第4話:天才錬金術師は、帝国の危機を秒で救う
魔導帝国ガルディニアが誇る、とある実験室の前。
私はふと、騒がしさに足を止めた。
たまたま隣の保管庫へ、新しい錬金素材を貰いにいった帰りだった。だが、中から悲鳴のような声がする。
思わず視線を向けて呟いた。
「……ここは」
金属製の重々しい扉が、片方開け放たれている。横には、『第一魔導実験室』と刻まれた真鍮のプレートが貼り付けられていた。
そこはたしか、国家最高機密の魔導具や兵器の開発が行われる、選ばれた者しか立ち入りを許されない聖域だったはず。
しかし今、その聖域は、焦燥と恐怖の入り混じった重苦しい空気に支配されているようだった。
こっそり覗き込むと、ローブの一人が焦った声を出す。
「──ダメだ! 術式が完全にロックされている! 魔力の逆流が止まらないぞ!」
「帝国の特級魔導師が二十人もいて、なぜたった一つの古代術式が制御できないんだ……っ! このままだと駆動炉が臨界突破するぞ!」
実験室の中央に鎮座するのは、見たことのない新型の魔導駆動炉。ちょうど帝国が総力を挙げて開発していると、陛下から聞いた気がする。
緻密な回路が必要だが、完成すれば、これ一つで様々な動力源にすることが出来る。それこそ島ほど大きい航空戦艦を、空に浮かべることも可能だろう。
けど今は、何故かその表面に浮かぶ複雑な魔法陣が、不気味な赤色に明滅し、バチバチと激しい火花を散らしていた。
(暴走……?)
大きさからして、もしこのまま爆発するようなことがあれば、開発中止どころか皇宮の半分が吹き飛ぶ威力だろう。周りエリート魔導師たちは皆、顔面蒼白で冷や汗を流していた。
しばらく様子を窺っていたが、やはりあの駆動炉にはなんらかの異常が起こっている。表面で狂ったように明滅する術式がおかしい。
(あれ、でも……もしかして)
ジッと見ていたら、その暴走の原因が浮かび上がるようにハッキリ見えてきた。
私は一言伝えようと、一歩進み出る。でも直後、肩を掴まれた。
「おい、そこをどけ! 部外者が立ち入る場所ではない!」
後から来た魔導師が、作業着姿の私に気づいて苛立たしげに怒鳴る。そしてそのまま押し退けると、中に入っていった。
一瞬驚いたものの、こういう扱いは前の国で慣れている。私は魔導師の言葉を無視して、実験室の中へと足を踏み入れた。
そのまま緊迫感の漂う一同に声をかける。
「あの、失礼します。そこ、三重構造のバイパス回路の第二層、繋ぎ方が完全に逆になっていますよ?」
「は? ……はあ!?」
魔導師たちが、不可解さに顔を歪める。信じられないものを見る目で私を睨みつけた。
「何を素人が馬鹿なことを! これは古代エルフの遺物から発掘された、我が国の最高頭脳が三日三晩不眠不休で組み上げた最高の術式だぞ!」
「いえ、エルフの言語は右から左に読むのが基本ですから、術式も反時計回りに組むべきなんです。それを人間の常識に合わせて時計回りに繋いでしまっているから、魔力が循環せずに中で衝突して暴走しちゃってるんです。ほら、そこを反時計回りに書き換えて、ついでに余分な術式を三つほど削れば直りますよ」
「な、何を調子に乗りおって……! そんな単純な話であるはずが──」
「リーゼの言う通りにしなさい」
冷静で、けれど絶対的な威厳を持った声が、室内に響き渡った。
振り返ると、いつの間にか実験室に現れていたジークハルト陛下が、こちらを見ている。
突然の陛下の登場に、魔導師の一人が戸惑いを口にする。
「へ、陛下!? しかし、この娘の言う通りにして万が一のことがあれば──」
「我が国の特級魔導師は、いつから私の言葉を疑うほど偉くなったんだい? 早く動くべきだろう? 爆発を待ちたいのであれば構わないが」
陛下の冷たい言葉に、魔導師たちは慌てた様子で返事をして、急いで術式の組み替えに取り掛かった。
術式の第二層を反時計回りに反転させ、私が指摘した不要な術式を消去する。
その瞬間。
ウィィィン……と、あれほど激しく狂っていた駆動炉が、嘘のように静まり返った。
赤い警告の光は瞬時に消え去り、代わりに、見たこともないほど澄んだ、美しい深い青色の光を放って、完璧に安定稼働を始めたのだ。
「な……っ!? エネルギーの逆流が、完全に止まった……?」
「魔力出力、従来の……いや、設計値の倍近くを計測しただと?! バカな、不要な術式を削ったことで、効率が跳ね上がったというのか!?」
室内に、地響きのような驚愕の声が広がる。
エリート魔導師たちは、信じられないという様子で駆動炉と私を何度も見比べ、やがて陛下を見てガタガタと震え出した。
威圧的な視線を向け、呆れたように言う。
「全く……リーゼが通りがからなければ、どうなっていたのか」
「申し訳ありません……」
項垂れる魔導師たちに、冷ややかな顔をしていたジークハルト陛下だったが、急にフッと表情を緩める。
そして私の肩を優しく抱き寄せた。
「この恩を身に刻んでおくことだね。彼女はリーゼ。我が国が国賓として迎えた天才錬金術師だよ。これからも目にする機会は多くある。忘れるな」
彼は、小刻みに頷く魔導師たちから視線を外し、今度は耳元で囁いた。
「……行こう、リーゼ。君のために用意した、あの静かな工房でまた新しい技術を見せてほしい」
「は、はい……」
私は帝国のエリートたちの、わずかに羨望の混じった畏怖の視線を背中に浴びながら、ジークハルト陛下に手を引かれ実験室を後にした。
元の国では、私がどれだけ正しいことを言っても「地味な手抜きの言い訳をするな」とレナード王子に一蹴されていたのに。
ここでは、私の言葉をちゃんと聞いてもらえる。
それに、高度な技術を共有することも出来た。
(私……本当に、すごい国に来てしまったのかも……)
胸が熱くなる感覚を覚えながら、私は自分の新しい職場へと歩みを進めるのだった。




