み締めながら、お礼をしたいと言うお爺さんに「たいしたことじゃありませんから」と、別れを告げて外に出る。


だけど、途中で足を止めた。気づいたジークが振り返る。


「リーゼ?」


「……」


ふと自分の両手を見た。そこでまた思う。この国では、私のこの手で、街の小さなお店のお爺さんが、あんなにも驚いて喜んでくれる。


私の気持ちを汲むようにジークが傍にくると、私の手を引き、そっと自分の方へと引き寄せた。


「──やはり、君は最高の魔導具師だね」


耳元で囁かれる声。彼は続けた。


「君のその優しい技術を、この国のすべての民に届けたい。……そして何より、私だけのものにしたいと思ってしまうな」


見上げた先で、真剣な翡翠の瞳で見つめられる。私は今度こそ本当に真っ赤になって俯いた。


あのとき、路頭に迷うところだった私へ届いた手紙。それが、ただの優秀な人材へのスカウトではなく、彼の想いとともに、まっすぐ私自身に向けられていたのだと、改めて感じたのだった。

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